聖と魔の名を持つ者

~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~
草沢一臨
草沢一臨

第一部 : 第八章 心機一転

(一)次のステップ

公開日時: 2020年11月29日(日) 12:28
文字数:3,901

 騎士団にもたらされた情報は、安堵していた騎士達を再び悩ませるものだった。

 自分達が退治した怪物が、出現報告のあったものと別の個体だったと言われたのだ。

 倒した個体が、報告のあったものだと思い込んでいた。それは間違いない。

「オーガの娘からか?」

 ある騎士が呟いた。

「オーガの娘」とはラーソルバールの事である。本人にすれば、また不本意な名前をがひとつ増えた訳で、喜ぶべき事ではない。

 正確に言えば「オーガを発見し、報告した娘」なのだが、どうやら面倒だったらしく、騎士達の間ではそのように呼ばれるようになっていたらしい。

 この呼び名が、後日また誤解を生む元になるのだが、それは置く。


 納得のいかない騎士たちだったが、調査を終えて処分直前だった討伐個体を、廃棄場から取り戻し、身体的特徴を再度確認することにした。そして、演習場で発見された足跡との比較を行った。

 結果は、完全な別個体と判明。

 決め手になったのは、足の大きさ。そして付近に落ちていた、人のものではない謎の黒い体毛だった。これが、ラーソルバールの言っていた、「黒い体毛」を持つオーガの存在を裏付ける形になった。

 騎士団は慌てて再調査を行ったが、手掛かりになるものは容易に発見できない。入念に調査し、行方を追ったが、柔らかい土が堆積している地点で足跡は途絶えていた。

 このあと、どこへ行ったのか。

「ここからどう消えた?」

 不自然な途切れ方に、誰もが頭を悩ませた。

 足跡を遡っても、ある地点から突如現れ、しばらく移動した後、突然消えたのではないか、という不自然さだった。

 出現地点、消失地点で共通するのは、付近の植物が不自然な枯れ方をしていた事。

 ここで、騎士団の依頼で調査に随行していた、魔法院の魔術師達が仮説を立てた。

「オーガはゲートを通って現れ、門に入って消えた」

 討伐された個体も、門によって現れたのではないか。

 そう考えた魔術師達が調べたところ、やはり同様に植物が枯れた箇所と、そこから始まる足跡を発見した。

 人為的なものか、時空の歪みか。

 もし、街中に同様の門が出現したとしたら、怪物が街中に放たれて、大惨事になる可能性がある。

 出現条件は……?

 今度は魔術師達が頭を悩ませ始めた。

 門が存在するとしたら、もはや騎士団の手の及ぶ範囲ではない。調査は魔法院に引き継がれる事となった。

 怪物が何処かに消えたのであれば、むしろ騎士団にとっては有難い。あとは消えたあと、出た先が何処なのか。国民に被害が及ぶ場所でなければ良い。他力本願的な結論になるが、どうしようもなかった。

 この一連の出来事は、何を意図したものだったのか。

 まだやる事がある。騎士団や魔法院だけでなく、国として調査をしなければならない。たかがオーガ一匹、では済まされない状況になりつつあった。


 騎士学校では、ようやく教育内容が全体的に次の段階に移りつつあった。

 対人戦闘、合同演習に加え、魔法も遂に実践段階に入った。

 ラーソルバールはというと、体内の魔力循環が良化したとはいえ、未だにその扱いに慣れたとは言えず、他人に劣ると言っていい。

 時折、魔法の出力を誤って暴走気味になったりもした。だが、少しずつ改善してきており、本人もそれを実感している。

 オーガの一件で、剣が使えない場合、身一つで対処しなければいけない、ということを痛切に感じた。

 こういった時に有効な魔法を使う事が出来れば、事態を打開できる可能性がある。皮肉にも、これがラーソルバールの意識改革に繋がった。

「少しでも魔法を上手に操る事が出来れば」

 魔力循環の良化と併せ、以前より前向きな気持ちで、魔法という課題に取り組む事が出来るようになっていた。


 授業の最初の魔法は魔力盾シールドである。

 物理的な衝撃を、展開した魔力で吸収、拡散させることにより、損害を減らす魔法だ。

 魔法の詠唱時間などもあり、効果発動までに若干の時間を要するため、使用タイミングが難しい。それでも、激しい戦闘を行う可能性がある騎士団にとっては、非常に重要な魔法のひとつとなっている。

 魔力を前方に展開するのみであれば、案外容易に出来るのだが、それだけでは意味を成さない。

 攻撃が常に前面から来る訳では無い。防御膜を全身に纏わせるようにするのが正しい使用方法、完成形となる。


 本に書いてある魔法の名前を口にするだけで、完全な形で発動するのなら、どんなに楽だろうか。皆、口にはしないが、同じような事を考えていた。

魔力盾シールドと言っただけで魔法が展開できればいいのに」と。

 都合よく行かないが、皆が熱心に練習するのには理由がある。

 魔法の行使自体は使用回数を重ねて熟練度を上げることで、効果も上がる。

 少しずつでも練習することが重要だという認識がある。熟練すると、即時発動で一部分のみ強化という事も出来るようになるらしい。

 相手の攻撃を直前で防ぐということが可能になる訳だが、それはまだ先の話だ。


 神聖魔法の詠唱は、効果発動のイメージ補助、精神集中の役割を持つ。

 精霊達への呼び掛けを行う精霊魔法の場合とは違い、神への呼び掛けを行っている訳ではない。

 詠唱の基本的な部分は同じだが、個人によって内容は若干異なる。それぞれ魔法をイメージしやすいように、アレンジしているからだ。

 誰かにとって有用でも、他者にはそうでない場合が多い。

「エ・ランディオーラ……万物の力に耐えうる、盾を我が身に!」

 ラーソルバールは五度目の挑戦で、ようやく魔力盾の全身への展開を成功させた。

 一安心、というところだが、まだ始まったばかり。上手くいったイメージを忘れないよう練習を続けた。

 慣れない精神集中とイメージ構築を続けたため、ヘトヘトになりつつも何とかこの授業を終えることが出来た。

 ラーソルバールに比べ、シェラやフォルテシアは順調に出来たようだ。

 そこはやはり魔法に対する慣れの違いだろう。

「二人みたいになれたらいいねぇ」

 その言葉にシェラは何も言わず、微笑んで返した。

 魔法に関して、ラーソルバールは自身が他人に比べ、劣っているということは理解している。その言葉は友の姿を羨む意味ではなく、ラーソルバールとしては前向きな発言だったらしい。

 以前とは違う、気持ちの変化がしっかり現れていた。


 後日、オーガに関する情報がラーソルバールにもたらされた。

「本来であれば、教える義務も無いのだが…」

 そう前置きした上で、ラーソルバールの元を訪れた騎士は重い口を開いた。

 騎士は前回と同様、わざわざ学校側と寮に対して許可を取り、寮の備え付けの応接室での対話という形を取った。

 手続きや、報告を省くという事が、騎士としての在り方に反するものだと、判断されたからに他ならない。過去に例を見ない対応だが、騎士としての対応が礼を失するものであってはならない、という事なのだろう。

「私はクラール・カルロッサ。騎士団で今回の件の調査に当たった者だ」

 淡々とした口調で、騎士は話す。

「君の言っていた通り、我々が倒したオーガは、君の見たものとは別個体だということが裏付けられた」

 ラーソルバールは沈黙していた。

 この騎士が何かを言わんとしている事が、分かったからだった。

「ここからは、他言無用だ。その意味は、以降の話を聞けば理解できるはずだ」

 ラーソルバールは無言で頷いた。余計な言葉は必要ない。

「君の見たというオーガは消えた。これは間違いない。調査団の見解では、何処かと繋がったゲートから現れ、そして、同じようにゲートに消えたという事になっている」

「ゲート……ですか?」

「突如足跡が現れ、そして途絶えた。その近辺には何かがあったと思われる痕跡があった」

「それがゲートという事ですか」

 意味が理解できた。だが納得できない点もある。

「誰が、何のためにゲートを作って、何処と繋げたのでしょう?」

「そこは継続調査中だ……」

 教えられないと言われるものと思っていただけに、この反応は以外だった。

 自分のような者にも真摯に対応してくれるのであれば、ひとつ提案をしよう、と思い立つ。

「では、その近辺に生えてくる植物を調査してみてください。時間はかかるかもしれませんし、手掛かりが得られるかどうかも分かりませんが…」

「植物?」

「はい。もしオーガに何らかの種子が付着していた場合、あの演習場には本来ないはずの植物が生えてくるかもしれません。そして…」

「なるほど、その植物の自生する地域と繋がった、という事が立証できるか」

 得心したように騎士は手を打った。

「君は面白いな」

 そう言われてラーソルバールは首を傾げる。殊更に意外な事を言ったつもりはない。

 非常に危険な話をされているという事は理解している。そして少しでも役に立ちたいと思う気持ちもある。自分の立場上、今は騎士団の意に従うことが重要なはずだ。

「私が見つけたオーガは騎士団によって退治され、どこに現れるか分からないゲートの話など聞かなかった、という事でよろしいしょうか」

「それでいい。話が早くて助かる。聞いていた以上に聡いな」

 騎士は最初とはうって変わって、柔和な表情を浮かべた。

「色々と心配ではあるだろうが、我々の方でも全力を尽くす。安心してくれ、とは言えないが、何とかして見せる。それと、君の処遇は今後も一切変わらない。不都合が起きることが無いよう約束しよう。ただ、騎士団内の評価については、私の管理の及ぶ範囲ではない」

 そう言って騎士は最後に苦笑し、頭をかいた。

「最後の一言が非常に不安になるのですが……」

 ラーソルバールは困ったような表情を浮かべ、抗議してみせた。

「ん、善処するよ。では、失礼する」

 笑いながら、騎士は応接室から出ていった。

「ふぅ……」

 ラーソルバールは騎士を見送ると、大きくため息を付いた。


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