踊れ、アスラ~4d⇒~

科学の砦でから騒ぎ。
沖房 甍
沖房 甍

「蒼空のワッキーチェイス」11

公開日時: 2022年6月29日(水) 21:22
更新日時: 2022年7月25日(月) 21:30
文字数:4,871

 再び二手に分かれたダブテールとダース・エンペラー。一方それを追う軍用ドローンも先程同様それぞれの標的に一機ずつ追尾し、残りの一機が臨機応変にどちらにでも向かえる位置を維持して接近する。

 局面は改めての追跡戦の様相を呈す中、金魚のフンの如く一機のドローンを引き連れた香苗のダブテールは、だが先程と何ら変わらぬ惰性的な追いかけっこにただ終始していた。

 どうも策があっての行動には見えない。それが証拠に彼女は肩越しにちらりと一度、追跡してくるドローンを垣間見て些か途方に暮れた表情を浮かべているのである。


「さぁ~て、やっつけると言ってはみたものの…、はて、丸腰でどうやってアレを退治したものだろーか?」


 案の定である。威勢の良い啖呵は切ってみたものの、実はそれで自らの手の内に関する根本的な問題が解消したわけではなかったのだ。それも然り、ダブテールはあくまでレース用のUAMであり攻撃用の装備など設けられてはいない…と、言うよりもそんな装備が施されているダース・エンペラーは例外として、本来レースの出場車両に武装が無いという事はちっとも「問題点」などでは無いからだ、念のため。

 とは言えこの事態に至り、撃退を決めたのであれば何らかの手段を講じなければただただ敵機に追っかけられるだけの状況は一向に好転しない。

 ふと後方から鋭い風切り音が迫って来る。途方に暮れていた香苗に再び襲いかかるミサイルを思案顔のまま機体を反転して躱し、旋回しきれなかったミサイルは山腹に突っ込んで爆散する。






「これでは埒が明かぬな。どーさせる気だよ、あの小娘を? ええ、監督さんよ?」


 部外者ピットでは現在すっかり打つべき手立てを見失ってしまっている高槻が、このチームの本来の現場指揮を執る成瀬に詰め寄っている最中だ。


「結局なし崩しで対決姿勢になっちまってるが、武器無しじゃ如何ともし難いと思うのだがな?」


「そーなのよねぇ…、何か状況打破の手段があれば良いのだけど」


 対する成瀬もさすがにお手上げの状況である。


「…ひょっとしたら、このまま逃げていれば撃墜されるって最悪の展開だけは避けることが出来る…かも…」


 ピット内の停滞ムードを破ったのは誰に対して放った訳でも無さげな古淵の呟きだった。


「どういう事ですか、古淵さん?」


「え、あ…うん、まだ推測に過ぎない話なのだけどね…」


 躊躇気味に口ごもる古淵は、自身の意見を告げるというより何やら周囲の考えを求めるかの様な口ぶりで語り始める。


「妙なのよ。実は浦鳥さんを追っているドローンからの攻撃を解析していたのだけど…外れているのよね…照準が」


「外れている? 嘘を言え、現に小娘のマシンはリアがズタボロにされているではないか」


 高槻の反論の通り、ダブテールはドローンの機関砲によって尾翼に損傷を負っていた。 


「それなんだけど、被弾の際の射角を追ってみるとどうも彼女のマシンの回避行動によって照準から外れた弾丸タマが当たったとしか思えなくって」


「それって偶然当たっただけ…ってこと?」


 ひどく不明瞭な推測に成瀬も眉を顰める。およそ科学者らしからぬ漠然さに加え、普段から几帳面で曖昧な言動を嫌う古淵のキャラクターに似合わぬ発言だったからだ。


「理由は分からないけど、ドローンはちゃんと浦鳥さんに向けて銃口を向けているのよ。ところが撃つ瞬間に照準が外れているという現象に見舞われてるみたいなのよ」


「それはドローンの火器制御が故障しているという事か?」


「いえ、それはあり得ないですね。あ、古淵さんの推測の事では無くって故障の可能性の話ですが──」


 やけに古淵のご機嫌を取ったエクスキューズも忘れず、高槻の希望的観測を矢部が即座に否定した。


「──というのも、件のダブテール号への射撃の前、彼女が突撃した二機のドローンの内の片方はダース・エンペラー号に対して攻撃を仕掛けていましたが、その際の照準に異常は見受けられませんでした。それから僅かな時間にも故障が起きる要因は確認できていません」


「それに、浦鳥さんに迎撃を仕掛けた二機のドローンが二機とも同じタイミングで故障するとも思えない…」


 頬杖に顔を埋めるように視線を落とした古淵が深くため息をつく。するとその真後ろから山の様な人影がぬっと現れると、それは彼女のモニターを覗き込む。


「そいつはドローンではなくって、ウラシマ君のマシンの方に原因があるんじゃないか?」


「しょ…所長代理!?」


 古淵の肩越しでキーボードに手を伸ばした鋸引は現在リアルタイムでダブテールを追っているカメラを次々に切り替えては何やら入力を繰り返す。


「…あれっ?」


 その様子を観ていた阿藤が急に妙な声を上げた。


「はて…妙ですね、ダブテールを捉えた画像だけ何だかノイズが…?」


 彼女の指摘通り鋸引の切り替える映像の内、ダブテールを映した映像に限りどうした訳か画面にノイズが走っているのだ。

 鋸引の操作はその間も行われていたが、やがてグラフ化された一つのデータが形成され、彼はそれをピット内のメインモニターへと表示させた。


「何です、この数値…断続的に上下していますけど?」


「一定周期で発生している波なのネ」


 町田の疑問に即答したのは千代原、珍しく明瞭簡潔に的を射た推察に所長代理は口端を歪める。


「どうやらウラシマ君のマシンから強い磁場が発生している様だな」


「磁場ですって? 確かにモーターや推進力を備えた機械からは多少なりとも磁力は発生するものですが…?」


 いつの間にか須男もこの話題に首を突っ込んできていた。鋸引はその表情を値踏みする様に覗き込む。


「だがこれはかなり強力な磁界を形成しているぜ…距離の離れたカメラの映像にノイズを起こす程にな。何か心当たりがあるかな、学生君?」


 試されているかのような問答にプライドでも刺激されたか須男は自身の頭脳を総動員させてその要因を探る。IQ170、高学歴の星王高校にあって更に突出した彼の頭脳は直ぐに現象の主犯格を割り出した。


「…テスラホイール…ですか!?」


「ご名答。君たちのマシンに備わっているその変圧器兼、ジェネレーター兼、バランサー…これはまた、随分と色々な役目を兼任させている様だけど、どうやらその何でも装置が機体を中心とした地場を発生させているとは考えられないかい?」


 テスラホイールはその怪しげなネーミングからも判る通り、かのテスラコイルにアレンジを加えた設計で製造されたものだ。そのテスラコイルの中核をなす基本構造が密巻きのコイル…乱暴な喩え方をすれば電磁石のお化けなのだ。そこに通電して稼働させるわけだから当然のことながら磁界が発生する。それはアレンジが施されたテスラホイールにも通じる原理だ。


「その磁界がドローンのレーダー波に干渉している…そう考えても不思議は無いんじゃないか?」


「レーダーの目からみたダブテールは磁界によって実際の機体よりも大きく映っているため的を外しやすくなっている…と?」


「尾翼に食らったのはたまたま、あるいは動かずにじっとしていれば良かったものを、なまじ弾を避けようとしたからかえって被弾してしまったのかも知れないな」


「ならば所長代理さんよ、このまま逃げ続けた方が安全にゴールまで辿り着ける可能性が高い…と、そう言いたいのですかな?」


 二人の考察に高槻が割って入ってくる。


「だったらわざわざ抗戦する必要は無い。ここはさっさと逃げを打つのが得策──って、いやちょっと待て。そんな情報をあの小娘に聞かせたって…」


『誰が逃げるってぇ?』



 ……聞こえていた。



『言ったでしょ?こちとら逃げる気なんてさらさら無いですよ~だ!』


 追撃を受けている状況は先程とまるで変わらず、なのに何故か戦意満タンの香苗が気炎を吐く。


「アホか貴様っ! 生存確率が確実に増えたのなら余分な危険を冒す必要がどこにあるというのだ!?」


「無駄を承知で提案するけど、浦鳥さん? このレースにおいて一番の勝利条件はあなたが無事ゴールする事よ? それにあなたが丸腰である不利は相変わらず変わっていないのだから、私としてもこの場は離脱を強く推奨したいのだけど…」


『ぃぁ~だね! そんなつまんない作戦は断固拒否だ!! 絶対あのラジコン機叩き落してやる!』


 想定通りの返答を受けて成瀬がしばし押し黙る。途中何か言いかけた高槻を制したのは香苗に対して匙を投げた訳ではなく、思う処あっての沈黙だったのであろう…やがて成瀬はトーンを落とした声で香苗に問いかけた。


「策はあるのね?」


『ちょいと癪だけど、さっき所長代理オッサンの話聞いててひとつ思いついてね』


 インカムから流れる香苗の声には自信と言うか、妙な頼もしさが感じられた。無論、それが明確な根拠を持ったものであるとは必ずしも断定は出来ないが、もはやこの期に及んで結果の望めない説得に時間を費やすのもデメリットばかりが大きくなるだけだ。成瀬は内心腹を括ることにした。


「分かった、許可しましょ。その代わりもしもヘマしてゴールまで戻ってこれなかったら、所員全員に来週の昼食おごりね、いい?」


『何ィっ!? ちょっと待っ…、千尋ちゃんそれはいくら何でも──』


 香苗からの抗議は一切受け付けず、成瀬はインカムを切断した。大きく溜息をつくと後ろに控える鋸引所長代理にジト目を寄越す。


「遠回しに焚きつけましたね?」


「さてさて、どうだかな?」


 いつの間に調達したのか、鋸引は追加の一本のタブを引くと程よく冷えたラガーを一気に喉に流し込んだ。






 通信を一方的に切られた香苗は不意打ちを食らった戸惑いと、どさくさに理不尽な課題を突き付けられた怒りのやり場に難儀していた。

 しかしながら、それは普段彼女が他の所員たちに対し行っている行動そのものなので全く同情の余地は無いのであるが、本人にそうした自覚は皆無なので抱いた怒りを自省に代える気はどうやら無さそうである。と、なるとごく当たり前に怒りの矛先は後方に迫る軍用ドローンへと向けられた。


「どーしてくれんのよ! お前たちのせいでとんでもない約束させられちゃったじゃないの!! こーなりゃ意地でも叩き落さずにおくものかってーの、覚悟しろォ!」


 若干八つ当たりも混じってはいるが、香苗は怒りを込めたフルスロットルでダブテールを急降下させた、それを真っ直ぐに追うドローン。二機は渓谷を流れる川に向かい墜落するが如き猛スピードで突っ込んで来る。


「うぅ~っ…ンにゃアぁあ──っっっ!!」


 激流が飛沫を散らすごつごつとした巨岩に衝突寸前、香苗はⅩのパワーアシストを加えた力任せでダブテールの機首を真上に引き起こした。ほんの一瞬だけ車体が激流に弾み、衝撃で既にがたがたになっていたリアスポイラーが脱落する。それでもダブテール本体は急上昇、追手のドローンとすれ違い蒼空に突き抜けてゆく。

 またもや眼前の標的を見失ったドローンの前に、今度は荒れ狂う奔流が待ち受ける。

 もちろんその手は既に経験済み、対処方法も各機でデータ共有がなされている。ドローンも急減速させて水面に触れる事も無くホバリング姿勢へと持ち込んだ。



 そのドローンの直上、遥か高空に駆け上っていたはずのダブテールが真っ逆さまに墜ちてきた…!



 当然ドローンのセンサー類はダブテールの動きを把握出来ており速やかに回避行動に移るべく自身のルートを選び出す。

 だがダブテールが帯びた磁場のためか、急降下して来る標的の位置を見誤ったドローンは、しなくとも済んだはずの過剰に大きな動きで機体を下方に降下させてしまったのだ。

 その上、接近して来る物体からの回避を優先してしまったためにコース取りの修正がごく僅かに遅れを取ってしまう。そのほんの一瞬の処理速度の差がドローンに致命的なミスをもたらした。急流に突き立つ巨岩を避けきれず衝突、オリーブドラブの機体が爆ぜるように打ち上げられた。


 刹那に炎が巻き起こり、続いて爆発。ダブテールを追っていたドローンは木っ端みじんとなって急流へと破片を散らせていったのだった…。


「見たか、コンチクショーめ!!」


 江戸っ子のオッサンみたいな勝どき声を上げて香苗は片手を空高く掲げた。



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