演劇が終わった後

-私を忘れないでください-
宮下ソラ
宮下ソラ

「10」

公開日時: 2023年2月9日(木) 23:35
文字数:5,626

***




三階。リニアとノエル、そして真田が激戦を繰り広げている場所だ。


「これ……本当に…内臓出てるんじゃない?」


腹部から流れ出る血を押さえ、リニアは真田と相対する。彼女の身体もそろそろ限界が近づいていた。


「あの時はよく分からなかったけど……こういうことか」


端的に実力だけではリニアの方が有利なはずだが、長期戦となると真田とリニアの実力は同等。いや、体力的に勝っている改造人間の方がリニアの何倍にも有利である。


「ねえ、そろそろ終わりにしない?」


リニアは真田に向かって呼びかけた。しかし、彼女は眉一つ動かさず、戦闘態勢を続ける。


『ただ侵入者を排除する』。


真田の頭の中に組み込まれている思考はこれだけのようだ。


「……やっぱり駄目か」


リニアはため息を零して別の作戦を立てることにした。総合的に見て、このままでは勝利が厳しいと彼女はわかっていた。かといって遠距離攻撃を仕掛けることにリニアは慣れていない。彼女の戦闘にはサポーターがかなり重要な役割を果たすのだ。後ろにいる仲間からの支援を受け前に出る。これが彼女の戦闘スタイルだからだ。しかし、現在の状況ではかなり望みが薄い。後ろにいる少女がどのように役立つかもわからないのだ。


「倒すとは言ったけど……どうすればいいと思う?」


リニアが後ろに控えているノエルに振り返ると、彼女は拳銃を持ったままずっと考えていた。


友人の状況を。確実にこのまま戦闘が続けば真田は死んでしまう。




―そんなことには絶対させない……!!




「まだ戦える?」


ノエルの言葉にリニアは思わずニヤついてしまった。


「お願いされたらできなくもないけど?」


おどけた調子で答える彼女に、ノエルもつい笑みが零れる。そして真剣な顔に戻ると、彼女は懐からいくつかの弾丸を取り出した。これは彼女の拳銃専用の弾丸だ。


「私が腕と足を狙って動きを止める。あなたは注意を引きつけといて」


「了解っ」


リニアは一歩前に出た。薄暗い明りの中、真田が足音も立てずに近づいてくる。どのタイミングで前に出てくるかも分からず、リニアは戦闘に集中した。


だが、それでも彼女は後ろの少女へと言わずにはいれなかった。


「絶対に前には出ないで。ここであなたが死んだとしても、彼女は助からない。研究所の人間に用済みとして殺されるだろう。そしてあなたに死なれたら私たちのパーティーも全滅。だから無駄死にはしないでよ?」


「そんなこと分かっている」


「そう?」


少女と軽口を叩き合っていた瞬間、真田が勢いよく前に出てきた。すぐにリニアは頭を下げ、彼女の右手から繰り出されたナイフを避けた。鋭利な刃先が空気を切る。間髪入れることなく、再び刃先がリニアへと迫った。後味の良い音が彼女の耳先に聞こえた。


「…っぶな!! 負傷したまま武器を持っている相手と素手で戦う時点で不利なのに、その相手が改造人間とか…冗談じゃないわよ!!」




リニアは腹部に手を当てながら真田の攻撃を躱す。




―あれ?何か聞こえる。雨音?




ふと、彼女の脳内に雨音が流れた。


もちろん戦闘中、しかも厚い壁に覆われたビルの中まで雨の音が聞こえるわけがない。




―あ、これ……私そろそろやばい…かも。




自身の限界を弁えている彼女は、早急に戦闘を終わらせなければならないと確信した。


今度はリニアが先手を取った。霞んできた視界の中、彼女は真田の右肩に向かって勢いよく足を振り上げた。見事に骨まで命中した感触が伝わる。


しかし、彼女は肩の痛みなど気にする様子を微塵も見せず、すぐにリニアへとナイフを向けた。


「やばっ」


すかさず後方に抜けたリニア。致命傷にはならなかったが、左腕を激痛が襲った。生暖かい感触に彼女は悲鳴を上げたくなったが、もうその体力もないのか、彼女は片膝をついたまま動くことができなかった。


ナイフから大量の血を落としながら、真田がゆっくりとリニアに近づいてくる。




―駄目だ、このままじゃ全員死ぬ!!




リニアの瞳に再び闘志が宿った。


跪いたリニアを真田は無機質な目で見降ろしていた。


そして、ナイフを一直線に振りかざす。リニアは根性とでも言うべきか、途切れそうになる意識の中、全力で身体を壁に向かって飛ばした。真田のナイフは何も捉えることはなかった。




この時、リニアはある違和感を覚えた。


ナイフを振りかざす瞬間、腕を上げた瞬間、真田の腕の動きがぎこちなかったのだ。この隙があったからこそ、リニアは避けられたのだが。


「やっぱりさっきの蹴りで肩が潰れているようね」


リニアは最後の戦略を立てた。




―関節を狙う。




真田が、ぐらりと首を回してリニアへ向かって走り出した。


「少しは、疲れてくれないかな!?」


今度は左肩を狙うため、リニアは思いきり足に力を込める。




真田がナイフを振りおろすより早く、リニアの蹴りが真田の左肩へと入った。衝撃で彼女の手からナイフが零れ落ちる。すかさず右手でナイフを奪い取ろうと思ったリニアだったが、


「うっ……あ…」




鈴木の攻撃によって血だらけになった右手で、彼女はリニアの左手をきつく掴んだ。傷口には触れていないが、周辺を触るだけでも充分に激痛が走るほどの切り傷。ナイフより先に真田の右手を振りほどこうと思ったリニアだったが―、


彼女は見逃さなかった。真田が再びナイフを手にした直後、リニアは二度目の蹴りを彼女の肩に叩きこんだ。




―ここで切られたら終わりだ!!




バンッ




突如、一発の銃声が鳴り響いた。


そして真田の身体が倒れる。


リニアの視界に映るのは拳銃を構えたノエルの姿だった。


「とりあえず片足……!!」


ノエルの弾丸には文字が刻まれている。それは相手がわずかでも触れれば反応する魔法。彼女の弾丸に触れてしまったものは、しばらく身体が動かなくなってしまうのだ。


危機一髪のところで仲間の援護射撃。思わずリニアの口角が上がる。


その時だった。




ボンッ!!




「「!?」」




上の階からとてつもない爆発音が聞こえてきた。と思いきや、続けて二度目三度目の爆発音。その余波でほこりが舞い散り、視界は更に霞んだ。リニアは足を負傷して動きが落ちた真田を警戒したまま、紙を二枚取り出す。


『光よ』と書いて、それを近くに張り付けた。


すぐに部屋は明るくなり、リニアは静かに真田の顔を見据えた。


薄暗い中ではよく見えなかったが、彼女の身体はそこら中から血が溢れ出ており、肉が見え隠れしていた。




そして―、






―彼女は泣いていた。




真田の顔から流れているのは、紛れもなく『涙』だった。


「これが洗脳……」


リニアは呟く。


「すぐに楽にしてあげるわ」


彼女の耳元で囁いた瞬間、真田の攻撃が再開した。拳銃で撃たれた足とは反対の方で真田はリニアの顔面を狙う。彼女は身体を後ろに反らして一撃を避けた。そして、その勢いで、リニアは真田の額に向かって自身の額をぶつけた。鈍い音がする。互いに額から血が流れ、動きが止まった。


「今だ!!」


リニアの合図と同時に、ノエルが引き金を引いた。




カン、カン、カン。




薬莢が落ちる音が聞こえる。


ノエルの放った弾丸が真田の両腕と足に命中した。命中したと言っても、彼女は真田が重傷にならないようギリギリの所に当てたのだが。


しかし、それで充分だった。


真田は床に倒れた。


三発もの弾丸を食らった彼女は、魔法の効果と傷の深さで再び起き上がることは不可能だ。


血だらけの真田をリニアは、どこか憐れみを含んだ瞳で静かに見下ろしていた。


「真田ちゃん!!」




決着がついたと分かった途端、ノエルはすぐに真田の元へと走ってきた。そして死んではいない事を確認すると、彼女は泣きながら真田の身体を抱きしめる。


「やれやれ……色々と考えて戦うのがこんなに大変だとは思わなかったわ」


やっと終わったと安堵したリニアも、急に身体の力が抜けて床に倒れた。




「ひどい格好だな」


突然、リニアの頭上で声がした。


「あら、葵ちゃん。生きてたの?」


彼女のジョークに若干機嫌を損ねた葵だったが、すぐに元の表情へと戻った。


「こんな所で死ぬわけないだろ。俺はただ全体攻撃の方が得意だから、お前らが邪魔だっただけだ」


そう言う葵を見て、ついリニアは心の中で笑ってしまった。




―全く……素直になれないんだから。




「それにしては随分遅刻したのね?」


まだまだからかい足りない彼女は、ニコニコとしながら葵を見上げた。


対して葵は真面目な顔をする。


「地下があったからそっちを調べていた」


「何があったの?」


「制作途中の改造人間たち。おそらく倉庫だ」


「そんな……」


ふと、彼らの会話を聞いていたノエルが身体を震わせながら葵に詰め寄った。


「そんなはずない……」


「でも俺は実際に見た。奴が連れてきたのかは知らないけど」


平然と答える葵。




そしてリニアは身体を起こすと、葵へと向き直った。


「さっきの爆発音聞こえた?」


「ああ。意外と苦労してるかもね」


天井を見上げて答える葵の顔には、少しも不安そうな表情が読み取れない。


「そうちゃんが勝つって信じてるみたいね?」


「負けるはずないだろ」


互いに笑みを交わすと、二人は揃って階段の方を見つめた。


「様子ぐらいは見に行ってやるか」


「そうね」


「その身体でいけるのか?」


葵がリニアに手を貸そうとした瞬間、彼女はいつものように胸を張って答える。


「銀髪の魔法士、リニア・イベリンがこの程度の怪我で動けないか弱い乙女だって言いたいの?」


「……ああ。言いたくないね」


軽い冗談を交わし合い、彼らは上へ続く階段へと向かった。




***




目の前には誰もいない。辺りを見渡しても、奴の姿を捉える事ができない。しかし、部屋中には奴の声が響いている。




『私が何も考えていないと思ったのか?』




『さあ!! 私を探してみろ!』




自信満々な奴の声が耳の中で木霊する。


俺が大きな反応を見せないのが気に食わないのか、男は退屈そうにため息を零した。


瞬間。


「ぐっ……」


何かが俺の身体に当たった。いや、これは殴られた感触だ。


「姑息な奴だな……姿を隠して攻撃するなんて…」


すると、再び大きな笑い声が響いた。


『おいおい、悪役に向かって姑息な奴だって!?当たり前じゃないか!!だが私は姑息ではない。これは私なりの戦い方だ。姑息だというなら―、




―子供たちを人質に取るさ』




男は一瞬、間を開けると気味の悪そうな声で続けた。




そして再び鈍い痛みが俺を襲う。今度はお腹を殴られたようだ。


『ほら、もう一度うめき声を上げてくれ!! 君が苦痛の末に本性をむき出しにするのが見たいんだ!!』


「はっ……男が苦しんでいる姿の何がいいんだか……」


俺は当てもなくボウガンを放った。空しく壁に当たるだけだ。


『どこに撃っているんだね!?』


「ぐ……うあっ…」


今度は連続で殴られた感触があった。


俺が思わずうめき声が漏れると、男は嬉しそうに声を上げた。


『そうだ、まさにそれだ!!』




すると突然、机の上の薬瓶が俺に向かって飛んできた。俺は急いで紙を床に貼り防御をしようとしたが、


『それは禁止だよ』


「な!?」


掌に持っていた紙がビリビリと破けていった。


『防御は反則』


「う……あああああああ!!」


防御する術なく、俺は思い切り薬瓶を浴びてしまった。




―くそっ、硫酸か!!




頭への直撃は避けたものの、何重にも重ねてきていた服はついにボロボロになってしまい、顔にかかった部分はとてもヒリヒリする。


『ははは!! 見るも無残な格好だな!!』


そして再び拳がみぞおちへと入る。




瞬間、俺は勘で空中を殴ってみた。




―ボスッ




何も見えないが、明らかに感触があった。男の笑い声も止まった。


どうやら俺の拳は奴の身体に命中したようだ。


『……無駄に運があるやつめ。そう、これは偶々!! 偶然だ!! 調子に乗るなよ!!』


奴も動揺を隠せずにいた。




しかし、今の出来事で俺の仮定は確信へと変わった。俺は奏を近くに呼ぶと、後ろでサポートを頼んだ。そして姿の見えない相手に向かって、何もない空間に向かって、話しかける。


「……正直、半信半疑だった」


奴は何も言わず、俺の言葉の続きを待っているようだった。


「お前が何の目的でこんなことをしたのかは分からないが……不自然な点が二つある。初めに、研究のために戻ってきたのならこんなパフォーマンスなんてしないはずだ。必要ない。時間の無駄だ。そして二つ目。俺たちを殺すつもりなら、わざわざ危険を冒してまでアジトに招く必要がない」




俺は一息おくと、静かに結論を述べた。




「つまり―、お前も駒の一つにすぎないってことだ」


『どういうことだ』


「思考の制約。お前も改造人間だ。誰かがお前の行動を指示しているってことだ」


『思考の制約? この俺が? この身体が!? 笑わせるな!! 俺は改造人間である前に一人の人間だ!!』


肩に大きな痛みが走った。また殴られたようだ。俺は精一杯、苦痛を表に出さないようにして会話を続ける。


「もちろんこれは仮定だ。でもこの結論以外考えられない。お前は利用された。協会と俺たち魔女の一派を脅すために。研究所はまだ動いているってことを伝えるために。おそらく巫女に対する執着の部分は研究所も気に留めなかったから、そこは調整されなかったんだろ。まあ研究所もお前がこんな大事を起こすとは思わなかったのか不思議だけど」


『何が言いたい……』


男の声は明らかに上ずっていた。俺は肩を押さえたまま、じっと目の前の何もない空間を睨みつける。


「三年前、お前が俺たちの包囲網から抜け出せたのは……お前のetcのおかげだ」




奴が息をのみこむ音が聞こえた。


俺は、思わず自身の声に余裕が出てくるのを感じていた。


「じゃあそのetcはどんな能力か。俺の友達は三年前からずっと研究をしていた。そう、あいつはお前の能力に気付いたんだ。そしてあいつはこう呼んだ」




俺はボウガンをすばやく構えると、扉に向かって躊躇なく放った。ポンッという音と共に奴の姿が現れた。今まで見たことがないような焦りを浮かべた顔。俺は思いっきり、奴の顔に向かって右手を振り上げた。


「―【空間催眠】」




男は攻撃を避ける余裕もなかったのか、俺の拳は見事に奴の顔に命中した。




―ここから形勢逆転だ!!

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