聖と魔の名を持つ者

~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~
草沢一臨
草沢一臨

(四)デラネトゥス家にて

公開日時: 2020年11月29日(日) 15:10
文字数:3,970

 九月十八日、デラネトゥス家の三女、エラゼルの誕生日を祝う会が、王都にあるデラネトゥス家の別邸で催された。

 夕刻、邸宅には招待客が次々とやってきていた。

 そんな中、不安な心持ちで一人の少女が受付を済ませていた。結局、断るすべも無く、この場に来たラーソルバール。

 周囲の視線が刺すように痛い。誰だ、この小娘はと思われているに違いない。知っている人が誰一人居ない中に放り込まれて、どうしたら良いか分からない。

 右を見ても左を見ても、華やかな衣装を纏った人ばかり。場違いな所に居るという自覚はある。


「はあぁ……」

 会場に入ると、思わずため息が出た。

 終わるまでの辛抱だと、自分に言い聞かせる。ラーソルバールにとっては、苦行でしかなかった。

 何人かの貴族の息子が、時折チラチラと様子を伺ってくる。

 好奇の目だろうか。

 フェスバルハ伯爵から貰ったドレスに身を包んでいるものの、耳飾り以外の装飾品は安物。さぞかし貧乏貴族が着飾っているように見える事だろう。

 出かける前、昼頃に何故かエレノールがやってきて、化粧と着付けと装飾品のコーディネイトをしてくれた。終わった後、彼女はくるくる回りながら「美しさ完璧です!」等と、叫んでいたが、自分では良く分からない。壁の近くで立ち、どうしたものかと悩んでいた。


「おや、こんな所に美しい淑女が」

 見た事の無い青年が近寄ってきた。優雅な物腰が流石は貴族と思わせた。

 派手さは無いが、美しく繊細な衣装を身に纏っているが、衣装に負けぬ存在感と気品を持った人物だった。

「お褒めに預かり光栄です。私はラーソルバール・ミルエルシと申します。どうぞ宜しく御願い致します」

 できる限り優雅にと心がけ、挨拶をする。

「ウォルスター・ヴァストールと申す。宜しく頼む」

 ちょっと待て…。ラーソルバールは一瞬固まった。

 ヴァストールと言えば、王家じゃないか。ウォルスターとは、第二王子の名だったはず。

「う、ウォルスター殿下であられましたか。知らぬ事とは言え、跪きもせずご無礼を致しました。申し訳ございません」

 片膝を付き、頭を下げる。危うく声が裏返るところだった。

「ああ、気にせずとも良い。こちらがそなたの美しさに惹かれ、寄ってきただけなのだから。本来先に名乗るべきは私の方だ」

 ウォルスター王子は手を差し伸べて、立ち上がるよう促す。

「有難うございます」

 ラーソルバールは手を取り、立ち上がりながらチラリと王子の顔を見る。

 茶色い髪に、青い瞳。気品のある顔立ちに、流石は王子だな、と感心した。

「君は、エラゼルの友人かい」

 いきなり答えにくい質問をされたが、体裁というものが有る。

「はい、一応。幼年学校時代から……」

 言葉を濁して答える。

 あまり王子と一緒に居ると、誰かに睨まれそうで怖い。上手くあしらって、早くこの場から逃れたい。ラーソルバールは逃げ道を探していた。

「私もエラゼルとは旧知の仲で、今日は楽しみにしていたのだが、良い出会いもあったし………おっと、兄上を待たせていたのだった。済まない。ラーソルバール嬢、また会おう」

 そう言い残すと、王子は慌しく別の場所へ行ってしまった。

 余所の貴族の痛い視線に晒される必要も無くなり、ラーソルバールとしては有り難かったが、また一人で取り残される事になってしまった。


 皆が誰かと立ち話をし、主役の登場を待っている。

 だが、ラーソルバールの元には誰も来ない。王子と話したとはいえ、他の人々にしてみれば、誰とも分からぬ者の近くには寄りたくないという事だろうか。

 暇なので、誰か見た事のある人は居るだろうかと、周囲を見渡す。あれは軍務大臣で、あれは外務大臣。冷静になって見てみれば、多少は分かるものだ。と思ったのだが、こちらが知っていても、向こうはこちらを知っている訳では無い。

「よう、ラーソルバール」

 呆けていたところに、思わず声を掛けられたので、飛び上がりそうになるほど驚いた。

 声のした方へ振り向くと、そこにはフェスバルハ家の長男アントワールが立っていた。

「遅くなってすまなかったな」

「え、何で、アントワール様がここに?」

 状況が理解できない。招待されていたとは聞いていない。

「父上もグリュエルも居るぞ。エレノールから聞いてなかったか?」

「え? エレノ……」

 アントワールの言葉で、今日来る前に彼女から「心配しなくても味方が居るから大丈夫です」と、意味ありげに言われた事を思い出した。

(いや、何で素直に教えてくれないのさ…小悪魔め……)

 心の中で、小さく怒りをぶつけた。

「あはは……」

 素直に言って良いか分からず、空笑いで誤魔化した。

「なんだ、またエレノールのいたずらか」

 呆れるようにアントワールが笑った。

 害にならない程度のいたずらは、彼女にとっては日常茶飯事なのだろう。それが伯爵家の生活に少しだけ彩を持たせているのかもしれない。

 実際に、エレノールがフェスバルハ伯爵家にも招待状が届いているのを知ったのは、ラーソルバールの招待状を見て帰った後だった。

 エレノールはラーソルバールの件を伯爵に伝え、指示を仰いだ。それを受けてフェスバルハ伯爵は、王都の別邸に到着後「後援の無いラーソルバールを助けよ」と、エレノールをミルエルシ家に送って仕度させたのである。


「おお、ラーソルバール嬢、美しく仕上げられてきたな」

 フェスバルハ伯爵が他の貴族との挨拶を終え、アントワールのもとへやってきた。次男のグリュエルのお披露目も兼ねているのだろう。

「フェスバルハ伯爵、お久しぶりでございます。色々とお世話になり、有り難く思っておりますし、色々とご迷惑をおかけし、申し訳なく思ってもおります」

 ラーソルバールは深々と頭を下げた。

 感謝してもしきれない。それだけの恩義があると思っている。

「何を仰るか。私がこの場に居られるのも、先日の件があればこそだ。例を言わねばならぬのはこちらの方だ」

 快活に笑うが、場を弁え大きな声は出さない。

「それにな……」

 伯爵はラーソルバールの耳元に顔を寄せる。

「陛下から内々に、年末に入れ替えとなる大臣就任の打診を頂いた」

 小声で伝えられた内容にラーソルバールは驚き、喜んだ。

「まことでございますか!」

「しぃー、声が大きい」

 伯爵に窘められ、ラーソルバールは口元に手を当てた。

「それはおめでとうございます……お受けになられるのですよね」

 精一杯の慶びと様々な感謝を込めつつも、余所に聞こえぬよう小さな声で祝辞を述べる。

「重責だが、そのつもりだ…」

 伯爵の言葉を聞いて、先程まで重かった気分が、一気に明るくなった。

 陛下への陳情を依頼するなどという、大それた事をしたのだ。迷惑を掛けたと思っていた中にも、良い影響を与えていた事が有ったと知って、少し気が楽になった気がした。

「おや、フェスバルハ殿、美しいお嬢さんと楽しそうですな。確か、貴方に娘さんはいらっしゃらなかったと思うが」

 声を掛けてきたのは、ナスターク侯爵、現軍務大臣だった。


 ほっとした所に突然現れたのが大臣だったので、ラーソルバールも笑顔のまま固まってしまった。

 先程まで、大臣は反対側の壁近くにいたはずだった。

「これはこれは、ナスターク軍務大臣。お久しぶりでございます」

 フェスバルハ伯爵の顔が一瞬こわばる。

「ああ、そんなに硬くならないでくれ、堅苦しいのは苦手なのだ。いつの間にか侯爵などに祭り上げられているが、もともとは私はただの武人だ」

 入学式の折に見た、威厳のある堂々とした姿とは対照的な柔和さが、そこにあった。

「有難うございます。そう仰って頂けると助かります。こちらの娘ですが…」

「ラーソルバール・ミルエルシと申します。現在騎士学校に通っております」

 差し出がましいと思いつつも、自ら名乗り、一礼する。

 相手が軍務大臣であれば、貴族の令嬢である前に騎士学校の生徒である。凛とした態度を示すべきと考えたからだ。

「おお……」

 そう言って、軍務大臣は言葉を止めた。そして一呼吸あけてから、首を傾げる。

「……私の記憶違いでなければ、騎士学校の入学式で宣誓を行ったのは、そなたであったように思うのだが?」

「……あい、間違いございません」

 ラーソルバールの答えに、再び戸惑うような表情を見せる軍務大臣。

「すると、そなたがランドルフと剣を交えて一歩も引かなかったとか、オーガの娘と噂され、注目されておる生徒であったか」

「はぁ……。ランドルフ様とは剣を交えさせて頂きましたが、オーガの娘というのはよく分かりません。オーガ発見の報告をした件でついた名でしょうか……?」

 一瞬、眉間にしわを寄せたが、失礼にあたるかと思い、慌てて笑顔に戻した。

「ふむ。そのような者が、このような美しい娘であったとは知らなんだ。入学式の折は、遠くて顔までは良く見えなかったものでな。すまぬな、以後、覚えておくとしよう」

「お目汚し、失礼致しました」

 ラーソルバールは頭を下げ、フェスバルハ伯爵の後ろに退がった。

 再び話し始めたフェスバルハ伯爵と、軍務大臣だったが、伯爵が長男と次男の紹介を終えると、軍務大臣はまたいずこかへ行ってしまった。


「堂々としたものだな」

「伯爵の言を遮って名乗るような無礼を働きまして、申し訳ありませんでした」

 ラーソルバールは伯爵に謝罪した。

「いやいや、『騎士』として、その上司たる軍務大臣に挨拶をしたのだろう? いささかも問題ない。大臣もそこはご承知だと思う。それよりも……」

「それよりも、牙竜将と剣を交えたとか、聞いてないぞ」

 グリュエルが食いついた。

 武に関するものには、相変わらず興味があるようだった。大臣の手前、大人しくしていたが、遠慮をしなくても良くなったので、好奇の虫が騒ぎ出したようだ。

「あはは、いや、その……入学試験で……」

 ぐいぐいと詰め寄るグリュエルに、腰が引けるラーソルバール。

 横で笑うフェスバルハ伯爵に、父と同じような優しさを感じた。


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