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リニア・イベリンはのんびりと日々を過ごしていた。仕事も無期限の休暇をもらい、心配することは何もない。彼女の友人、鈴木聡太はこの事を聞き非常に恨めしげな顔を返していたが、彼女にとって、この様に一つの場所に留まり続けることはとても窮屈だった。幸いにも宿となる場所は彼女の師であり、寛げる空間だったのが救いだ。
リニアは先日の戦いで深手を負い、現在も通院を続けている。今もその病院からの帰り道だった。肉弾戦を主にするからには、負傷する箇所にも気を配らなければいけない。そんなことも忘れ、先日の戦いでは大暴れしてしまった。
しかし、彼女は全く後悔をしていない。反省は少ししているようだ。口元をゆるめながら歩く銀髪の女性。街ゆく人々はその特異な容姿に目を惹かれて行く。初めの頃こそ、この視線が気にかかっていた彼女も、今では得意げな顔で町を闊歩していく。このような視線を受けるのは世界中どこに行っても同じなので慣れてしまったのだ。
「銀髪なんて珍しいでしょう」
偽物の髪、元々彼女は濃げ茶色の髪だったが、色々とあってこの色に変えたのだ。一種のトレードマークであるこの髪色はやがて、【銀髪の魔法使い】というあだ名に変化した。そのあだ名もリニア自身、結構気に行っている。
「まあ。最近はトラブルメーカーなんてあだ名もつけられているけど……」
しかし彼女も否定できないのが事実だった。
あの事件後、彼女の唯一の気がかりだった奏の精神も安定している。リニアにとって何も危惧する所がなく安心していた。ただ一点を除いては。
奏はあの事件以来、あからさまに鈴木聡太を避けていた。彼に会えば顔を赤くして逃げ、普段以上に口を固く閉ざす。見るに見かねた彼女も奏に訊ねるが、「恥かしいから」としか返ってこない。
「本当に聡太は……一体何をやらかしたのよ」
ある程度、彼女の中でもいくつかの予想はたっていた。単に子供扱いされることに慣れていない奏が、恥ずかしがっているだけというのが彼女の中では有力だ。
「もしくは……」
リニアはすっと名探偵のように口元に手をあてる。
「乙女の純情、恋の芽生えか!?」
瞬間、相手の顔が脳内に浮かび、リニアは大きな声で笑い出した。
「そんなわけないか!!」
いずれ時間が解決するだろう。そんな楽観的考えの元、彼女はこの問題を終わらせた。
「さてと、お腹もすいたことだし。さっさと家に帰ろう」
相変わらずの笑顔を浮かべながら、リニアは帰路につく。
「るーるるーるーるるー」
適当な鼻歌交じりに、今晩のメニューを楽しげに想像する。こんな様子を見たら協会も研究所の連中も呆れてしまうかもしれない。そんなことを頭の隅で考えつつも、彼女は鼻歌をやめない。いつ来るかもわからない敵をただ震えて待っているのは彼女の性には合わないのだ。
今や金色の魔女含め、一勢力であるこの地に研究所の連中が攻め込んでくるのは明らかである。そして研究所が動けば、協会も動く可能性が高い。高いというだけで、絶対ということではないが。協会も状況によっては手を引く事もあるだろう。そのために金色の魔女は著作権協定等で自身の地位を固めているのだ。
本当にすごい人だとリニアは思う。リニアは彼女の正体を知らない。あの魔女がどのように戦っているのか、彼女が本気を出したらどうなるのか。リニアの目に映る彼女は、いつも平然としていて、怠け者でたまに鋭い事を口にするマイペース人間。これがリニアの中での印象だからだ。
――知っているようで何も知らない。
これが真実だ。ふと、リニアは三年前を思い出す。
――あれは戦争だった。
日本国内ではそれほどの被害には至らなかったが、他国ではほぼ全面戦争にまでなったという戦い。彼女独自の調査では、やはりingは一種の起爆剤にすぎなかったようだ。要は戦いを始めるきっかけが双方とも欲しかったのだろう。彼女の視線はゆっくりと空を仰ぐ。無駄に明るかった。
「冬の空ってこんなものか」
再び歩き出したリニアは今後の事を含め、こちら側の陣営の顔を思い浮かべた。赤城周と天城遊幽。しばらく彼らとは顔を合わせていないリニア。二人は現在、外国へ旅行しに行ったと魔女から聞いている。リニアは遊幽を意外と気に行っていたが、彼女はあまりリニアを良く思っていないのか、いつも不機嫌な態度をとっている。それがまたリニアには逆効果で猫みたいで可愛いと楽しんでいるようだ。赤城のこともリニアは気に行っており、遊幽にお似合いの男性だと常々思っている。
「私もあんなお似合いの人いないかな」
ぱっと彼女の脳内に浮かんだのは鈴木聡太の顔だった。
「い、いやいや。それはないでしょ!!」
恥かしさのあまり、思わず拳を振りまわすリニア。力加減もできずに近くの壁には大きな穴が空いてしまった。
「あちゃー……やってしまった」
このままでは自身が犯人呼ばわりされるに違いない。彼女は頬を掻いていた手を降ろすと、
「こういう時は逃げるが勝ち!!」
逃走姿勢に入った。その時だった――、
「リニア・イベリンだな」
「っ!!」
突然の出来事だった。リニアが反応する前に、彼女の身体には既に銃痕がついていた。
「……消……音機」
確認するように呟いた後、リニアはその場に倒れた。
「ああ、面倒臭い。なんだこれ」
微かに聞こえる声、男は帽子をかぶっていた。彼女の意識はそこで途絶える。
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