踊れ、アスラ~4d⇒~

科学の砦でから騒ぎ。
沖房 甍
沖房 甍

「超音波戦争」5

公開日時: 2021年3月5日(金) 21:32
更新日時: 2021年10月6日(水) 03:52
文字数:4,815

 研究所陣営の戦闘準備が整う前に、第二撃が襲い掛かってきた。


 今度はマイクからの香苗の「声」を変換させた音圧波である。マイクを握る香苗の調子っ外れなシャウトとともに凄まじい衝撃が再び研究所の玄関を揺るがす。


「このぉ、調子に乗ってェ!!」


 積み上げられた土嚢からいまいまし気に古淵が顔を出す。


「それにしたって何なの? あの威力は!?」


「古淵さん、保管庫と高槻ラボの制圧班から報告が…」


「危険物、押収できましたか?」


「どちらも施錠されていた模様で、先程突入したところですが…、その…」


「どうしたの?」


「高槻ラボに置いてあった中型規模のテスラコイルが消えてます」


「な…っ!??」


 思わず絶句する古淵。

 テスラコイルはニコラ・テスラによって考案された共振変圧器で、高周波・高電圧を発生させる。


「駐車場の地下には確か高圧線が埋設されている…。奴ら、そこから電力を供給してテスラコイルで増幅させているんだ…道理で強力な出力で稼働させられるわけだ…!」


 今更ながらに香苗と高槻という組み合わせの凶悪さを思い知る。たった二人の敵軍とは言え、向こうには悪魔のような発想力とそれを実現できる狂気の頭脳が揃っているのだ。


「ならば尚更もたもたしている余裕は無いわ、こちらも反撃よ。砲撃班、スタンバイ!」


 司令官の号令とともに所員たちが一抱えもある砲筒を設置する。


ぇーっ!!!」


 ばしゅっと噴出音をほとばしらせて幾筋もの飛翔体が駐車場を越えて飛んで行く。発射跡には白い蒸気とひんやりとした冷気が残された。

 砲撃と言ってももちろん迫撃砲やミサイルなどある訳が無い。筒の正体は炭酸ガスによる圧搾空気式の即席射出装置である。だが撃ち出された物体は少々厄介な代物だった。

 初弾数発が集音壁…今や立派な音波兵器だが…の手前で弾け、周囲に薄っすら朱色の気体が拡散する。


「ゴホゴホ、ゲホぉーっ!?」


「…っ、ガス弾か!?」


 これまた当然化学兵器の類ではない、主成分は唐辛子である。


「間隙を与えてはダメよ、ぇーっ!」


 畳みかけるように第二射が行われる。


「にゃろぉ、ナメんな! 高槻ちゃん、撃ち落すよ!」


「先輩に対してちゃん付けするんじゃないっ!!」


 高槻は乱暴にキーボードを叩いて集音帯の角度を飛来するガス弾の軌道に合わせる。


『ぱぱらぱぁーっ!!』


 香苗の意味不明な呪文は空中のガス弾を文字通り弾き返した。上空に跳ね飛ばされたガス弾はワンテンポ遅れて破裂、飛散する。


「が、ガス弾、空中で迎撃されました!?」


「ンなバカな!??」


 目の前で展開されている光景だから報告など聞かずとも状況は分かっているはずだが…、ともかく事態に驚きを隠せない古淵司令官。


「…造波抵抗だ…」


「…!! 音の壁を発生させたって言うんですか!?」


 傍観を決め込んでいた矢部の感嘆交じりの呟きで古淵が更なる驚愕に襲われる。

 音の壁…本来は物体が音速を越えようとする際、圧縮された空気の抵抗によって発生する「目に見えない壁」に阻まれる現象だ。それ自体が衝撃波を生み出す前段階のような現象なので相手が用いても決して不思議ではない。


「やはりあの集音壁が発生させた音…浦鳥君の声が音圧波を放ったのだろう」


「つまり、音のバリヤー張っている様なもの…ですか…」


「古淵さん、ダメだねこりゃ…物理的な攻撃はほとんど弾かれちゃうよ」


 その間にも次々と戦況報告が流れてくる。


「反撃、来ます!」


『うーやー、たぁーっ!!!』


 すぐ近くで爆風が起こり、積み上げた土嚢の石垣が崩れ落ちた。


「こ…このままじゃ防戦一方だ!」


「どうするんだ、司令官?」


「まずはあの音波攻撃を無効化させましょう…音には音よ!」


 直ちに古淵が司令を下すと補給部隊の研究員たちが所内へと消えてゆく。ヘルメットをかぶり直した彼女は遥か駐車場の彼方の主犯格を睨みつけた。






「おや?」


 ガス弾攻撃が止んでしばらく、研究所陣営の動きが再び慌ただしさを帯びてくる。香苗が目を凝らすと土塁の崩れた向こうで所員たちがハニカム状の構造体で構成された巨大なパラボラを組み立てているのが確認できた。


「…あれは…!?」


 高槻はその物体に見覚えがあるのか、何か記憶を辿っている様だ。


「何だか知らないけど、先手必勝…ブッ壊しちゃる!」


 香苗はパラボラに向けてマイクを構えた。


『ぅをんちゅー!!』


 渾身のシャウトが空を裂き研究所に襲いかかる…、


「同調、完了!」


「起動っ!!」






「…あれっ!?」


 相手方の陣で起こるはずの爆発が起こらない。香苗は不発でもしたのかと思って再びマイクを取る。


『王様の耳はロバの耳ぃーっ!』




………。




やはり何も起こらない。


「しまった、そういうことか…っ!!」


あからさまな焦燥感を浮かべた高槻が叫ぶ。


「へっ、何?」


「あのパラボラは反転音波による消音装置だ、それによってこちらの音波が相殺されたんだよっ!」


 音は波の状態で空中を伝わってゆく。波という事はそこに波形があるわけだが、これと全く逆の波形をぶつけると音はそのエネルギーを失うのだ。最近ではイヤホン等に搭載された周囲の環境音を消す機能で有名な技術だが、その理屈は規模が大きくなろうとも変わらない。


「…え? …って事は…」


 高槻は怒りに顔を歪める。こと技術的な面で相手にしてやられるのがこの上ない屈辱に感じているのだろう。


「…やられた、こっちの主力兵器を完全に無効化された…!!」






 浦鳥軍はすっかり沈黙してしまっていた。

 今や危険分子勢力を完全に無力化させた研究所陣営では更なる追い撃ちの準備が進められている。本当にこいつらは科学者なのか? と疑ってしまいたくなるような筋骨隆々の肉体派所員が集められ、突入が画策されていたのである。


「いいこと? 高槻さんはともかく、あの破壊魔娘はたとえ白兵戦に持ち込んでも何をしでかすか分かったもんじゃありません。まずは浦鳥さんの確保を優先して下さい。抵抗する様であればスタンガンの使用を許可します」


──ちょいちょい! 何を物騒な許可出しとんねや。


 そんな暴挙、いくら何でも教授が容認するはずが無い…と思ったら、いつの間にやら教授の姿は前線から消えている。


「では、三班に分けて突入して下さい。正面は陽動と威嚇、その間に両サイドから賊とテスラコイルの制圧をお願いします」


 段取りが整い突入部隊が動き出そうとした瞬間、突如相手陣営を抑え込んでいる消音パラボラが激しい火花を散らし出した…!!


「うわあっ!?」


「何、何事なの!?」


 パラボラの一角を占めていた金属のカバーががらん、と転がり落ちる…突然の出来事にその場が混乱に包まれた。


「ぱ…、パラボラが破壊…いや切断されました!!」


「切断!??」


「どうやら超音波による破断攻撃を受けた様で…」


「超音波破断ですってぇ!?」


 到底信じられないといった表情で古淵は狼狽する。


「あ、あり得ない…。こんな離れた距離に対して超音波破断を行ってくるなんて…一体それにどれだけのエネルギーが要されると思ってるの!?」


 超音波破断…高周波の振動によって物体に細かい粉砕を与えるもので、外科手術において骨の切断等に用いるのもこの技術である。物体に直接振動を与えるものなので理論としては音圧波よりもよほどシンプルなのであるが、これを空中を伝播させて対象に伝えるとなると話はそう上手くいかなくなる。

 本来、機器を対象に接触させて用いる分にはその効果はいかんなく発揮されるものだが、離れた対象に対してこれを用いようとする場合、空中を伝達していくうちにエネルギーはどんどん拡散されていってあっという間に尽きてしまうためである。だからそれを可能にするためには途方も無いエネルギー源が必要となるのだ。

 当然、香苗らの陣営の電力やテスラコイルでさえ賄えるものでは無い。


「それに相手の音波は完全に相殺しているはずよ? それなのに高周波を発して到達させるなんて…そんな事絶対あり得ないっ!!!」


 だが目の前の状況はその「あり得ない」が展開されているのである。鋼鉄製のパラボラはじわじわとであるが端から切断、解体されていく。


「…そんな、それじゃ一体どうやって…!?」






「レーザーだ!!!」


 浦鳥軍陣営、勝ち誇った顔で高槻が胸を張る。


 集音壁には急遽増設されたレーザー発振器…レーザーポインターの大きいものである…が設置され、そこから赤い一条の光が相手陣営のパラボラに向かってまっすぐ伸びているのだ。もちろんレーザーと言っても物体を破壊できるような出力のものではない。あくまで光を発して対象に到達させているだけに過ぎないのだ。


「だが、こいつを介すれば音をはじめとした物体の振動をダイレクトに伝達させることが出来る、今どきはレーザー光での盗聴なんて技術もあるくらいだからな」


 だからといってレーザー光が破壊的な音波を離れた対象に伝えるなんてことは不可能だ。


「そこでこちらの音圧波の周波をパルスレーザーに乗せることで補強と誘導を行い、相殺されること無くピンポイントで照射してやったのだ!」


「ちっとも言ってることが分かんない…つーか、どーでもいいよそんな事」


 自慢げに自らの理論を展開する高槻に香苗が冷や水を浴びせる。


「それにそんな回りくどい事するなら本当にレーザーで攻撃する方が手っ取り早くない?」


「…ぐっ…!?」


 これに限っては香苗の反論は正しかったりする。わざわざ音波をレーザー発振に乗せるよりは、直接高出力にしたレーザーで対象を焼いてしまった方が機構もシンプルで効率的なのだ。


「黙れ、音波でやり込められたなら音波でやり返すのが科学者の矜持だ!」


 …そういうものだろうか?


「大体貴様、せっかく俺が起死回生の秘策を思いついてやったというのに………ん?」


「どしたの?」


 ふと何かに気付いたのか、高槻は突然黙り込んでしまった。


「でも、これで向こうのぱらぼらはブッ壊せたわけね?」


「あ、…ああ」


「そんじゃ、また音波攻撃が出来るってわけだ…。よぉし、じゃあ逆襲開始よ!!」


 切り札を失い再び研究所陣営は香苗の破壊的シャウトによる砲撃に晒された。見境無い爆音が片っ端から崩壊させてゆく。


「既に戦線を維持できません!」


「司令、退却命令を!」


「そんな事できるもんですかっ!!」


 …何だか自分たちが只の研究所員であることをすっかり忘れて戦争映画でよくある前線の悲壮感など気取り始めてしまってる。


「…こ、こうなったら全員玉砕覚悟で特攻よ!」


 敗軍に瀕した愚将の破滅願望よろしく、とうとう古淵司令官はバンザイアタックの敢行を所員たちに強要し始めた。


「お、落ち着け古淵君! 正気を取り戻せ」


 さすがにこれは傍観している場合じゃないと踏んだ矢部が古淵を羽交い絞めにする。


「放して下さい矢部さん! 一太刀っ、せめて一太刀でもあの娘に食らわせない事には…っ!!」



 …と、その時所内各所に設置されたスピーカーから一曲のクラシック音楽が流れてきた。併せて教授の声でアナウンスも聞こえてくる。


『皆さーん、そろそろお開きにしませんか~? お茶にでもしましょう』






「?」


 何やら研究所陣営の異変を感じ取り高槻の、そして香苗の手も止まる。


「…ドヴォルザークの交響曲第9番、第2楽章…?」


 小学生の頃、放課後の校内放送で聴き馴染みのある郷愁溢れる音楽が流れてくる。

 どういう事か研究所側の人員が皆、戦線を放棄して引き上げて行くのが見えた。


「…何だこれ? …何か妙な…」


 別に音楽鑑賞の趣味は無いこともあったのだが、高槻は何か深層心理下で違和感を覚え、ろくに考えもせず咄嗟に手にしたヘッドホンをかけ音楽を遮った。

 省みると異変はこちらの側でも起こっていた。香苗がふらふらと研究所の方に歩き出したのだ。


「おいこら、貴様どこへ行く!?」


 香苗はどこか虚ろな視線を高槻に向け…何事かを口にする。ヘッドホンでそのセリフは聞き取れなかったが口の動きで彼女が何を言ったのかは判別出来た…。


『…もう飽きた、帰る』


 何の脈略も無く、彼女はそう言って研究所へと戻っていったのである…。


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