聖と魔の名を持つ者

~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~
草沢一臨
草沢一臨

(三)困った招待状

公開日時: 2020年11月29日(日) 14:49
文字数:4,038

 暦では一年、つまり恒星を周回するのにかかる日数は三百六十日となっている。

 空に浮かぶ『月』は二つ。大きい月と小さい月が、互いに軌道を重ねることなく、周回している。大きい月の周期である三十六日を一ヶ月と定め、十ヶ月で一年としている。

 その暦で八月も終わり、四月から始まった学校生活も半年を過ぎた。学校の授業内容も変わり、ついていけない者は退学した。成績もの良し悪しも、ある程度固まってきている。

 気持ちを入れ換えてもう一度、頑張ろうと思っていた。そんな中、成績以外でラーソルバールを悩ませる出来事が起きた。


 デラネトゥス家から、郵便物が届いたのだ。

 最初に、寮の部屋に届けられた郵便物の差出人を確認して驚いた。元々、デラネトゥス家からの郵便物など、受け取る覚えも無かったので、間違いではないかとも思ったが、確かに宛名には自分の名前が書かれている。

 恐る恐る開封したのだが、その中身を読んだ瞬間、ラーソルバールは絶句した。

 入っていたのは、三女エラゼルの誕生祝いの招待状だったのだ。

「どうしろと……」

 エラゼルにとって、学友というものの存在が、どういうものか分からないし、ましてや彼女にとっての自分の位置付けが分からない。はて、お愛想だろうか、嫌がらせだろうか、本気だろうか。彼女の性格からして、恐らく嫌がらせではない。

 これは顔を出すだけで良いのだろうか。いや、そもそもこのような場に顔を出しただけで済むのだろうか。

 ミルエルシ家のような下級貴族とは違い、公爵家からのお誘いである。失礼が有ってはならない。そう考えると冷や汗が止まらない。

「ん、父上に相談してどうにかなる問題じゃないし……あ、でも話はしておかないと」

 動揺しすぎて考えがまとまらない。

「フェスバルハ伯爵に…相談してみようか…」

 そう思ったが、これ以上フェスバルハ伯爵家には迷惑をかけられない。

「そうだ、ガイザの所、ドーンウィル伯爵家には招待状が来てるかも」

 思い付いたら男子寮へ急ぐ。藁をもすがる気持ちだ。


 足を踏み入れた事の無い場所だけに、若干の躊躇はある。だが今は迷っている暇はない。

「確か一号棟の一階、六号室だっけ」

 独り言で確認しながら一号棟の前へ。寮母に面会の申請をしてから中へ入る。

 女子寮と建物の作りに大した違いはないが、やはり初の男子寮だけに緊張し、変な汗が出る。

 時折すれ違う男子生徒に振り向かれる。ラーソルバール自身、外見はかなりの美しい方なので、年頃の少年にはさぞ魅力的な存在に見える事だろう。

 実際に誰とはと知らずに、その姿に見とれる者も居た。制服を着て剣を持っていれば、佇まいで気付く者もいたかもしれない。

「ガイザ居る?」

 周囲に聞こえないように、小声で呼び掛けながら六号室の扉を叩く。

「え?」

 扉を開けたガイザは驚いた。

 女子生徒が居るはずの無い寮内に、ラーソルバールが居たのである。

「ガイザ、相談……というか」

 普段見せることの無い、しおらしげな姿に、ガイザは戸惑った。

「何?」

 ガイザは部屋に入るよう促す。

 ため息をつきながら、ラーソルバールは部屋に入った。

「実は……」

 椅子に腰かけたところで、デラネトゥス家からの招待状を見せ、隠さず正直に話すことにした。


「はぁ? 招待状?」

 ガイザは驚いて素頓狂な声を上げた。

「休日の朝っぱらから何を言ってるんだよ」

「いや、本当の話だってば……」

 あまりに突拍子もない話だけに、冗談に聞こえたのだろうか。

「多分、うちには来てないし、来ないと思うな。何でまたラーソルに……って、ああ、エラゼル嬢本人からの誘いか」

 ラーソルバールの困ったような顔を見て、思わず笑ってしまった。

「他に考えられないでしょ。ガイザの家は伯爵家だから、そういうの無しで招待状来るんじゃないの?」

「そんあ事あるかよ。デラネトゥス家といえば、招待客は厳選されるので有名なんだよ。伯爵家でも招待されるだけで名誉な事なんだ」

 ガイザの鼻息が荒い。

「エラゼル自身の友人枠と言っても、彼女は友人を作るような人じゃないしなあ…」

 幼年学校時代と変わらない態度で他人と接する姿を見ていると、友人を作る気は無いのだろうとさえ思える。

「だから、お前なんだろ」

「えー」

 眉をしかめる。

「あからさまに嫌そうな顔するなよ」

「だって公爵家だよ、エラゼル本人がどうとかじゃなくて、私が居たら場違いでしょ」

「彼女だって建前上、友人が要るだろ。助けてやると思ってさ」

 他人事だけに気楽に言ってのける。

「余所だったら取り巻き連中が居るんだから、別に男爵家の娘が友人として居たっておかしくないだろ」

 正論なだけに、ラーソルバールも言い返せない。

 自分は取巻きではないと言いたいところだが、問題はそこではない。


「行かないで済ませる方法、ある?」

「病気、怪我。それ例外は無いな。行かなきゃ失礼に当たるし、親にも迷惑がかかる。そういや親同伴とか書いてあったか?」

「本人のみで良いと……」

 行かずに済ませる方法が無いと聞き、ため息が出た。

 シェラと違って、ラーソルバールには他の貴族に関する、知識も面識も無い。行ったところで、笑顔で挨拶して切り抜ける事しか出来ないだろう。

「いい経験だと思って行ってきな」

「薄情者め…」

 愉快そうに笑うガイザに、恨み言をぶつけたところで事態は変わらない。

「ちょっとは参考になったよ。ありがとう」

 気落ちしながら部屋を出ると、自室に向かってとぼとぼと歩く。

 エラゼル自身を問い詰めることが出来れば楽なのだろうが、そうも行かない。


「仕方ない。父上の所へ報告に行こうか」

 一旦、寮へ戻ると、支度を整えて自宅へ向かう事にした。

 天気は良いが、気分良くという訳にはいかない。重い足どりでも、寮からさして時間もかからず家に到着した。合鍵で扉を開けると、中から話し声が聞こえてきた。

 父と女性の声だ。手伝いのマーサのものではない。しかし聞き覚えが有る声だ。

「エレノールさん!」

 急いで家の中へ駆け込むと、そこには予想した通りの声の主が居た。

「騒々しい。いい年した娘がはしたない」

「はーい、すみません」

 大して反省した様子も無く、客人に駆け寄る。

「ラーソルバールお嬢様。お久しぶりです。とは言え、こんなに早くお会いできるとは思っていませんでしたよ」

 フェスバルハ家のメイドは嬉しそうにラーソルバールを迎えた。


「エレノールさんはどうしてここに?」

「陛下からの褒賞金を頂いたので、ミルエルシ家の分を持って参りました」

 エレノールの鼻息は少し荒い。

 気合いを入れてやってきたから、ではなく、ラーソルバールに会えた事が単純に嬉しいのかもしれない。

「これは受け取れないからお持ち帰りを、とお断りしていたところなんだ」

「伯爵様から『陛下のご意向だと思って受け取って欲しい』という伝言ですので」

 エレノールに引き下がる様子はない。

「そう言われると弱いですね…」

 父は引き下がり、渋々受け取る。

 ほっとしたような表情を浮かべると、エレノールはラーソルバールの顔を見た。


「どうされました? 何かありましたか」

 違和感に気付いたようで、首をかしげる。

「んー、ちょっと…」

「言いづらい事でしたら、私は外しますが……と言うより、用が済んだので帰りますが」

「ああ、エレノールさんが居てくれた方がいいです!」

 ラーソルバールは慌ててエレノールを引き留める。

 エレノールを再度椅子に座らせると、自身は立ったまま鞄から封書を取り出した。

「父上、私こんな物を頂いちゃいまして……」

 そう言ながら招待状を差し出す。

 手に取って眺める父と、横から覗き込むエレノール。


「はぁ?」

 二人が同時に大きな声を上げた。

 驚いて娘を見上げる父の手は、若干震えている。

「お前、デラネトゥス家の御令嬢と仲が良かったのか?」

「知ってるだけだよ、仲がいい訳じゃない…」

「あそこの三女は、真面目で気難しく、人付き合いをしない事で知られています」

 エレノールも困惑している様子だが、しっかりと持っている情報を挟んでくる辺りは流石である。

「当然、出席なさるんですよね?」

「いやいや、そこを悩んでいるんです。彼女は私の事を敵視……というか、凄く微妙な関係なんですよ…。それに向こうは公爵家だし、どうにかならないかと思ってまして」

 嘘偽りなく話すのは、エレノールを信頼しているからだ。彼女にならば、適切な助言を貰える気がしたからでもある。

「会を催す以上、他の方々の目もあります。悪し様にするような相手を呼んだとあっては、公爵家の評判にも関わります。安心して出席なさるとよろしいです」

 横で父はただ頷いている。

 娘の自主性を尊重してくれているのは分かるが、放任なのか放置なのか、時々分からなくなる。

 とりあえず、ミルエルシ家としてどうすべきかは、示して欲しい。だが、そこは権力とは無縁の人。良い案など無いようだった。


「お嬢様は贈答品を何になさいますか?」

 出席を前提とした質問に、ラーソルバールは半ば諦めた。

「考えて無かったんだけど、私は彼女から誕生祝いにスカーフを貰ったんです」

 鞄から美しい絹のスカーフを取り出し、二人を絶句させた。

 見事な染色と、斑の無い織り。安いものではない事は、すぐに分かる。

「……では、それに見合う物を探すという事で宜しいですか?」

「見合う物って言われても、そんなお金…」

何かを買うにしても貰った物に見合う物など買える余裕は無い。

ラーソルバールの顔が曇った。

「ここに有るじゃないか」

 父は受け取ったばかりの、褒賞金が入った袋をポンポンと叩いた。

 どの程度の金額が入っているか分からないが、恐らく目的の物を買っても余るに違い無い。


 エレノールはふんふんと頷くと、ラーソルバールの手を取った。

「さあ、探しに参りましょう」

「え、今? エレノールさん戻らなくてもいいの?」

 ラーソルバールは驚いて聞き返した。

 先程、帰ると言っていたはずだ。

「何の事です? お嬢様は今日は休日なのですよね」

「え、あ、そうですけど…」

 勢いに押される。ラーソルバールは伯爵邸に居た時の事を思い出し、思わず笑ってしまった。


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