演劇が終わった後

-私を忘れないでください-
宮下ソラ
宮下ソラ

「9」

公開日時: 2023年2月9日(木) 05:39
文字数:2,155

***




それは一瞬の出来事だった。まばたき一つの後に映るのは真っ暗な世界。いや、ちらつく街灯に仄かな月明かり。ここは紛れもない、現実。事件が起きた場所であり、現在も事件が起きている場所だ。遊幽が呆然とした姿で地面に座り込んでいた。


「遊幽ちゃん!!」


「し、周ちゃん!?それに、ハンス・ブリーゲルさん!?どうして!?」


彼女に答えることもなく、赤城は遊幽へと詰め寄る。


「もう一人はどこにいる!?」


「たった今、消えたわ。五十メートル以上、ううん、もっと離れている」


「そうか、もう少し範囲を広げるべきだったね」


「その分、時間がかかるわ」




ひとまず敵は退散、任務は失敗してしまったということだ。赤城は倒れこんだ被害者たちの状態を確認し、改めて外傷はない事を確かめた。


「etcに関する文書」


安否を確認する赤城の背後で、静かに男が口を開いた。


「私もその噂は聞いている。魔法の全てを記した本。私も君と同じように任務でここにきた。アンダーソン・カイルは頼りにならないのでね、私が君のサポート役ということだ」


「つまりずっと見ていたわけですね」


「ああ」


「なら、もっと早く助けてもらいたかったです」


拗ねるように頬を膨らませる赤城に、ハンスは淡々と返す。


「君がどう対処するかを確かめたかった。まあ残念な結果に終わったが」


「むう……」


罰の悪そうな顔をする赤城を横目に、ハンスは都市の方を見返した。


「ここは襲撃を受けるにも襲撃をするにもいい場所だな」


いつもの癖でコートから煙草を取り出した彼は、躊躇うように再びそれを戻した。どうやら禁煙を心がけているらしい。


「ところで、アンダーソン・カイルはどこにいる。君たちと一緒ではなかったのか」


「いえ、もしかしたらまだ協会内に……」


「電話してくれ」


やや苛立たしげな顔で促すハンスに赤城も訝しげに目を細める。事実、彼の胸にも何か嫌な感じがしていた。




――もしかしたら、別の所で事件に巻き込まれているかもしれない。




僅かな不安を抱え、赤城は携帯を取り出す。数回のコールの後、アンダーソンは電話に出た。


『――もしもし』


「もしもし!?アンダーソン!?」


『おお、周か。どうだ無事に仕事は終わったか』


「いや、それよりアンダーソン!!今どこにいるんだ!!」


『ん?俺か?俺は……二十分前にデートを終えて家に帰る途中だが』


「……は?」


『それがどうした?何か用か?』


「いやいい。もう切る」


『おいおい、どうしたんだよ。周!!』




――プツッ




何事もなかったかのように赤城は携帯をしまった。


「無事でよかったな」


「全くですね、こっちは死に物狂いで戦っていたのに呑気にデートしてるとは思いませんでした」


「……とにかく彼にも危険が迫っているのは間違いない。当分は一緒に行動した方が安全だ」


「そうですね。ところで、被害者たちはどうなるんですか」


ハンスは彼らを一瞥すると、赤城の問いに淡々と答えた。


「彼らは協会が面倒を見てくれる。幸い、早期に治療ができる。命に別条はないだろう」


「よかった」


安堵の息を漏らす赤城に、今度はハンスが問いかけた。


「空間の能力は今のところ君が最も詳しいはずだ。全盛期に比べて劣っているとはいえ、専門家として彼らの状態をどう見る?」


しばらくの沈黙の後。じっと前を見据えたまま、赤城は答えた。


「関連はなさそうです」


「ほう」


「以前のように空間を切断した能力、【体分け】の能力だと仮定した場合、きっとその空間を維持することはできません」


赤城の見解にハンスは一人、その能力を思い返す。


――【体分け】。空間能力を持つ者が使う能力。体と体の間の空間、存在を分ける。つまり当人に自身の身体部位の認識を失くすということ。【元々それは存在していなかった】と。しかし今回の事件は認識を失くすのではなく、確かにそれは身体についており、存在していたという認識もあった。ということは――、


「やはり催眠か」


「そのようですね」


「なるほど」


会話を終えると、ハンスは協会の方に足を向けた。


「これから忙しくなる。二人ともついて来なさい」


「え、彼らは放置しといていいんですか!?」


「もう少ししたら協会員が来る」


そう言い残し、ハンスは振り返ることなく足を進める。仕方なく、赤城と遊幽も彼の背中について行くことにした。




***




「そういえば、周ちゃん。体大丈夫?」


ハンスの後を遅れるようについて行く中、唐突に遊幽が赤城の顔色を窺った。


「うーん、平気かって言われたら平気じゃないかな。久しぶりに戦闘なんてしたから勘が鈍ってたみたいだ。昔みたいにはいかないね」


「大丈夫、私がいるじゃない。足りないところはサポートする」


「……そうだね」


隣から涼しげな笑みを貰う赤城。釣られて彼もいつもの笑顔を取り戻した。自分にはこのような憂鬱そうな表情は似合わないと。


「ありがとう、遊幽ちゃん」


「なっ……!!」


「ん?遊幽ちゃん?」


瞬間、まるで火傷をしたかのように顔を赤らめる少女に、何が起こったのか不思議そうに見つめる青年。そして――、


「君たち、ちゃんと後ろをついてきなさい」


「ほ、ほら!!急がないと!!あの人、速足だからもうあんな先にまで行ってるじゃん!!」


「あ!ちょっ……遊幽ちゃん、引っ張らないで!!」


深夜に聞こえる男の掛け声。走る彼女に腕を取られ、赤城は協会の中へと入っていった。




***

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