踊れ、アスラ~4d⇒~

科学の砦でから騒ぎ。
沖房 甍
沖房 甍

「蒼空のワッキーチェイス」7

公開日時: 2022年4月25日(月) 20:57
更新日時: 2022年5月2日(月) 03:55
文字数:6,234

 キャンプ場の敷地を流れる渓流を遡るとすぐに最初のチェックポイントが姿を現す。チェックポイントは木々に吊るされた巨大な円環サークルで、一般のドローンレースと同様にこの円環を潜り抜ける事でそのチェックポイントのクリアーとみなされるのだ。

 真っ先にこの第一チェックポイントに飛び込んできたのはスタート時の大混乱を免れた(?)デューク・玄主のダース・エンペラー。まるでミサイルの様な独特な流線型のフォルムの黒い機体が円環を貫く様に通過してゆく。


「ンなぁーっはははァ! こりゃ楽勝ちゃんじゃないのさ、このまま完全独走で優勝頂きよ!」


 早くも勝ち誇ったかのような台詞…いや、レースの序盤も序盤にさすがにそれは過信甚だしいのでは? などとも思えるのであるが…。ほら、そうやって気を緩めているともう後方から追撃が迫って来た。


 急速にダース・エンペラーに接近してきたのは大手自動車メーカーが開発したスカイカー、質実剛健が売りの気風を体現したかの様なシンプル且つ頑強そうな車体は他の参加車両に比べて一回り以上大きい。というのも、ほとんどの車両がレース用に設計されているため一人乗りであるのに対し、件の車両は既に販売を念頭に入れた4シーター設計となっているためである。

 やはり先程のスタート時のアクシデント時に受けた損傷であろう、フロントフェンダー周辺にひしゃげた様な傷が痛々しいのであるが、にもかかわらずきびきびとした空中制御性を披露しながら先頭を征く黒いデコラティブな車体に猛然とアタックをかけるのである。


「ごくろーさんな事ね、でもそんな固太りのクルマでアタシのダース・エンペラーに勝てると思ってるのかしらねー? ほぉれ、受けてみなさいったらさ!」


 既に側面に付けていた大型スカイカーを横目に睨み、玄主はステアリングのボタンを押す。するとアンダートレイの一部がせり出し、ぱしゅっという噴出音と共に側面に向けて紐状の何かが発射された。

 射出物は相手車両のローター部に命中、ローターの回転に吸い込まれる様に飛びこむとぎゃりぎゃりと耳障りな金属音を上げ、続いて激しい振動を引き起こした! すぐにローターを回転させるモーターから火が噴き、車体が急激に高度を落としてゆく。

 ダース・エンペラーから射出されたのは1mほどの鎖の両端に鉄の分銅を取り付けたものだ。そんなものが高速回転するローターに巻き込まれたものだから堪ったものでは無い、ローターのブレードはガラスの様に砕け散り、絡みついた鎖でモーターには極度の負荷がかかり終にはオーバーヒートを引き起こしたのだ。






 ドライバーも恐慌状態だが輪をかけて混乱に見舞われたのはそれをサポートする自動車メーカーチームのピットクルーたちだった。


「ちょっと! あんたらン所のドライバーは何てことしてくれるんですか!?」


「はい、たっ、只今ドライバーと連絡を取って状況を確認しているところで…。何しろ開発主任がドライバーも兼ねてますのでこちらでは把握が難しく…」


 抗議を受けているのは玄主が所属しているダニー・チック・エレクトロニクスのスタッフである。可哀想に気の弱そうな監督が自動車メーカー側のスタッフに申し訳なさげに頭を下げている。ダニー社側のピットでも混乱が見られることから察するにどうやらこのラフプレー紛いの事故(?)は玄主の独断で行われたものと見られるのだが、ピット奥では若干一名、玄主の側近らしき小太りの男がかすれた笑い声を漏らしていた。


「所長代理…いくら何でもあれって犯罪行為では…?」


 その様子を少し離れた自チームのピットから注視しつつ、古淵が鋸引の顔色を窺う。ピットと言ってもこのレースは100㎞に及ぶ超ロングコース走り切りなので一旦スタートが切られると滅多な事が無い限りは実際にピット作業など行われる事も無く、こうしてレースの状況を見守る他はすべき事は特に無い。

 故にこうしてライバルチームの動向を窺う余裕もあるわけだが、一旦もめ事が起こると時間に限りがない分どこまでも拗れる。

 …で、先程の古淵の問いかけであるが、その相手である鋸引はそれに全く反応する様子も無く腕組みなんぞしながら渋~い顔、…決して機嫌が良いと言った様子ではない。代わりにその後ろに控えていた矢部が私見を挟んでくる。


「確かにかなり問題のある行為ですが、今すぐにそれで何かしらのペナルティーを与えることは出来ないのですよね…。まずこの状況で他車も含めてレースを中断することが出来ない事と、またそもそもこれは実地試験だったこともあり、レースとしてのルールやレギュレーションを明確に定めていなかった事もありまして…。レースの運営側もまさかこんな事態が起ころうとは想定していなかったというのが本音なのではないでしょうか」


 無理もない、常識ある大人であればいくら何でもこんなあからさまなバトルを仕掛けるメリットも道理も無いのだから。

 もちろんそうしたモラルはあくまで「常識のある大人」にのみ有効なのであって、残念ながらこの場にはそうした常識の範疇の外にいる人間が少なくとも二人もいる事実を否むことは出来ない。


 辛うじてその範疇の内に踏み止まっているらしき高槻は、先日、自慢して紹介できるようなタチの人間じゃないと語った所長代理の台詞を今更ながらに再認識した。そう言えば念のため何かあった時の心構えだけはしとけとも聞いてはいたが、念のためどころかきっとあの時点で今日この混乱が発生する事は確定的だったのだろう。


「フン、なるほどこいつぁなかなかタチの悪い男ですな…」


「アカツキ君さ…、オーハラ君にアレには決して近寄らない様に伝えといてくれる?」


 仏頂面のままの鋸引がぽつりと呟く様に高槻に指示を与える。


「オーハラじゃなくて豪原ですな。だがこちらに近寄る気が無くても果たしてあちらはどうなのでしょうなァ?」


「そういう揚げ足取りを今、俺に聞かせてくれるなよ。早いとこ伝令頼むぜ?」


「へぃへぃ、承知しましたよ。おーい、豪原は今どこ飛んでる? インカム繋げたいんだが…」


「それが…今、取り込み中で…」


「…あァ? 取り込み中だとぉ?」


 本来ならば成瀬が担当するところを、今日は代理を務めているインフォメーション担当の片倉がほとほと弱り果てたといった表情で高槻に向けて頭を振った。ちょうどこの時、豪原がドライバーを務めるスカイカー、AFV4000は激しいデッドヒートの真っ只中にあったのだ…。






「んニャロー! あんた達だけは絶対通してやんないんだから!!」


「浦鳥さん、無意味な走行妨害はやめて素直に道譲って下さい! 身内で小競り合いしててもしょうがないでしょう?」


「何が身内だァっ! レースが始まったらあんたらも私の敵なんだから容赦するわけ無いでしょ!」


「やれやれ…困っちゃったなァ…」


 先刻よりあおり運転さながらの一方的な妨害飛行を受けながら豪原は途方に暮れていた。目下AFV4000は香苗が駆るダブテールにカラまれていたのだ。


「じゃあ、今は何もしませんからさっさと先に行って下さいよ。何だっていつまでも人の目の前ウロチョロしているんですか?」


「そんなこと言ったって…あんたに追いつかれちゃうんだから仕方ないじゃない。おっかしーなー? このマシン、結構速いはずなのに??」


 さっぱり理由が判らないと首を捻る香苗。極限の軽量化設計のダブテールは他車の追随を許さぬ抜群の加速力を誇っている、本来ならばもっと先を飛んでいても不思議は無いはずである。

 実際、直線コースではAFV4000に圧倒的な差をつけて先行するのであるがこれが森林を抜けたり渓流沿いのカーブが続く辺りになるとあっという間に差を詰められてしまうのだ。スタート時の混乱からの復帰も早く、いち早く飛び出したダブテールであったが、斯様な調子でもたつく間にここまで何台ものスカイカーにパスされてきたのだった。


「何だってブッちぎれないのよォーっ!?」


 どこにもぶつけ様の無い苛立ちを当たりかまわずぶつける香苗、そうした感情の乱れはステアリングに如実に反映し…と、言ってもダブテールの場合はそれほどデリケートなステアリングではないので、単に彼女のオーバーリアクションをXが拾ってしまってそれがそのまま車体の姿勢制御に影響を及ぼしたのだろう…、前方のローラーがクッションし損ねたダブテールは大きくバランスを崩し斜めにローリングする。


「うわっ、にゃにゃあぁアーっ!?」


「…今だっ!」


 生じた隙を逃す手は無い。豪原はスロットルを開いてAFV4000を急加速、香苗のダブテールを躱した!


「あ、コラっ、待てェっ!!」


「これ以上はごめんですわ、お先に!」


 まだ姿勢安定に四苦八苦している香苗をしり目に、AFV4000は大きく山の斜面を回って姿を消していった。


「ぬがああーっ、悔しいぃい~っ! どーしてこーなっちゃうのよっ!!」


『原因はあなたの操縦よ、浦鳥さん』


 一連のやり取りと香苗のぼやきを逐一拾っていたヘルメット内蔵のインカムから事態を静観していた成瀬の声が流れてくる。






 こちら部外者チームのピットは先程のAFV4000とのひと悶着の件で丁度高槻が怒鳴り込んで来たところだ。怒りの矛先を変えた高槻は阿藤のインカムを無理やりひったくって通信の向こう側にいるであろう相手に対して噛みつかんばかりに怒鳴り散らした。


「貴様っ! ただでさえ面倒事が起こっているというのに更に混乱を招く様な真似をすんじゃないっ!!」


『うっさい! 何で敵チームのあんたがこっちの通信にしゃしゃり出てくるのよ!』


「ぃやかましやいっ! 名義上他所のチームとはいえ、貴様も我が研究所の一員だろうが! 貴様には愛社精神とか身内意識とか仁義とか、そーゆー意識は持っとらんのかっ!?」


『あるか、ンなモン! 大体、あんたが愛社精神なんて語ってんじゃないわよっ! それに公の場で仁義語る輩に限って信用できる奴なんて見たこと無いわ、私ゃ!』


 …隣のピットでさっきまでブスくれてた所長代理が、そのやり取りが耳に入っていたらしく大爆笑。


『それより千尋ちゃん、さっきの言葉、どーゆー意味?』


「ああ、それね…浦鳥さんの操縦の話…」


 成瀬は自分のインカムから乱入者によって腰を折られた話を戻す。


「知っての通りダブテールは特に積極的なステアリング操作をしなくても車体のローラーで方向転換が可能なんだけど、それに頼り過ぎちゃっててコース取りに無駄が多くなっちゃっているのよ。もちろん頼るなとは言わないけど、コース取りを平面的に考えないでもっと立体的に考えてみたらどうかな?」


 成瀬のアドバイスに対し香苗の反応にしばしの間が開く。阿藤は一瞬彼女がアドバイスを理解できなかったのでは? と不安を感じたのだが、程なくして香苗のあっけらからんとしたレスポンスが戻ってきた。


『あー、そーゆーことか! オッケー、理解したよー♪』


 一方的に納得を伝えて通信はぶつりと切れた。まだ言い足りない事でもあったか高槻が慌ててインカムに掴みかかる。


「あ、待て貴様っ。こっちの話は終わって…」


「もう切れてますよ、高槻さん」


「やかましい、判っとるわ」


 老婆心でしかない町田の指摘に高槻は煮え切らぬ怒りで応じる。


「でも浦鳥さん、あれで本当に理解したんですかね?」


 いまいち不安の拭えない阿藤に、成瀬は肩を竦めて返した。


「ん~、どーだろうね? まぁ彼女、こういうニュアンス的な事に関しては意外と勘が鋭いから大丈夫なんじゃない?」


「…そーゆーものかしら…?」


 実に楽観的な見解を口にする成瀬ではあったが、信頼よりも先に不安が先に立ってしまうタイプである阿藤にとっては正直眉を潜めるしかないのである…。






 一方、先頭グループでは尚も混戦が続いていた。

 後方から続々と追いついてくる各企業・団体のスカイカー、これらをあるいは鉄の銛、またあるいは投網といったベタ且つ奇想天外な攻撃装置で次々と撃墜してゆくダース・エンペラー。気付けば参加車両の半数以上がリタイアするという異常な事態となっていたのである。


 そうして四番目のチェックポイントを通過する頃、玄主はサイドミラーに接近して来る一台のスカイカーの姿を確認した。虚飾の無いメカニカルなフォルム、色気は無いが機能美溢れるSF的な青灰色の車体はA.S.U.R.A.正規チームが造り上げたAFV4000だ。


「鋸引ちゃんのチームのマシンね? 待ちわびたわよ」


 宿敵来る、歓喜で身震いするような仕草を一瞬見せて玄主は悪ぅ~い笑みを浮かべる。


「…ぐっちゃんぐっちゃんにしてあげる…!」


 いうや否や玄主はダース・エンペラーを反転、フロントをAFV4000に向けた。急速に双方の車両が接近する…!


「さぁ~、勝負よ! かかってらっしゃい!!」


 激突必至、肉薄する二台のマシン…が、AFV4000はダース・エンペラーの黒い車体をあっさりと躱し、構う事無くさっさと飛び去って行く。


「あらぁ? ちょっとアンタっ、どこ行くの、待ちなさいってば! 正々堂々勝負しなさいよー!」


──どの口から正々堂々なんてセリフが出てくんねや?


「近寄るなって指示が出てますからね、まともに相手なんかしませんよ?」


 まぁ、わざわざ反転して対峙するって考えがそもそもおかしい訳で…何しろこれはレースなのだから。

 更にしなくても良い方向転換のツケで、再び車体を前に向け直す頃にはAFV4000の姿はすっかり見えなくなっていたのだった。完全に置いてけぼりを食らわされた玄主は地団太を踏んで無念の叫声を上げる。


「ンなぁ~によォ、つまらないねぇーっ!!」




 無事ダース・エンペラーをやり過ごしたAFV4000。これによって首位が交代し、A.S.U.R.A.正規チームは一気に優勝に近づいた。


「お見事、オーハラ君。後はペースを落とす事無く安全的確にチェックポイントをクリアーしてきてくれ。玄主やっこさんのマシンは確かに規格外の性能を持ってはいるが、何しろ余計な仕掛けが満載で車重は重い。順当に飛行していればうちのマシンならまず追いつかれる心配は無いはずだ」


 さすがにほっとしたのか鋸引の声も明るかった。了解、と返答を送ると豪原はバケットシートに身体を沈め直し、ずっと力を入れっぱなしだったステアリングを握る手を緩ました…次の瞬間…──


「うわっ!?」


 唐突に車体ごと後方から蹴り上げられた様な衝撃がコックピット内を揺らした。何事かと肩越しに後方に目を向けるとリアから黒い煙が上がっている。


「な…っ、何だ一体何が起きたんだ!?」


 豪原が回転数計に目を移すとリアの二基のモーター出力ががくりと低下している。何が起きたかはわからないがこのまま飛行を続けていたら危険な状態に陥る事だけは理解できた。


「!?」


 不意に車体の側面を高速の物体が通過していった…途端、前方の先程の物体が飛び去った方向で大きな爆発が起こったのだ。物体通過の瞬間に垣間見えたシルエットから、豪原の脳裏で不吉な予想が形を成していた。


「片倉さん! 聞こえますか!? こちら豪原…現在何者かからの攻撃を受け被弾! こいつは…──」


 豪原は判断を誤った。まず優先させるべきは安全確保のために全速でこの場を離脱する事だったのだ。それが実直な性格が災いし、ピットへの報告を優先させてしまったがために更なる被弾を受ける事となる…。


「…空対空ミサイルだ!!」



 次の瞬間、AFV4000の車体は空中で大爆発を起こす。雷鳴の様なその爆音は数瞬遅れて山二つ三つ隔てたスタート地点にまで届いたのだった…。


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