もうすぐ年が終わりを迎える頃、騎士学校が騒がしくなってきた。
恒例の武技大会が開催されるからだ。
会場の設営や出店の手配など、学校職員が慌ただしく動き回っている。
生徒たちも交代で会場設営に駆り出されるため、その分授業も少ない。
やる気を見せる者も居れば、自信が無いのか憂鬱そうにしている者も居る。
ラーソルバールはというと、武技大会について思うところをシェラに聞かれた際には、「行事だからね」と、つまらなそうに答えただけだった。
研鑽した結果を、自身も周囲も確認するというのが大会の目的と言われているが、それでも「よしやるぞ」という気になれないでいた。
「年に一度のお祭りだと思って参加すれば良いよ」
見かねたシェラが、ラーソルバールの頭をコツコツと叩いて諭したおかげで、ようやく考えを改め、少しだけやる気を見せた。
武技大会はトーナメント形式で、学年別に実施される事になっている。
大会日程は五日間となっており、トーナメント戦を勝ち残ればご褒美が有るらしい。
教官から『ご褒美』以外にも、結果次第で成績に多少の加点が有るという話を聞き、成績が怪しい者たちは、手を叩き歓迎したのだが、そう上手い話ばかりではなく、逆に内容の思わしくない生徒には、落第の可能性も出てくると付け加えられると、生徒達は騒然となった。
大会は予め申告した武器での参加となっており、対戦相手の武器にも一喜一憂することになる。
大会前日、フォルテシアが持ち帰ってきたトーナメント表に、クラスの皆が群がった。
誰もが自分の名前を探し、対戦者の名前を確認する。
表自体は、対戦者に対する先入観を持たせない配慮からか、クラスと名前と武器のみが記載された簡素な物となっていた。
ちなみに休学となっていたジェスター・バセットも、数日前に復学しており、トーナメント表にもしっかりと載っていた。
「連絡事項ひとつ目。同一クラスの生徒は二回勝つまでは対戦することはない」
フォルテシアが代表会から持ち帰った情報を伝える。
その言葉に周囲から安堵の声が漏れた。
ラーソルバールやフォルテシアと対戦したくない、という事だろう。
他のクラスはともかく、このクラスでは誰もが教練での違いを目の当たりにしている。
早期での対戦は死活問題でもある。
「ふたつ目、魔法の使用も可能。但し攻撃魔法の使用は禁止となっています」
この言葉でどよめいた。
魔法の使用により、実力が逆転するケースもあるはずだ。
一瞬だが、ラーソルバールの顔を見る者が数名居た。
魔法を行使すれば、あわよくばラーソルバールに勝てるかもしれないと思ったのだろう。
(魔法を使った程度でラーソルバールに勝てると思っているのか)
口には出さなかったが、フォルテシアは呆れたようにため息をついた。
生徒達の期待と不安が混ざりあいながら、武技大会は当日を迎えた。
「これより本年の武技大会を開催する。皆が大きな怪我無く、日頃の鍛練の成果を疲労してくれる事を願う」
いつもと変わらぬ校長の要点だけの短い言葉が終わると、会場が沸き立った。
速やかに初戦の準備が整えられ、即時に開始された。
学年毎に平行で四試合が行われる。一回戦が二日間で行われる予定になっており、シェラとフォルテシアは初日、ラーソルバールは二日目となっていた。
「ガイザさんは二日目だって言ってたね」
自分の出番が近づいてきたせいか、シェラがそわそわし始めた。話すことで気を紛らわせたいのだろう。
「大丈夫? そんなに緊張してたら勝てるものも勝てないよ」
ラーソルバールは落ち着かない様子のシェラの頭を軽く叩いた。
「ラーソルバールとやるよりはマシだろう?」
冗談とも本気ともつかぬ言葉を、フォルテシアは真顔で言った。
「そうだねえ、そう思えば気が楽だわ」
あっさりと納得したように笑うと、シェラは手を振って試合場で向かっていった。
「比較対象が悪い。彼女だって十分に強い」
フォルテシアらしい抑揚の無い呟きは、歓声にかき消された。
「ただいま」
しばらくしてシェラが観覧席に戻ってきた。
「見てたよ。楽勝だったね」
拍手でシェラを迎える。
シェラは試合開始後間もなく、男子を相手に見事な胴切りで勝負を決めた。
先制攻撃を受け止めると、一瞬身を引いて相手のバランスを崩し、胴に切り込んだ。
加減し損なったが、鎧のおかげである程度の衝撃は吸収できていたはずだ。それでも、相手が崩れ落ちたのは、急所に入ったからだと思われる。
「フォルテシアの言う通り、誰かと比べたら、まるで止まっているかのようだったよ」
「相手に失礼だよ……」
ラーソルバールは、冗談めかしく笑うシェラを嗜める。
もうすぐ一年というこの時期に、ここまで生徒の力量差が大きいのは問題ではないだろうか。
あと一年もすれば騎士見習いとして、この学舎から巣立って行かなくてはならないのだから、心配にもなる。当人はもとより、半人前の騎士を戦列に加えることになる騎士団が困るだろう。
そこまで考えて頭を振った。自分も一回戦で呆気なく倒されるかもしれないので、他人事ではないではないか。そうならないよう、日頃から鍛練しているつもりではあるが……。
色々と余計な事を考えながら、ぼんやりと試合を眺めていたが、シェラに呼ばれて我に返った。
「ほら、エラゼルさんが出てきたよ」
彼女の指差す方向に、剣を手にしたエラゼルが立っていた。
彼女の誕生日の一件があってから、二人の距離感が微妙に変わった気がしている。
もっとも、その後に学校や寮で何度かすれ違っているが、特に何が有った訳でもない。気のせいだと言われれば、そうかもしれない。
少なくとも追い掛け回されていない分、前ほどの苦手感は無くなった気はしている。
やはり自分の気持ちの問題なのか。エラゼルを見つめながら、自分を見つめ直しているような気がして来た。
審判員の手が挙げられ、試合が始まる。
エラゼルは武器を構え、一歩も動かない。対戦相手の男子はそれを見ると、勝機と思ったか、エラゼルに駆け寄って斬りかかった。
だがそれが無謀だったと、すぐに思い知ることになる。
軽々と剣は受け流され、男子生徒は腹部に強烈な一撃を喰らって倒れ込んだ。
「あー、容赦ないなあ」
瞬時の出来事だったが、その一振りが誰の目にも分かる、一切の手加減の無いものだった。
シェラとは対照的に、ラーソルバールは冷静にそれを見ていた。
「怒ったからじゃないかな?」
「怒った?」
シェラにはその理由が分からなかった。
「最初、動かなかったでしょ、相手に補助魔法をかける時間を与えた。けど、何もせずに突っ込んできた癖に、腕も大したこと無いじゃないか、って」
ラーソルバールの説明で納得したようにシェラは頷いた。
「良く分かっているんだね、エラゼルさんの事好きなんだ」
「ち……違う、そういうのじゃ無くて……」
赤くなって必死に否定する。
「何となくだけど、そう考えてそうな気がする。彼女、勝っても凄い不満そうでしょ。あれだけ完璧な一撃なのに、だよ」
「何か妬ける…」
シェラが呟いた言葉は歓声に紛れて、ラーソルバールの耳には届かなかった。
「ん? ……何か言った?」
「ほら、フォルテシアそろそろでしょ。行ってらっしゃい」
誤魔化すように、シェラはフォルテシアを送り出した。
フォルテシアは斧を使う女子生徒との対戦となった。
慣れない武器相手にも、フォルテシアは無難な対応をした。開始直後に剣を出して牽制した後、即座に斧の有効範囲をかいくぐり、懐に入り込んで早々に決着をつけてしまった。
「やりにくい相手かと思ったけど、案外あっさりいくもんだねえ」
感心しきりなラーソルバール。
(いやいや、普段どれだけ……)
途中でシェラは思考を放棄した。
「初日はこんなもんかな?」
こういう時にはどうしたら良いか、どう動くかと考えることも多い。何だかんだ言っても、見ている分にはそこそこ面白いものだと、ラーソルバールは少し考えを改めた。
「フォルテシアはこのあと代表会が有るから、戻ってこないって言ってたよ」
フォルテシアを迎えようと、会場を見ていたラーソルバールには意外な言葉だった。
「何か有るの?」
「さあ? 明日以降の運営会議らしいけど、詳しいことは分からない」
会では苦労しているらしいので、今更ながらに代表を押し付けるようにしたのは、申し訳無いことをしたと反省する。
だが反面、色々と経験してあの内向的な雰囲気が少し緩和してくれれば、などという願望がない訳でもない。
何せあの会はある意味強敵揃いだからな……などと考えていたら、その強敵が一人歩いていく。
「お、エラゼル」
「彼女も、もう少し温和だとね……」
シェラが苦笑いする。
「そしたら大変だよ、きっと。あの見た目だからね、求婚だ婚約だと……」
「そうかもねえ……まあ、身分違いの恋で玉砕する人は多そうな気がするけど」
二人は本人の聞こえないところで、話に花を咲かせる。
ふと、エラゼルが立ち止まり、こちらを見やる。そしてすぐにまた歩いていった。
「なに? あの人、ラーソルの居る場所分かるの?」
「あはは、偶然でしょ。でも、もしかしたらシェラの言った事が聞こえたのかもよ」
「無礼者が! って一喝されちゃうわ……」
二人は笑った。
実際、エラゼルはラーソルバールを見たわけではなく、明日以降の天気が心配で、風と雲の流れを気にしただけだった。
決勝まで、晴天であれ、と。
「ところで、二年生のトーナメント表見た?」
「あ、そうだった」
自分達の事ばかり気にしていて、完全に忘れていた。
慌てて、二年生のトーナメント表が掲示されている場所へやって来た。
「えーっと、アル兄と、エフィ姉は……」
二人の名前を探す。シェラも反対側から探すのを手伝う。
「あ、アル兄は勝ってる」
「エフィアナさんも勝ってるよ」
ふんふん、と満足げに鼻を鳴らすラーソルバール。
「あ、アル兄の言ってた、……何とかいう人は?」
「ああ、強いらしい人ね。ええと……忘れた」
名前を忘れる程度だから、まあいいやと思った時、背後から声がした。
「マディエレ・ジラセーラだよ」
「うわっ、エフィ姉!」
「何だい? 化物が現れたようなその反応は」
呆れたような顔でラーソルバールを見るエフィアナ。
「突然後ろから声がしたから、ビックリしたんだよ。二人の様子を見に来ただけなのに」
「こんなあたりで負けると思ってるのか?」
「全然思わない」
即答した。少なくとも、三回戦くらいまでは心配していない。
「なら、戻って自分達の方に専念しな」
「ちぇっ……」
不満そうに頬を膨らます。
「じゃ、エフィ姉頑張ってね」
「あいよ、あんた達もね」
笑顔のエフィアナに、手を振ってラーソルバール達は二年生のエリアを後にした。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!