「よう」
両親が仕事で留守の日、八剣 傀がやってきた。
「ユニセのお母さんから電話があったんだ。 ユニセがまたカップ麺だけで食事を済ませそうだから、なにかテイクアウトで料理を買ってもらえないかって」
両親が不在の日に限って現れる来訪者。
大きい体に爽やかな笑顔という組み合わせは、それこそよく躾られた大型犬を連想させた。
「お金は?」
「あとで返すって言われたから、オレが立て替えておいた。 あと、これ」
靴を脱ぎ出す前に、カイがスーパーのビニール袋を手渡してくる。
ビニール袋には、互いの好物であるチョコレートのアイスが6個。
「そっちは冷凍庫な」
溶けないうちに冷凍庫へ封入しろという事らしい。
カイが框に置いたビニール袋には、近所のファミレスでテイクアウトしたと思しき料理がいくつか入っているようだ。
「で、他に用は? お母さんに頼まれてご飯を持ってきただけじゃないんでしょ」
ボクがアイスとテイクアウトの料理を確かめている隙に、カイは「お邪魔します」と言いながら玄関の上がり框を踏んでいた。
「他に用って、友達が家に遊びに来てやったんだぞ。 ちょっとくらい喜べ」
スタスタと部屋に向かって歩くカイの背中を睨みながら、ボクもカイの後を追った。
ボクの家は小さな2階建ての一軒家で、2メートル弱の廊下を歩けば間もなくリビングにたどり着く。
「少なくとも、命令口調で喜べとか言う人は友達じゃないと思う」
ボクが呟くと、カイはあははと笑いながら背負っていたリュックサックを床に置く。
カイが愛用している黒いリュックサックには、見覚えがある。
あれは、宿泊に必要な物を詰め込んでいるものだ。
「リュックを背負ってたあたりで察したけどさ、ウチに泊まるつもり?」
「ダメか?」
「べつにダメじゃないけどさ……」
ソファに座ると、カイはポケットからスマートフォンを取り出していじりはじめた。
カイの隣に座ったボクは、とりあえずテレビの電源を入れる。
チャンネルは、いつも見ているバラエティ番組にした。
「――」
スマートフォンに視線を向けている男を、ボクは横目で観察する。
八剣 傀という男子高校生は、今年小学校6年生になったばかりのボクこと社 ユニセの知り合いだ。
一緒にゲームをしたり、お互いの家に泊まったりもするから仲は良いんだけど、知り合ったきっかけがきっかけなので、この関係が友達と呼んでいいものなのかはわからない。
彼の身長は190センチを越え、体重もそれなりにある。
でも太ってるわけじゃない、その体は骨と筋肉の密な塊だ。
無骨な顔立ちもあって、とても18歳には見えない。
前に、スポーツは得意だが部活には入ってないと言っていた。
恵まれた体躯は、生まれ持った素質なのかもしれない。
「映画でも観ないか? あのテレビ、ネットに繋いであるから動画配信サイトも見れるんだろ」
ボクの方に向いて、カイが言ってくる。
「じゃあ、この間追加された映画で」
リモコンを操作して、動画配信サイトを開く。
「どんな映画だ?」
「時間を逆行しながら事件を解決していくアクション映画。
飛行機が空港に突っ込むシーンで、撮影に本物の飛行機を使ったやつ」
「ああ、あれか……」
カイもその映画を知っていたらしい。
「ほら、ジュース。 ユニセはグレープ味のソーダで良いんだよな?」
「それでいいよ。 ありがと」
ボトルを受け取ってからソファに座り直し、映画を再生させる。
すると、カイがいきなりボクの肩を抱いてきた。
「もっとリラックスしろよ。 緊張しっぱなしだと疲れるだろ」
隣に座っているカイの存在感に圧倒され、ボクはずっと萎縮していた。
カイは、それを見抜いていたんだ。
「べつに……」
この人は、本当に隙が無い。
「緊張なんかしてないもん」
ボクは強がってみる。
「本当か?」
強がるボクを見て、カイはニヤニヤしていた。
◇
社 ユニセは、オレの親友だ。
本人は否定しているが、少なくともオレはそう思っている。
知り合ったきっかけは、とあるゲーム。
『コート・オブ・アームズ』――略して『COA』と呼ばれるMMORPG。
COAは、最新の拡張現実技術を利用するオンラインゲームで、基本設定は『プレイヤーがデバイスを介して並行世界や可能性の世界、未来の自分をスキャンし、そのデータから『メダリオン』と呼ばれる武器を召喚する』というもの。
プロジェクションマッピングと錯覚を利用したシステムもお見事で、COAを起動すると現れるダンジョンやモンスターには実体があるのではないか、と誤解してしまうほど。
オレもプレイヤーとして魔剣のメダリオン『ダインスレイブ』を召喚し、今までずっと無敗のソロプレイヤーとして活動してきた。
そしてあの日、社 ユニセという人物を知ったのである。
あの時のユニセは、初めてメダリオンを召喚した直後、そのまま緊張クエストに巻き込まれた初心者だった。
しかし、ユニセが召喚したメダリオン――『短剣の付いた傷んだ布』が規格外のシロモノで、ユニセは緊急クエストのボスであるワイバーンの攻撃をノーダメージで受け止め、そのまま撃破してしまったのだ。
離れた所から見物していたオレは、そこで社 ユニセというプレイヤーと、ユニセが持つメダリオンについて記憶した。
それから数日後、オレはユニセの元へ赴き、制限時間3分で1対1のバトルを挑んだ。
しかし、ユニセのメダリオンが有する防御スキルはダインスレイブでも突破できず、バトルは引き分けに終わってしまった。
紫檀のような色の髪に、華奢な骨格と体つき。
静やかだが情熱を秘めた瞳。
レアリティすら存在しない、常識外れのメダリオン。
全てが特別なユニセに惹き付けられたオレは、彼をオレのパーティに加入させるべく、行動を開始した。
目的のために、ユニセの通う付属小学校に転校までしている。
そうしてやっと、ユニセと友人になることができた。
けれど本人は、毎回「まだ友達じゃないでしょ」と否定してくる。
ただ、互いの家に泊まったり、一緒に外出したりはしてくれるので、単に本人が素直にならないだけだろう。
そこが、ユニセらしいとも言えるが。
◇
「ご飯」
「――ん?」
映画が終わり、ふとユニセが声を漏らす。
「そろそろご飯にしよ。 そのあと出かけたいし」
「出かける用事があるのか?」
オレが訊くと、ユニセは左手首に巻かれたウェアラブル端末――COAのデバイスに触れ、立体映像を表示させた。
「すぐそこの公園で、7時からレイドクエストが始まるんだってさ」
「オレまで行ったら、レイドボスなんてあっという間に撃破しちまうぞ?」
オレの応えに不満だったのか、ユニセはむっとした表情になる。
「ボクは、カイと一緒に参加したいの」
一緒に参加したい。 たしかにユニセはそう言った。
「じゃあ、ついにオレとパーティを組んでくれるのか!?」
「いや組まない。 ただ共闘で済ませる。 それでも良い報酬は貰えるし」
喜んだのもつかの間。 即座にオレの願望は木っ端微塵に粉砕されてしまう。
「ただね」
ショックを受けて愕然としていたオレに対して、ユニセは微笑みかける。
「一緒に戦って、正式にパーティを組んだ時の予行練習をしたいの。
ボクのメダリオンには特殊なスキルがある。 だから、カイや他のプレイヤーにもそのことを知っておいてもらったほうが良いと思ってさ」
オレは有名なプレイヤーで、ダインスレイブの事を知っているプレイヤーも多い。
反面、ユニセはCOAを始めたばかりのプレイヤーで、ユニセが持つメダリオンの事を知るプレイヤーはほとんど居ない。
「今のままじゃ、カイとは吊り合わないもの」
「そうか……」
そういった要素が、ユニセを臆病にさせていたんだ。
「わかった。 なら、オレはユニセと共闘してやるよ」
「……ありがとう」
むしろ、オレとの共闘を選んだのは、ユニセにとって最大の決断だったかもしれない。
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