聖と魔の名を持つ者

~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~
草沢一臨
草沢一臨

第一部 : 第九章 エラゼルとラーソルバール(前編)

(一)ふたり

公開日時: 2020年11月30日(月) 20:06
文字数:4,332

「お待たせいたしまして申し訳ありませんでした。本日は当家三女、エラゼルの誕生祝いにご出席いただきまして、誠に有難うございます」

 魔法付与された物品を使用してのものだろう。広いホールに声が響いた。

 声の主はデラネトゥス公爵その人だ。幼年学校時代に何度か見かけた気がするので、ラーソルバールでも顔くらいは知っている。

 会場となったホールから出席者の拍手が響く。

「皆様、紹介いたします。三女、エラゼルにございます」

 紹介と共に一段高い場所にエラゼルは現れ、見事にドレスアップされたその姿に皆、感嘆の声を上げた。

「あれがエラゼル嬢か…」

 普段のエラゼルも美しいのだが、やはりこういう時の姿はラーソルバールも見とれる程、一段階違うものだった。

 エラゼルはさらに一歩進み出ると、大きく息を吐き、そして吸った。

「エラゼルでございます。本日は皆様お忙しい中、このような会に御出席下さり、誠に有り難うございます。お初にお目にかかる方も、多いかと思いますが、以後お見知りおき下さいますよう、お願い致します」

 堂々と、そして優雅に挨拶をする。

 さすがに公爵家では教育がしっかりしているのだろう。

「では、本人が皆様にご挨拶に伺います。食事と飲み物を用意致しましたので、暫しご歓談下さい」

 再び公爵の声が響いた。

 用意されていたテーブルに、次々と見るも鮮やかな食事が並べられていく。

 使用人の数が多いためか、食事や酒などの用意はあっという間に終わった。

「綺麗だったわねえ、エラゼルさん」

 フェスバルハ婦人もあちこちで捕まっていたようだが、挨拶に間に合う程度で何とか合流出来、笑顔でラーソルバールとの再会を喜んでいた。

 歓談開始と共に、ラーソルバールは目立たないよう、フェスバルハ家の人々の影に隠れていた。

 時折、フェスバルハ家の息子達の嫁か婚約者かと問われるが、ただの男爵家の娘と知ると、興味を失ったように去っていく。

 貴族社ような階級社会では、そんなものだろうと思っているので、特に気にもならない。

「ラーソルバールちゃんだって、エラゼルさんに負けないくらい綺麗なのに、失礼な人が多いわね」

 そう言って、婦人が代わりに怒ってくれている。

 有難いような、申し訳ないようなで、隣で縮こまる。

 不意に肩をつつかれた。

「で、殿下!」

 振り返って驚いた。そこに居たのはウォルスター王子だった。

 フェスバルハ家の者達も、驚いて固まっている。

 王子はラーソルバールの口元に手をやると、目配せした。

「兄上の近くにいると大臣だとか、ご婦人方の相手で色々堅苦しくてね。少しここで匿ってくれないか」

「は……はぁ」

 ラーソルバール以上に、フェスバルハ伯爵が状況を飲み込めていない。

「どうも、フェスバルハ伯爵……でしたかね。確か以前に一度、お会いしていたかな」

「は、はい、フェスバルハにございます、殿下」

 伯爵は若干緊張気味に、頭を下げた。

「殿下は、この娘をご存知なので?」

「先程、初めて会った。年格好から、エラゼルの友人かと思ったんだが、よくよく考えると、彼女に友人など珍しいと気になってな。見ると綺麗な娘だったので、思わず声をかけてしまった。普段はそんな事はしないのだがな」

 王子は嫌味無く、爽やかに笑った。王子の評判は悪くない。

 女癖が悪いとも聞こえてこないので、案外本当のことを言っているのかもしれない。

「で、先程、ナスターク侯に興味深い話を聞いたのだが」

 あ、まずい話だ。ラーソルバールは悟った。

「この令嬢は面白いな、この顔でかなり剣の腕も立つとか。フェスバルハ家の婚約者か?」

「いえ、半分本気で話を持ちかけましたが、あっさり断られました。知恵も胆力もあるので、できれば息子の嫁に欲しいので…す……が………」

 伯爵が視線をやると、横に居たはずのラーソルバールが居ない。

 良く見ると、ドレスの裾が伯爵婦人の横から見え隠れしていた。

「逃げ足も早いな」

 王子はそう言って笑い、咎めることはしなかった。


「彼女はどうも褒められたりするのが、苦手なようです」

 伯爵が視線をやると、ラーソルバールは少し背の高い伯爵婦人の陰に、すっぽり隠れるようにしている。

「自分の話をされるのも、あまり好きではなさそうだな」

 伯爵の言葉を、王子も苦笑しながら肯定する。

 貴族は褒められて初めて、存在を肯定されるのだと王子は思っている。威張るばかりでは何も生み出さない。褒められる事をして初めて、その特権階級にいる意味を持つのだと。

「全く、貴族の令嬢らしくなく、面白い娘ですな」

 自分の娘を語るように、伯爵は笑った。

「で、貴殿の家族は……」


 伯爵が王子に家族の紹介を終えた頃だった。

「殿下、こちらに隠れておいでだったのですか。王太子殿下が探しておられましたよ」

 声をかけてきたのはエラゼルだった。

「ああ、ここで面白い人物に会ったものでね。兄上は待たせておいていいよ」

 手をひらひらとさせ、兄の事は放っておけと言わんばかりの態度をとる。

「面白い人物、ですか?」

「ああ、そこに隠れている。しかし、エラゼルは旧知の私相手にまで余所余所しいな。もう少し何とかならんか?」

「殿下は殿下です。礼節をもって接することに問題がございましょうか?」

 正論だが、王子はその答えを期待していた訳ではない。

「まあ、それがエラゼルの良いところか。とりあえず、誕生日おめでとう」

「とりあえずとは、失礼ですね、殿下」

 エラゼルは苦笑した。

 その顔も優雅に見えるのだから、恐ろしいものだと王子は呆れ半分に感心した。

「失言だった。取り消す」

 王子は頭をかいて誤魔化す。

 もとより、エラゼルには追求する気が無いので、それ以上は責めない。

「ウォルスター!」

 王太子オーディエルトが弟を見つけたのか、寄ってくる。

「げ、見つかった。フェスバルハ伯、世話になった。また後でな」

 兄の怒りに逆らわぬよう、王子はそそくさと去っていった。

 伯爵は頭を下げると、王子を見送った。

「また後で?」

 頭を上げると、王子の残した言葉が気になった。


「フェスバルハ伯爵でいらっしゃいますか。遠路、足をお運び頂き有難うございます」

 優雅にお辞儀するエラゼル。

 遠くから見た時以上に、発せられるその気品に伯爵は感嘆した。

「本日は公爵家よりお招きに預かり、誠に光栄でございます」

 王子の勢いに圧倒された感もあった伯爵だったが、ようやく冷静さを取り戻した。

「いえ、先日の件、父も感謝しておりました。お招きするのは当然でございます」

 物腰も言葉も柔らかいが、顔には柔和さが足りない。

 伯爵は内心、疑問に思った。彼女は人付き合いが得意ではないのではないか。

 ラーソルバールのような奔放さがあれば、さらに美しさを際立たせることができるだろうに、と。

「こちらの二人が、長男のアントワールと、次男のグリュエル、そして家内です」

 それぞれが紹介に合わせて会釈をする。

 さすがの兄弟も、少々エラゼルに魅了された様子だった。

「そこに隠れているのは?」

 エラゼルはフェスバルハ婦人の背後から覗く、赤いドレスが気になった。

「………あ」

 ラーソルバールがちらりと顔を覗かせた。


「何で隠れているのですか? ラーソルバール・ミルエルシ」

 少々怒ったような口ぶりで、ラーソルバールを咎める。

「いや、何でと言われても。場違いなのが居ると色々と、ね……」

 ラーソルバールは、フェスバルハ婦人に頭を下げると、エラゼルに姿を見せた。

 ばつが悪いからか、ぽりぽりと指で顔をかく。

「来ていないかと思っていました」

 落ち着いた声と態度だった。

 学校で見る、いつものエラゼルとは違う雰囲気に、ラーソルは少し戸惑う。

 いつもはもっと居丈高で、凛としていて……。

 いや、違う。自分の責務を果たそうとしている姿は、いつものエラゼルと同じだ。

「正直に言うと、どうするか悩んだんだけどね」

「そうか、無理に呼び立てて済まない」

 少しだけ申し訳なさそうな顔をする。

 どんな顔をしても、同性をも惹き込むような魅力があるのだと、ラーソルバールは改めて認識する。

「やっぱりエラゼルは綺麗だね。持ってないはずの嫉妬心が頭をもたげてきちゃいそう」

 まじまじとエラゼルを見つめると、僅かに照れたような素振りを見せる。

「世辞はいらない。まず自分の姿を鏡で見てくるといい、嫉妬の必要など無いはずだ」

 フォルテシアのようにぶっきらぼうに聞こえるが、エラゼルの場合はどこか無理をしているような気がしてならない。

 どこからどこまでが本音なのか、分からない。

 何故、付き合いが深い訳でもない自分を呼んだのか。エラゼルに聞きたかったが、上手くはぐらかされて結局何も分からず終わるに違いない。

「花はどこに咲いていようとも、美しければ引き寄せられるように愛でる者がやって来る。これは父上の受け売りだ」

 もしかして気にしてくれているのだろうか。ラーソルバールは少し嬉しかった。

「じゃあ、エラゼルはもっと笑顔で居ればいいと思うよ。更に綺麗に咲けるように」

「む……」

 虚をつかれたエラゼルは一瞬、固まった。

 いつもラーソルバールにペースを乱される。そういう人物だと分かっているのに。

「心がけよう」

 エラゼルはラーソルバールに背を向けた。

 彼女はどんな顔をしているのだろうか。ラーソルバールは気になった。

「下らない余興だと思って付き合って欲しい」

 エラゼルは一旦立ち止まるとボソリと呟き、そのまま去っていった。

 ラーソルバールを呼び出した事に対しての負い目があるのだろうか。エラゼルの言葉と対応は少し意外な気がした。


「友人同士には見えないな」

 様子を見ていたのか、アントワールが話しかけてきた。

「ですよねぇ。彼女にとって、私は敵みたいな位置付けっぽいですから」

「んん? 敵、という感じもしないな」

 アントワールは首を傾げた。何となく感じた程度のものなのだろうか。

「じゃあ、何だと思います?」

「ね、なんだろうね。誕生祝いに呼ばれているんだし、他に同い年くらいの女の子も居ないみたいだから、彼女にとっては一番身近な人なのかもね」

「複雑ですねえ……」

 ラーソルバールはため息をついた。

 他人事なら良いが、当事者としては身の置き所が無いようで困る。

「彼女もラーソルバールのように、真っ直ぐで思い切り良くやれたらいいんだろうけどね」

「ん? アントワール様、今、さらっと馬鹿にしました?」

 怒って詰め寄るふりをする。

「してないよ。褒めたんじゃないか」

「じゃあ、そういう事にしておきます」

 アントワールの慌てた様子が楽しくて、更にからかいたくなった。

「ところでアントワール様、エラゼルに惚れました?」

 歯を見せて、ラーソルバールはにひっと笑う。

「何を言う、そんな事は無いぞ……」

 口では否定しているが、顔を赤らめている時点で説得力に欠ける。

「いひひ……」

 赤いドレスの小悪魔が楽しそうに笑った。


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