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科学の砦でから騒ぎ。
沖房 甍
沖房 甍

「夢見る強化外骨格」

「夢見る強化外骨格」1

公開日時: 2021年3月7日(日) 21:23
更新日時: 2021年10月6日(水) 14:51
文字数:3,231

「…何だってエレベーターが故障してんのよ…!!」


 修理中の張り紙がなされたエレベーター前、上半身が隠れてしまうほどうず高く積み重ねた段ボール箱を抱えた浦鳥香苗は途方に暮れていた。

 研究員補佐と言えば聞こえは良いが、要は雑用である彼女の就労時間の大半はこうした資材や資料の運搬に費やされる。只でも重労働となるのに加えて、そんな彼女を今日は更なる試練が待ち構えていたのだった。

 鉄筋4階、地下2階建て(…さらに地下深くフロアーが存在するという噂アリ)の研究所には当然人員昇降・資材搬出用のエレベーターが各1基ずつ設置されている…が、そのエレベーターが両方とも故障し、現在使用不能となっているのである。


「誰よ、故障させたのは!!」


──えろうご立腹の様やけど、壊したのはネーちゃんやで?


 …そうなのである。彼女は昨夜地下2階の第7保管庫から航空機用ガスタービンエンジンを勝手に持ち出す。だがなにぶん重量のある資材なので当然一人では保管庫から運び出せない。そこで彼女はエレベーターのワイヤー式巻き上げ機をウィンチ替わりにして運搬しようとしたのだった。


 手順はこうである…


1・一旦エレベーターを1フロアー上まで移動


2・かご室の床面裏に別のワイヤーを結び付けそれを地下2階のエレベーター出入り口を経由して保管庫にまで引っ張ってくる


3・ワイヤーをガスタービンエンジンを乗せた台車に繋ぐ


4・エレベーターを上昇させて資材を移動する


 こうすれば必然的に物資はエレベーター前に運び込むことができ、その後ワイヤーを元に戻せばエレベーターで楽々地上に搬出することができる…。


 …まるで場末の推理小説のトリックばりに面倒臭い仕掛けである。


 本人にしてみれば完璧な計画のつもりだったのだが、もちろんエレベーターはそういう用途で設置された機械ではないので結果は無残なもの、ワイヤーを保管庫まで引いてくるまでは良かったのだが巻き上げ機の出力がまるで足りずモーターが焼き付き、果たして搬出用エレベーターは故障する事となる。

 これが本来の搬出用エレベーターとして用いる場合であれば特に問題なくこのくらいの重量物を運び上げる事は出来ただろう。彼女の計算ミスはエレベーター出入り口と廊下の角に直接ワイヤーを接触させてしまった事だった。滑車でも設ければ事なきを得ただろうに、これにより生じた抵抗によって必要以上の負荷がモーターにかかってしまったのだ。

 そこで止めておけば良いものを、諦めきれなかった彼女は更に「人用」のエレベーターにまで手を出してしまう、当然搬出用よりも出力が低いので結果は同様である…。

 結果2基のエレベーターは共に現在、修理のため使用不能となっているのだ。


「仕方がない…今日は階段を使うことにするか…」


 そもそも自分がその原因を作った張本人である事を完全に棚に上げて、彼女は渋々と階段に向かう。ちなみに現在彼女がいるのは地下1階、階段は13段上って踊り場を経由して再び13段…これでようやくフロアー1つ。これを3階まで繰り返す…。


「…死ぬかも」


 悲壮感に満ちた顔で段ボール越しに見上げる階段はさながら万里の長城、果てしの無い道程に思えた。


 …念を押して言っておくが、彼女にとってはそれも自業自得なのだ。



「あのー…どうかしましたか?」


「わひゃあっ!?」


 放心状態のところ唐突に後ろから声をかけられて香苗は思わず荷物を落としそうになる。香苗が振り返ると、そこにはひょろっとしたいかにも虚弱そうな男性所員がこちらを窺っていた。

 だが彼女の顔を見るや否や彼の表情は俄かに強張る。


「う…っ、う、う、浦鳥っ…香苗…さん…!?」


 驚愕する男性所員はその場で硬直してしまった。可哀想に、顔面蒼白、冷や汗だらだら…喩えるなら閉ざされた廃墟の中でチェーンソー片手のホッケーマスク男に遭遇してしまったお調子者さながらの絶望と恐怖の表情だ。


 …さもありなん、彼女の恐ろしさは所内全域に伝わっており所員なら知らぬ者はいない。


「何よ…その怪物を見るような目は!?」


 事実、ある意味怪物である。彼にとってはお気の毒というほかは無い。善意で声をかけたらその相手が災害級の危険人物だったのである、喩えるなら出あいがしらに戦車に轢かれるようなものなのだ。

 しかも先程あからさまな恐怖を顔に出してしまったものだから、もはや言い逃れも出来ない…死も覚悟するしかない状況である。


「い…いえ、何かお困りの様だったので…」


 それでも一縷の望みをかけて、男性所員は何とかその場の取り繕いを試みる。実際本当に相手を気遣い声をかけた事には嘘偽りはないのだ。

 香苗は信用無さげに相手を睨んでいたが、やがて何の気まぐれかその怒りを収めた。


「…まぁ、いいよ。こっちも怒ってる余裕なんて今無いし…それに…」


 げんなりとした顔で階段を見上げる。


「これからこれ持って階段上がるんだから余分な体力使いたくないもんねー…」


「…あ、あの…、でしたら僕、お手伝いしましょうか?」


 遠慮気味に男性所員は助勢を持ちかける。別にそこまで気を遣う必要はないのだが、さっきまで命が危ぶまれる状況だったことを思えばその程度はお安い御用なのだろう。


「え? ホント!? わぁ、助かるー♪ じゃあ半分お願い!」


 香苗の方もこれっぽっちも遠慮する気も無い様で、抱えていた段ボールを二箱、相手に押し付ける。


「え、うわわっ…!?」


 それが思っていたよりも重かったのか、いきなり大荷物を抱えた男性はバランスを崩してしまった。


 …どてっ。


 そのまま段ボールに圧し掛かられる様に転倒する。石に押しつぶされたカエルの様に、男性所員はわたわたと手足をばたつかせた。


「たっ…助け…て」


「え~っ!? 何よそれ、弱っ!!?」


 確かに手助けしようとしてそれではあまりに格好悪い。仕方なく一旦荷物を下ろした香苗は男性の荷物を除けて助け起こした。


「すみません…助かりました…」


「ひ弱ぁ~…あんたそれでよく手伝うなんて言ったわね?」


 手伝ってもらっといて何故か態度がデカい香苗。一方すっかり方を無くしてしまった男性所員は、だがふと思いついて踵を返す。


「あ、そうだ…! ちょっと待ってて下さい。大丈夫、それ四つとも僕が運びますので」


 そう言い残して廊下の角に消えていく。一人残された香苗はただただ呆気に取られていた。


「…何なのよ、あいつは?」


 何だか余計な時間を食ってしまった様な、損した気分に滅入ってしまう。それでも待てと言われて律義に待つのも彼女にしては珍しい事だった。




 しばらくして、彼が消えた方向から妙な音が聞こえてくる、かしゃり、かしゃり…と一定のリズムで軽い金属音が響いてくるのだ。


「…何だ?」


 やがて現れたのは先程の男性所員…だがその手足には金属のフレームに樹脂のパッケージで形成されたような奇妙な器具を身に着けている。

 彼の肩や肘、膝等の関節に合わせた位置にはこぶ状のユニットがあり、時々そこから小さな駆動音が漏れ聞こえる事から、何かしらの動力が組み込まれていると思われる。そして各部から2~3筋の細いケーブルが伸び、それが腰のポーチみたいなパックに集約されていた。

 そうして彼が一歩踏み出す度に足に取り付けられた器具の金属部分が軽快な作動音を奏でているのである。


「お待たせしました、それじゃ運んじゃいましょう」


 そう言うとこちらも器具が添えられた腕を伸ばし、積み重ねられた段ボールを一気に抱え上げた。


「え? 凄っ、どーゆーこと!?」


 香苗は驚愕の目でその光景を目撃する。先程の失態が嘘の様に彼は軽々と荷物を持ち上げてみせたのだ。


「何階まで運ぶんですか?」


「…え、あ、3階まで…」


「はい、それじゃあ行きましょう」


 男性所員は相変わらず頼りなげな笑みを浮かべて階段に足をかける。歩みこそ少しゆっくり目で、動きもロボットの様なちょっとぎこちないテンポだが、これまた苦も無しといった様子で着実に段差を上がってゆくのである。

 手ぶらになった香苗は彼に促されるまま、先行して階段を上って行った…。


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