演劇が終わった後

-私を忘れないでください-
宮下ソラ
宮下ソラ

「11」

公開日時: 2023年2月9日(木) 23:43
文字数:2,754

***




「ああ、あいつ死んだかな」


アジトと称した、かなり大きなホテルの一室。そのベッドの上に横になったまま、ロベルトは呟いた。もちろん相方の返答は期待していない。


「何をしている」


彼はじっと窓の外を見たまま微動だにしない相方――フーゴへと訊ねるが、彼は何も言わない。ロベルトは無視されたことを気にすることなく、再び天井を見つめたまま横になった。しばらくして、


「人を拳銃で撃ったと聞いた」


「ああ、撃ったな」


「悪い行為だと思う」


やっと口を開いたと思いきや、フーゴはロベルトへと小言を呟いたのだ。思わずロベルトも開いた口が塞がらない。


「おいおい、これは戦争だ、俺たちはテロリストだ。相手の事情なんて知るか。俺は楽に事を進めるために動いたまでだ」


「そうか」


フーゴは特に言い返す事もなく頷く。そしてもうこの話は飽きたのか、別の話題を切り出した。


「今日中にベルコルが来る」


「ほお、やっとか」


「ケラーも一緒らしい」


「若いケラーの活躍、楽しみだな」


会話を成立させる気は互いにないようである。ロベルトはベッドから跳ね起きると、フーゴが眺めている景色に目をやった。ビルとマンション、そして一軒家が立ち並ぶ土地。都会という都会でもなく、地方と言う地方でもない中途半端な風景だ。


「私たちが狙う所はどこだ」


「このホテル、それと反対側のビル」


フーゴはポケットから紙を取り出し、指をさしていく。


「協会の本部は?」


「ベルコルがそこは狙うなと言っていた。接近することが難しいって」


「なるほど、面倒臭いが仕方ない。これも仕事か」


しばらくして、ロベルトは立ち上がった。


「そろそろ行くか」




***




幼稚園に着くと、リニアはいち早く台所から漂う香りを察知し、急いで靴を脱いだ――が、勢い余ったのか彼女は玄関でよろめく。


「本当に大丈夫なのか」


「大丈夫だって、ちょっと躓いただけ」


相変わらずリニアは、にこにこと笑いながら両腕を上げてアピールする。腕を上げれば元気だって証拠でも何でもないぞ。


「心配しすぎだよ、聡太!!」


俺はよほど不安気な顔をしていたのか、リニアは元気づけるように勢いよく頬をすり寄せてきた。


「元気なのはわかったから!!離れろー!!」


「はいはい」


リニアは俺から離れると真っすぐに台所へ向かった。


「パスタだ!!」


お皿の上に乗ったものを見て、まるで小学生のように目を輝かせるリニア。すぐに席に着こうとする彼女の裾を奏が引きとめた。


「リニア、大丈夫?」




一瞬、間の抜けたような表情を浮かべた彼女だったが


「こないだも言ったでしょ。大丈夫、私は絶対に大丈夫。だから心配しなくてもいいの!!」


奏の頭を優しく撫で、そして彼女はその小さな体をそっと抱きしめた。


「……ばか」


「それよりご飯は?」


「奏が、皆が集まったら食べようって。家族は揃って食べるものだから」


意気揚々と席に着く彼女に答えたのはノエルだった。そして彼女の言葉通り、全員が席に着く。


「……葵は?」


「いいでしょ」


いいのか。


魔女はあっさり切り捨てた。


俺は親友にせめてもの手向けとして、深いため息を零しておく。すまない、親友よ。俺に止めることはできなかった。


既にノエルと先生、リニアはパスタに口をつけている。俺も構わず食べることにした。真田さんは全員が食べ始めた事を確認してからフォークを手に取った。


「美味しい」


「すごいですね」


思わず感嘆を漏らしたのはノエルと真田さんだ。殆ど奏が作ったのだが、何故か誇らしげになる。


「私も一人暮らししてますけど、こんなに美味しいものは作れないです」


「お、俺も一人で作ったわけじゃないですよ」


大人の女性に誉められ、つい俺も頬が緩んでしまう。


「嬉しそうね」


隣でリニアが笑いかけてきた。何故か寒気がするのは気のせいだろうか。


「あの、後でレシピ教えていただけますか?今度私も作ってみたいです」


「真田ちゃんが作るの!?私も一緒に作る!!」


「えっと……じゃあ後でレシピ渡しますね」


いつぶりだろうか。ここまで誰かに気分を持ちあげられるのは。


自身の口元が緩んでいるのを感じた。ふと、今度は向いの席から視線を感じる。


「……あの何か不満でも」


奏がじとりと、こちらを見つめていた。


「別に」


「……」


俺の周りだけだろうか、妙に気温が低い気がする。


「ふう……」


思わず漏らしてしまったため息に、隣に座っていた先生が視線だけをこちらに向けた。


「食べないの?葵くんに遠慮なんかしなくていいのよ、遅刻した人間が悪いんだから」


それだけ言うと、先生は再びパスタを口に運ぶ。


と、その時。俺の背後で物音がした。


「遅刻した人間にも理由があるんだがな」


「葵!!……えっと、お前も食べるか?」


「いい、今は食べる気がしない」


俺と話している間も、彼の目はひたすら彼女――、先生を見ていた。


「先生、奴らが来たんだろ?それなのにこんな呑気に過ごしてて良いのか?奴ら、今にもテロを起こすかもしれないんだぞ」


「そんなこと言われても、どこで何が起こるかも分からないじゃない。それなら動きがあるまで待つしかないでしょ」


「けど、奴らはもうこの地に来ているんだ!!」


今にも先生に食ってかかりそうな葵に対し、彼女は涼しげな顔でパスタを食べていた。その様子が余計に葵の怒りに火をつけたのだろう。


「いいか!?俺はあんたが何をしても、俺の知った事ではないんだ。etcの文書なんか、どうでもいい。俺があんたに協力する理由は、研究所の連中を排除するためであって、あんたを助けるためじゃないんだ!!」


「食事中よ。後にして」


声を荒げる葵に、冷静に、冷徹に答える魔女。 台所の空気は完全に冷え切ってしまっていた。何とか場を取りなそうと、俺は葵に声を掛けるが、


「俺は今、先生と話しているんだ」


彼は俺に目を向けることなく、じっと先生を睨んでいた。


やがて、その視線に飽き飽きしたのか、魔女はすっと葵へと目を向ける。


「後にしてくれって言ったんだけど。子供たちもいるんだから」


その言葉に葵ははっと我に返ったようで、驚いた顔で食卓に座る全員に目をやった。そして俺に軽く謝罪を入れると、罰が悪そうな顔で部屋を後にする。




やっと張り詰めていた糸が緩んだのか、黙々とパスタを食べていたリニアが顔を上げた。


「空気が重い」


「文句は先生に言ってくれ」


ちらりと隣へ目をやるが、当の本人は何事もなかったかのように涼しい顔をしていた。


俺がもう少しだけ不満を漏らそうとした、その時だった、奥の部屋から電話が鳴る。この時間に奥の電話が鳴るのは珍しい。先生は聞こえているはずなのに、しばらく何もせずに虚空を睨んでいた。奇妙な違和感、いや不気味な感じがする。


「おい、先生!!電話出ないのか」


「……そうね、ちゃんと受けないといけないわね」


そう言うと、彼女は奥の部屋へと歩いて行った。




***




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