踊れ、アスラ~4d⇒~

科学の砦でから騒ぎ。
沖房 甍
沖房 甍

「マニピュレーターの殺意」2

公開日時: 2021年3月15日(月) 21:57
更新日時: 2021年10月6日(水) 17:44
文字数:3,859

「困るねキミ、事件現場に勝手に立ち入ってもらっちゃ。事と次第によってはお縄になってしまいますよ?」


「ん? おっさん誰よ?」


「お…っ、おっさ…!? こんな場所にいるんだ、警察に決まっているだろうが…」


 相手が刑事だろうと全く怖気づく気配も無い、香苗の先制パンチに鷲尾の方が面食らってしまう。


「制服着てないんだからそんな事分かったもんじゃないでしょう? 何ならおっさんだって勝手に立ち入ってる部外者だって事もあるじゃない」


「ンなわけあるか! 手帳見るか!?」


「ほら、そーゆーの無いと証明できないんでしょ? ならこっちだって話も聞かず部外者扱いされるいわれは無いんだからねーだ!」


「この…っ、屁理屈を…!!」


 いい歳をした刑事が二回り近く齢が離れているであろう小娘相手に完全に翻弄されている。先程までの慇懃いんぎんさの影も無く、このまま放って置いたらすぐにでも爆発してしまいそうである。


「まぁまぁ、落ち着いて下さい。彼女は私の助手みたいなものでして…」


 さすがに取りなさないわけにはゆかず、教授が両者の間に入る。


「あ、いた! 教授!!」


「あなたの部下ですか? 困りますね断りも無しに連れて来て貰っちゃ…」


「申し訳ありません、次からは気を付けますのでここは私の顔に免じて…」


「…頭でも冷やしてきます。作業終わったら呼んで下さい、先生


 まだ憤まん遣る方無さげに鷲尾は厭味まじりの捨て台詞を残し、その場から離れていった。


「香苗さん…何でついて来たんですかぁ…」


 再び作業に戻った教授は口を尖らせて香苗にジト目を寄越す。


「何の説明も無く出かけちゃうからよ。案の定こんな面白そうな所に来て!」


「もぉ…遊びに来ているんじゃないんですから」


──遊びに殺人現場来られちゃ堪らんわ。


「大人しくしていて下さいね? さすがに警察相手に取り返しのつかない大騒ぎを起こされたくはないので…」


 やれやれとため息ついて教授はパプロから伸ばしたケーブルを自分のタブレットに接続する。ここはさっさとバックアップを取って引き揚げようと決めて、作業に専念することにした。


 …既に自分がフラグ立ててしまった事に気付かずに…。



「…随分膨大な量の情報を処理しているんですね…」


 改めて高性能AIの頭の中を覗き見てそのデータ量に驚く教授。


「処理されている情報のほとんどはディープラーニングに費やされているものですか…。これは一週間以上前のデータまではコピーできそうも無いですね…」


 とにかく出来る限りのバックアップを取って置こうと目ぼしいファイルをピックアップする。…と、その背後で突然大音量の演歌が響き渡った…!


「何事だぁーっ!??」


 鬼の形相で鷲尾が駆け上がってくる。その目に飛び込んできたのはベッドの対面の大きなTV画面…歌番組か何かだろうか、一人の歌手が熱唱している映像だった。

 画面の下では香苗が腰を抜かして画面を見上げている…どうやらDVDを再生したらしい、勝手に。


「…あー、びっくりしたぁ…」


「またお前かァーーーっ!??」


 鷲尾にネックハンギングで吊るし上げられる香苗、またもや教授が仲裁することで危うく現場で二人目の絞殺死体が出る事だけは避けられた。


「この女性ひとは?」


「ああ、この映像の歌手が被害者の添木さんです…染井さをり…と呼んだ方が通りが良いですかね…」


 香苗はきょとんとしているが教授はその名前に聞き覚えがあった。


「14~15年ほど前、何かの番組で見た覚えがありますね…『大岡川心中』でしたっけ…? 当時でももう演歌でのヒット曲は珍しい時代でしたから」


「演歌は2曲もヒットが出れば食うには困らなくなる…なんて都市伝説もありますが、彼女の場合はどうだったのでしょうね? こうして生活を見る限りはそれほど困窮している様子はないようですが…」


「さて、私には何とも…」


 教授は守備範囲外のコメントは差し控えたいとばかりに肩を竦める。


「仮に…仮に、ですよ? 先生、誰かが彼女を殺害しようと考えたとしたら、そのロボットの頭の中に痕跡は残っていると思いますか?」


「断定は出来ませんが…まず今見た限りではこの機体やCPUそのものに直接細工した痕跡は見つかりません。次に遠隔で何かしらの操作を行った可能性も考えられます。その場合よほどハッキングに長けた者の仕業でなければネットのアクセス記録に痕跡が見つかる可能性もあることでしょう…その辺はバックアップを持ち帰って、後でじっくりと精査させて頂きます」


「そうですか…あ、あともう一つ…あ、いや…」


 一瞬問いかけて言い淀む鷲尾。しばし逡巡した後、意を決したか「これは私見です」と前置きをして話し始める…。


「少し突飛な発想なのですが…笑わないで下さいますか?」


「…ええ、わかりました」


「先生は…その…ロボットが人を殺すと思いますか? …それも自発的に、です」


「………」


 …考えあぐねて教授は黙り込む…。


 それが相手の困惑とでも映ったのだろうか、自身の迂闊な発言を後悔した鷲尾が教授から視線を外す…横を見ると香苗まで何とも読み取り辛い表情でこちらを凝視していた。


「や…、やっぱり今のは忘れて下さい…っ!!」


「何で?」


「え?」


「だって、現場にはその子がいたんでしょ? だったらまず疑ってみるのは当然なんじゃないの?」


 意外な事に、香苗は鷲尾の突拍子もない発想を肯定したのだ、更に教授もそれに補足を加えて後押しをする。


「刑事さん、アシモフのロボット三原則はご存じですか?」


「いえ…?」


「ロボット三原則はSF作家アイザック・アシモフの作品の中で設定されている3つのロボットの行動原則です…」


 教授は三つ指を折って以下の三原則を示した…──



第一条:ロボットは人間に危害を加えてはならない。

    また、その危険を看過することによって人間に危害を及ぼしてはならない。


第二条:ロボットは人間に与えられた命令に服従しなければならない。

    ただし、あたえられた命令が第一条に反する場合はこの限りでない。


第三条:ロボットは、第一条および第二条に反するおそれのないかぎり自己を守らなければならない。



「…つまり、第一条にあるようにロボットに人を殺害することは不可能だ…と?」


「いえ、これはあくまで小説の中の話です…現実世界のロボットにはそんな原則はプログラムされていません。…というのも、この三原則をそのままロボットに適用すると『フレーム問題』という制約が発生してしまうためです」


「フレーム問題…ですか?」


 鷲尾は聞き慣れぬキーワードをそのまま復唱して返す。


「はい。例えば一つの出来事を判断する過程で、ロボットにはある程度の限られた情報処理キャパシティーしかありませんのでそこに情報の取捨選択…つまり範囲の設定をしないといけません。ところがそうした前段階でさえ情報や処理方法に無限の選択肢が発生してしまう…そうした思考のフレームを設定すると更に別のフレームが発生してしまうロジック上の問題がフレーム問題なのです」


「話が見えませんね…先生、あなた何をおっしゃりたいのです?」


 鷲尾は同意を求めて香苗の方を見るが、彼女がそんな話まともに聞いているはずは無く、とっくにそっぽを向いてしまっている。


「まぁ、聞いて下さい…そのフレーム問題も近年、量子コンピューターやAIのディープラーニング等で打開の兆しが見えてきているのです…このパプロがそうしたキャパシティーを有していると判断されれば、あるいはロボット三原則に似たロジックを持ち得る可能性も出てくる…ということです」


「なるほど、その判断はフタを開けてみなくては分からないということですか」


「はい。ですのでロボットの自発的殺人は、今この場ではお答えすることは出来ませんが、否定もまた出来ないということです。だからそのご意見は一つの選択肢として承っておきましょう」



「…その前にさ、それ本人に聞いてみたら?」



「え?」


 今度は香苗が突拍子も無いことを言い出した。


「だって、殺す気があるかどうかなんて、ここにいる本人に聞くのが一番手っ取り早いでしょ?」


「…ム…何だか一理ありそうな、そうでも無さそうな…?」


 おかしな禅問答になりそうで鷲尾がいい加減首を捻り始める。


「案ずるより産むが易し! 気になったら試してみるのが吉、よ♪」


 言い終わるか、終わらないかのうちに香苗は教授の手元のパプロに手を伸ばす。


「あ、でも香苗さん…待っ…──」


 教授が止めようとするも手遅れ、香苗はパプロの起動ボタンを押してしまう。軽やかな電子音が流れ、パプロの目が発光する。


『お早うございマス。…アれぇ…? アなた方はどなたデス? ちーチゃんはどこですか?』


 起動するなり周囲を見回すパプロ、『ちーちゃん』とは染井さをりの本名…千里の事である様だ。


「あんたのご主人なら死んだよ? ねー、ロボット君、彼女はあんたが殺したんじゃないの?」


 香苗はド直球でパプロに答え、そして逆に問い返す。


「あ~…それは…」


 またもや教授の静止は手遅れに終わった…、それも最悪の結末で…。


『コマンドガ設定サレマシタ、データヲ初期化シマス』


「…え?」


 香苗の問いかけを受けて、パプロの口調が急に無機質な一本調子に変わり…そして沈黙した。


「あ~あ…」


 力が抜けた様に教授が膝をつく、だが鷲尾はまだ状況を理解できていない様子だ。


「…な…何が起こったんです?」


「何かしらのプログラミング的なブービートラップでしょうか…? パプロが自己のCPUデータを全消去させてしまいました…」


 相も変わらぬ呑気な口調に、だが少しだけ無念さを滲ませて教授が呟いた。



「…どうやら、証拠隠滅されてしまった様ですね…」


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