演劇が終わった後

-私を忘れないでください-
宮下ソラ
宮下ソラ

「12」

公開日時: 2023年2月9日(木) 23:35
文字数:2,261

***




翌日。体中があちこち疼いたが、俺はどうやらマシな方のようだ。リニアはもちろん、葵もノエルもそれなりに怪我を負っており起き上がることは難しそうに思える。先生の伝手による医者のおかげでだいぶ回復したが未だに体が重たい。疲労が抜けていないのは確かだった。


「はあ……」


昨日のことを思い出す。最後の場面、葵と奴の会話。あれは以前俺が夢で見た会話とそっくりそのままだった。妙なもやもや感を抱えたまま、再び俺は布団の中で目を閉じるのであった。




***




「いっ……たい!!」


リニア・イベリンの朝は悲鳴で始まった。骨折等の傷は回復したようだが、痛みはかなり残っていた。目覚めたと同時に苦痛に襲われ、彼女は思わず声を漏らしてしまった。


今回の出来事、彼女にとって悔しい結果に終わった。何より彼女は自身の未熟さを痛感したのだ。


「―もっと強くならないと」




***




時宮葵の朝は普段と変わらない。ただ寝ている場所が自身の家ではなく、幼稚園という点が違うだけだ。彼の体にも未だに苦痛が残っている。だが、彼の性格上表に出すことはなさそうだ。一階での改造人間たちとの闘い、事実、葵はそこまで苦労することはなかった。自身の怪我が一番軽いとさえ彼は思っている。


「はあ……」


葵は思わずため息を漏らした。今回の事件、研究所の狙いが全く読めない。葵は様々な仮説を思い浮かべ消してゆく。そして再び布団の中で目を閉じた。三年前と似たような事件に、葵は複雑な心境でいたのだ。




***




ノエルの朝は涙で始まった。目を開けると、彼女の隣には友人の姿があったのだ。先日の戦いの末、彼女の友人は無事に洗脳から解放された。そして怪我も治りかけていることに、ノエルは涙を流さずにはいられなかった。


「本当に……よかった」


真田の無事を確認すると、ノエルは天井を見上げてため息をこぼす。彼女は自身の今後を思った。研究所への裏切りとも取れる行為を行ってしまったノエル。




―部長はきっと呆れているだろう。




そう思うとノエルは悲しくなった。誰かに見捨てられるのは嫌だったのだ。それでも彼女は研究所に帰るしかない。それ以外の選択肢が思い浮かばなかった。




たとえ二度と友人に会えなくなるとしても。




***




真田の朝は友人の顔で始まった。目を開けると、天井、そして友人の顔があった。


彼女は昨日の記憶を思い出す。学校にいた彼女は、突然入ってきた男に捕まり……その後の記憶が非常に曖昧となっていた。


ふと、真田は自身の体にたくさんの傷跡が残っているのを見て、何か大変な事件があったに違いないと不安でいっぱいになった。何より彼女は生徒たちの安否が心配でならなかったのだ。


「大丈夫だよ」


包帯を取りに行こうとしたノエルは、そう言って真田を安心させた。彼女の笑顔に真田も安堵していたが、まだ危惧すべき問題は残っている。




―研究所に居場所が割れてしまった。連れ戻される可能性は低いが、何も起こらない可能性も低い。また自分の生徒が危険になるかもしれない。




真田は不安で胸が押しつぶされそうになったまま、じっと天井を見上げていた。




***




奏の朝はいつも通りだった。目を覚ますといつも通りの自分の部屋。


ふと、昨日の出来事が彼女の頭をよぎった。


『―泣くな!!』


いつも優しい鈴木が初めて彼女を叱った。普通なら怖くて泣き出してしまうところだったが、奏は違った。彼女が感じたのは、鈴木が本当に自身のことを思ってくれているということ。それがとても嬉しくて彼女は泣いてしまった。




その時の事を思い出して自然と笑みをこぼす奏だったが、すぐに恥ずかしさが込み上げてきた。あらゆる醜態を見せつけたあげく、鈴木の腕の中で泣いてしまった。奏は羞恥に耐え切れず、布団の中でじたばたと転がり始めた。そして、ひとしきり暴れると、ため息をついて枕に顔をうずめた。


今回の事件で、彼女は自身が周囲の人間にどれだけ大切にされているのかを実感したのだ。




―私はお世話になっているんじゃなかった。




―私たちは家族みたいなものだったんだ。




そう思うと、奏は顔を上げて小さく微笑んだ。




***




「静かね……」


昨日の騒動がまるで嘘だったかのような穏やかな日常の中、天城はぼんやりと窓の外を眺めていた。今日も幼稚園は休園日。休みが明けるのは明日であり、天城は一日中部屋の中で考え事をしていた。別の部屋で寝ている研究所の子供。彼女はもう研究所に戻ることは不可能に近いと天城は思っている。そして、天城は彼女を見捨てることはできないとも思っていた。


だが、きっと彼女がこんなことを言うと協会はもちろんのこと、周りの連中も驚きの表情を見せるだろう。彼らには極悪非道な人間と思われている天城はその事が少し悲しくも感じていた。


「ま、この感情は天城紫乃のものだろうけど」


彼女は大きく伸びをして微笑む。


「あれ? 私が天城紫乃だっけ?」




他人が聞いたら奇妙に思う発言を残して、彼女は静かに目を閉じた。今晩の夕食には、全員起き上がってくるだろう。これ以上に騒がしい夕食になることは間違いなかった。




―また家族が増えるのか。




「もっと稼がなきゃなー。いっそのこと第三次著作権問題でも起こしてみようかしら」


協会が聞いたら身震いでも起こしそうな事を楽しそうに呟く魔女。




そして天城は窓を開けて大きく息を吸う。冷たい空気が彼女の鼻をくすぐった。




―先の事なんか考えない。ただ日々を懸命に生きる。




心の中でそう呟き、彼女は白い息を吐いた。




「……もうすっかり冬だったな」


彼女の吐息は冬の寒空の下に消えていった。




- Track.3 A Bad Dream End. –

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