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科学の砦でから騒ぎ。
沖房 甍
沖房 甍

「デブリの星」

「デブリの星」1

公開日時: 2021年3月20日(土) 21:59
更新日時: 2021年10月7日(木) 21:34
文字数:3,574

 無限に広がる大宇宙…と勇壮に語るのも憚られるほど、只々だだっ広い宇宙空間。無数の星の光が輝いているがどれも途方も無く彼方に存在しており、辛うじて手の届く距離にあるのは足下で青い光を湛える太陽系第三惑星…地球だけだ。


 その地球の夜の側、人口の星空の如く街の光がわずかに球面を縁取る地球自身の影の中から一基の人工物体が現れる。それは地球の昼の側の軌道上に差し掛かるにつれ、そのシルエットを露にしていく…。

 大きさはごく小さく、スクーターほどの大きさも無い。その機体側面からは一畳敷の太陽光パネルを対に広げ、中央にはバレーボール大の複合カメラユニットが取り付けられている。


 光学観測衛星『スネークアイ』、御大層な名前だが要は星空や地球を撮影して回る空飛ぶカメラだ。


 そのスネークアイの外観的特徴である複合カメラユニットが進路上遥か先に浮かんでいる「何ものか」を捉え、それに向けて焦点を定める。機体構造物の僅かな隙間から見えるLEDが時折明滅し、撮影した映像を地上へと送っていた…。



 『A.S.U.R.A.』…赤鰯科学技術運用研究所の正面最上階にそびえる反射望遠鏡塔の直下に位置する総合観測室では今、所員たちが固唾を飲んでこれから始まる観測に備えていた。


「間もなくスネークアイの映像送信域に入ります」


 観測員の片倉がいつもよりも更に緊張した面持ちで状況報告を行う。対してこちらは逆に緊張感のまるで感じられない調子の教授が報告に応じた。


「はい、了解です。それでは相模原との連携取って中継をお願いしますね…」


 『JAXA』…宇宙航空研究開発機構。相模原はその研究施設が所在する神奈川県の街だ。映像は一旦その施設を経由してリアルタイムでこの研究所に送られているのである。


「映像、来ます!」


 再び片倉が緊張含みの声を上げた。直接観測作業に携わらない野次馬所員たちからどよめきが起こる。

 先程までノイズ一色だった正面のモニター群が微妙な変化を見せ始めた。規則的な画像の乱れが数分続いてから次第に明瞭な映像が浮かび上がり…、やがて一つの物体が画面に浮かび上がる。


「…?」


 画面に映し出された物体を見て、観測スタッフも見物の所員も皆一様に訝し気な表情を浮かべる。それは無数の鉄屑を寄せ集めた金属構造材の集合体にしか見えないシロモノだった。その異様な物体を見て教授が呻く様に呟く。


「…これが…自動掃海衛星『ロストシープ』…? …しかし…この姿は…?」


どうやら想定されていた外見とは大きくかけ離れた姿であるらしい。


「片倉君、天面スクリーンに投影して下さい」


「はい」


 片倉が映像を観測室の天井に組み込まれた大型スクリーンモニターに表示させる。その造形大雑把でいかつい容姿の割に性格は細やかであるらしく、上下左右の画像のズレを神経質に調整している。


──大勢で見るだけやったら壁にでっかいモニターかけりゃええものを、わざわざ天井に取り付けて首悪くするだけやのにな…。


「何か、資料の形状とは随分印象が違うな…」


 案の定首筋を押さえながら外野の豪原が率直な感想を漏らす。


「ってか、これじゃスクラップの塊だよね…」


 矢部に次ぐ古株の所員である淵野辺敏也フチノベ トシヤも少し苦しそうに腰に手を当て天井を見上げている。恰幅の良すぎる体格の彼にとってはさぞやその姿勢はつらかろう…。

 そんな思いをしてまで天井にモニターを設置したのは…どうやら教授の趣味という訳では無く、研究所設立当時に在籍していたとあるメンバーの趣味であった…というのが所員たちの間で囁かれるもっぱらの噂であるらしい。


「正面からだとちょっと判断つきかねますね…」


 教授もやや困惑の表情でロストシープと呼ばれたその人工衛星と思しき物体を見つめるが、確かに現在の撮影ポイントからだと淵野辺が揶揄する通り単なるスクラップ塊にしか見えない。


「相対速度同調…どうやら正面に回り込むようですね…」


 どうやらスネークアイを操作しているJAXAの方でも同様に思ったらしく、画面が次第に移動してゆく。画面の左隅に地球の南半球が見えてきたところで画面は停止、一見スクラップ塊の中央部に他とは少し異なる秩序的な形状が見えてくる。


「おっ、下部の構造はそれっぽいではないか…!」


 使用していないのをいいことに、観測スタッフ用のシートを一つ独占している高槻は、それを思いっきりリクライニングさせて優雅にスクリーン鑑賞を楽しんでいる。


「えーっと…あのユニットは確か…」


 その間にも阿藤は衛星の設計データからそれが機体のどの部分に当たるのかを確認しようと躍起になっていた。


「!」


 片倉が管制している手元のモニターが異変を捉えた。シートごと身体を教授に向けて叫ぶ。


「ロストシープから放出物!」


「あっ!?」


 野次馬所員たちから声が上がる。片倉の報告が教授に届く前にスネークアイからの通信が途絶したのだ。一瞬はじけたような明滅の後、天面スクリーンには、ざーっというホワイトノイズだけが残された。


「…スネークアイ通信途絶…」


 片倉が放心した様に状況を伝える。


「直前に何か発射されたね」


 教授も何が起こったかイマイチ把握できず、とにかく録画画像から現状確認を急ぐ。手がかりは阿藤がもたらした。


「恐らく、あれはロストシープに搭載されていたペンジュラム機能だと思われます」


「スネークアイからの通信は戻りませんか…?」


 教授は先方との取次ぎを行っている矢部に動向を訪ねるが矢部は受話器を押さえて首を横に振る。


「相模原研からは何も…」


「ふぅ…む、いずれにしろロストシープは完全にこちらのコントロールの外にある…と見るべきですか」


 向こうの混乱ぶりが見える様だ…。そんな現状、こちらではただ手をこまねいている事しか出来ず、教授は大きく嘆息を放った。



「…ん、おやっ?」


 観測室に重い沈黙が垂れ込める中、片倉がまたもや叫び声を上げる…状況に動きがあった様だ。間髪入れずに続報が飛ぶ。


「教授! スネークアイからの映像、回復します!」


「本当ですか?」


 ノイズを流すのみであったモニターが再びぼやけた輪郭を浮かび上がらせ…断続的にピント調整が繰り返される。教授のみならず観測室に集まっている誰もが色めき立つ…が、そこに表示された映像は一同が想定したものでは無かった。


「…え? 何で…?」


「これは一体…どういう事だ!?」


「…ロストシープが…消えた!?」


 口々に驚きを漏らす外野の所員たち。本来画面に映っているはずのロストシープの姿は消え、そこに映し出されていたのは右手に地球面を臨む空間…そこに残骸が散らばる光景であったのだ。


「…これは一体…?」


 教授もまた困惑の色が隠せない…だが一方で何か違和感も感じる。違和感の正体を看破したのは、意外な事に今の今まで大人しく事の成り行きを見守っていた香苗であった。



 …いや、彼女の事である、もちろん本当に見守っていたわけではない。



 最初から彼女は観測室内をちょろちょろと移動してはあれこれと観測室の設備を物色していたのだ。またぞろ何やら企んでいたに違いない…。

 だがその事で他の所員たちよりも客観的、俯瞰的に状況を観察することが出来たのかも知れない。彼女は画像の違和感の正体を解き明かす…。


「ん~…それさ、カメラ逆じゃない?」


「え?」


「だってさっきは左にあった地球が今は右側にあるじゃない? きっと何かがぶつかった拍子にカメラの人工衛星がひっくり返ったんでないの?」


「あ!」


 言われてみて一番間近に状況を観ていた片倉が間抜けた声を上げた。確かに現在画面に見えている地球は右側に位置しているのだ。…が、それが解明された事によって新たなる疑問が生じる事までは香苗も気づかなかった…指摘したのは教授である。


「ふむ…たしかにその可能性は…、あ、いや、ちょっと待って下さい」


 教授は天面スクリーンに映る映像に向け、弧を描く様に指し示す。


「だとしたらスネークアイはロール(回転)状態に陥っているはずです。無重力下では慣性がついて運動が長時間持続するはずですから」


「そーなの?」


 彼女には無重力や慣性の法則という概念までは理解できていないらしい。更に教授の状況分析が続く…。


「…それにこのおびただしい数の残骸は…!?」


 最初に見た光景に比べて明らかに周囲のデブリ…つまり宇宙ゴミが画面に数多く映っているのだ。


「!!」


 映像をつぶさに観察していた教授は、それがどこから発生したのか手がかりをようやく発見し…そして驚愕する…。宙域に浮かぶデブリの残骸に一畳敷きの太陽光パネルの部品を発見したのだ。


「こ…これは、スネークアイの機体ですか…!?」


 そう、周囲に漂う残骸は他ならぬ先程まで映像を送っていたスネークアイの機体構造材だったのだ。この事実はまたもや新しい疑問を研究所に投げかけたのである…。




「…でしたら、この映像は一体どこから送信されているのでしょう…!?」


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