演劇が終わった後

-私を忘れないでください-
宮下ソラ
宮下ソラ

「6」

公開日時: 2023年3月12日(日) 03:09
文字数:3,813

***


「おいしい!!」

リニアは学食の飯を前に、満足げな様子で口元を緩めていた。

「まさか飯を食うために学校に来たんじゃないだろうな」

「そんなまさかー!!まあ、学食を食べてみたかったのは確かだけど」

そう言ってリニアは味噌汁のお椀を手に取る。どうやら半分はこれが目当てだったに違いない。確かに俺もここの学食の味は悪くないと思っている。

「ところで、大学生活は楽しい?」

茶碗を手にしたまま、唐突にリニアは口を開いた。

「……米粒ついてるぞ」

「え!?」

慌てて口元を拭うリニア。面白いものが見れた。

「│大学生活?まあまあだろ」

「疲れない?勉強と就活もあるし」

「別に。それはみんな同じだろ」

「そりゃそうだけど」

「それに三年前に比べたら全然マシだ」

「……そうだね」

ふと、彼女は箸を握っていた手を止めた。俺はそんな顔をさせるつもりはなかったのだが。

「俺はあの事件で生き残れてよかったと思ってる。まあ三年も過ぎたせいもあるから、こんな事言えるんだろうけど……今更死んだ人間捕まえて泣き叫ぶには時間が経ち過ぎた。俺は今を精いっぱい生きて行くしかないって思っている」

「……そう」

暗い雰囲気を崩せたと思っていたが、リニアの表情が晴れることはなかった。

そして消え入るように小さく零す。

「私が死んでも聡太は今と同じ風に思うのかな」

「ど、どういう意味だよ」

「ううん。ただちょっと寂しいなって思って」

「むっ……言い方が悪かったか。別に俺は犠牲にならなくてよかったって言いたいわけじゃない!!そうじゃなくて……俺が言いたいのは過去があっての今だから、過去の出来事を生かしたいだけだ。今だって仲間が危険になったら、俺は絶対に助けに行く。絶対にもう犠牲は出さないって決めているんだ」

気づくと、リニアはぽかんと口を開けて俺を見ていた。

「……なんだよ」

「ううん、いつも通りの聡太に戻って安心した」

「……意味が解らん」

妙に照れくさくなった俺は、リニアを置いてそそくさと食器を片づけにいく。後ろで何か叫んでいるが、今は聞かなかった事にしよう。


***


「etcは何故etcと呼ばれるのか」

車の壁を叩きながら、男は女に問いかける。

彼女は何も答えない。しかし男は別段、機嫌を悪くすることもなく自身で答えを口にした。

「一般的には金色の魔女が魔法を学問化した後、残りの能力を全部ひっくるめてetcと呼んだ。これが語源だ。etc、つまり『その他』。思うに、彼女は文字と関連したetcを学問化しそれを主に使用するものとした。だが多くのetcは未だ散在している」

「何が言いたい」

男の言い分に、思わず女は聞き返した。

「つまりetcというのは我々が考えている以上にとんでもないものだということだ。それこそ物理法則を完全に超越した、奇跡のようなものがほとんどだ。おそらく金色の魔女はそれを体系化するのはまずいと本能的に悟ったのだろう。誰もが扱える魔法にしてはいけないもの。あえて『メインから外した端のもの』│それを『その他』ということにしたのかもしれない。『その他』が『メイン』になってしまったら、この世は本当に滅亡するだろうな」

そう言って男は大きく伸びをした。と同時に女は車を止めて、シートベルトをはずす。

「さてと、午後の仕事も頑張りますか」

そう言って男は車のドアを開ける。それに従うように女も手袋をはめて外に出た。


***


幼稚園に戻ると、何故か俺は掃除をしていた。何度でも言うが、俺は一人暮らしをしている身であり、自分で言うのも何だが、料理に洗濯と、これでも結構この場所には食事代程度の貢献はしている方だと思っている。

「なのに、何でお前は働かないんだ!!」

「二人でやるより一人でやった方が気楽かなって思って」

だめだ、この女と話していると余計に疲れる気がする。俺はリニアを無視して、ひたすら手を動かす事に集中した。いや、本当は頭の中は全く集中できていない。昼間の出来事をどんなふうに話せばいいか、それだけで頭がいっぱいだった。

昼間あった出来事を全て話していいのか。リニアの性格なら、すぐさま大学に引き返してあの教授の胸元をつかみ上げるかもしれない。それはまずい。金色の魔女という噂を聞いたことがある、ただの一般人かもしれない。研究所も協会も何一つ知らない可能性だってあるのだ。

「そういえば、どんな授業だったの?」

「え?」

彼女は何てことはない、ただの世間話のような調子で声をかけてきた。俺もすぐに返事をしようと思ったが、

「聡太?」

「あ……えっと、何て言えばいいのか。普通の授業だったよ」

「面白い授業じゃなかったの?」

奇妙な間があったせいか、リニアは不思議な顔で首を傾けた。

「普通だよ、これといって変わったところもない」

「へえ」

「まあ別につまらなかったわけでもないけど」

「で、どんな授業だったの?」

リニアはいつも通り好奇心の塊のような瞳で俺へと詰め寄る。俺は逃げるように別の部屋の掃除へと移動しながら、彼女の質問に答えた。

「……コミュニケーションに関する授業」

「コミュニケーション……あ、あそこの箪笥に私の下着入ってるよ。見てもいいけど」

嬉々として部屋の奥を指さすリニア。もちろん俺はこれに関しては無視する意向を示した。

「コミュニケーションの授業っていっても、そんな難しいわけでもなかったけど。一般知識をより分かりやすく噛み砕いた感じだったな。意思疎通は相手が理解しないと意味がないとかなんとか」

「へえ……ちゃんと聞いてるじゃん。偉い偉い!!」

リニアは俺のすぐ横で盛大な拍手をする。これは馬鹿にされているのだろうか。はたまた俺が箪笥の件を無視したせいだろうか。

俺はおさるの人形のようにやかましく手を叩く女を避け、部屋の隅にたまった埃を拭き取りに行こうとした。しかし│、

「……邪魔」

これ見よがしに俺の目の前に立ちふさがる女。ニヤニヤと笑っているのが余計に腹立つ。

「退けよ」

「退かなかったらどうする?」

「この部屋の掃除はここまでだ」

そう言って俺はすっとリニアに背中を向けた。

「いやいや、ちょっと待って!!」

「悪いが俺は洗濯をしなきゃいけないんだ」

「いやだー!!退くから!!もう邪魔しないから!!掃除してー!!」


リニアは俺の服の裾を引っ張って、必死に俺を引きとめる。もちろん俺は彼女の力に敵うわけがなかった。


***


部屋の掃除を終え、次は洗濯物。本当に主夫さながらの行動を送っている。

「……やっぱりもう一度会って、カマかけてみるか」

ぼんやりと洗濯物を干していると、思わず俺は独り言を口に出してしまった。

「カマ?」

いつのまにか俺の背後にいたリニアは当然のように疑問符を浮かべる。

「お前……向こうにいたんじゃないのかよ」

「誰にカマをかけるの?」

「別に。お前に言っても仕方ないだろうけど」

「けど?」

独り言を聞かれてしまった以上、素直に白状した方がいいか。両手を上げて詰め寄ってくるリニアを見て、数秒で俺は口を開いた。

「エドモン・ハイティントン。今日受けた講義の先生にちょっと聞きたい事があるだけだ」

「カマをかけて?」

「そう」

「それで?何を隠してるの?」

「別に何も隠してないけど」

洗いざらい吐かせるつもりか、リニアは依然として俺に接近し続けた。

「絶対に何かある!!聡太、隠し事している時いつもと違うから!!私にはわかるの!!」

「そんな根拠も無いくせに……」

「ある!聡太のことは、他の誰よりわかっているつもりだもん!!」

真っすぐな目でそんな風に言われるとは思っていなかった。それに彼女が本気なのに、このまま適当にはぐらかすのはどうにも心地が悪い。それでも│、

「……本当に隠し事はないよ」

「本当に?」

「本当に……っ!?」

突然俺の視界が暗闇に囚われた。そして微かに感じる彼女の匂いと、体温。すぐに俺は何をされているのか悟った。何より顔面に感じるこの柔らかい感触は│、

「聡太!!本当のこと言って!!」

「本当……っだって……言ってるだろ!!」

「嘘ついてる!!」

「おいっ!!……離せ……くるしっ……!!」

必死に彼女の胸元でもがく俺。端から見たら相当間抜けな絵面だろう。

「本当に何もなかったの!?」

「本当……本当だって……!!」

やばい│これは本当に息ができな│。

「あ」

俺の抵抗が弱まったせいだろうか、リニアも思い出したように腕の力を解いた。

「……死ぬかと思った」

「聡太が本当の事言わないから」

彼女も少し罰が悪いのか、拗ねたように口を尖らせてそっぽを向いていた。

「最初から何もなかったって言ってるだろ。普通に授業受けて帰ってきただけだ」

「……」

「それよりお前!!邪魔したんだから、後の洗濯物代わりに干しとけよ!!」

「むう」

リニアは不満げな顔をしていたが、仕方がない。ここで俺が下手に出てやる必要も全くないのだ。俺は振り返ることなく、部屋の中へと戻った。するといつのまに帰って来ていたのだろうか、奏がじっと俺の方を見つめていた。

「よお、奏。おかえり。そんな所で何してるんだ?」

「見てた」

「見てた?何を?」

「ベランダ」

「ベランダ……」

さっきの瀕死体験をか。

「見てたんなら助けてくれよ。本当にあれは殺されるかと思った」

「……」

奏は何も言わず、どこか憐れみを込めたような視線で俺を見ていた。何故か俺の心も辛くなってくる。

「……それじゃ、奏。俺ちょっと外出てくるわ」

「うん」

そう答えてくれた奏の声には、やはりどこか憐れみが籠っているように聞こえた。



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