転生トラック

~知ってるか?あのトラック、どうやら異世界に魂を運んでくれるらしい~
珈琲豆
珈琲豆

ある運転手の苦悩

公開日時: 2020年9月1日(火) 20:10
文字数:4,368

午後3時15分。俺は運転中の軽トラックを停車して携帯電話を取り出した。


下路かろです。指定された場所に到着しました」

『確認しました。対象回収後は速やかに次の場所に向かってください。

あと、渋滞で遅れそうな場合は連絡をください。こちらで対処します」


電話が切れると俺は止めていたエンジンをかけ直した。


俺の仕事は指定された時間に指定された場所に行き、指定されたモノをこのトラックの荷台に詰め込んで運ぶ、指示通りに動けばすぐ終わる簡単な仕事だ。今日も指定されたモノを運ぶ為にトラックを走らせている。


場所は閑静な住宅街の一角。今日運ぶモノは、30m先の住宅から出てくる。

「3時19分56.57.58.59…目標確認」

午後3時20分、事前に聞かされていた時間通りに30m先の対象が出てきた。めんどくさそうに家のドアを開けて歩き出す対象を眺めながらタイミングを伺う。


出てきたのはヨレヨレのジャージを着た少年だった。歳は15~18歳くらいだろうか。あまり外に出ていないのか肌は白く、あまり健康であるようには見えない。

俺はアクセルを思いっきり踏込みトラックを急発進させる。ギアを変えてスピードを上げていく。少年はイヤホンをつけてスマホを操作して気が付いていない。


トラックはクラクションを鳴らすことなく、少年と衝突する。トラックと衝突した少年は宙を舞い、ドサッと音を立ててコンクリートの地面に打ち付けられた。


俺は一旦トラックを停車させて、少年のもとに行った。首が変な方向に曲がっている少年の手首を掴んで脈を確認する。


「脈無し。午後3時20分15秒、対象の死亡確認。これより運搬を開始する」


俺は、倒れた少年をそのままにトラックに乗り込んだ。






仕事はまだ終わらない。次は大通りの交差点だ。腕時計を見ると午後4時を過ぎていた。道路は混雑していて、中々進まない。

俺はカーナビを通じて事務所に電話する。

「第一対象は回収完了しました。道路の混雑から考えると…第二対象回収地点に到着するのは4時15分になりそうです」

『確認しました。第二目標の死因の変更で対処します』

「ありがとうございます。でも…大丈夫なんですか?」

『はい。大丈夫です。経緯はさほど重要ではありません。対象を回収することができればなんだって良いんです。では、到着しましたら再度連絡をお願いします』


しばらくして渋滞が解消されると、次の目的地が見えてきた。大きな交差点だ。だが、時間帯に見合わず歩く人は少ない。


俺は道路の端にトラックを停車させ、携帯電話を取り出す。

「目的地に到着しました。時間調整の方をお願いします」

『確認しました。ここの信号は平均1分40秒で変わります。ですので、次信号が青になった…午後4時17分に発進してください。別のスタッフにも伝えてあります』


電話を切って俺は車線に戻った。時計を見ると午後4時16分。歩行者用の信号が点滅を始めていた。


4時17分。予定通り信号が青になったのを見計らってアクセルを踏んだ。


直ぐに道路を少女が飛び出した。天使のように可愛い女の子だ。一瞬目が合って、俺は軽く会釈をした。


少女に当たらないようにスピードを調整すると、少女を追うような形でスーツ姿の青年が飛び出す。歩道を見ると、良い髭の生えたおっさんがこちらを見て親指を立てていた。


進路を少し曲げ、少女を避ける。そして、スーツ姿の青年だけがトラックと衝突するよう仕向ける。ゴツンッという鈍い音と共に青年がトラックと衝突する。青年はそのまま歩道の方に投げ飛ばされる。


俺は急いでトラックを道路脇に停車させ、青年のもとへ向かった。既に先ほどの良い髭の生えたおっさんが青年の脈を確認していた。


「午後4時18分8秒、死亡確認。運搬の方頼みます」

おっさんは脈から手を放して俺に言った。

「ありがとうございます。すみません賀露かろさん、今日は午前の担当でしたよね?」

「それが葉出はでさんにタルト作り付き合わされていたんですよ。それでここの現場にも呼ばれました。今日はもう帰ります?」

「はい。今日は事務所に荷物を運んだらおしまいです。葉出さん…まだイチジクのタルト挑戦していたんですね」

「そうなんですよ…ってすみません、早く届けないと大変ですよね。また後で」


賀露さんはそう言って立ち去っていった。俺も、道端に倒れたままの青年をそのままにトラックに乗り込む。

発進させる前に、座席から荷台を確認する。荷台の中には白いふわふわしたものが2つ浮いていた。


「今日の仕事完了、と」


俺の仕事は指定された時間に指定された場所に行き、指定されたモノをこのトラックの荷台に詰め込んで運ぶ、指示通りに動けばすぐ終わる簡単な仕事だ。今日も指定されたモノを荷台に詰め込んで事務所に帰る。


いくつかのトンネルを抜け、川に沿う形で作られた道路を走る。坂道を下ると、俺の所属する事務所にたどり着く。事務所の駐車場には何台も俺と同じトラックが停車していた。


「お疲れ様です。今日指定の2人分の、持ってきました」

「ご苦労さん。適当に段ボールに入れて置いといて」

「了解でーす」


やられた。普段なら諸須もろすさんが…って事務所なら「モロス」さんで良いのか。

モロスさんがやる梱包の仕事、運んできた魂を段ボールに詰める仕事をやることになるとは。ちょこっと時間に遅れたのがまずかったか。


「ハデスさーん、緩衝材って入れましたっけ?」

葉出さん、改めハデスさんはイチジクのタルトを渋い顔して食べている。

「ん?あぁ…今日のも入れなくていい。それよりイチジクのタルト、食べないか?」

「遠慮しときます。そういえばモロスさんどうしたんですか?」

「彼なら定時に帰ったよ。相変わらず時間に厳しいね」


やれやれ、と運んできた魂を2つの段ボールに入れて事務所の裏の倉庫に放り込む。どれがどれだかわからなくなりそうだが、わからなくなってもかまわないから雑に扱えるのだ。


「じゃ、俺も帰ります。お疲れ様です」

「あいよ、明日もよろしく。あと事務所交流会、日本支部でやってるから良かったら行くと良いよ」


ハデスさんはそう言って、俺に銅貨を2枚渡す。受け取った銅貨をポケットにしまった。

「ハデスさんは行かないんですか?」

「今日は家族サービスでまっすぐ帰ることにしてるんだ」


そういえば今作ってるタルトも、嫁さんに食べさせたいから頑張って作ってるとか言ってたな。

俺は挨拶をして事務所を後にした。


「お疲れ様で~す」

声をかけられて振り向くと、先ほどの天使のように可愛い少女が立っていた。

「あ、お疲れ。沙理さりちゃん」

「も~沙理ちゃんじゃないです!ここではサリエルです!」


目の前の少女はサリエルちゃん。職業は天使、でも今はこっちで勤務している。

「カローンさん、事務所交流会行きます?」


カローンは、冥界に繋がる川の渡し守だ。死者の魂を船に乗せて運ぶのが本来の仕事だ。1オボルス銅貨という駄賃のために。


それが今じゃトラックの運転手だ。時代の流れって奴で川の傍に道路が敷かれ、船には乗らなくなった。随分と楽になったと俺は思うけどな。

ちなみに今日の仕事は特別業務。指定された人をトラックで轢いて、魂だけを事務所に持ち帰る仕事だ。


「あぁ、行く」



時代の流れ、その影響は強い。気が付けば俺の仕事は世界中になったし、事務所にも色々な人が来た。ギリシャ支部に努める俺だって、平気で日本で仕事している。


宗教の多様化っていうのかね。人間が受け入れる神っていうのがどんどん多様化して、日本でも俺の事を知っている人が増えている。骸骨の亀に俺の名前が付けられたそうだ。赤い帽子のデブに踏まれても蘇るんだぜ。


サリエルちゃんと共に向かったのは俺たち魂の運搬屋の日本支部。

「今日はイザナミさんの手料理が振る舞われるそうですよ!」


イザナミさん…確かこの事務所の所長だよな…めっちゃ気性が荒くて1日1000人殺すことを日課にしてるんだっけ?


中に入ると、既に出来上がっている人が何人かいた。良い髭のカローンさんも既に飲んでいる。

「あら、西洋の方じゃない。いらっしゃい」

イザナミさんが俺たちに気が付いてテーブルに案内してくれた。普通に美人なのだが、目に見えるほど負のオーラが凄かった。

案内された席には何人か知っている顔がいた。隣は同じ事務所の棚戸…タナトスさんだ。




俺は魂を運ぶ。その魂のほとんどは、段ボールに詰められて別の場所に運ばれる。

聞いた話じゃ後で転生するらしい。それも別の世界に。最近生者の間でブームらしい。異世界に転生して、チート能力で無双するってのが。

まったく…現世で活躍できないから死んで異世界で活躍したいだなんて、魂を運ぶ俺からすれば迷惑な話だ。特に今日の最初の対象。引きこもり少年だってな。あんな人間の魂、100オブルス貰っても運ぶ価値があるか考える所だ。200年さまよってろよ。


といっても、神は絶対。やりたくなくても仕事は仕事だ。


俺がため息をついていると、良い髭のカローンさんが俺の側に近づいてきた。

「どうしたんです?若いのにため息だなんて」


「あぁ…お疲れ様です。なんか、この特別業務に疑問抱いちゃって」

「転生希望の魂を運ぶことですか?深く考えることはないですよ。ただ、轢いて、ただ、魂を持って帰れば良い。それだけです」

「そうなんですけどね。どうして人間は現世で努力しようって思わないんでしょうね」



「それは、希望が無いからでしょうね。それこそ、生きる希望が」



俺はカローン。冥界への渡し守だ。今はトラックの運転手をしている。

最近は魂を冥界に連れていく仕事の他に、転生希望者の魂を回収する仕事もしている。

仕事内容は簡単。指定された時間に指定された人をトラックで轢いて、魂だけを持ち帰る。


最近は仕事が殺到している。トラックに轢かれて死ぬことに惹かれる人が多すぎるんだ。特に日本。


多すぎるせいで魂の管理は雑だ。どう轢かれるかも適当で良くなった。子供を救って轢かれようが、酔っ払って轢かれようが、故意に轢かれようが、みんな同じように魂だけ回収されて段ボールに詰められる。


送り先だって適当だ。定期的にどこかの世界の神が倉庫に来て回収していく。この魂は特別だとかは決まっちゃいない。何故なら特別扱いできるような魂が無いからだ。ドングリの背比べも良いところだってさ。

「俺(私)は普通の学生 (サラリーマン)」って言うような人が転生を希望するらしい。自分は無個性と主張して、異世界で個性を持ってもう一度人生を歩ませてくださいと神に祈るらしい。時に神様の方から「手違いで…」なんて言っちゃう時もある。でも喜んで異世界に転生を希望するから、進んで手違いを起こす神様もいるって話も聞いたことあったな。



そういえば、俺たちの乗るトラックって生者の間での呼び名があるそうだな。

確か…「転生トラック」だっけ?

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート