大会最終日の天候は晴天。
五日間の日程で行われ、雨も降らずにここまで行われてきた。エラゼルの願いが通じたということだろうか。
この日の最初の試合はラーソルバールと、ガラーテという男子生徒で行われ事になっていた。
前日、食堂で夕食を取っている際に、対戦相手の話になった。
この男子生徒はガイザのクラスの推薦入学者で、ガイザいわく「槍を得意としていて間合いに入りにくい」という事らしいが、ラーソルバールはこの話を特に聞いていなかった。
「先入観を持ちたくないから情報は要らない」という事だった。
ラーソルバールは更に付け加えた。
「大体、向こうはこちらの事を知らないんだから、不公平でしょ」
そう言われたガイザは、何も言わなかったが、内心思うところがあった。
(お前の情報や噂はあちこちで飛び交ってるから、知らない奴なんかいないぞ。試合もじっくりと見られているぞ)
そうは言っても試合自体は瞬時に終わらせているので、参考にはならないだろうが。
そんなガイザの不安を余所に、試合開始直後ラーソルバールは剣は構えたものの何もせずに立ったままだった。
これは槍の間合いを恐れて動けないに違いない。
ラーソルバールの反応をそう受け取ったガラーテ。自分の間合いで胸元を狙うように槍を突き出したのだが……。
ラーソルバールは剣で槍を軽く受け流すと、そのまま軽く地を蹴って懐に入り込み、即座に胴切りを決めてしまった。
あまりの事にガラーテは理解できず攻撃を続行しようとしたが審判員に制止され、そのまま間を置くことなくラーソルバールの勝利が宣告されて試合は終わった。
力を抜いて軽く当てるにとどめた攻撃が、理解できなかったのだろう。ガラーテは猛烈に抗議したが判定が覆るはずもない。審判員に全く相手にされず、再考の余地一切無しとして追い返されてしまった。
それでも諦めきれないガラーテは判定に対する不服をわめきたてたが、周囲の印象を悪くするだけで、何も得るものは無いという事に気付かない。更に審判員に抗議を継続しようとしたところを、後ろに控えていたエラゼルが眼光鋭く睨んだため、発言を撤回し、逃げるように下がっていった。
「余計な情けをかけるから、敗者がつけ上がる」
苛立ったようにエラゼルが呟いた。その苛立ちは、どちらに向けられたものなのか。それは本人にしか分からない。
そしてエラゼルも剣を握り、ラーソルバールと入れ替わるように試合場へ上がる。
「あとふたつだ」
エラゼルは自分に言い聞かせるように呟くと、しなやかに剣を構えた。
この日試合のある八人は、試合場脇の椅子を使用することになっていた。
試合から戻ってきて椅子に腰掛けようとしていたラーソルバールだったが、試合開始の声を聞いて慌てて振り返った。その直後、エラゼルは相手の男子生徒の腹部に突きを入れて、あっさりと勝負を決めてしまった。
エラゼルの突きはかなりの衝撃だったのだろう。男子生徒は膝をつき、腹部を押さえていた。
「もう少し力を加減したら……?」
ラーソルバールは苦笑いをしながら、ひとりつぶやく。
勝者が宣言されたのを確認すると、表情を変えずにエラゼルは試合場から下りていった。
「そんな物は不要だ」
ラーソルバールのひとり言が聞こえていたのか、隣に居たグレイズが立ち上がりざまに言い放つ。ラーソルバールを睨みつけ、苛立ちを隠そうともしない。
横を見るとフォルテシアも静かに立ち上がり、ラーソルバールに視線を送りつつ微笑んだ。
「いってらっしゃい」
フォルテシアの微笑みに応えるように、笑顔でフォルテシアを送り出す。
「貴様はそこで大人しく見ていろ。この女を倒したらその次だ!」
グレイズはラーソルバールを睨みつけ、試合場に向かっていった。
「始め!」
開始の合図と共に、二人は動き始めた。
魔法の使用は後回しにして、様子を見つつの戦闘になるかと思われた。
しかし、グレイズがフォルテシアに接近し、一気に攻撃に入る。
フォルテシアも、応戦しグレイズの攻撃を受け流しながら、時折反撃を加える。
グレイズもそれを弾き返し、その隙を狙って剣を返して切り付ける。だが、フォルテシアもそれを読んでいたようで、後方にステップを踏み、ぎりぎりの所でかわした。
「ウェン・リルアタータ…風の力よ、大地の…」
フォルテシアは速度強化を使用しようと、詠唱を始めたが、グレイズはそれを許さなかった。
ちなみにシェラと詠唱が異なるのは、生活環境や成長過程、方言によってイメージや言葉遣いが異なるからである。強化するイメージが異なれば、詠唱も異なってくる。
学校では一律のものを教えるが、フォルテシアの場合、入学前から速度強化を使用していたため、使い慣れたものを使用したほうが都合が良かったからでもある。また、学校側もそういったケースを黙認している。
隙を突かれる形で受身に回ったフォルテシア。だが『誰かさん』との訓練で多少の剣の捌きが上達していたおかげで、何とかその攻撃を凌ぎきることができた。
間隙を突いて反撃をしようとした瞬間、グレイズの上からの一撃がやってきた。
(誘われた!)
身を低くして辛うじて受け止めたが、直後に剣に力を加えられ押し込まれる形となってしまった。
力の劣るフォルテシアは跳ね返すこともできず、ただ押し込まれるだけ。何とか抵抗していたところで一瞬、グレイズがわざと力を緩めたため、フォルテシアはバランスを崩してしまった。そして胴がガラ空きになったところに、狙い澄ましたようなグレイズの強力な一撃が襲う。
「グッ…!」
うめき声を上げながら、フォルテシアは弾き飛ばされた。
宙を舞ったあと、腰を打ちつけ頭部を強打したフォルテシアは、そのまま動かなくなった。
「フォルテシア!」
慌てて駆け寄ろうとしたラーソルバールを、審判員が静止する。
「勝者、グレイズ・ヴァンシュタイン!」
勝者が宣言されたが、グレイズは意に介さず、ラーソルバールを指差した。
「次は貴様だ!」
フォルテシアを見ることなく、ラーソルバールを睨みつけると、試合場から下りる。
「お前さんは、色々と狙われてるなあ」
背後からの声に、ラーソルバールが振り返ると、次の試合を控えたガイザが立っていた。
「彼女なら、ちゃんと手当てされるさ。程度が軽ければ、うちの救護室の回復魔法で何とかなるだろう」
冷静に話すガイザ。ラーソルバールとしては、ガイザの言葉通り手当てされる事を願うしかない。
試合がある生徒は、当日中の試合以外での魔法使用は当人の生命の危機に関わる問題を除き全面的に禁止されている。
何も出来ずに苛立つ様子を見せるラーソルバールの肩に、ガイザの手が乗せられる。落ち着かなければいけないと分かっていても、友人の事が心配でならないのだろう。
次の試合のガイザは、フォルテシアが担架で運ばれて行くまでラーソルバールの横で待たされることになった。
「入学試験であいつと何かあったんだっけか?」
「ん、ちょっとね。根に持たれるような事じゃないと思うんだけど」
フォルテシアが気になって仕方がないという様子で、ガイザの言葉にも半分上の空で答える。
「試合場から運び出されたら行ってやれ」
今にも泣き出しそうな顔をしたラーソルバールの頭をポンと叩くと、ガイザは大きく息を吐いた。
自身にも、グレイズに対する怒りがあることを自覚したからだ。
(そこは、お前さんの仕事だな)
ガイザはぐっと拳を握りしめると、慌ててフォルテシアの担架へと駆け寄るラーソルバールの背中を見つめた。
「始め!」
ガイザとミリエルの試合が開始された。
本来であれば見知った二人の試合をゆったりと観戦するはずだったラーソルバールだが、フォルテシアの脇で必死に彼女の名を呼んでいた。
ラーソルバールの呼び掛けにも、意識を失ったままのフォルテシアには届かない。
「ちょっと彼女から離れてて」
エナタルトが落ち着いた声でラーソルバールを下がらせた。
大会用に設置された臨時救護室では、エナタルトの診断のもと救護員が慌ただしく動き、フォルテシアの鎧を外すなどの対応に追われていた。
「腹部と腰部は重症ではないけど、頭は危険だから急いで!」
大会の運営上、怪我人が出ることも、その対応をすることも当たり前となってはいるが、エナタルトの声はやや危機感を煽るものだった。
鎧を外し終わると、救護による回復作業が始まる。
まずは頭部、次に腰部、腹部と回復魔法が施される。
ラーソルバールは見ている事しか出来ない歯痒さに、拳を握りしめた。
その頃、ガイザとミリエルは激しい戦闘を繰り広げていた。
ミリエルの攻撃を剣で捌き、危険な場面こそ無いものの、未だに懐に飛び込めずにいる。
それはミリエルが大振りを避け、堅実な試合運びをしているからでもある。大振りをすれば危険な相手だと分かっているからだ。
堅実な戦いだからこそ、ガイザはその攻撃を捌くことを苦にはしない。長期戦になる様相を見せていた。
ここでガイザが一計を案じる。
攻撃を加えてミリエルの動きを止めた後、大きく後ろにステップを踏んで後退し、魔法の詠唱を始めた。
「させない!」
ミリエルが詠唱を阻止しようと、即座に襲いかかる。
それを見た瞬間、ガイザは詠唱を止めると体勢を低くしてミリエルに突っ込んだ。
「フェイクか!」
想定外のガイザの動きに、ミリエルの反応が一瞬遅れた。
「あ!」
ガイザが狙った通りミリエルの斧は出が遅くなり、胴はガラ空きに。そこにはガイザの確かな一撃が加えられていた。
「やられた……」
まんまと罠にはめられたミリエルは、悔しそうに天を仰いだ。
「ふぅ……」
ガイザは大きく息を吐いて、体の力を抜く。同時に、自分がそれだけ気が張っていたという事を自覚した。
「お見事です。まんまと騙されました」
ミリエルが伸ばした手を握り返すと、ガイザは黒髪が乱れるように頭をかいて苦笑した。
「ギリギリの賭けでした。また、お手合わせお願いします」
照れ臭そうに言葉を返すと、軽く頭を下げると、ミリエルは「よろしくね」と笑顔で応じた。
試合の勝者が決した頃、フォルテシアの処置もようやく終了した。
「これで大丈夫よ、ラーソルバールちゃん……でしたっけ?」
エナタルトが半泣きになっていたラーソルバールの肩に手を乗せた。
「ただ、頭部を強打してたから念のため数日間は安静に」
意識はまだ戻らないが、呼吸は安定している。
きっと大丈夫だ。ラーソルバールは自分に言い聞かせる。
「はい……、フォルテシアにも……良く……言っておきます」
涙声で答えた。
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