「明日、行きます。待っていてください。」
男は女からのショートメールを開いたまま、返信せずに、じっと見つめていた。
その時である、
「本当に殺すつもりなのか?」
と、低く野太い嗄れた声が牢獄のような冷たい部屋に響き渡った。
男は天井の四隅の一角に陣取った「死神」を睨んだ。
死神がまた問うた。
「女を殺すのか?」と
男は死神を睨んでいたが、何も答えなかった。
「おい、答えろ!本当にあの女を殺すつもりなのか?おい!」
と、死神が男を執拗に急かす。
男は死神から目を離し、ベットに横になり、そして、煙草を取ろうとした。
「答えろ!女を殺すのか!答えろ!」と
死神が白い炎を吐き、吠えた。
男は仕方なく口を開いた。
「何故聞く?」と
すると、死神が楽しそうに宣う。
「そりゃあ、やっと俺の仕事が終わりそうだから、聞いているのさ。
女を殺して、お前も死ぬんだろう?
お前が死んだら、俺の仕事も終わる。
お前を地獄に連れて行けるからな!」と
「ちぇっ、お前の都合かよ!」と男は床に唾を吐き、死神を罵った。
死神は何食わぬ顔をし、じっと男を見つめ鎮座している。
今度は男が死神に問うた。
「何故、女を殺したら、俺が死ぬと思うのか?」と
死神は、天井からゆっくりと舞い降りて来て、男の目の前に構え、こう言った。
「お前、俺をみくびるなよ。」と
男は一瞬、怯んだ。
死神はゆっくりと物語った。
「お前は分かっているはずだ。お前がどうしてこの世に生まれ、その不遇の人生の中でどのような役目を担っているかを。
お前は不遇なんだよ。
お前に幸福は無いのさ。
お前は絶望と僻み、妬み、恨みを餌に「怒り」のエネルギーを蓄積し、この世を全うするのみなのだ。
鬱々とした灰色の分厚く、汚れた雲の下のみが、お前の居場所なのだ。
そこには、決して光は当たらないのだ。
「鬱」に抗うため、お前は「怒り」を蓄積しようとした。
それは、至って効果的な手法である。
それは、歴史に名を連ねる悪名高き独裁者、暴君らがこぞって実行したやり方である。
怒り狂い、抗う者を虐殺、粛正し、暗黒の闇に見えた人生に、怒りの松明と血で染まった道標を翳すのだ。」と
堪らず、男が口を挟んだ。
「其れが神の望みか?ならば、神は何を企んでいるのか?」と
死神が青白い炎を吐き、吠えた。
「黙れ!愚か者よ!」と
男は黙ったが、死神を睨んでいた。
死神は、体制を整えるよう、尾鰭を逆に畳んだ。
そして、男の問いの答えも含め、物語を再開した。
「もう一度言う。お前の役目は不遇の人生を全うすることだ。
生まれながらの不遇者だ。
お前を不憫に思う者は居ても、お前を心から愛する者など存在しない人生なのだ。
いいか!
神は選別するのだ。
幸福者と不遇者を。
決して、その二つの者が混在しないようふるいに掛けて別つのだ。
何故ならば、神の創造した運命は、「生」と「死」のみであるからだ。
その「生」と「死」の間に、僅かばかりのトンネルがある。
それが、お前ら愚かな人間が俗に言う「人生」だ。
「生」という入口と「死」という出口の間に、神の目が届かないトンネル、それが「人生」なのだ。
神はそのトンネルも支配する。
神は「人生」も支配するのだ!
不遇者は不遇者として「死」の出口に向かうよう目を光らす必要があるのだ。
何故?
愚か者め!
教えてやろう!
純度の高い運命を全うさせ、来世に導くために…、神は人生を司るのだ。」
死神は物語を終え、天井の四隅の一角に戻った。
男は茫然としていた。
そして、男は震える声でこう問うた。
「お、俺は来世も不遇者なのか…」と
死神は答えた。
「それは神が決める。」と
男は叫んだ。
「幸福かも知れないんだな!来世は?」と
「そうだ。」と
死神は、一言だけ答えた。
そして、死神は四隅の一点の中に消えようとした。
男は叫んだ。
「おい!お前の役目はなんなんだ?おい!答えろ!」と
死神は振り向き、こう言った。
「愚かな不遇者が幸福にならないよう監視するのが、俺の仕事よ!」と
男は怒鳴った。
「くそっ!お前が全てを邪魔したのか?」と
死神は怪訝そうに長い口髭を揺らし、こう言った。
「まだ分かってないみたいだな。お前は不遇者として選別され、運命の入口を潜ったのだ。出口も不遇者として潜るのだ。
俺が地獄に連れて行きやすいようにな!」と
男は言った。
「地獄?俺の来世は地獄か!くそぉ!」と
死神は笑いながら言った。
「心配するな。地獄は来世ではない。
来世は地獄の先にある。」と
そして、死神は青白い炎を吐き、吠えた。
「女を殺し、お前の人生を純度の高い不遇に仕立て上げろ!」と
男は固まった。声も出せなかった。
男をよそに、死神は四隅の点に吸い込まれるよう消えて行った。
暫くして、男は目を覚ました。
男は夢を見ていた。
いや、幻想を見ていたのかもしれない。
男はゆっくりと煙草を取り、火を付け、紫煙を吐き、そして、こう感じた。
「『女を殺せ!』か…
そうだな。
アイツが唯一、俺を愛した人間だからな。
不遇者に愛する者は邪魔なのか…」と
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