聖と魔の名を持つ者

~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~
草沢一臨
草沢一臨

(二)ふたりの想い

公開日時: 2020年12月20日(日) 14:15
文字数:4,370

「さあさ、お楽しみの前に昼飯だよ!」

 ジャハネートが手を叩いて食事を要求した。それに合わせて、学校の食堂で作られた特別メニューが運ばれてくる。

 会場も、決勝戦前に昼食の時間となる。寮の食堂に戻る者も居れば、屋台の食べ物を購入する者もいる。

 賑わう会場には、生徒達の父母も混じっていた。

 わが子の試合を終えても、大会の雰囲気を楽しみに来ている者も多い。事前に申請して、許可が下りれば、一般人も会場に入る事ができる。但し、身分証明の提示など、かなり厳格な審査が行われるのが慣例となっており「狭き食道楽の門」と揶揄される事もある。

「今年は赤と白の対決ですか」

 にこやかに会場の様子を眺めていた軍務大臣のナスタークが、ようやく言葉を発した。

 管轄部署の大会であるだけに、必ず来賓として招かれているのだが、同室に居たジャハネートでさえ、その存在を忘れていた。

「赤と白とは何ですか?」

 サンドワーズが口を開いた。

 大臣が楽しそうにしている理由も良く分からず、気になったようだ。

「いや、ひとり言です。気にしないでください」

 そう言って大臣が笑ったので、サンドワーズは首を傾げるしかなかった。


「ラーソルバール……」

 ふらふらと、フォルテシアがやって来た。その姿を見て、ラーソルバールはほっとしたような顔をする。

「大丈夫?」

「まだ……ちょっと頭がくらくらする……」

「ちょっとここに座ってて。食べ物持ってくるから。エラゼルは?」

 ちらりと対戦相手を見やる。

「私はいい、気にするな!」

 予想通りの答えが返ってきた。

「ん。じゃあ、フォルテシアを見ていてあげて」

 ラーソルバールは小さな袋を手に、屋台へと駆け出していった。

(そういえば、アル兄やエフィ姉はどうなったのかな)

 二年生の会場は隣だが、フォルテシアも心配なので早く戻りたかった。

 狙っていた店が、偶然行列が途切れたところだったので、慌てて店に駆け寄ると、お目当ての商品を三つとお茶を注文した。


「貴女はラーソルバールが嫌いなのか?」

 フォルテシアらしくなく、自ら口を開いた。

「ん? 私に聞いているのか?」

「他に…誰もいない」

「……ふむ。答える義理は無いが……。好きとか嫌いとかいう話では無い。恩も有るしな。ただ、倒すべき相手、というだけだ」

 きまりが悪いのか、エラゼルは空を見上げた。

「倒したらどうする? 倒せなかったらどうする?」

「さあ……。その後考える」

「フフ……貴女は嘘をつくのが下手……」

 フォルテシアは笑った。接点の少ない相手に笑う姿など、シェラが居たらあまりの珍しさに驚いた事だろう。

「私は嘘などついておらぬ」

「じゃあ、自分に嘘をついてる?」

 フォルテシアは首を傾げた。

「自分に……?」

 エラゼルはそう言うと、口をつぐんだ。

 そこへ、ラーソルバールが腕に色々と抱えて戻ってきた。

「はい、フォルテシア、お茶とって。こぼさないようにね」

 そう言って椅子に置いたトレーの上から、コップを取って渡す。

「はい、エラゼルも」

「な……?」

 差し出されたコップに戸惑うエラゼル。

「私はいいと言った!」

「もう、三つ買っちゃったから文句言ってないで。毒なんか入ってないし」

 更に抵抗しようとするエラゼルに無理矢理渡す。ついでとばかりに、大きな葉に包まれた物体も渡す。

「食べたかったやつなの。付き合って」

 フォルテシアにも渡しつつ、自分も葉の包みを開く。中には、野菜と肉を挟んだパンが入っていた。

「いや、だから……」

「文句を言わない……」

 エラゼルの言葉を制して無理やり手渡すと、自身は大きな口を開けてパンにかぶりつく。しばらく咀嚼してから飲み込むと、ラーソルバールは笑顔を浮かべた。

「美味しい!」

 喜ぶラーソルバールの横で、フォルテシアは黙々と食べ続けている。

 その様子を見たエラゼルは、仕方なく自身も包みを開いて噛みついた。

「……!」

 パンを口の中に入れた次の瞬間には、エラゼルの目はキラキラと輝いていた。


 三人が軽食を食べ終わる頃、周囲にも人が戻り始めていた。

 二人の決勝戦は、もう少し後、二年生の準決勝が終わってからの予定となっている。

 アルディスと、エフィアナの事が気になっているので、隣の会場に行って観戦しても良いのだが、人ごみで戻ってくるのも大変そうなので、動く気になれない。

 一年生の決勝戦後に、二年生の決勝戦が行われる事になっているので、結果はその時になれば分かるだろうと思っている。


 食堂から戻ってきた生徒に混じっていたシェラが、フォルテシアを見つけ、凄い勢いで駆け寄ってきた。

「フォルテシア、大丈夫だった?」

 シェラも試合後に担架で運ばれるフォルテシアを見て、臨時救護室まで行こうとしたそうなのだが、人ごみが邪魔で動けなかったらしい。

 慌てて駆け寄るラーソルバールの姿を観覧席から見て、任せようと思ったとシェラは語った。

 そこまで話したところで、すぐ近くに座っているエラゼルに気付き、シェラは軽く頭を下げる。

 そして、フォルテシアの腕を軽く掴んだ。

「フォルテシア、戻るよ」

「あ、フォルテシアは安静にって言われてるから、無理させないでね」

 ラーソルバールは、フォルテシアを連れて行こうとするシェラに呼びかける。

 シェラはそれに頷くと、ふと何かを思い出したように止まった。

「あ、そうそう、アルディスさんもエフィアナさんも勝ち残ってるみたいだよ。えーとあと、マデ……なんとかさん、もうアルディスさんに負けちゃったみたいだよ」

 シェラの言葉を聞いて、ラーソルバールは安心したように笑顔を見せた。

「また、あとでね」

 シェラは手を振ると、フォルテシアと共に人ごみに消えていった。


「……思い出した。報告がある」

 シェラ達が居なくなって間もなく、二人になった気まずさもあるのだろうか、エラゼルが沈黙を破った。

「昨日、家の者に聞いたのだが、姉上を暗殺するよう指示した者が、捕縛されたのだそうだ。」

 誕生会の一件に関する話だった。イリアナの顔が頭に浮かんだ。

「良かったね、これでちょっとは安心できるね」

「うむ、一応な。これがどうも身勝手な恨みが原因らしくてな。相手はどこかの貴族の御曹司で、何処かの社交界で、姉上に一目惚れしたらしい。だが、見向きもされずに軽くあしらわれたと感じたので、殺そうと思ったというのだ」

 迷惑な話だ。とはいえ、犯人捜しは、どうやってその相手に辿り着いたのだろうか。

「姉上の所に送られてきた先方からの手紙が、何通か未開封で残っていてな。中に脅迫めいたものが有ったらしい」

 疑問に思ったところで、丁度エラゼルの口から聞くことができた。

「で、調べてみたら…ということか……」

「そういうことだ。でな、悪い話も有って、例の暗殺者どもの行方は掴めておらぬそうだ。捕まえた連中も口が固くてな」

「まあ、狙われるときは二人一緒だよ」

 ラーソルバールは意地悪く笑って見せる。

「致し方ない」

 エラゼルは大きく溜め息をついた。

 直後に隣の会場で大歓声が上がる。勝負がついたのだろうか。

「気になるのか?」

「まあね、兄と姉みたいな幼馴染二人が勝ち残っているらしいから」

 それを聞いてエラゼルは、ふんと鼻を鳴らした。

 このエラゼルの反応は何を意味するのか、良く分からない。ただ、ラーソルバールに向けられる態度には、以前のような刺々しさは無い事は分かる。

 それはエラゼルはが変わったからなのか、自身が変わったからなのか、ラーソルバールには分からない。

 そんな事を考えながら エラゼルを見つめる。

「さて、馴れ合いもここまでだ」

 言葉と共に、エラゼルの顔から穏やかさが消えた。


 エラゼルの瞳は試合場を超えて、空を見つめる。

 この日を待ちわびて、どれだけ剣を振ったか。これから戦うのは自らの前にある壁。

(ようやく……)

 何年も追ってきた相手との対戦を前に、想いを込めて拳を握る。

 今、横を見ては駄目だ。

 きっとそこには、まだ穏やかな顔をした宿敵が居るはずだ。見てしまえば決意が鈍る。

 姉のために戦ってくれた恩人でもあり、数少ない対等に話せる相手でもある。

 迷うな。自分がここまでやってきたことを、いま証明する。自身に言い聞かせた。


「決勝戦を始める。両名、場内へ」

 いつの間にか、隣の会場の準決勝は終わったのだろうか、人がこちらの会場に戻ってきている。

 審判員の呼びかけに応じ、エラゼルとラーソルバールは立ち上がり、歩き出す。

 互いに顔を見合わせる事無く、試合場へと上がる。

 周囲の歓声が二人を包む。盛んに名前を呼ばれるが、声が混じりあい、誰のものなのか分からない。

 あまり注目される事を好まないラーソルバールと、周囲の視線があっても堂々としているエラゼル。

 その様子は、歩みだけでも何となく分かるものかもしれない。

 二人が試合場の中央に立ち、向かい合うと大きな拍手がそれを迎えた。

「制限時間は無い。両者、用意はいいか?」

 審判員の問いに対し、二人は剣を構えて頷いた。

 無駄な言葉はいらない。それは二人共良く分かっている。

 一瞬、エラゼルがニヤリと笑った。

「始め!」

 二人が表情を引き締めた時、審判員が試合開始を告げる。

 だが開始後に二人共そのまま動こうともせず、魔法を使おうともしない。開始直後にどちらかが動くと思っていた観衆は、驚いた。

 ラーソルバールは、エラゼルの力がどの程度のものか測りかねているので、様子を見ようと思っていた。逆に、エラゼルはラーソルバールを誰よりも評価しているので、安易に動こうとしなかった。

 どちらも相手が先手を打ってくると思っていたため、動かなかったのだが、結果的にそのまま睨み合いの状態になってしまっていた。

「魔法ぐらい余裕で使えるくらいの時間を無駄にしてるよ」

 ラーソルバールが苦笑いする。

「なら、自分で使えば良いだろう」

 その言葉に応じ、エラゼルが挑発するように笑う。

 エラゼル自身動きたくてうずうずしていた。自然と笑みがこぼれてくる。

 待ちに待ったこの機会を、倒すべき相手を前にしたこの瞬間を、自分が楽しんでいる事を自覚した。

「ラーソルバール・ミルエルシ! さあ、正々堂々勝負だ!」

 先に動いたのはエラゼルだった。大きく地面を蹴ると、弾ける様にラーソルバールへと向かった。

 慌てずに、ラーソルバールは軽く構えると、エラゼルの動きを目で追う。

 エラゼルは直進すると見せかけて、ラーソルバールの直前で横にステップを踏んで方向を変えた。直後に折り返すような形で差を詰めると、低い体勢から水平に薙ぎ払うように剣を出す。

 ラーソルバールはその剣を受け止めると、上へと弾き上げる。

 そのままエラゼルの横に回りこみ、やり返すように横薙ぎの攻撃をする。

「小賢しい!」

 そう叫びながら、反対へと跳んでそれを避けた。

 僅かにできた二人の距離も、ラーソルバールが追いかけるように詰め、再度素早い切り返しの攻撃を入れる。

 それを、エラゼルが辛うじて剣で受け止めると、観衆から大歓声が巻き起こった。


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