踊れ、アスラ~4d⇒~

科学の砦でから騒ぎ。
沖房 甍
沖房 甍

「超音波戦争」4

公開日時: 2021年3月4日(木) 22:15
更新日時: 2021年10月6日(水) 03:31
文字数:3,773

 早春のうららかな昼下がり、科学の砦の平穏は突如起こった爆音によって打ち破られた。

 唐突に発生した爆風により研究所の正面エントランスホールのガラス窓が粉砕、破片がロビー内に吹き荒れる。ほんの数舜遅れて空気をつんざく様な凄まじい爆発音が追いかけてきた。

 あっという間の出来事、きぃんという残響が消えると嘘の様な静寂さが戻ってきた…。


 危険な状況は去ったと見て、受付の頑丈なカウンターから楠宮理恵クスミヤ リエ樫寺亜紀カシデラ アキがひょっこりと頭を出す、どういう訳か両名ともかすり傷一つ負っていない。

 その頃には何事かと所員たちも現場に駆け付けて来る。日頃研究所に訪れる人間などほとんどいないので奇跡的に人的被害は出ずに済んだ様だった。


「皆さん大丈夫ですか?」


 カップラーメン片手の教授も押っ取り刀でやって来た。


「一体何が起こったのです?」


「火薬の反応も無し…状況から察するに、衝撃波が発生した様です」


 ガラスの破片の散乱したホールを注意深く進み、早速玄関周辺の現場検証を始めていた矢部が見解を述べる。

 衝撃波は物体が音速を越える際、急速に圧縮された空気によって引き起こされる現象であるが、物体でなくとも音自体のエネルギーが大きい場合、同様の音圧による衝撃波が発生する場合もある。今回の場合は後者の方である様だ。


「今、衝撃波の伝播状況を計測して発生元を算出してもらってます」


 程無く矢部の携帯に管制室からの報告が届いた。


「どうやら発生源は研究所敷地内、正面玄関脇駐車場先の森の中からですね」


「そんな近くから? 何かの爆発でも起きましたか?」


「…いえ…、犯人見つけました」


 二人の会話に双眼鏡で外を窺っていた阿藤が割って入ってきた。口調は落ち着いているが、心なしか口許が引きつっている様にも見える。きわめて良くない報告のようだ…。


「浦鳥さん…と、高槻さんです。…例の音電変換システムを持ち出してます」






「アホか、貴様! 何で研究所に向けて撃っとるのだ!?」


 恐らくゴーグルの下で飛び出さんほど目を剥き出しているであろう憤怒の面持ちで高槻は操作盤に着いていた香苗を怒鳴りつけた。研究所から駐車場を挟んだ森の中、朝一で持ち出した音電変換システムが小さな唸りを上げている。


「見ろ、研究所の玄関が吹き飛んでしまったじゃないか!!」


「うわっはー…あんなに派手に壊れるとは思ってなかった…」


 当の本人も予想以上の破壊力にさすがに呆然としている…、やや愉し気に。


「…ったく、何が悲しくて研究所に奇襲攻撃かけなきゃいかんのだ…」


 高槻は頭を抱えた。確かに音電変換の逆稼働を試したいという香苗の口車に、自身も屋外での環境の影響をもう一度確認したいという利害の一致もあって不覚にも乗ってしまったわけだが、やっぱり大騒ぎになってしまった事を激しく今、後悔していたのだ。


「…に、しても…」


 何やら腑に落ちない様子で機材を眺めまわす。


「やはり普通にスピーカーと同じ使い方をすれば音電変換効率は十分想定値に達している。ならばなぜ本来の変換があれほど効率が低くなってしまうのだ…?」


 思案に耽る高槻の意識を、だが香苗の能天気な宣言が引きずり戻した。


「第二発目…発射用ォー意!!」


「ぬアホぉっ!! 止めんかっっっ!!!」






「何てこった…この研究所の異端児二大巨頭が手を組んでしまうとは…」


 所員の片倉博人カタクラ ヒロトが血の気の失せた表情で頭を掻きむしる。日頃から心配性の気がある彼は、今や発狂寸前の精神状態だ。

 実際には手を組んでいるとは言いきれない彼らの関係性なのだが、他の所員たちから見れば高槻も既に共犯者同然の扱いである。その傍らで、教授は呑気にホウキとチリトリでガラスの破片などかき集めたりしていた。


「被害状況を考えますと先程の衝撃波は最低でも150dBは出ていたようですね…。130dBを越えれば人間の身に危険が及ぶレベルです。幸い先程はガラスの破砕が音圧を緩和してくれたおかげで事なきを得た様ですが…、いやぁ…もはやこれは兵器と呼んでも差し支えの無いシロモノですね…」


「教授、感心なんかしてる場合ですか! 彼女を、浦鳥さんを何とか取り押さえないとまた被害が出ますよ!?」


どこから調達してきたのかヘルメットに防弾チョッキ姿の古淵が教授の腕を取り訴える。


「あの二人の即刻解雇と警察への通報を提言します!」


「えー、そんな事を荒立てなくても良かないかなぁ?」


「何を呑気な事を…!」


 根が真面目な故に古淵は何かと香苗を目の敵にする傾向がある、──水と油…、まぁ反りが合わんっちゅーヤツやな…。


「まぁまぁ、まずは向こうの言い分も聞いてみませんか? ちょっとした手違いって可能性もあるんだし…」


「手違いで研究所吹き飛ばされてたまるもんですかっ!!」


 放っとくと角でも生やしそうな剣幕の古淵をなだめて教授は傍らの拡声器を手に取った。


『あー、あー…マイクテスト…。おーい、香苗さーん、聞こえますか~?』






「ん? ねぇ、教授が何か言ってるよ?」


何やら操作盤に細工をしていた香苗が研究所からの呼びかけに気付く。


「何だと?」


集音素子の調整に当たっていた高槻が機器の隙間から顔を出した。


『おーい、そっちの状況を説明して下さーい。話があるなら聞きますよ~? お母さん泣いてますよ~』


「…おいおい、俺たちは立てこもり犯か何かか?」


 まぁ、不本意ながらやってる事はテロリストと同じだけどな…などと自嘲を浮かべる。

 それを聞いていた香苗は何を思ったか、突然集音壁のてっぺんによじ登る。壁に仁王立ちすると眼下の研究所をひと睨み、そしてポケットからマイクを取り出した。


「どこから持ってきた、それ!?」


 思わずツッコミを入れる高槻、よくよく見ればマイクのケーブルは下の操作盤に伸び…雑な工作で設置された出力端子に接続されている。


「い…いつの間に…っ!??」


「ホントはね、最初これでカラオケする計画だったんだけど…ちょうど良いや。高槻さん、壁の音量落としてくれる?」


 先程の音量のままだと再び破壊的な大音響が発生してしまう。香苗がマイクを口元に上げたのを見て、高槻が大慌てで集音壁の本来の入力操作…つまり現在は出力操作に当たる数値を変更し音量を落とす。それとほぼ同時に香苗がマイクのスイッチを入れたので一瞬だけぶつり、と大きなノイズが響いた。


『こちらは浦鳥軍である!』


「ぐっ、軍だとぉ!?」


 高槻は驚愕して壁の上の香苗を仰ぐ。逆光でその表情は見えないが、支配者のマントならぬスカートをはためかせたそのシルエットの主が、間違いなく悪~い笑みを浮かべているであろうことだけは判った…。


『我々はァ~、研究所側の不当労働に異議を申し立てェ~、ここに決起するものであ~る!!』


 一昔以上前の学生運動か独裁者かといった口調で高らかに語りだす香苗。


「ちょっと待てぇ!? 我々って…俺を巻き込むなっ、何でそんな話になる? 俺は聞いてないぞォ!!!」


 必死で弁明する高槻の叫びも向こう側にまで届いているかは疑わしい。






「…教授…、決起だそうです」


 阿藤がもう笑うしかないといった表情で力なく彼方の壁の上に立つアジテーターを指さした。


「…みたいですねぇ…」


 さすがに教授も開いた口が塞がらない様子だ。


「だから、言ったじゃないですかっ!!」


 古淵が牙をむきだして教授に詰め寄る。たぶん、その場のノリで言いだしたな、と教授は直感した。


 …どう面白愉快に過ごすかに一切の躊躇をせず、目的は二の次…──

 浦鳥香苗とはそういう人間なのだ。


「困りましたね…」


 こめかみをコリコリと指で掻くと、教授は再び拡声器を相手陣営に向ける。


『でしたら、要求は何でしょう?』


『給料の2倍…いや、3倍アップを要求する! それから食堂のメニューのグレードアップもだ!』


「…子供の要求だ…」


 矢部が頭を抱えた。


『え~っと…それはですねぇ──』


 教授が何事か交渉に入ろうとした瞬間、古淵が横合いから拡声器をかっさらった。


『ふざけるのも大概にしなさい浦鳥さん! 速やかに武装解除して投降しなさい…さもなくば──』


「あ、それ以上は…」


 最悪の展開を察して止めようとした教授の手は…残念ながら間に合わなかった。


『徹底抗戦よ!!』


 古淵の宣言を受けた壁の上、香苗は悪魔の様な笑みと突き出した人差し指を研究所側に向けた。


『よかろう、受けて立ァーーーつ!!!』




 教授はシワの寄った眉間を押さえ項垂れた。


「もぉ~…すぐそうなっちゃうんだから…」






 すっかり現場の司令官と化した古淵は直ちに所員に檄を飛ばした。


「聞いた通りよ、私たちはこれより異分子の討伐作戦に移ります。まずは各自、各々の研究資材の中から武器になりそうなものを見繕って持ち寄って下さい。それと浦鳥さんの机から保管庫の鍵を確保し戦力の押収を。高槻さんの研究室もよ!」


「…くれぐれも安全優先、非致死性でお願いしますねー」


 と、教授は彼女の横から注意を促すのを忘れない。

 気のせいか嬉々とした表情を垣間見せ所員たちが散ってゆく、中には奇声やシュプレヒコールなど叫んでいる者もいる。何のことは無い、程度の差こそあれ所員全員が同じ穴のムジナなのだ…。

 何やらおかしな祭りが始まってしまった様な雰囲気の中、一人残された教授は呆然自失で立ちつくしていた。


「…こーゆー悪ノリみたいなの、昔アニメか何かで観た様な気がするなぁー…」




 斯くして、仁義なき全面抗争の火ぶたは切って落とされた…。


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