風が吹けば戦国武将が来る

とある古本屋の物語
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公開日時: 2021年10月16日(土) 09:59
文字数:1,577

「なんてことがあったんだよな」

 政宗の物語るその歴史に圧倒され、裕人は魂の抜かれたように口を開けていた。伊達政宗の片目は失明していたという話はよく聞くが、こんな物語があったなんて……。彼はなんとも言えない気持ちに包まれていた。

「あっ」

 視線を下に戻すと、お目当ての本が目に入った。『写真でわかる 中世の日常服』。想像してたそのまんまだ。ついさっきまでは政宗の話に魅了されて手を付けてさえいなかったが、少しあとに探せばすぐに見つかるものである。

「政宗さん、これ」

 裕人は迷わずそれを政宗に差し出した。裕人は、それをペラペラとめくり、政宗に見せた。政宗は、それを吟味しているように見えたので、もう少しゆっくりとページを見せ、政宗に目を合わせた。

「う〜ん……」

 熟考している。自分は会社に勤めたことなどないが、プレゼンテーションというものはこういうことなのかと、裕人はこの緊張の時間を心の奥に収めておくことにした。

「いいじゃん」

 その声が響いたのは、かなり長い時間経ってからだった。その間、裕人はなんとなく自分がイケてると思うページを一世一代の賭けと思い、重点的に呈していた。それが功を奏したのか、裕人は政宗の了解を得られたのである。

 裕人は握りこぶしを一つ作った。

 彼はその分厚い本を閉じ、政宗に両手で手渡した。というか参考書なのにこんなに分厚くする必要あるのか? もっとも、そんなことどうでも良くて、政宗はそれを受け取り、かがめていた背中をピンと張った。

「いやー、疲れたね」

「はい。特に腰が」

 適当な言葉を交わしながら、裕人が前を、政宗がそれに付いてレジに向かった。

 そして、すぐに二人はそこに着いた。

「あ、いや政宗さんこっちです」

「え、あごめん」

 二人はカウンターを挟んで向かい合わせになると、裕人は定石通りの言葉を発しようとした。

「はい、じゃあお会け……」

(お会計……。お金……)

 彼はなかなか重要なことに気がついたのだ。向こうは戦国武将。現代の銭なんて持っているはずがない。しかし、ここで止めるわけにもいかない。ここまで来たのだから、政宗には満足して帰ってほしい。しかし、それは容易にはいかない。

 仕方ない。今回ばかりは諦めてもらう他ないだろう。

「あの〜、政宗さん」

「ん?」

「大変申し上げにくい話なんですが……」

 裕人はつい先程まで使い忘れていた謙譲語をここぞの場面で使い、なんとか本人の了承を得ようとした。しかし……。言いづらい。

 二人の間には、不自然に時間が過ぎた。二人がレジで向かい合わせになって……。ちょうど初めに出会ったときと同じだ。

「あ〜、お金のこと?」

 突然の政宗の言葉に、彼は不意を衝かれた。思わず否定しそうになったが、見事に当てられてしまったので否定なんてもののしようがない。しかし、自分がそれほど困っているのもよそに、政宗は続けて発した。

「それなら大丈夫だよ。物々交換でいこう」

「え?」

「ん、だから物々交換しよう」

「ああまあはい、」

 またすぐに聞き返してしまったが、政宗はそれを聞き取れなかったものと誤認した。裕人はそういうことを曖昧にするのを得意としている。生きる術はどこにいても役に立つのだ。

 物々交換……。たしかにこの問題を解決するにはとてもいい方法だ。しかし、一体何と交換するのか。裕人はそれをそのまま質問にした。

「何と交換するんですか?」

「そりゃもちろん、本だよ」

 思わず感心してしまった。そうだ。物々交換なんていう言葉を聞けば、思わず何かと別の何かというのを思い浮かべたが、本と本なら簡単だ。

 ただ、まだ他の問題がある。政宗は本を持っているのか。彼はそれをまた聞いた。しかし、政宗の答えはかんたんだった。

「本持ってるんですか?」

「そりゃ本人が交換しようって言ってるんだからあるよ」

「あっ……」

 また納得させられた。今度からはもう、この男を信じるしかないのだろう。

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