死神に曙光が射すまで

教会を燃やせ、十字架を返せ
ジョン・グレイディー
ジョン・グレイディー

【覚醒】第二十三章

殺されても構わない…

公開日時: 2022年2月14日(月) 18:55
文字数:1,414

 甘く、切なく、ノスタルジックな女の心境


 それは、余りにも浅はかで、愚かな思い過ごしであることを、女は次の日に思い知ることとなる。


 一本の電話に、受付の若い職員は苦渋の表情を浮かべ、対応している。


「はい…、御用件は伺いましたが、御対応できるかは、先生にお聞きしないと…、はい…、申し訳ございません…、はい…」


 その職員は既に10分以上、一本の電話に捕まっていた。


 見かねた、先輩の職員が、一旦、間を取るよう、サインを送った。


「申し訳ございませんが、少々、お持ちください。」


 やっとのこと、受話器を置いた若い職員は、先輩の職員に急いで、電話先の要件を伝えた。


「昨日、薬を貰った○○さんです。また、薬を失くしたから、貰いに来ると言うんです。」


「えっ、また!」


「はい…、今すぐ行くから、用意しとけ!と…」


「流石に、2回目は診断しないと出せないわよ!」


「分かってます。そう、お伝えするんですが、前回は診断しなかったではないか!何故、今回は診断が必要なのか?根拠を示せ!と仰るんです…」


「根拠なんてないわ…、本来、診断無しでお渡しした昨日が不適切な対応だったからね…、理由はともあれ、必ず面談してから渡さないから…、こんなことになるのよ…」


 先輩の職員が、昨日の医師の対応をチクリと揶揄った。


 そして、若い職員の代わりに診断室に入り、医師に指示を促した。


「先生、昨日の○○さんから電話が掛かってます。また、薬を失くしたから貰いに来るそうです。直ぐに用意して置けと強く言ってます。先生、電話、代わって頂けませんでしょうか?」と


 医師の表情が曇った。


 そして、信じられない台詞を吐いた。


「薬をお出ししなさい。」と


 職員は唖然とし、こう言った。


「診断もせず、薬を渡すのは…」と


 女が言った。


「私が電話に出ます。」と


 医師が、止める間もなく、女は受付に行き、電話を代わった。


「お話はお伺いしました。薬は処方しますが、医師と面談が必要になります。」


 女は、瞬時の事柄に、昨日までのノスタルジックな感覚は消え失せ、事務的な口調で言葉を発してしまった。


 その直後、女は震えた。


「お前は誰だ。名前を言ってから話すのが常識だろう。」


 低く太い声が女の鼓膜に突き刺した。


「あっ、はい…、申し訳ありません。あの…、看護師の○○と申します。」


 女は男の罠に簡単に掛かってしまった。


「○○?医師と同じ名前だな?医師の奥さんかな?」


 女は「そうです。」と答えた瞬間、男が次に述べる言葉が怖かった。


 が、


 そのとおりの言葉が、女を襲った。


「お前か!俺だよ!お前に捨てられた野良犬だよ!医者の女房か!さぞ、お幸せだろう!」


「…………」


「腐れ!返事せんかい!コラァ!」


「…………」


「今から薬を取りに行く、用意しとけ!ボケが!」


「プツリ」と電話が切れた。


 受話器を握る女の手は、震えていた。


 女はショックの余り、卒倒しそうになったが、本能的に逃避するよう診断室に入り込んだ。


 女は、また、男から逃げた。


「あの人、私を恨んでる…、やっぱり、私を憎んでいる…」


 女が35年間、恐れていた最悪の想いが、現実となった。


 更に、このダメ男の医師の元に逃げ込み、復讐の怒りに満ちた男を迎える…


 本当は、愛しくて、恋しくて、堪らない最愛の人に、恨まれ、罵倒される地獄の時間が間近に迫っていた。


 医師が女にこう言った。


「診るべきかな?」と


 女は、この情けない一言に我を取り戻し、こう感じた。


「私はあの人を怖がらない。そう、殺されても構わない…」と

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