演劇が終わった後

-私を忘れないでください-
宮下ソラ
宮下ソラ

「9」

公開日時: 2023年2月9日(木) 23:35
文字数:4,806

***




「一つ聞きたいことがあるんだが」


「何だ」




俺は奏を安全そうな奥にやると、男の目をまっすぐと見つめた。ここは敵のアジトの中心地。相手がいつ攻撃してくるかもわからない。最大限の警戒をして、俺は奴の言葉を待った。


「君は以前、狂った生活は嫌だと言っていなかったか? 何で君は今ここにいる?」


「……」


男は攻撃もせず、俺の返事を黙って待っているようだ。おそらく今、奴は自身の陣地でこの状況を余裕で楽しんでいるのだろう。俺はいつでも戦闘に入れるよう、ボウガンに手を当てたまま、ゆっくりと口を開いた。


「俺も一つ聞きたい。正直、今のお前は不利な状況だ。お前の策は、俺がここに辿りついた以上全て失敗している。お前を倒せば俺たちの勝ちだ。だが俺がここに来るまでの時間はあったはず。何でそこにいる子供たちに危害を加えていない?」




男は何も言わず俺をじっと見ていた。


「今のお前は何かおかしい。三年前なら、こんな芝居染みた劇なんてせず、とっととやることをやる奴だった。あの時リニアにボコボコにされて、頭のネジでも飛んだのか?」


「リニア・イベリン……そうか、なるほど」


彼女の名前に反応した男は、小さく笑うと勢いよく後方に退いた。戦闘の開始だ。


奴は机の上にあった大量の紙切れを宙に放った。どうやら何も文字は書かれていない、ただの紙きれのようだ。


俺は邪魔くさい紙きれの隙間から、男に向けてボウガンを放つ。


「くそっ」


予想通り、俺の放った矢は男の身体の横を通り抜けて行った。すぐに俺は反対側に手を回し、麻酔銃を取り出す。しかし、男の方が早かった。


奴は俺が後続打を撃つ前に、近くに置いていたガラス瓶を投げた。中には奇妙な色の液体が入っている。俺が麻酔銃を撃つのと、彼がガラス瓶に向けて紙を放ったのは同じタイミングだった。弾丸は割れたガラス瓶から漏れた液体により、急速に勢いを失いその場で落下した。


だが、休む暇もなく戦闘は続く。


俺の攻撃が止むと、今度は男の方が先手をとった。服の中から一丁の拳銃を取り出し、男は俺に向けて乱射し始めた。すぐに俺も防御へと移る。ペンを取り出し、床に文字を書きなぐる。


『ここには何も来ない』


奴の弾丸は勢いよく孤を描いて、俺から逸れて行った。




―しまった!! 後ろには奏たちが……!!




すぐに俺は後ろを振り返ったが、どうやら弾丸は天井近くの方へといったようだ。


俺が安堵の息をつくと、男は一旦拳銃を収め、再び喋りはじめた。




「そう、三年だ。三年前から私の研究は一つに統一された」


「研究所のメンバーじゃなかったら、お前は世界的有名人になっていたのにな。まあ極悪犯罪者としてだが」




男の独り言に付き合う気も失せ、俺は挑発をするが、奴は気にすることもなく続けた。


「君は魔法の起源が何か知っているか? 何故我々は文字を用いた魔法を使うのか。何故我々は表音、表意文字を用いて魔法を具現化するのか」


一瞬だけ見せた男の姿は、まるである命題に囚われて苦悩する教授のようだった。


「何故etcというものが分類されているのか。何故金色の魔女はetcを認めないのか。知っているかい? etcという名前はね、金色の魔女が魔法を大成してしばらく経ってから出来た名前なんだ。単に【その他】っていう意味でね。彼女は自分が確立したもの以外は魔法と認定しなかったんだ!!」


「そんな講義、俺は興味ない。第一、お前は先生の何を知っているんだ…」


「そうだ、私はあの女ではない!! だから私はetcを研究し続けている。etcのまだ見ぬ可能性を私は知りたい!!」




途端に男の顔に狂気が戻った。


「etcとは一体何なのか!! 何故あの女は文字を使用する魔法だけ確立したんだ!? 学問とは何だ!? 研究とは!? 何故あの女はetcを差別した!!」




奴は絶叫しながら拳銃を乱射し始めた。銃弾に何か薬品を混ぜているのか、落ちて行く薬莢が奇妙な音を立てて弾け飛ぶ。


「何故私はあの女じゃない!! 何故、金色の魔女ではないんだ!!」


俺は急いで防御に戻るため、文字を書き始めた。


「いいかげんにしろ!!」


俺の声を無視したまま、男は癇癪を起こした子供のように近くにある薬品を投げた。すかさず俺も予め書き溜めておいた紙を取り出し、それに向かって投げる。


大きな爆発音とガラスが割れる音が響く。


数歩後ろに抜けた俺は、その勢いのままボウガンに紙を貼りつけて男の方へ放った。直撃はしない。ただ爆発だけを起こし、徐々に奴の行動範囲を狭めていく作戦だ。


「今だ!!」


爆発音と共に周囲の壁が揺れ、粉塵が立ちこむ。


俺の反応が遅れた。


奴は霞んだ視界の中いち早く動き、俺の背後へと迫っていた。


「くそっ!!」


振り向き様に奴の拳が俺のみぞおちへと入り、続けて俺の身体を奴は足で蹴りあげた。


「うっ…」


思わず咳が零れる。


男は袖についた埃を叩くと不気味な笑みを浮かべて俺を見下ろしていた。




―何がおかしいんだ、この野郎!!




俺は座り込んだ姿勢のまま、床にナイフを刺した。青い光が滲みだす。


久しぶりに自分にバフをかけた。身体の反応速度を上げ、相手から距離を取る。バフの効果範囲は直径およそ十メートル。このビルの内部は直線距離で四十メートル超。俺はもう一度後方に下がりワイヤーを引っ張った。ワイヤーに巻かれていたナイフは再び俺の手元に戻り、すぐに俺は文字を書きなおした。そして同様に床に刺してバフをかける。これで合計二十メートル。行動範囲を増やした。




本来、魔法使いは遠距離より近距離の方が遙かに有利だ。理由は簡単。標的が近ければ近いほど命中率が上がるからだ。そのため彼らは拳銃や兵器を導入し、遠距離戦闘のための対策を重ねた。だが俺は接近戦には向いてない。できるだけ距離を稼がなければいけない。男も俺の行動を予測したのかすぐに接近を開始した。




―もう認めるか。確かに奴は俺より遙かに強いな。




俺は服の中からある物を取り出した。御幣だ。入口で葵に渡された物である。バフの力を借りた俺は、物凄い早さで奏の足元へ投げた。


「媒介体だ! 文字も入ってる!」


俺が言い終わるや否や、奏はすぐにそれを拾い上げた。奏も俺と同じサポーターだ。




だが俺の様に多くの道具と魔法を利用するのと違い、彼女は何もいらない。etcの能力だ。巫女である奏は神技を起こせる存在である。


奏が御幣を受け取ったのと同じタイミングで、俺は奴に向かってワイヤーを投げ、身体を縛り上げた。chaserの遺産。お前らが造ったあいつの遺産だ。


しかし、体中をワイヤーで縛られているはずの男は、なおも俺に接近してきた。そして奴は左手に持っていた薬品を宙に投げた。


「熱っ…」


酸性系の薬なのか、液体がかかった部分の服は溶けていた。重装備でなかったら大変な事になっていただろう。俺は更に後ろに下がり文字を書きなおして、ナイフを床に刺す。


そして足止めを食らっている男に向け、今度はボウガンを飛ばした。


『止まれ』という紙をつけて。


やっと奴の動きが止まったことを確認し、俺は奏へと振り返った。




―始まる。




近年、etcに対する認識が変わってきた頃。協会と研究所は巫女の【神がかり】も一種のetcと分類した。彼らの神との遭遇、それに伴う神通力と予知能力等の研究は数多く行われた。しかし巫女自体の数が希少なため研究に進展は望めなかった。


その巫女である奏。


彼女は美しい円を描き、優雅に踊る。俺たちには聞き取ることができない詠唱を唱えながら。すると御幣が赤く光り出してきた。


この魔法により、俺の反応スピードは更に上がり持続時間も長くなる。


「お前がどういう理由で研究を始めたのかは知らないが」


男は身体が止まったまま瞳だけをこちらに向けていた。


「奏は……巫女の力はお前らetc連中に比べて、そこまで大したものじゃない。文章の力を増幅させる程度だ。けど、それはもしかしたら魔法使いには不可能なことかもしれないな。魔法は文章自体の効力が弱いから持続時間が短い。そう、一つの文章を書く時、始まりと終わりではインクの濃さが安定しないんだ。けど奏の神がかりはどんな文章だろうと持続時間を延ばせる」


「何が言いたい?」


男の顔には狂気が戻っていた。いや、この顔は今までとは違う。怒りを含んだ顔だ。


「奏の効果でお前はしばらく動けない」


俺はボウガンの照準を男の頭に合わせた。


「終わりだ、Mr.Modification」


「Mr.Modificastion……」


奴は静かに自身の名を呟いた。発音しにくい名前。変異を意味する名前。




すると突然、男は大きな声で笑い出した。と思いきや、すぐに彼は笑いをやめた。


「……お前、本当に魔法が文字だけで構成されていると思っているのか?」


「どういうことだ」


「確かに俺はゲームオーバーかもしれない。では、ラスボスを倒した君に御褒美としてある事を教えてあげよう。『本当に文字だけで魔法が構成されているのか』。俺はずっと疑問に思っていた。もしかしたら金色の魔女は我々にとんでもない嘘をついているのではないかとね。不思議だと思わないか? 魔法とは別にetcという能力があることを。だから研究所はetcを研究している」


男はぶつぶつと言葉を続ける。


「何故私が巫女に執着していたのか。それは先ほど君が言った通りだ。巫女の神がかりは装備も文字も必要としない、純粋な現象維持能力。『文章自体を維持する能力』。なあ、君は何故魔女があの巫女を連れていると思う?」


「それは」


俺が続きを言う前に奴は話し出した。


「答えは簡単だ。研究する価値があるからだ!! 君には理解が及ばないかもしれないが、現象維持能力というのはとんでもない事だ。書いた文字を維持する。これは『文字を書く』という事自体を否定することと同じだと思わないか? ただでさえ巫女が少ないというのに、幼い子供がetcを身につける。君はあの子供の価値がわかっていないんだ」


男は呆れたようにため息を零すと、俺の顔を見つめたまま続ける。


「お前……鈴木聡太だったか?君もいつかわかる。いや、気づく。何故いつもこんな事に巻き込まれてしまうのか。君も知りたいと思ったことがあるだろう」


「……」


「これだけは覚えておけ。金色の魔女は良い奴ではない。あの女は一つの都市、一つの村を無慈悲に焼き払うような魔女だ。協会があの魔女と手を組んだのも、勝ち目がないとわかっているからだ」


「…れ」


「君も利用されているだけだ。魔女の目的のためにね。一人静かに暮らしていた君が突然こんな事件に相次いで巻き込まれるわけないだろ?」


「……黙れ」


「君も僕もあの子供、みんな魔女の掌の上で踊らされているんだ。三年前の事件も全部、彼女は結末を知っていたんじゃないのか!?」


「黙れ!!」


俺はついにボウガンの引き金を引いた。


しかし、目の前で捕えていたはずの男の姿がなかった。




『予想通りだ。こんな策によくかかるね、やはり君は感情的な人間だ』


どこからか奴の声が聞こえる。


『果たして俺はどこにいるのだろうね』


姿が見えないまま、部屋中に男の笑い声が響いていた。






***




「先生、改造人間って何なの?それって人間じゃないの?進化論とか創造論まで遡って考えるべきかな」


「人間っていうのは気付いたらそこにいたもの。そしてその人間が改造人間を作る」


先生はとても簡単に返すが、私には理解し難かった。


「うーむ」


「大したことないわ、リニア。納得できないなら自分の考えを信じとけばいいんじゃない?」


そう言って先生は私に背を向けたけど、最後に付け加えるかのように話してくれた。


「もしかしたら思考と感情を制限されている改造人間は、我々より優れた存在なのかもしれないわね。まあその分、長くは生きられないだろうけど」


「え?」


「理由は簡単。いくら耐久性のある身体でも酷使し続けたらやがては朽ちる。彼らは限界を、自身を守る術を知らないまま、動かなくなるまで動き続けるのよ」




遠い昔。私が先生に魔法を習い始めた頃の記憶だ。

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