完結済 短編 現代世界 / その他

ママをいじめるな! 女の子に手を出すな

公開日時:2022年4月10日(日) 15:37更新日時:2022年4月10日(日) 15:37
話数:1文字数:4,997
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 僕の名前は勇気。

 ママが強い男の子になれますようにって、つけてくれたんだ。

 だから、僕はいつか絶対強くなりたい。

 大好きなママを守れるぐらいの男の子に。


 僕には年の離れたおにぃがいる。

 7歳上のお兄ちゃん。すごく身体が大きくて、頭もいい。

 県内でもトップクラスの高校に入れたんだ。

 柔道をやっていて、全国大会でも優勝するほど強い。

 おにぃは僕にとって、憧れの人かな。


 ある日、おにぃに聞いたんだ。

「ねぇ、どうやったらそんなに強くなれるの?」

「おにぃだって、別にそこまですごくないよ。この家で一番強いのはパパだよ」

 僕はビックリした。

 パパは確かに大人だけど、身体の大きさじゃ、おにぃの方が大きいもん。

 おにぃは柔道だってやってるし……二人が戦ったらきっとパパが負けそう。

「どうして?」

「あのな、パパはおにぃよりも頭が良いし、昔は不良も倒したことあるんだぞ」

 そう言うおにぃの目はキラキラと輝いていた。

 パパの話をするおにぃは嬉しそう。


 でも、僕はあまりパパが好きじゃない。

 夜遅くまで帰ってこないし、早くに帰って来ても酔っぱらってる。

 日曜日も家にいるけど、ずっと怒った顔して怖い。

 僕の大好きなママと話すとき、必ず「おい」とか「おまえ」としか呼んでくれない。

 休みの日は、いつもパパがママに命令して、お弁当を作らせる。

 パパは遊園地とか、公園とか、海に連れて行ってくれるけど、ママが準備していると怒り出す。

「おまえはついてくるな!」

 僕はいつもそれを見ていて悲しかった。

 みんなで仲良く遊びに行けたらいいのに……。

 なんでそんないじわるするんだろう。


 小学校で仲が良くなったひろみちゃんが、家に遊びにきたときだった。

 ひろみちゃんとゲームをして、盛り上がった。

 遊んでいる最中、ひろみちゃんが僕の番なのに……。

「勇気くん、ちょっと貸してよ!」

「なんで? いま僕の番だよ!」

 少しケンカっぽくなっちゃった。

 コントローラーを取り合っている時、僕のひじがひろみちゃんの頬にぶつかった。

「うわぁん!」

 泣き出したひろみちゃんを見て、僕は困った。

「ごめん、ひろみちゃん……」

「ひどぉい!」


 泣き声を聞いたおにぃが、僕の部屋に入ってきた。

 顔を真っ赤にして怒っている。

「勇気! お前、女の子に手を出したのか!」

 鬼のような怖い顔で怒鳴ってきた。

「ち、ちがうよ……これはちがくて…」

「女に手を出す男は最低だって、いつも言っているだろ!」

 僕が言い訳する間も与えてくれず、おにぃに右足を蹴られた。

 何回も何回も……強い力で。

「うわぁん! ごめんなさぁい!」

「いいか、女に手を出すなよ!」

 ひろみちゃんもおにぃの姿に、ビックリしていた。


 そんなことがあって、僕は毎日おにぃに説教された。

「事故だとしても、女の子には絶対に手を出すなよ!」

「わかった。約束する……けど、なんでダメなの?」

 僕がそう聞くと、おにぃは顔を真っ赤にして怒る。

「ダメなもんはダメなんだよ! 勇気は強い男になりたいんだろ? 女の子を守れるような男にならないと……」

 そうか、女の子に手を出すってことは、弱い男がすることなんだ。

「わかった! 絶対に守るよ!」


 ある夜、僕はおしっこをしたくて、自分の部屋からトイレのある廊下に向かった。

 おしっこをしている最中に、なにかが割れる音が聞こえてきた。

 僕はその音の方に、こっそり近づく。

 リビングから怒鳴り声が聞こえてきた。

「なんだこれは!」

 パパの声だった。

 ドアの隙間から明かりが漏れている。

 覗くと、床に割れた白いお皿の破片があった。

 それをママが困った顔で拾っている。


 僕はドキドキしながら、その光景をじっと見つめていた。

「腐っているんじゃないのか、このメシは!」

「今日作ったばかりです……」

 ママは怒られて泣きそうな顔をしていた。

「さっさと捨ててこい!」

「はい……」

 酷いや、僕も夕方にあの料理を食べたけど、腐ってなんかない。

 ムカついたから、パパに一言文句を言ってやろうと、ドアノブに手を回した瞬間。

 おにぃがそれを止めた。

「勇気……ダメだ。部屋に戻れ」


10

 それからも、パパはママに酷いことばかり言っていた。

 決まって酔っぱらっているときなんだけど……。

 怒ってこう言うんだ。

「恩にきせやがって!」

 僕は、一体なんのことだろうって、不思議に思った。

 頭の良いおにぃなら、知っているかもしれない。


11

「ねぇ、おにぃ。『おんにきせる』ってどういう意味?」

 勉強していたおにぃはそれを聞いて、すごく驚いていた。

 鉛筆をポロッと落としちゃうぐらい。

「勇気、それ、どこで覚えたんだ?」

「え? なんかパパが酔っぱらうと毎回言うから……」

 おにぃは深く息を吐くと、真面目な顔でこう言った。

「この話はパパに絶対内緒だぞ?」

「うん」


12

 おにぃが教えてくれた。

 パパとママが結婚した時、今とは違って、ママが働いていて、パパが大学生だったらしい。

 先に仕事をしていたママがパパを『やしなっていた』んだって。

 だから、パパはそれを気にしているらしい。

 おにぃは付け加えるように、こういった。

「でもママよりパパの方がすごいんだぞ! パパは頭が良いから出世してえらい人なんだ」

「そっか……」


13

 おにぃの言った通り、パパはすごかった。

 今年も会社で一番成績が良かったらしく、またえらい人になった。

 そのご褒美として、なんとハワイ旅行をプレゼントされたんだ。

 僕はすごく興奮した。

 でも、いざハワイに行く準備をママがしていると、パパは怒ってこう言った。

「おまえは来るな! おまえが来たらなにも楽しくない!」

「はい……」

 ママだって毎日、家族のために料理や洗濯、いろいろ頑張っているからご褒美をもらってもいいはずなのに。酷いや。


14

 いつも家にいるはずのママが、急にいなくなった。

 僕は心配で近くの駅まで探しにいった。

 すると、改札口からスーツを着たかっこいいママが出てきた。

「あら、勇気どうしたの?」

 ママはキョトンとしていた。

「心配したよ、ママ……どこにいってたの?」

「ママね、ちょっとお仕事はじめたの」

「ええ、ママが?」

 僕はすごく驚いた。


15

 ママが言うには、保険のセールスをしているらしい。

 ただ「パパには内緒ね」と釘をさされた。

 僕はママと指切りげんまんした。

 でも、パパが働いていて、お金もたくさんお家に入るのに、なんでママが働く必要があるんだろう?

 産まれてからずっと、ママはお家のお仕事をしているイメージが強いから、なんだか不思議だなぁ。


16

 ママが外でお仕事を頑張っているし、僕も学校でなにかをがんばろうと思った。

 最近、成績が良くないから、算数の勉強に力を入れよう。

 ママが夕方まで帰ってこないけど、一人でも勉強できるぞ。

 毎日、がんばった。

 けどテストの時期になって、結果は悪いまま。

「僕はダメだなぁ……」

 おにぃと違って、頭が良くないんだ。


17

 だから、おにぃに質問した。

「ねぇ、おにぃはどうやって、そんなに頭がよくなったの?」

「おにぃだって、最初は成績悪かったぞ」

「そうなの?」

「うん、頭のいいパパに教えてもらったから、ここまで成績があがったんだ」

「へぇ」

 知らなかった。僕はそれを聞いて思った。

 じゃあ僕もパパに教えてもらおうっと。


18

 冬休みに入る前に、僕はパパに言った。

「ねぇパパ、お勉強教えて」

「ああ、任せておけ」

 パパは自信たっぷりに答えた。

 これで、僕もおにぃみたいになれるぞ!

 嬉しくてたまらなかった。


19

 それから毎日、パパがつきっきりで勉強を教えてくれた。

 ただ、パパの教え方はとても厳しかった。

 少しでもわからない問題があると、すぐに怒る。

「バカ! なんでこんなこともわからないんだ!」

「ごめんなさい」

「勇気、おまえはバカなんだから、暗算するな!」

「はい……」

 毎日、夜遅くまで怒られた。

 お仕事が休みに入ったパパは、朝からお酒を飲んでいた。

 だから、自然と怒り方が怖くなっていく。

 酷い時は、夜中までご飯を食べさせてもらえず、頭がぐちゃぐちゃになるまで勉強をさせられた。


20

 そして、年が明けて、お正月を迎えた。

 けど、僕はお年玉ももらえず、遊びにいくことも許されず、教科書とにらめっこ。

 トイレ以外は部屋から出してもらえなかった。

 勉強をしているというより、パパに怒られないように少しでも問題を間違いたくなかった。

 必死になればなるほど、空回りして頭に入らない。

 時折、おにぃが部屋に入って「なんでこんな問題もわからないんだ!?」と文句を言ってくる。

 だって、わからないものはわからないよ。


21

 そんな楽しくない悲しい毎日が続いて、僕は心も身体もボロボロになっていった。

 パパは日に日にお酒を飲む量が、増えていく。

 僕が間違えると、お説教に力が入って、たまに頭を強く叩かれた。

 その回数が少しずつ増えていく。

 パパの怒鳴り声と、振り上げる手が怖くて怖くて仕方なかった。


22

 もう僕は限界だった。

 頭を強く叩かれて「うわぁん!」と泣き出しちゃった。

 パパは泣く僕を見て、さらに怒りだす。

「これぐらいで泣くな! やかましい!」

 キッチンでお酒のおつまみを作っていたママが、ボソッと呟いた。

「そんな教え方だからダメなのよ……」

 パパはその言葉を聞き逃さなかった。

「なんだと!」

 顔を真っ赤にして、ママのところへずかずかと突っ込んでいく。


23

「おまえは黙っとけ! 俺のやり方に口を出すな!」

 キッチンでスープを作っていたママの右足を思いきり蹴った。

「いたい!」

 ママは痛みのせいか、目をつぶって床に倒れる。

 そんな姿を見ても、パパは気にせず、ママを蹴り続けた。

「この、この……おまえはいつも俺に恩をきせやがって!」

「やめて、痛い!」

 酷いや。女の子のママに、男の子のパパがあんな風に蹴るなんて……。

 許せない!


24

 怖いのと、辛いのと、悔しいのと、いろんな気持ちが頭の中を駆け巡った。

 その時、騒ぎに気がついたおにぃが、リビングにやってくる。

「おい、勇気! おまえがちゃんと問題を解かないから、パパとママがあんな風になっちゃんだろ! おまえが悪い!」

 僕はそれを聞いて、腹が立った。

「おにぃのウソつき!」

「え?」

「女に手を出す男は最低だって、言ったくせに! パパは悪い! おにぃは強いんだから倒してよ!」

 僕が泣きながら叫ぶと、おにぃは黙ってうつむいてしまった。

「無理だよ……パパは強いから」

「もういい!」


25

 僕は近くにあった鉛筆を手にすると、ママを蹴り続けるパパにこう叫んだ。

「ママをいじめるな!」

「なんだと!? パパが悪いのか!?」

「悪いよ!」

 尖った鉛筆をパパに向ける。

「勇気! なんだその顔は!? 勉強を教えてやったのに!」

「おまえなんか、強くない! 女の子を守れない弱い男だ!」

「なんだ、その言い方は!?」

 持っていた鉛筆を手で叩き落とされる。

 そのあと、僕はパパにお腹を思いきり蹴られた。

 子供の僕は、軽々と宙に飛び上がり、キッチンの棚に頭をぶつけた。


26

 気がつくと、僕は暗闇の中にいた。

 なんか頭がガンガンする。

 声が聞こえてきた。

「ママが我慢してれば、パパも警察に連れていかれなかったのに!」

「だって、勇気があんなことになってるのに、黙ってられないでしょ?」

「とにかく僕は反対だ! 僕はパパと残るからね!」

「待ちなさい! あなたも勇気と一緒に……」

 どうやら、ママとおにぃが言い争っているみたい。

 僕はベッドの上で寝ていた。

 壁一面、真っ白な所。きっと病院だ。


27

 ゆっくりと、起き上がろうとする。

 それに気がついたママが、僕を抱きしめる。

「ごめんね、勇気……ママのせいで、ケガさせちゃって」

 ママは涙をポロポロと流していた。

 それを後ろで見ていたおにぃが、僕に言った。

「おまえが悪い……。おまえがパパにあんなことを言わなかったら、今まで通り暮らせたんだ…」

 おにぃは悔しそうな顔をして、病室から出ていった。

「ママ、僕はなにか悪いことをしたの?」

「ううん、あなたはママを守ってくれたいい子よ」


28

 幸い、僕の頭のケガは大したことなかった。

 少しの間、意識がなくなっていたみたい。

 次の日、ママが小さなカバンを一つ持って病院に訪れた。

 そして僕にこう言った。

「勇気、ママと一緒についてきてくれる?」

「いいよ」

「すごく遠いところよ?」

「ママと一緒ならいいよ」


29

 その晩に、僕とママは夜行バスに乗った。

 ママが育った遠いところに行くんだって。

 おにぃはついてこなかった。

 家族がバラバラになってしまったけど、僕は間違ったことをしてないと思う。

 だって、僕は強い男になりたいから……。

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