「お待たせいたしまして申し訳ありませんでした。本日は当家三女、エラゼルの誕生祝いにご出席いただきまして、誠に有難うございます」
魔法付与された物品を使用してのものだろう。広いホールに声が響いた。
声の主はデラネトゥス公爵その人だ。幼年学校時代に何度か見かけた気がするので、ラーソルバールでも顔くらいは知っている。
会場となったホールから出席者の拍手が響く。
「皆様、紹介いたします。三女、エラゼルにございます」
紹介と共に一段高い場所にエラゼルは現れ、見事にドレスアップされたその姿に皆、感嘆の声を上げた。
「あれがエラゼル嬢か…」
普段のエラゼルも美しいのだが、やはりこういう時の姿はラーソルバールも見とれる程、一段階違うものだった。
エラゼルはさらに一歩進み出ると、大きく息を吐き、そして吸った。
「エラゼルでございます。本日は皆様お忙しい中、このような会に御出席下さり、誠に有り難うございます。お初にお目にかかる方も、多いかと思いますが、以後お見知りおき下さいますよう、お願い致します」
堂々と、そして優雅に挨拶をする。
さすがに公爵家では教育がしっかりしているのだろう。
「では、本人が皆様にご挨拶に伺います。食事と飲み物を用意致しましたので、暫しご歓談下さい」
再び公爵の声が響いた。
用意されていたテーブルに、次々と見るも鮮やかな食事が並べられていく。
使用人の数が多いためか、食事や酒などの用意はあっという間に終わった。
「綺麗だったわねえ、エラゼルさん」
フェスバルハ婦人もあちこちで捕まっていたようだが、挨拶に間に合う程度で何とか合流出来、笑顔でラーソルバールとの再会を喜んでいた。
歓談開始と共に、ラーソルバールは目立たないよう、フェスバルハ家の人々の影に隠れていた。
時折、フェスバルハ家の息子達の嫁か婚約者かと問われるが、ただの男爵家の娘と知ると、興味を失ったように去っていく。
貴族社ような階級社会では、そんなものだろうと思っているので、特に気にもならない。
「ラーソルバールちゃんだって、エラゼルさんに負けないくらい綺麗なのに、失礼な人が多いわね」
そう言って、婦人が代わりに怒ってくれている。
有難いような、申し訳ないようなで、隣で縮こまる。
不意に肩をつつかれた。
「で、殿下!」
振り返って驚いた。そこに居たのはウォルスター王子だった。
フェスバルハ家の者達も、驚いて固まっている。
王子はラーソルバールの口元に手をやると、目配せした。
「兄上の近くにいると大臣だとか、ご婦人方の相手で色々堅苦しくてね。少しここで匿ってくれないか」
「は……はぁ」
ラーソルバール以上に、フェスバルハ伯爵が状況を飲み込めていない。
「どうも、フェスバルハ伯爵……でしたかね。確か以前に一度、お会いしていたかな」
「は、はい、フェスバルハにございます、殿下」
伯爵は若干緊張気味に、頭を下げた。
「殿下は、この娘をご存知なので?」
「先程、初めて会った。年格好から、エラゼルの友人かと思ったんだが、よくよく考えると、彼女に友人など珍しいと気になってな。見ると綺麗な娘だったので、思わず声をかけてしまった。普段はそんな事はしないのだがな」
王子は嫌味無く、爽やかに笑った。王子の評判は悪くない。
女癖が悪いとも聞こえてこないので、案外本当のことを言っているのかもしれない。
「で、先程、ナスターク侯に興味深い話を聞いたのだが」
あ、まずい話だ。ラーソルバールは悟った。
「この令嬢は面白いな、この顔でかなり剣の腕も立つとか。フェスバルハ家の婚約者か?」
「いえ、半分本気で話を持ちかけましたが、あっさり断られました。知恵も胆力もあるので、できれば息子の嫁に欲しいので…す……が………」
伯爵が視線をやると、横に居たはずのラーソルバールが居ない。
良く見ると、ドレスの裾が伯爵婦人の横から見え隠れしていた。
「逃げ足も早いな」
王子はそう言って笑い、咎めることはしなかった。
「彼女はどうも褒められたりするのが、苦手なようです」
伯爵が視線をやると、ラーソルバールは少し背の高い伯爵婦人の陰に、すっぽり隠れるようにしている。
「自分の話をされるのも、あまり好きではなさそうだな」
伯爵の言葉を、王子も苦笑しながら肯定する。
貴族は褒められて初めて、存在を肯定されるのだと王子は思っている。威張るばかりでは何も生み出さない。褒められる事をして初めて、その特権階級にいる意味を持つのだと。
「全く、貴族の令嬢らしくなく、面白い娘ですな」
自分の娘を語るように、伯爵は笑った。
「で、貴殿の家族は……」
伯爵が王子に家族の紹介を終えた頃だった。
「殿下、こちらに隠れておいでだったのですか。王太子殿下が探しておられましたよ」
声をかけてきたのはエラゼルだった。
「ああ、ここで面白い人物に会ったものでね。兄上は待たせておいていいよ」
手をひらひらとさせ、兄の事は放っておけと言わんばかりの態度をとる。
「面白い人物、ですか?」
「ああ、そこに隠れている。しかし、エラゼルは旧知の私相手にまで余所余所しいな。もう少し何とかならんか?」
「殿下は殿下です。礼節をもって接することに問題がございましょうか?」
正論だが、王子はその答えを期待していた訳ではない。
「まあ、それがエラゼルの良いところか。とりあえず、誕生日おめでとう」
「とりあえずとは、失礼ですね、殿下」
エラゼルは苦笑した。
その顔も優雅に見えるのだから、恐ろしいものだと王子は呆れ半分に感心した。
「失言だった。取り消す」
王子は頭をかいて誤魔化す。
もとより、エラゼルには追求する気が無いので、それ以上は責めない。
「ウォルスター!」
王太子オーディエルトが弟を見つけたのか、寄ってくる。
「げ、見つかった。フェスバルハ伯、世話になった。また後でな」
兄の怒りに逆らわぬよう、王子はそそくさと去っていった。
伯爵は頭を下げると、王子を見送った。
「また後で?」
頭を上げると、王子の残した言葉が気になった。
「フェスバルハ伯爵でいらっしゃいますか。遠路、足をお運び頂き有難うございます」
優雅にお辞儀するエラゼル。
遠くから見た時以上に、発せられるその気品に伯爵は感嘆した。
「本日は公爵家よりお招きに預かり、誠に光栄でございます」
王子の勢いに圧倒された感もあった伯爵だったが、ようやく冷静さを取り戻した。
「いえ、先日の件、父も感謝しておりました。お招きするのは当然でございます」
物腰も言葉も柔らかいが、顔には柔和さが足りない。
伯爵は内心、疑問に思った。彼女は人付き合いが得意ではないのではないか。
ラーソルバールのような奔放さがあれば、さらに美しさを際立たせることができるだろうに、と。
「こちらの二人が、長男のアントワールと、次男のグリュエル、そして家内です」
それぞれが紹介に合わせて会釈をする。
さすがの兄弟も、少々エラゼルに魅了された様子だった。
「そこに隠れているのは?」
エラゼルはフェスバルハ婦人の背後から覗く、赤いドレスが気になった。
「………あ」
ラーソルバールがちらりと顔を覗かせた。
「何で隠れているのですか? ラーソルバール・ミルエルシ」
少々怒ったような口ぶりで、ラーソルバールを咎める。
「いや、何でと言われても。場違いなのが居ると色々と、ね……」
ラーソルバールは、フェスバルハ婦人に頭を下げると、エラゼルに姿を見せた。
ばつが悪いからか、ぽりぽりと指で顔をかく。
「来ていないかと思っていました」
落ち着いた声と態度だった。
学校で見る、いつものエラゼルとは違う雰囲気に、ラーソルは少し戸惑う。
いつもはもっと居丈高で、凛としていて……。
いや、違う。自分の責務を果たそうとしている姿は、いつものエラゼルと同じだ。
「正直に言うと、どうするか悩んだんだけどね」
「そうか、無理に呼び立てて済まない」
少しだけ申し訳なさそうな顔をする。
どんな顔をしても、同性をも惹き込むような魅力があるのだと、ラーソルバールは改めて認識する。
「やっぱりエラゼルは綺麗だね。持ってないはずの嫉妬心が頭をもたげてきちゃいそう」
まじまじとエラゼルを見つめると、僅かに照れたような素振りを見せる。
「世辞はいらない。まず自分の姿を鏡で見てくるといい、嫉妬の必要など無いはずだ」
フォルテシアのようにぶっきらぼうに聞こえるが、エラゼルの場合はどこか無理をしているような気がしてならない。
どこからどこまでが本音なのか、分からない。
何故、付き合いが深い訳でもない自分を呼んだのか。エラゼルに聞きたかったが、上手くはぐらかされて結局何も分からず終わるに違いない。
「花はどこに咲いていようとも、美しければ引き寄せられるように愛でる者がやって来る。これは父上の受け売りだ」
もしかして気にしてくれているのだろうか。ラーソルバールは少し嬉しかった。
「じゃあ、エラゼルはもっと笑顔で居ればいいと思うよ。更に綺麗に咲けるように」
「む……」
虚をつかれたエラゼルは一瞬、固まった。
いつもラーソルバールにペースを乱される。そういう人物だと分かっているのに。
「心がけよう」
エラゼルはラーソルバールに背を向けた。
彼女はどんな顔をしているのだろうか。ラーソルバールは気になった。
「下らない余興だと思って付き合って欲しい」
エラゼルは一旦立ち止まるとボソリと呟き、そのまま去っていった。
ラーソルバールを呼び出した事に対しての負い目があるのだろうか。エラゼルの言葉と対応は少し意外な気がした。
「友人同士には見えないな」
様子を見ていたのか、アントワールが話しかけてきた。
「ですよねぇ。彼女にとって、私は敵みたいな位置付けっぽいですから」
「んん? 敵、という感じもしないな」
アントワールは首を傾げた。何となく感じた程度のものなのだろうか。
「じゃあ、何だと思います?」
「ね、なんだろうね。誕生祝いに呼ばれているんだし、他に同い年くらいの女の子も居ないみたいだから、彼女にとっては一番身近な人なのかもね」
「複雑ですねえ……」
ラーソルバールはため息をついた。
他人事なら良いが、当事者としては身の置き所が無いようで困る。
「彼女もラーソルバールのように、真っ直ぐで思い切り良くやれたらいいんだろうけどね」
「ん? アントワール様、今、さらっと馬鹿にしました?」
怒って詰め寄るふりをする。
「してないよ。褒めたんじゃないか」
「じゃあ、そういう事にしておきます」
アントワールの慌てた様子が楽しくて、更にからかいたくなった。
「ところでアントワール様、エラゼルに惚れました?」
歯を見せて、ラーソルバールはにひっと笑う。
「何を言う、そんな事は無いぞ……」
口では否定しているが、顔を赤らめている時点で説得力に欠ける。
「いひひ……」
赤いドレスの小悪魔が楽しそうに笑った。
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