少女にはお金がなかった。
だが、一目でいい。
どうしても、とある一枚の絵画が見たかったのだ。
ヘレンという人から聞いた螺旋階段を降りた先のサロンには、13枚の美しい絵画。30個以上のとても高価そうな見たこともない壺。それらの随所にみずみずしい花が飾られてあった。
少女はやっと一枚の絵画を探し当てた。その絵画は産まれたばかりの赤子を抱いた女性の絵だった。
「綺麗……」
少女の発した言葉はやがて溜息へと変わった。ここへくれば全ては解決すると思っていたからだ。一時、おばあちゃんから貰った小遣いと今まで使っていなかったお金で、この絵を買おうとしたが、ヘレンという人はとんでもない値段を言うので一瞬思考が停止して、何も考えられなかった。
そこで、一目見ようとしたのだ。
どうか、この絵に封じられた死神が蘇らりますように。と、少女は祈った。
――――
ノブレス・オブリージュ美術館の館内を見て回ることもあまりせずに、少女は家路に着いた。途中、背筋に悪寒のような何とも言えない気持ちがして、何度も後ろを振り向くが、真っ暗になったここホワイトシティは、シンシンとさっきまでの記録的な猛吹雪が嘘のように静かな雪が舞っているだけだった。
「お嬢ちゃん……ちょっと、お尋ねしたいことがあるんだが」
凍てついた空気で凍った街路樹の脇に立つ筋肉の塊の男に声を掛けられた。
少女は無言で、立ち去ろうとした。
だが、突然。
男に裏路地へと腕を引っ張られた。
みるみるうちに少女の身体は裏路地へと吸い込まれる。微かだが、その奥には腐敗臭が漂い。少女は恐怖で混乱した。
とても冷たい壁に突き飛ばされると、男がポケットから取り出したナイフを少女に振り上げる。
「終わりだ」
と、急に少女の身体の中から非常に冷たい声がした。瞬間、銀髪の青年が少女の身体から飛び出す。
同時にザンッっと、鈍い音がしたと思ったら、男の首が真横にずり落ちた。
少女は銀髪の青年の黒いロングコートによって、目の前で起きた男の首と胴体が分離するという凄惨な場面は見ずに済んでいた。
「さあ、あっちへ。ノブレス・オブリージュ美術館へ戻るんだ」
少女に、なんとも優しい声で言った銀髪の青年は、銀の大鎌を握り直した。途端に、周囲の空気がこの世界にあるどんな雪や氷よりも冷たくなった。
これまでに漂っていた。辺りの腐敗臭の元が姿を現す。
路地裏を埋め尽くすかのようなゾンビがどこからか、うじゃうじゃと溢れてきた。
――――
モートは少女が裏路地を抜けてノブレス・オブリージュ美術館方面へ走って行った後、即座に正面の二体のゾンビの首を狩り、その後ろのゾンビの胴を返す大鎌で斜めに狩った。
そして、右側にくるりと身体を一回転させてから、銀の大鎌で大振りに裏路地の奥のゾンビの群れを斜めに狩り込んだ。
地中から更に這い出したゾンビの群れへ、銀の大鎌で全て首を円を描くように狩ると、雪の積もる地面には不死者の汚れた血の海と首の山ができていた。
裏路地の奥からドタドタと複数の男の走る音が聞こえてくる。武装した男たちだった。モートの姿を見つけると、手に持った銃やトンプソンマシンガンを撃ってきた。銃弾の雨あられがモートの身体を通り抜けていく。
モートは男たちに向かって右腕をヒュッと真横に振った。
全員の男たちの首が瞬時に飛んだ。ふっ飛んだ首が至る所の壁に音を立ててぶち当たっていく。男たちの首を失った胴体からおびただしい鮮血が巻き上がった。
「今日の収穫も凄いな」
モートはそう呟き。ノブレス・オブリージュ美術館の方へと走って行った少女が、無事に美術館へ辿り着いていることを祈った。モートはその少女がヘレンの言ったアンリー・サルギスだと確信していた。
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