「その言葉は私の空耳ということでいいですね。さあ、寒いでしょう。お入りください」
ジョンの屋敷は針葉樹で囲まれた青煉瓦の屋敷だ。部屋の数こそ多いが、何故かこじんまりとした印象を受ける。大部屋へと通されると向かい合った豪奢な椅子にヘレンはジョンと座った。能面を被ったかのような女中頭がお茶を持ってきてくれた。
「どうも……ありがとう。……ジョンさん……あなたは確かに……(死んでいたはずでは……)」
「ヘレンさん。その話はもういいんですよ。終わったことです。私は今、ここにこうしています。それだけなんですよ」
「えっ? ……うっ……」
ヘレンはそこで、言葉に詰まって周囲を身回した。
向かいに座っているジョンの顔も女中頭の青白い顔。傍の青い暖炉からの異様な雰囲気に、ヘレンは気が付いた。だが、その雰囲気が意味するものが何なのかすらヘレンにはさっぱりわからなかった。
(一体……何なの? この異様な雰囲気は……まるで不気味な……棺桶を見ているみたいな……)
それに気づくと、ヘレンの身体は更に小刻みに震えていた。
女中頭が配った熱いお茶を飲んでいるので、決して寒さの影響ではなかった。そう、その雰囲気に似ているのは狩りしている時に醸し出すモートの雰囲気だった。
(ここから逃げなければ……?!)
ヘレンはそう思うと同時に即座に立ち上がった。
確かにジョンはあの時、モートと世界の終末を避ける時に恋人と一緒に死んでいたはずだ。
「ヘレンさん? どうなさったのです??」
ヘレンはジョンが不思議がっているが、そのまま大部屋から逃げ出した。微かだが、ジョンと女中頭からも腐敗臭がしていることにヘレンは気がついていた。その時、何か大きな破壊の音が大部屋から聞こえた。
ヘレンは全速力で玄関を目指したが、だが、わからない。広い屋敷なので道案内がないと玄関の場所がわからなかった。
(なんてこと?!)
後ろから何か不気味なものが追ってくるのに戦慄を覚える。ヘレンは無我夢中で走っていた。廊下の端の行き止まりにある厨房のドアを開けた。
広い厨房だった。
だが、ヘレンは何故かここに違和感を覚えた。
「あれ? 何かしら?」
包丁や調理道具などが幾本も壁面にぶら下がり、大鍋、小鍋、冷蔵庫……そこで、ヘレンは見る見るうちに青ざめていった。
この厨房には食べ物が一切ないのだ。
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