演劇が終わった後

-私を忘れないでください-
宮下ソラ
宮下ソラ

「13」

公開日時: 2023年2月9日(木) 23:43
文字数:2,499

***




建物内部は相変わらず至るところで火の粉が舞っていた。俺の周りにも灰などが散っているが、何故か体に触れる前にふっと消えて行く。


「どういうことだ」


「ただの魔法よ」


なるほど、確かにこれなら安全かもしれない。


「下の階はそこまで火の手が回って来てないわ、崩壊の危険もあるからぱっぱと終わらせましょう」


淡々と述べながら、彼女は最上階を目指して進んでいく。


不安だ。建物の崩壊もそうだが、何より先生が何を考えているのか全くわからない。


「先生、何で俺を連れて来たんだ?」


「人手不足だからでしょ」


「葵は?」


「さあ。勝手に動いているんじゃない?」


先ほどの喧嘩が後を引いているのだろう。葵の名前を出した途端、先生は一気に機嫌の悪そうな声色になった。




だいぶ登ったはずだ。未だに燃えている階もあったが、最上階に近づくにつれて逆に火の手は収まっていた。若干、床が傾いている気もするが、この程度ならば気にならない。


「前を見なさい」


ぼんやりと考え事をしながら歩いていた俺は、先生に言われて顔を上げる。俺たちの数キロ先に誰かが立っていた。男は帽子を深く被ったまま、床を眺めていた。


「早かったな」


「そうかしら、あなたも充分せっかちな性格だと思うけど。ちゃんとした交渉もせずに動きだすなんて、ひどい性格」


挑戦的な目を向ける先生に対し、男の表情は良く見えない。だが、一瞬にやりと笑った気がした。


「私もそれなりに交渉をしたつもりだったが」


「そう、それなら感じ方の相違ね。まあそれは、どうでもいいわ。あなたは今日ここで私に殺されるんだから」


すると、目の前の男は疲れたとでも言うように大きく頭を項垂れた。


「ああ、面倒臭い。死ぬ事さえも面倒臭い。でも誰かに死なれるのはもっと面倒くさかった。なあ、キルヘン。私は存外自分が思っていたより繊細な人間らしい。そして、そんな私は君よりも正常な思考の持ち主だと思わないか」


先生は何も言わず、じっと相手を見据えていた。俺はゆっくりと戦闘態勢に入ろうとするが、


「そこの君、銃口を向けるのは早い。いや、それはボウガンか。どちらにしろ、まだ戦闘に入るべきではない。年上の私がまだ喋っているだろう」




――おいおい、こんな所で礼儀を説いてどうするんだ。




あからさまに不満げな顔をしているのが自分でもわかったが、男は構わず続ける。


「ベルコルの魂胆が何かはわからないが私の目的は君の命だ。三年前の敵、私もそう易々と殺されるつもりもない」


そういうと、男は割れた窓ガラスから地上を見下ろした。


「フーゴもそろそろ始めたようだな」


「何だと」


「私一人で来るわけないだろう。あの狂人が例外なだけだ。ちなみにここの爆弾とは別に数カ所、他にも時限式の物を仕掛けている、いつ爆発するか知りたかったら私を殺せ」


「何が目的だ、この街を破壊するつもりか」


「まさか。そんな野望はない。あえて言うなら偶々作ったから、使った様なものだ」


「狂っている」


気づくと自身の手をきつく握りしめるほど、俺はこの男に嫌気がさしていた。


「素敵ね」


突然、今まで黙っていた先生が拍手をしながら笑いだした。


「その決意、覚悟。とても素敵。怠惰のロベルトなんて名前が似合わないわ。それで?あなたを殺せば被害が収まるってことね」


「いや、即死で終わったら私は爆弾について何も話せない」


「平気よ――私が何とかしてあげる」


うすら笑いを浮かべる先生。その笑みは味方のはずの俺でさえ背筋が凍る程だ。対する男も戦闘態勢に入ったのか、懐から拳銃を取り出した。


「さあゲームを始めよう」




***


魔女と鈴木が出かけ、静まり返った幼稚園。残った女性陣は特に会話をすることもなく、じっと彼らの帰りを待っていた。しかし、リニアだけは違う。彼女は自身の傷口をそっと撫でて具合を確認すると、玄関に向かって立ちあがった。


「だめ」


部屋の入口に立ち塞がったのは奏だ。


「ええと……」


「出ちゃだめ」


「で、でも私がいるかいないかじゃ、こちらの戦力にも影響が出るし」


「大丈夫、先生がいる」


「それはそうだけど」


奏の制止にたじろぐリニア。それを見ていたノエルも思わず口を挟んだ。


「本当に行くつもり?」


「どうしようかな、行く?」


「何で逆に訊ねるのよ」


既に彼女の中での意志は決まっているようだ。リニアは準備運動をするかのように、体をひねり出す。いくら金色の魔女といえども、戦場では何が起こるか分からない。リニアは自分だけ安全な場所で横になっているわけにはいかなかったのだ。


瞬間、大きな爆発音が再び聞こえた。


「もう一発か……あれは、アイ・リンクタウンね」


音の鳴った方向を見て、リニアは呟いた。視線の先には遠くの方で火の手があがっている。


「それじゃ。行ってくる」


「リニア」


未だに奏が不安げな瞳で彼女を覗き込んでいた。


「大丈夫!!私はリニア・イベリンよ」


力強いガッツポーズをして、何とか彼女を安心させようとしたリニアだったが、


「私も行く!!」


普段の奏とは思えない程、奏は大きな声を上げた。その姿にリニアは口元をゆるめて、静かに首を横に振る。


「奏には奏の仕事があるでしょ。この幼稚園に誰かが侵入したら、奏が守ってあげてね」


リニアは緊張を解こうと、奏の頬を軽くつねる。それでも、最後まで彼女は納得のいった顔を浮かべなかった。


「それじゃ、あとの二人も奏をよろしく――と」


ふと、リニアは真田に向けて笑いかける。


「頼みます。経験者としては、真田さんがとても強いってわかっているから、安心だ」


「あの!!私も何か手伝わして下さい!!」


「わ、私も!!」


真田の声に賛同するように、ノエルも揃って手を上げる。リニアは困ったようにため息を零した。


「その仕事がここを守る事だって。私もちょっくら近所を散歩してくるようなものだから、一時間もあれば帰るよ……それじゃ、各々自身の任務を果たしたまえ!!」


そう言い残すと、彼女はすばやく外に向かって駆けだした。




***




「さてと」


幼稚園を後にしてしばらく、リニアは道の真ん中で立ち止まった。そして、アイ・リンクタウンの方向へ足を向ける。


「二か所での爆発……しかも、最初のものとは正反対の場所。奴ら、一体何を考えているの」




***

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