真っ赤な空から落ちてくる無数の赤黒い雹が、目に見えて激しく降りだしてきた。このままでは、差している傘に穴が空いてしまうのでは? そう危機感を募っていたヘレンは、ある不思議な光景を目の当たりにした。
何故か、男が一人。大通りのど真ん中で、ゾンビと化す赤黒い雹の中で、何事もなく突っ立っているのだ。それに、こちらに気がつくと、赤黒い雹を口に含んでは、ニコリと微笑みながらガリガリと食している。
周囲のゾンビはその男には、まったくといっていいほど近づいていなかった。
「こんばんは。あなたは、確かヘレンさんでしたよね?」
いや、ゾンビ以外も近づけないのだ。と、その男に対してヘレンは思った。男は20代の物腰柔らかな青年で、どこか実業家風のホワイトシティの貴族地区。ヒルズタウンにいるかのような男だった。それも、かなり格調高い貴族に思える。
「どうして? 私の名前をご存知なのですか?」
「どうして? ノブレス・オブリージュ美術館でも、常連だったはずですよ。ぼくですよ。ぼく……わかりませんか?」
ヘレンは一瞬、その男の顔を疑った。
それは、とある男の顔に非常に似ているからだ。
「あなたは、もしかして……サン・ジルドレ?」
ヘレンはその名前を口にしてから、首を傾げた。
(確かに、あなたとは何年か前にお会いしているはず。でも……)
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