大会四日目を迎えると、試合会場の熱気も増してきていた。
生徒の関係者だけでなく、この日からは騎士団長が何名か観戦にやってくる、という話になっている。
騎士団長は特別室からの観戦で、生徒達との接触は基本的に無い。
また学校へも特別な通路を使用するため、生徒達と顔を合わせることも無い。これは生徒たちが群がる事による混乱を避けるための措置だった。
この日は、三回戦、四回戦、五回戦と立て続けに行われる。
翌日は準々決勝、準決勝、決勝が行われるが、こちらのほうが試合間隔が短く、厳しい。
騎士たる者、この程度で音を上げるべからず、といったところだろうか。
三回戦、ラーソルバール、エラゼル、グレイズらは即時に試合を決め、ガイザ、ジェスター、ミリエル、フォルテシアも危なげなく勝ち上がった。
シェラは、開始直後に魔法をしようとした瞬間を突かれ、危ういところだったが、「誰かさんの凶悪な攻撃に比べれば、ゆっくり見えた」そうで、ギリギリのところで剣で受け流し、体勢を立て直した。
以後は相手に遅れをとることなく、堅実な戦いを見せて、勝利を手にした。
三回戦を終える頃には昼食時間は過ぎてしまっていたが、まだ試合の有る面々は合間を利用して、軽い食事を屋台で買って済ませている。
四回戦を迎える頃、シェラは一人沈んでいた。
次の対戦相手が、エラゼルだからだ。
自分は三回戦で負けると思っていたのか、勝ち上がってくるはずのエラゼルと、直接対戦することを想定していなかったらしい。
「エラゼルさんにとって、ラーソルは敵なんでしょ? 一緒に居る私は……」
「敵みたいなもん?」
ラーソルバールは他人事のように言ってみせる。
「ふぇぇ……」
「冗談だよ、エラゼルはそんな所にこだわらないよ」
「そうだといいなぁ…」
この後シェラは試合場へ、とぼとぼと心配そうに歩いていった。
その姿を見て、フォルテシアが少し笑ったように見えた。
シェラが試合場に着くと、エラゼルは既に脇に有る椅子に座っており、前の試合が終わるのを待っていた。
特に目が合うこともなく、シェラは不安を抱えたまま、試合を迎える事になる。
「お手柔らかにね、エラゼルさん」
シェラは少し縮こまったようにして挨拶をする。
「そなたはラーソルバール・ミルエルシの横にいる者か。生憎と私には手加減というものが出来ぬ。死ぬ気でかかって参れ」
元より期待していなかったシェラだったが、おかげで腹が座った。
開始の合図とともに、シェラは大きく後ろにステップをとり、魔法の詠唱を始めた、
「ラン・シェルラータ…我が身に宿る灯火に、更なる力を!」
少しでも抵抗するため、速度強化を発動させた。
「良い判断だ。私相手に何処まで持ちこたえられるか」
ニヤリと笑い、エラゼルはシェラとの差を詰めると、一気に突きの連撃を繰り出した。
そこはラーソルバールとの訓練を重ねた身、速度強化の力も借りて、全て凌ぎきる。
周囲も想定外の出来事に、思わず歓声と拍手を飛ばす。
「次はこれだ」
試すように切りつけるが、シェラも剣で受け流す。そのまま反撃を試みるも、それよりも早く、次の一撃が飛んでくる。
「速度強化の上を行く?」
剣を何とか弾き返して、距離を取る。
「所詮、速度強化など、己の力に多少の上乗せがある程度。基礎が違えば、何もせずとも対応できる。ほれ、そんな事をしていると効果時間が切れてしまうぞ」
エラゼルは手招きで挑発した。
エラゼルの強さに驚きはしたが、想定外だったというわけではない。
ラーソルバールを追い掛け回すのだから、同じような強さが有って当たり前だ。
「できるだけの事はやりますか」
シェラは今度は自分からエラゼルの懐に飛び込んだ。しかし攻撃はエラゼルには届かず、さらりと流され反撃を受ける。
猛攻を少しの間、凌いだところで急に体が重くなるのを感じた。
「くっ……」
「おや、もう終わりか?」
速度強化の効果が切れたのだ。経験の浅い魔法では効果時間も大して長くは無い。
通常の動きに戻ったところで、シェラは何とか二回ほどエラゼルの攻撃を受け流したが、その次の攻撃を腹部に入れられ終了となった。
「ちゃんと、最後は力を抜いてくれましたね?」
腹部への攻撃は、軽く当てる程度のものだった。
「偶然だ……」
エラゼルは顔をぷいと横に向けた。
(誤魔化すのが下手な人だ)
シェラはエラゼルに気付かれないように笑った。
エラゼルに対しての勝利の声が上がると、二人は礼をして試合場から降りた。
「お疲れ様」
ラーソルバールが戻って来たシェラを笑顔で迎える。
「手も足も出なかったよ」
「そう? エラゼル嬉しそうだったよ」
ラーソルバールの言葉通りなら、名前は覚えてもらえなくても良くやったと多少は彼女に認めてもらえたのだろうか。
いや、それは思い上がりだろう。シェラは頭を掻いた。
順調に四回戦を終えたところで、即時に五回戦に入る。
四回戦最後の試合だったガイザが勝利を収め、ラーソルバールのもとにやって来た。
「シェラさん、残念だったね」
ガイザは開口一番、シェラを慰める。
「残念も何も……」
苦笑いで返す。
「ここからはゆっくりも見てられないから、準備しつつだな」
空いている場所に腰を下ろす。
観戦席と試合場には仕切りが無く、階段状になっているので見るには便利になっている。
だが試合場から少々離れているため、周囲の声もあり試合中の声は聞こえない。
四回戦までは、複数の試合場を使用していたが、五回戦からは中央のひとつしか使用しないことになっている。
「最初はエラゼルからだよ」
わくわくしたような顔で、試合を待つラーソルバール。
(なんだ、意外に楽しんでるじゃない)
シェラはちょっとだけ安心した。
試合場には、エラゼルとジェスターの姿があった。
「そこの女! 一撃で地面に這いつくばらせてやるから剣だけ握ってな!」
「何? 貴様、自分が誰に何を言っているのか心得ておるのか?」
「お前が誰だろうと関係ない。一瞬で終わらせる。そしてあのくそ女、ラーソルバール・ミルエルシを滅多打ちにして叩き潰す! 最強はこの俺、ジェスター・バゼットだ!」
ジェスターは、切っ先をエラゼルに向けた。
「……愚か者め。下賎の者が我が宿敵の名を軽々しう口にするな。彼奴を倒すのは、このエラゼルしかおらぬ。貴様など名を覚える価値も無いような路傍の石が、思い上がった口を利くな! さっさと去ねい!」
エラゼルが激怒した。エラゼルを良く知る者がこの場に居たら驚いた事だろう。
普段は情緒の波がそれほど激しくなく、他者に対して多少攻撃的になる事は有っても、あくまでも表面的なもので、内面まで露にすることはない。
だが、この時ばかりは違った。
宿敵の名を軽々と持ち出し、エラゼルの長年の思いを踏みにじるような言葉を口にしたジェスターは、彼女の逆鱗に触れたと言っても過言ではなかった。
圧倒的な存在感と、相手を押しつぶすほどの気迫がジェスターを襲った。
ジェスターには自信があった。休学中にはひたすら剣を降り、研鑽を積んだ。
この剣なら、現役騎士にだって勝てるはずだ。
あの女にも勝てる。
そう思っていた。目の前の相手など通過点に過ぎない。剣を握り、相手の間合いに切り込んだ。
瞬間、体に衝撃が走った。
二箇所、三箇所……。容赦の無い攻撃がジェスターを襲う。
その一瞬の出来事にジェスターは声を出す間もなく膝を付き、崩れ落ちた。
「……勝者、エラゼル・オシ・デラネトゥス」
一瞬の間の後に、エラゼルの勝利が高らかに宣言された。
「貴様など、この場に居る価値も無い。その程度の腕で何ができようか。この私が、あの宿敵のために流した汗の何万分の一にも満たぬ」
冷たく、侮蔑するような視線をジェスターに向けると、エラゼルは試合場をあとにした。
「うへ、聞いてはいたけど、おっそろしく強いな、彼女」
観戦していたガイザが呆れた。
「ここからじゃ、彼女が何を言っていたか聞こえないけど、一瞬、ラーソルを睨んだよな」
「ん……、多分ね」
そう言うラーソルバールの顔が、シェラには少し嬉しそうに見えた。
「さぁ、フォルテシア、いってらっしゃい!」
フォルテシアを笑顔で送り出し、ラーソルバールは自分も支度を始める。
「次勝ったら、明日はずっと鎧を着けっぱなしだね」
「革鎧だから、寒い季節にはいいんだが、着けっぱなしは不便だよな」
ガイザが苦笑いをした。
王都は雪が頻繁に降る地域ではないが、それなりに気温は下がる。年中、天候に関わらず訓練は外で行っている騎士学校生徒としては、天気や気温に文句を言いたくもなるというもの。
それでも文句を言えるだけ、今はまだ体力的にも精神的にも余裕があるということだ。
「しかし、あんな試合見せ付けられたら、勝てる気がしねぇなあ」
「ん?」
「順調に行けば、彼女と準決勝で当たる……んだがな」
ガイザの顔を見て、ラーソルバールはクスっと笑った。
「うまくいけば、ね。でも、その前に負けないようにしないとね。次に勝っても、多分その後ミリエルさんだよ」
人差し指を立ててくるくると回しながら、ガイザをおちょくる。
「ミリエル……って、あの斧娘か。今年の女子は強いのばっかりだなあ……嫌になってくるよ」
「そう?」
あっさりとしたラーソルバールの反応に、ガイザは大きな溜め息をついた。
フォルテシアは順調に勝ち上がり、ガイザ、ラーソルバールもそれに続いた。
エラゼルに破れたことで、戦闘から解放されたシェラは、ようやく一息つくことができた。
気持ちを切り替えて、今日は食べるぞと張り切る。
「美味しそうな物ばっかりだ……」
エミーナと共に屋台の美食を求めて、食べ物の匂いに引かれ、ふらふらと右に左にと店を眺めて回った。
もちろん、ラーソルバールやフォルテシアの試合は観戦したが、負けるとは思って居ないので応援もそこそこに食べ物を満喫している。
美食探求の途中、屋台の前に立って好奇で目をキラキラと輝かせながら食べ物を選ぶエラゼルを見かけたが、当然声をかけられなかった。
(公爵家の令嬢には屋台は珍しいのかな?)
自分も貴族の令嬢だという事を棚に上げて、面白いものを見たとばかりにシェラは笑った。
恐らくは各地の料理を食べる事はあっても、庶民の味には馴染みがないのだろう。
(誤解されやすい人だけど、きっと悪い人じゃないんだろうなあ)
先程対戦したばかりの相手だけに、少々興味が沸いた。
あの強さの根本にあるのは、向上心。ラーソルバールを倒すため、恐らく本人も並々ならぬ訓練をしてきたのだろう。
剣だけではなく、座学の方の成績もやはりずば抜けて良いらしい。たまに掲示される試験の結果など、全科目でほぼ一位を取っているのを見たことがある。噂に違わず、全てにおいて優秀なのだと感心せざるを得ない。
そういえば誰かさんも何かの試験で一位を取っていたが、本人は気にしていなかったっけ。シェラは美食を片手に、ふと今年の出来事を思い出していた。
明日は、きっとそんな二人の対決が見られるはずだ。
エラゼルさんはそれを望んでいるに違いない。
フォルテシアも、ガイザさんも邪魔したら二人に悪いよ。
本人を目の前には言えないが、シェラは明日の決勝に思いを馳せていた。
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