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「ああ、あいつ死んだかな」
アジトと称した、かなり大きなホテルの一室。そのベッドの上に横になったまま、ロベルトは呟いた。もちろん相方の返答は期待していない。
「何をしている」
彼はじっと窓の外を見たまま微動だにしない相方――フーゴへと訊ねるが、彼は何も言わない。ロベルトは無視されたことを気にすることなく、再び天井を見つめたまま横になった。しばらくして、
「人を拳銃で撃ったと聞いた」
「ああ、撃ったな」
「悪い行為だと思う」
やっと口を開いたと思いきや、フーゴはロベルトへと小言を呟いたのだ。思わずロベルトも開いた口が塞がらない。
「おいおい、これは戦争だ、俺たちはテロリストだ。相手の事情なんて知るか。俺は楽に事を進めるために動いたまでだ」
「そうか」
フーゴは特に言い返す事もなく頷く。そしてもうこの話は飽きたのか、別の話題を切り出した。
「今日中にベルコルが来る」
「ほお、やっとか」
「ケラーも一緒らしい」
「若いケラーの活躍、楽しみだな」
会話を成立させる気は互いにないようである。ロベルトはベッドから跳ね起きると、フーゴが眺めている景色に目をやった。ビルとマンション、そして一軒家が立ち並ぶ土地。都会という都会でもなく、地方と言う地方でもない中途半端な風景だ。
「私たちが狙う所はどこだ」
「このホテル、それと反対側のビル」
フーゴはポケットから紙を取り出し、指をさしていく。
「協会の本部は?」
「ベルコルがそこは狙うなと言っていた。接近することが難しいって」
「なるほど、面倒臭いが仕方ない。これも仕事か」
しばらくして、ロベルトは立ち上がった。
「そろそろ行くか」
***
幼稚園に着くと、リニアはいち早く台所から漂う香りを察知し、急いで靴を脱いだ――が、勢い余ったのか彼女は玄関でよろめく。
「本当に大丈夫なのか」
「大丈夫だって、ちょっと躓いただけ」
相変わらずリニアは、にこにこと笑いながら両腕を上げてアピールする。腕を上げれば元気だって証拠でも何でもないぞ。
「心配しすぎだよ、聡太!!」
俺はよほど不安気な顔をしていたのか、リニアは元気づけるように勢いよく頬をすり寄せてきた。
「元気なのはわかったから!!離れろー!!」
「はいはい」
リニアは俺から離れると真っすぐに台所へ向かった。
「パスタだ!!」
お皿の上に乗ったものを見て、まるで小学生のように目を輝かせるリニア。すぐに席に着こうとする彼女の裾を奏が引きとめた。
「リニア、大丈夫?」
一瞬、間の抜けたような表情を浮かべた彼女だったが
「こないだも言ったでしょ。大丈夫、私は絶対に大丈夫。だから心配しなくてもいいの!!」
奏の頭を優しく撫で、そして彼女はその小さな体をそっと抱きしめた。
「……ばか」
「それよりご飯は?」
「奏が、皆が集まったら食べようって。家族は揃って食べるものだから」
意気揚々と席に着く彼女に答えたのはノエルだった。そして彼女の言葉通り、全員が席に着く。
「……葵は?」
「いいでしょ」
いいのか。
魔女はあっさり切り捨てた。
俺は親友にせめてもの手向けとして、深いため息を零しておく。すまない、親友よ。俺に止めることはできなかった。
既にノエルと先生、リニアはパスタに口をつけている。俺も構わず食べることにした。真田さんは全員が食べ始めた事を確認してからフォークを手に取った。
「美味しい」
「すごいですね」
思わず感嘆を漏らしたのはノエルと真田さんだ。殆ど奏が作ったのだが、何故か誇らしげになる。
「私も一人暮らししてますけど、こんなに美味しいものは作れないです」
「お、俺も一人で作ったわけじゃないですよ」
大人の女性に誉められ、つい俺も頬が緩んでしまう。
「嬉しそうね」
隣でリニアが笑いかけてきた。何故か寒気がするのは気のせいだろうか。
「あの、後でレシピ教えていただけますか?今度私も作ってみたいです」
「真田ちゃんが作るの!?私も一緒に作る!!」
「えっと……じゃあ後でレシピ渡しますね」
いつぶりだろうか。ここまで誰かに気分を持ちあげられるのは。
自身の口元が緩んでいるのを感じた。ふと、今度は向いの席から視線を感じる。
「……あの何か不満でも」
奏がじとりと、こちらを見つめていた。
「別に」
「……」
俺の周りだけだろうか、妙に気温が低い気がする。
「ふう……」
思わず漏らしてしまったため息に、隣に座っていた先生が視線だけをこちらに向けた。
「食べないの?葵くんに遠慮なんかしなくていいのよ、遅刻した人間が悪いんだから」
それだけ言うと、先生は再びパスタを口に運ぶ。
と、その時。俺の背後で物音がした。
「遅刻した人間にも理由があるんだがな」
「葵!!……えっと、お前も食べるか?」
「いい、今は食べる気がしない」
俺と話している間も、彼の目はひたすら彼女――、先生を見ていた。
「先生、奴らが来たんだろ?それなのにこんな呑気に過ごしてて良いのか?奴ら、今にもテロを起こすかもしれないんだぞ」
「そんなこと言われても、どこで何が起こるかも分からないじゃない。それなら動きがあるまで待つしかないでしょ」
「けど、奴らはもうこの地に来ているんだ!!」
今にも先生に食ってかかりそうな葵に対し、彼女は涼しげな顔でパスタを食べていた。その様子が余計に葵の怒りに火をつけたのだろう。
「いいか!?俺はあんたが何をしても、俺の知った事ではないんだ。etcの文書なんか、どうでもいい。俺があんたに協力する理由は、研究所の連中を排除するためであって、あんたを助けるためじゃないんだ!!」
「食事中よ。後にして」
声を荒げる葵に、冷静に、冷徹に答える魔女。 台所の空気は完全に冷え切ってしまっていた。何とか場を取りなそうと、俺は葵に声を掛けるが、
「俺は今、先生と話しているんだ」
彼は俺に目を向けることなく、じっと先生を睨んでいた。
やがて、その視線に飽き飽きしたのか、魔女はすっと葵へと目を向ける。
「後にしてくれって言ったんだけど。子供たちもいるんだから」
その言葉に葵ははっと我に返ったようで、驚いた顔で食卓に座る全員に目をやった。そして俺に軽く謝罪を入れると、罰が悪そうな顔で部屋を後にする。
やっと張り詰めていた糸が緩んだのか、黙々とパスタを食べていたリニアが顔を上げた。
「空気が重い」
「文句は先生に言ってくれ」
ちらりと隣へ目をやるが、当の本人は何事もなかったかのように涼しい顔をしていた。
俺がもう少しだけ不満を漏らそうとした、その時だった、奥の部屋から電話が鳴る。この時間に奥の電話が鳴るのは珍しい。先生は聞こえているはずなのに、しばらく何もせずに虚空を睨んでいた。奇妙な違和感、いや不気味な感じがする。
「おい、先生!!電話出ないのか」
「……そうね、ちゃんと受けないといけないわね」
そう言うと、彼女は奥の部屋へと歩いて行った。
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