大会は二日目を迎えた。
エラゼルにとって、気になるのは、ラーソルバールの初戦だった。多少は腕の立つ者も居るようだが、気にはならない。
敵はただ一人、と決めている。
どのような試合をするのか。幼年学校の時のように、訓練を思わせる戦い方をするのだろうか。
はたまた、自分と同じように、さっさと終わらせるのか。
それが高揚感であると、エラゼルは朧げに認識した。
エラゼルの視線が注がれる中、ラーソルバールの試合は始まった。
相手はエラゼルと同じクラスの推薦入学の男子生徒だった。
推薦入学者だけあって、弱くは無いし、資質もある。対人訓練でも時折、エラゼルの相手を務めることがある。
(はて、名は何だったか)
だが、エラゼルにしてみれば名を覚える程ではないらしい。
それでも一応は、魔法でもどんどん使って、ラーソルバールを困らせてみろと少々期待してみた。
エラゼルの思惑通り、動き出す前に、何か魔法を使用していたようだ。恐らく、速度上昇と魔法盾あたりを重ねがけしたのではないか。
自信を持って突っ込んだように見えたものの、手を出す前に、ラーソルバールの一撃であっさり勝負がついてしまった。
「ふむ……」
容赦ない。エラゼルは大きく息を吐き、苦笑した。
エラゼルとは違い、寸止めに近い軽い当て方で済ませる辺りが、ラーソルバールらしいと思わせる。
「やる気が有るのか、無いのか」
表情も変えずに引き上げてくるラーソルバールを見て、エラゼルは呆れた。
この日はガイザの他、エミーナや、グレイズ、ジェスターらが登場し、難なく初戦をクリアしていった。
意外だったのが、隣室のミリエルだった。
戦斧を手に、ひと降りで相手を倒してしまったのだ。
女戦士さながらの見事な戦いぶりに、ラーソルバールは思わず拍手をしていた。
食事を共にした事はあるが、稽古をした事もなく、噂も聞かない。少々楽しみにしていたのだが、良い意味で期待を裏切られる形になった。
興奮気味にラーソルバールが「私も頑張らないとね」と言った瞬間、シェラは眉間にシワを寄せた。
「アナタはこれ以上、何を頑張るって?」
よく分からないが怒られた。
「ガイザが強くなったのは勿論だけど、グレイズも相当腕を上げたね」
話をそらそうと、この日に有った試合の話を振ってみる。
「ジェスターも休学中に、何をしていたか分からないけど、強くなったみたいだね。戻って来てからは、大人しくしてたみたいだけど」
何とか誤魔化せたようだった。
時折ラーソルバールを睨んだりするものの、それ以外は以前と違って大人しく見える。
むしろ、何か思うところが有りそうなので、考えを改めたと受け取るのは、時期尚早な気がする。
「そう言えばさ、昨日お父様が見に来てくれたんだけど」
「?」
「知り合いの方から、デラネトゥス家の誕生会で、白のドレスと赤のドレスを着た二人の共演が素晴らしかったって、聞かされたんだってさ。何の事だか、知ってる?」
「え?」
シェラの言葉に、思わずむせかえる所だった。
「エラゼルさんの誕生会行ったんだよね?」
「う…うん、出席だけ……」
「白のドレスはエラゼルさんとして、赤のドレスってラーソルでしょ?」
こういう時のシェラは鋭い。
「何したの?」
「何もしてないよ。公爵から会の出来事については守秘義務が有ると言われているから」
さすがにシェラ相手でも、暗殺者と戦って王子と踊りました等とは言えない。
「なぁんだ、つまんない。どうせ色々しでかして来たんだろうと思ったのに」
「人聞きの悪い……」
それ以前に妙な噂が立っている方が気になる。内容が暴露されていないだけ良いが、今後どうなるか分からない。
変な尾ひれがつかなければ良いが。
少し不安になったラーソルバールだった。
父親、という言葉で思い出す。
「お父様かぁ……、父上は多分来てくれないだろうなあ」
先日帰宅した際に、大会の日程も伝えているが、体の不自由な父が、司書の仕事に都合をつけてまで、来てくれるだろうか。
父との関係が悪いわけでもないし、他の家庭を羨むつもりはないが、もっと健康であってくれたらと、時折無いものねだりをしてしまう。
だから、せめて父に褒めて貰いたい。
いつもはしないが、この大会には少しだけ個人的な感情を混ぜてしまおう。恥ずかしくない結果を父に持って帰るために。
大会は順調に三日目に突入した。
この日は二回戦が行われる事になっていた。
誰もが予想した通り、エラゼルは圧倒的な力の差を見せつけ、快勝。
周囲を歓声の渦に巻き込んだ。
シェラはやや腕の立つ男子生徒に手こずったが、日頃の訓練の成果か、これを退けて勝利を飾った。
試合を見ていた観客は意外な結果に見えたようだったが、フォルテシアは平然と受け止めた。「勝って当たり前」と思っていたようだ。
そのフォルテシアも、槍を操る相手に全く自分の戦いをさせることなく、あっさりと勝負を決めた。
ガイザ、グレイズ、ジェスターの男子生徒三名も余裕で勝ち上がり、ミリエルも初戦と同様、パワフルな試合運びで完勝したが、剣よりも軍学志向のエミーナは、剣の腕で上回る男子生徒に敗北してしまった。
エミーナは負けて戻ってきた時も案外あっさりしており、「もっと訓練しないとね」と反省していた。
ラーソルバールはというと、開始直後に突っ込んできた相手の剣を絡め取り、首元に剣を突きつけて即時に終了させるという、全く遠慮の無い試合をして見せた。
個人的な感情は置くとして、ラーソルバールには、将来騎士として戦場で背中を預ける仲間となる者達に強くなってもらいたい、戦場に赴いた際にも皆が無事に帰ってきて欲しいという願望を持っている。
それが同期であれば、尚更だ。
幼年学校当時のように、騎士になる可能性が殆ど無い相手と戦うのとは、訳が違う。
自分のような者に即座に負けるようであれば、もっと訓練をしなくてはいけないと、と考えて欲しい、そう願っての事だった。
エラゼルをして「やる気が有るのか、無いのか」分からないように見えたのは、それが理由だった。
この日の全試合終了後、代表会の招集により、またフォルテシアが連れていかれた。
三日目以降の組み合わせを決めるという事だった。
確かにトーナメント表にでは、明確な記載があるのは二回戦までで、それより上は意味ありげに点線で記されていた。
「ってことは、フォルテシアが帰って来れば、明日以降の組み合わせが分かる訳ね。私は二つ勝った時点で高望みはしないけどさ」
シェラが半ば諦めたように言う。
「シェラさんは、まだこれからが有るんだから、そんな事言わずに」
エミーナに励まされた。自身の試合はもう無いので、案外気楽なのかもしれない。
二回戦が終了した後、生徒達は教室に戻ってきていた。
負けたエミーナはやけ食いするのかと思わせるほど、屋台で食べ物を買い込んできていた。
既にお菓子のような者を口に入れ、満面の笑みを浮かべている。負けた悔しさも吹き飛んでしまった様子だった。
この日以降に試合予定が無い者達は、試合観戦しつつ、屋台で買ってきた食べ物に舌鼓を打っていた。
騎士学校は訓練は厳しいため、食事制限をかけなくとも、太る心配が無い。
それだけに、色々な店が出店するこの大会は、美食大会と言われる事も有る。
王都に限らず、国内各地の店も出店しており、普段は食べられない物を食べることが出来る良い機会になっている。
騎士となり、各地に遠征した際に出された料理でこの大会を思い出し、懐かしむ者も居るらしい。
ご多分に漏れず、ラーソルバール達もいくつか食べ物を買い込んでおり、代表会に行ったフォルテシアの帰りを待っていた。
しばらくして、食べ物が冷めかかってきた頃、ようやくフォルテシアが疲れた顔で戻ってきた。
トーナメントの組み合わせ自体には、代表会は一切関与できないのだが、出席者数名が組み合わせ内容に異議を唱え、会を紛糾させたらしい。
フォルテシアが代表会で受け取ってきた三回戦以降のトーナメント表が、教室内に貼り出された。
役目を終えたとばかりにフラフラと席に戻るフォルテシア。
「あらエラゼルさんの願いが叶ったかな、それともラーソルの願いかな? このまま勝ち上がったとしたら、エラゼルさんと当たるのは決勝になっちゃうんだね」
表を指で辿りながら、シェラが何となく楽しそうに呟いた。
ラーソルバールに渡された串焼きを頬張りながら、フォルテシアは頷いた。
フォルテシアいわく、組み合わせを見たエラゼルは、一瞬会心の笑みを見せたそうだ。
今でもラーソルバールと戦う事に、こだわっているということなのかもしれない。だとしたら、決勝という舞台はエラゼルにとって最高のものなのだろう。
ラーソルバールにはひとつ気になっていた事が有る。
エラゼルの姉、イリアナの言葉だ。
彼女の言葉が本当なら、エラゼル自身、騎士学校に来る気がなく、騎士になろうという意志もなかったという事になる。
エラゼル自身の希望ではなく、デラネトゥス公爵が経験を積ませようという思いから、幼年学校に引き続き、騎士学校を学びの場にと選んだという事だろう。
もしエラゼルの目的が、ラーソルバール自身との対決なのだとしたら、決着がついた後、彼女は何を目的とし、どう行動するつもりなのだろう。
もしエラゼルがここを離れると決めたとしたら、自分には何ができるのだろうかと、ラーソルバールは自問する。
「間違いなく、エラゼルさんはラーソルと戦いたがっているよ。だからエラゼルさんは決勝まで絶対負けないし、貴女も負けられない」
シェラの言葉が胸に刺さった。
考えていたことを見透かされたような気がして、何も言えなくなった。
そうだ。少し馴れ合った程度で変わるはずもない。
時折見せる闘争心と、変わらぬ一途な情熱。幼年学校の頃と何も変わらない。自分は彼女の『宿敵』なのだから。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!