ヘレンはノブレス・オブリージュ美術館のオーナー室で、モートの帰りを待っていた。オーナー室の暖炉の薪がないことに気付いたが、それでも、どうにも落ち着かないので、寒いのをそのままにしていた。
部屋の寒さが限界まで来てしまってブルブルと震えていた時。オーナー室の電話が鳴った。ヘレンは受話器を取ると、相手は聖パッセンジャービジョン大学付属古代図書館の館長だった。ヘレンは古代図書館の館長とは懇意の仲だった。
「やあ、ヘレン。ちょっと聞きたいことがあるんだが……また奇妙な男がレファレンスルームから本を一冊借りていったんだよ」
ヘレンは耳を疑った。
レファレンスルームの本は貸し出し厳禁だったのだ。
「借りた男の名はジョン・ムーアだそうだ……」
ヘレンはそれを聞いて卒倒しそうになったが、詳しい事情を極力耳に集中して聞いた。
「それ、本当? アーネスト?」
アーネスト・グレグスン。それが聖パッセンジャービジョン大学付属古代図書館の館長の名前だった。
「ああ……これは言わないでおこうと思ったんだがね……ついでに紙切れを受付に置いていったんだよ。「その時がもうすぐ来るんだ」って書いてあったって受付の女性が言っていた……何のことかさっぱりわからないが。いやはや、なんだか不吉な男だねえ」
「ジョン……。本当にあなたなの……何故……」
「え? なんだって?」
ヘレンは受話器越しだが独り言を呟いてしまっていた。
窓の外はビュウビュウとした凄まじい吹雪となっていた。
ジョン・ムーアとは、七つの大罪で一度ここホワイトシティで世界を終末へと向かわせようとした張本人だった。
その男はアリスの叔父にあたる人物で、ジョンと戦ったモートは、一度ホワイトシティと世界の終末を救ったことになる。
ヘレンは不可思議な恐怖から寒さ以外の震えも抑えていた。
「ねえ、アーネスト? その男は何の本を借りたの?」
「いや、まだよくわからないんだ。不思議だよね。受付のお嬢さんたちはやけに重たい本だったと言っていたが……今、調べてもらっているんだよ」
「そう……ね。あ、アーネスト。お願いがあるの。その男が借りた本がわかったら、できるだけ早く知らせてほしいの」
アーネストが深く頷いたことをヘレンは受話器越しからわかった。
「わかったよ。明日の朝には知らせるよ……」
「ええ、そうしてくれると助かるわ」
ヘレンは受話器を置くと、モートが帰るまでじっとして待とうとしたが。次第に待っているのが、あるいは何かの衝動を抑えることが苦痛になりだし、ジョンの屋敷へと向かった。
「その時がもうすぐ来るんだ」
その言葉が意味するものが何なのか気になって仕方がなかった。
窓の外は大雪が暴れていた。
――――
「ヘレンさん。ご無沙汰しておりますね。その節は大変失礼しました」
「ジョンさん……何故……生きているの?」
玄関越しで、ヘレンは血色のいい顔のジョンを見て驚いた。
確かにジョンは……。
ヘレンはノブレス・オブリージュ美術館のサロンの隅にある質素な椅子に書き置きをすると、エンストを7回も起こす路面バスで、凄まじい吹雪の中。ジョンの屋敷へと結局一人で訪れていた。ヘレンは自分の中で、ここまで自分を動かしたジョンの不吉な言葉の意味を知りたかった。だが、今ではヘレンは知っても仕方がないと思った。何故なら襲いかかる戦慄で聞くことができなかったからだ。
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