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ingに関心を持っていた人間は殆ど三年前に亡くなってしまった。余計なことを追い求めて、余計な目にあったのだ。それに引き換え、ロベルトはingになど全く関心がない。彼の研究分野は別のものであり、その研究結果が出さえすれば彼は満足なのだ。
だが、ロベルトは今、急進派に属している。自身でもこの状況がおかしいのか、彼はつい口元を緩めた。穏健派の方が明らかに安全は保障されているのに、何故こちらに属したのか。彼は自身に訊ねる。意外にも答えはすぐに出たようだ。
――より多くのことを知りたい。
穏健派ではできないことだ。かと言って一人で研究を続けるには効率が悪い。だとしたら、結論は一つしかなかった。急進派と親しくなる。このように考えたロベルトは、十年以上もの間彼らと行動を共にしている。しかし魔法を扱う彼らとは違い、ただの人間であるロベルトは、急進派の連中を同じ人間として見ることはできなかった。
「ああ、めんどうくさい」
ロベルトの口癖だ。どこかに所属して活動するのは彼に向いていない。結果、大学からも締め出された彼が辿りついたのがこの研究所だった。
ふと、彼は三年前の出来事を思い出す。
ロベルトは当時日本におらず、南米で活動していた。多くの仲間が戦いに巻き込まれ、そして死に絶えた。協会……彼自身、協会の下した判断、行動は間違ってはいないと思っている、だが許容することはできなかった。
ingという口実を元に、起こったこの争いはやがて金色の魔女の乱入により、三つ巴化。研究所も一体となって応戦したが、結果的に彼らは敗北した。莫大な損害と共に。その後、急進派の勢力は格段に落ち、実権は穏健派へと移った。
もちろんロベルトは権力などといったことを気にしてはいない。自身も議会の一員だが、口を出すことはめったにないからだ。
ロベルトは大きな欠伸を欠いて、椅子に背を預けた。窓から見える空は陰鬱で、少し肌寒さを感じさせる。
勢いを失った急進派。戦いの責任を負わされた彼らを支持する団体もいない。研究費用も格段に減ってしまった。確かに痛手ではあったが、ロベルトは研究をやめることはない。
彼の研究は主に爆弾と関連している。火薬を作るところから自身のオリジナリティを加えていく。世間的には只の爆弾魔と蔑まれるかもしれないが、彼は自身の作品がどのように使われるかなど全くどうでもよかったのだ。
ロベルトは研究者である。
携帯可能な小規模な爆弾から、ミサイルのような大規模なものまで、彼は多くの爆弾を製造した。しかし、それも三年前の話だ。現在の彼は没落した勢力の一研究員にすぎない。そんな彼を訪ねてきたのがベルコルだった。
『――彼らの敵を取りたくはないのか?』
ロベルトは、研究所でその様な言葉を聞くとは思ってもみなかったのだ。 個人主義の集まりであるこの場所は、他人がどうなろうと関係ない。
しかし、ロベルトは何故か断る事ができなかった。ベルコルは彼が仲間になるや否や、すぐにルイーゼを紹介した。改造人間、そして爆弾を製造しろという意味だった。
ルイーゼ……以前は氷山と言われていた彼女は変わっていた。ベルコルが三年前の事件で瀕死の彼女を改造人間にした際、感情を開放したからだ。
「本来の彼女はあんなに優しい女だったのか」
彼女と最後に対面したのは、ロベルトが改造人間を製造した時だった。ChaserとThe dreamerが脱走した後、いくつかの制約を増やす際、感情の制約、考えの制約、そして、
『黒づくめにしてくれ、そう、まるで影のように』
夜間の活動をメインにさせるためだった。三体の【影】を製造した後、彼はルイーゼを連れて欧州へとむかった。そしてルイーゼの裏切り。彼女を処理したのは、ロベルト自身だった。
脳内に浮かぶルイーゼの最期を、かき消すように彼は再び仕事に着手した。
ロベルトは今度、フーゴと共に日本に行く命を受けている。フーゴ……無愛想で必要な時以外、めったに口を開かない男だ。ゴトーは研究所に残りここを守り、マルセンは原論主義者と共に動くと彼は聞いている。そしてベルコルとケラーも遅れて日本に向かう予定だった。これほどの人間が日本に向かう。etcの文書という只の紙きれのために。
ロベルトは呆れたようにため息を零し、笑った。
そして現在、無事に日本に到着したロベルトとフーゴは魔女の拠点に向かっていた。彼女の仲間を一人一人処理した後、彼女と対決する予定で彼らは動いている。
「相変わらず無口なやつだ」
自身のすぐ後ろを歩く男を見て、ロベルトは愚痴を零す。
「ああ、だるい。面倒臭い」
「だるいと面倒臭いは関係ない」
「あんた……やっと喋ったと思ったらそれかよ」
「俺はあまり喋りたくない」
「そうかよ」
あまり気分がいいとは思えない表情で彼らは歩く。改造人間と影は既に隠していた。あれらの活動は夜がメインだ。
「魔女の一行は全部民間人だったな。全く笑わせる」
そう吐き零すと、ロベルトは帽子を深く被り直した。公園を通り過ぎる。
瞬間、
「へえ……」
顔なじみの改造人間の姿を視界の端に捉えた。フーゴも彼女に気付いたようである。
「面倒臭いけど、どうする?」
ロベルトはフーゴに振り返る。彼は静かに首を振り、
「手を出す必要はないと思う」
「そう?じゃあそのままで行こう。あんなの今更狙う理由もないしな」
ロベルトは改造人間の隣を歩く、青年と少女の顔を頭の中に記憶し、その場を通り過ぎる。普段、怠け者のロベルトだが仕事はきちんとこなしていた。
「それにしても、何で俺らはこんな場所で仕事をしなければいけないんだ?」
ロベルトが自嘲気味に零した愚痴に誰も返事をしてはくれなかった。何も言わずに後ろを歩くフーゴに苛立たしくなってきた彼は、視線だけを彼に向ける。
「おい、何とか言えないのか」
「……」
「全く世間話くらい付き合ってほしいものだ」
依然として、フーゴは何も話さない。そんな彼の態度に構うことなく、ロベルトは声を掛ける。
「ベルコルの計画に参加した理由は何だ?」
やはりフーゴからの返事はなく、ロベルトも返答を期待してはいなかった。会話することを諦め、彼は路傍の石を蹴り始めた。彼が石蹴りに夢中になり始めた頃、やっと後ろから中低音の声が聞こえてきた。
「多分……君と同じ理由だろう」
一瞬、ロベルトは何の事かと思いかけたが、すぐに先ほどの返答だと思い至った。
「俺と同じ理由?あんた俺のこと何の知らないくせに、よくそんなこと言えるな」
気に入らない返答に、気分を損ねるロベルト。続きを述べるかのように、再びフーゴは口を開ける。
「もしかすると、我々は個人主義ではなかったのかもしれない」
「人間は社会的な動物であるって言いたいわけか。素敵な考えだな」
「別に反論はしない」
気づくとフーゴはロベルトより前を歩いていた。慌てて彼はフーゴの前を歩きなおす。
「夜までまだ時間がある。昼間の内にできることはやっておくぞ」
相変わらず返答をしないフーゴ。そんな彼の態度にロベルトも慣れてきたのか、あまり構う事はなかった。
「私は少し用事がある。あんたは先にアジトへ行っていろ」
フーゴは小さく頷き返す。そしてロベルトが居なくなった後、彼は静かに息を零した。
「ああ……うるさくて耳が痛い」
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