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堅実強固な入口、深紅のカーペット、豪華な特大シャンデリア。ここが城だと言われたら、百人中百人が頷くであろう、そんなホテルだった。 あまりにも場違いな雰囲気に、赤城は思わず入口で立ち尽くしてしまった。
一方の遊幽は、そんな彼の心情を知ってか知らずか、まるでお城の観光をしているかのように感嘆の声を上げて中に入っていく。
「わあ、すごいね!!私こんなホテル初めて来たよ、すごい豪華!!」
「う、うん。俺も初めてだよ」
さっさとチェックインを済ませて部屋で落ち着こう、そう思って彼は足早にカウンターへと向かった
――しかし、ロビーが豪華なら部屋も豪華。それは当たり前だった。いや、赤城が落ち着かないのはもう一点。彼らが案内された部屋にはベッドが一つしかなかったのだ。
「……確かにこっちの方が割安なのはわかるけど。先生は心配じゃないのか?」
水音が聞こえる浴室にちらりと視線を投げると、赤城はいそいそと洗面道具を準備した。
「ところでさ、周ちゃん」
浴室からの呼び掛けに一瞬びくりとした赤城だが、先にシャワーを浴びている彼女はそんな様子を知りもせず続ける。
「私たち、いつまでここに滞在するの?」
当然といえば当然の質問だが、赤城も何泊かは知らされていなかった。そもそも突然の海外出張に、そこまで回す気がなかったのだ。
「俺も聞いてないけど……まあ、仕事が終わるまでじゃないかな」
「……それはつまり、仕事が終わるまで家に帰れないってことね。ブラックすぎる」
「一応、良待遇なんだからグレーだよ」
ははは、と乾いた笑い声を洩らす赤城に遊幽は一呼吸置いて再び声を掛ける。
「そういえば、さっきの女の人さ」
「ルイス・マクドゥーガルさん?」
「うん」
「あの人がどうかしたか?」
「いや、ううん。別に」
彼女にしては何とも煮え切らない返答だった。
「何か気になるのか?」
「……綺麗な人だったね」
「うん、俺もそう思うよ」
「でも、なんか――、完璧すぎない?」
彼女の疑問に赤城は無言で返した。それを肯定と捉えたのか、
「なんか、映画に出てくるような人だったから……驚いて」
「俺も同じこと思った」
「やっぱり?」
「うん」
互いに返す言葉が見つからず、浴室の水音だけが響く室内。ふと、赤城はアンダーソンの顔を思い浮かべた。恋に溺れて周りが見えていない。目がハートになっていたと言っても過言ではない。しかし、彼はアンダーソンを否定したいわけでも、ルイスを否定したいわけでもなかった。
ただただ友人の幸せを願っているだけなのだ。
「周ちゃん、私出たから次入っていいよー」
突然、浴室の扉が開いた。
「な……ちゃんと服着てくれ……」
今更どうしたの?という顔で髪を拭きあげる遊幽。彼女の身体はバスタオル一枚で覆われているだけだった。そして、赤城が見ているかどうかも構わず平然とした顔で下着に手を伸ばす。
結局、白旗を上げたのは赤城だった。彼は逃げるように浴室へと移動するが、
「なんと……!?」
浴室内には洗いたてのシャンプーの匂いが充満していた。
「……いかん、いかん」
込み上げてくる妙な感情も、まるごと洗い流すかのように、彼はそそくさと服を脱ぎ始めた。
暖かいお湯が身体を包み込む。それだけで赤城の身体は、やっと自身の疲労を認識した。狭い機内での長時間フライト。いくら寝れたとしても、満足な睡眠には至らなかったのだ。
――きっと遊幽も疲れているだろうな。
しかし。赤城がシャワーを終え、浴室を出ると、
「……あれ?」
とっくにベッドの中で寝息を立てているだろうと予想していた彼女は、今、赤城の前に立ちふさがるように立っていた。
「えっと……その格好は?」
「勝負下着」
「なるほど」
「全然動揺しないのね」
もうこのような状況には慣れているのか、赤城は一瞬驚いたもののすぐにいつもの顔に戻っていた。そんな態度が気に入らなかったのだろう。遊幽は風呂上がりで完全に油断していた彼の腕を引っ張った。
「うわ」
不意打ち。重力に逆らうこともできず、赤城の身体は仰向けのままベッドに倒れこんだ。そして、押さえつけるように遊幽が彼の身体に跨る。
「何その顔。まさか同じベッドで寝るのに、何も起こらないと思った?」
「そういえば勝負下着だったね」
「そう、勝負下着」
徐々に近づく彼女の身体は、以前のものよりも成長していた。そんなことを頭の隅で思いながら、赤城は身体を起こそうとするが、
「……一緒に寝るのも久しぶりなんだから、いいでしょ?」
遊幽は甘え声と共に、男の胸に顔を沈めた。
「起き上がれない」
「当たり前でしょ。押し倒してるんだから。私が何のためにこんな格好していると思ってるの?」
互いに、触れ合う肌の温もりは、先ほどのシャワーのものよりも身に染みて感じていた。いざ男女の夜が始まろうという時、
「あははは、まさか遊幽ちゃんに押し倒されるとは思ってなかった」
場違いな笑い声が部屋に響いた。瞬間、遊幽の顔は女の顔から真顔へと戻る。
「何がおかしいの」
「ああ、いや、ごめん」
唇が触れ合う距離で見つめ合う二人だが、ふと彼女は視線を落とした。
「……私とするのは嫌?」
彼女の声には挑発も誘いもない、純粋に悲しい色が含まれていた。
「そんなことない!!嫌じゃない」
「そう」
そしてその声と共に、彼女の笑顔は少しずつ変わっていく。それはまるで、獲物を捉えたかのような顔。
「今夜は寝かせてあげない」
「……それは男の台詞じゃないか」
男の言葉を最後に、彼らの唇は重なる。長い夜が始まる合図だった。
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