踊れ、アスラ~4d⇒~

科学の砦でから騒ぎ。
沖房 甍
沖房 甍

「超音波戦争」3

公開日時: 2021年3月3日(水) 20:40
更新日時: 2021年10月6日(水) 03:15
文字数:4,121

 姿を見せぬ所内の脅威に恐れをなして、議事続行不能となった会議は結局そのまま解散となった。


 図らずも空いた時間を自身の研究に注ぐべく、高槻は自分の研究室へと足を向ける。自ら志願して研究所の地下、それも一番端っこの辺境に研究室を設けさせてもらった高槻は、薄暗く長い回廊を進んでゆく。その様はまるで悪のマッドサイエンティストそのものだが、今日は更に邪悪な存在が彼を待ち構えていた…。


「?」


 妙な気配を感じ高槻は薄暗い廊下の先に目を凝らす…遮光ゴーグルで先が見えるのか? と首を傾げてしまうが、まぁ気にしないでおこう…。

 その廊下の突き当り…角からゆっくりと手が現れ、彼に手招きをしている…。


 …物凄く不吉な予感…。


 ここの所員たちはいずれも頭だけは良いので、こういうシチュエーションに遭遇した際にオカルト的な発想には普通ならない。だから高槻もそれを幽霊か何かの類とは露ほどにも考えない…のであるが、人間であるならば幽霊よりも遥かにタチの悪い相手がその正体であることを瞬時に理解してしまったのだ。

 所員の中で誰よりも移動距離の長かった自分の行く先で待ち構えることが出来る人間…それは即ち会議の場に「いなかった」人間である事を意味している。そして所内でこういう良からぬ現れ方をする人間の心当たりは一人しか思いつかない…つまり…。


 やがて角から姿を現したのは栗毛の女性…浦鳥香苗であった…。


「あれー? 思ってたより早く戻ってきたね」


「どこぞの危険分子の動向が不明だったことを恐れて議事が崩壊してしまったからな」


 仇敵にでも対峙しているかの様に高槻は身構える。


「貴様、何でここにいる? つーか、俺に何の用だ…?」


「ドアの暗証番号、また変えたでしょ? 入れなくて困ってたのよねー」


 まるで気まぐれで男の部屋を訪れた元カノみたいなセリフをのたまって香苗は「にししし…」とはにかんだ。傍目から見れば彼女は天真爛漫といった印象だが、この研究所の所員であればその屈託の無さに隠された悪魔の様な側面を誰もが知っている。

 …故に、高槻もまた彼女のそんな様子を見たって表情を緩ますことは無く、むしろ更に険しいものとなる──あ~、こめかみに血管さえ浮かんどるわ…。


「当ぉ~然だ、毎度毎度泥棒女が勝手に侵入するのでな。貴様、この前も無断で俺の試作品持ち出したろ? カードキーをどこでコピーしおった!?」


地獄の底から這いあがって来た獄卒が如き口調で高槻は香苗を睨み下ろす。きっとこれまでも色々あっての事だろうが、彼の沸点は彼女の姿が見えた瞬間からすっかり最高点に達していた。

 だがそんな威圧で彼女が尻込みする事は無い…というか、まるで気にも留めていない。


「あんたのトコが一番愉快なアイテムが置いてあるのよね。だからこちらとしても定期的にチェックしときたいワケなのよ…って事で、中に入れてくんない?」


「ふざけンな!! 何が『…って事で、』だっ!!! とっとと俺の視界から消え去れ、それともレーザートーチでナマス切りにされたいか!?」


──あ~あ、とうとう喚きだしよったわ…。まぁ、このネーちゃん相手にすると皆こうなっちゃうからしゃーないけどな…。


 このネーちゃん…ではなくって、浦鳥香苗は2年程前に研究所に雇われた研究員「補佐」である。

 所員のほぼ全員エキスパートであるA.S.U.R.A.において、彼女だけはまず全くの学術素人という意味でも異端なのだが、就職シーズンでもないのにある日突然履歴書一枚で乗り込んできたり、どういう経緯か教授の一存によって採用になったり…と、異例続きで入ってきた所員なのである。

 もちろん、ただの素人なので他の所員同様に依頼案件を任すわけにはいかない。そのため彼女には補佐として各所員の手伝いに就かせたのであるが、それで真面目に勤務するかと思ったら大間違い、彼女はそこから所内で騒ぎばかり起こしてきたのである。

 騒ぎといってもピンからキリまで、小さいものでは女性所員の椅子にブーブークッションを置く…などといった可愛げのある(?)悪戯から、酷い時には地下の実験用軽水炉(!!?)を危うくメルトダウン寸前にまで追い込んだ…なんて大事件まで引き起こすのだ。

 それに加え、仕事内容の関係で彼女には研究資材の保管庫の鍵が与えられていた。鬼に金棒、何とかに刃物…潤沢な「玩具」が彼女の所業に更なる拍車をかけているのである。


 そんなトラブルメーカーを何故いまだに所内に置いておくのか? という疑問は当然湧くことだろう。実際、今でも所員からの苦情は絶えず、中には彼女を放逐せよとの嘆願書が度々所長に提出されるのだ。にもかかわらず彼女が相変わらず所内で傍若無人に振舞っていられるのは…、


──何でやろな???


 …ともあれ、今回ターゲットにされたのはどうやら自分であるようだと高槻は認識した…もちろん認識はしたが観念するつもりは、無い。


「…で、もう一度聞いてやる。俺のラボに何の用だ? どーせまた研究資材を持ち出して玩具代わりにでもしようという腹なのだろう?」


 無理繰り怒りを抑え付けて平静を取り繕う高槻は、そんな事はどこ吹く風とけろりとしている香苗にその目的を問い質す。


「お、察しが良いね♪ 協力してくれる気になった?」


「目的を聞いているだけだ、言ったところで加担などせんぞ?」


「ちぇ~、どケチ! 少しくらい良いじゃない」


 香苗は口を尖がらせてぶぅぶぅとごね始める、それにしてもころころとよく表情の変わる娘だ。どう育ったらこんな人格が育まれるのか、全くもって彼女の思考は子供の…それも昭和の悪ガキのそれなのだ。


「まぁ、いいけどさ。こないだの音を電気に変えちゃう機械あったでしょ? あれをさ…──」


「却下だっっ!!!」


「何でェ?」


 言い切らないうちに高槻は彼女の要求をバッサリと切り捨てた。


「何故、何で? などと思える!? 正気か? 研究資材を私物化するなっ!」


 いい加減自分がさっきから正論を口走っている事に恥ずかしさを感じてか、高槻の顔は次第に紅潮してくる、どうやら本来自分がそういう正道側の人間じゃないという自覚は一応持っているようだ。

 この研究所において高槻と香苗は異端という意味では似た者同士であるが、根本的な部分ではベクトルがまるで違う。自身が王道から外れている事をちゃんと理解して、その上でその異端を誇らしく思い意図的にそう振舞っているのが高槻であり、一方の香苗はそもそも自分が異端である自覚がまるで無い。それ故に香苗は全く邪気無く騒ぎを起こすのであり、その分周囲からしたら悪質なのだ。


「なるほど、音電変換システムに目を付けたか。あれの雛型は俺のラボで設計したからな…」


 憎々しげに言い放つが何故か不敵な笑みなんかも浮かべている高槻。


「そうか、見る目があるな………とでも言うと思ったかボケナスっ! エネルギーシステムの強奪なんて、貴様はどこぞの悪の組織か!?」


「エネルギーとか、別にそんなんどーでもいいよ」


「はぁ…!?」


 本当に興味無さそうに返してきた香苗に高槻は絶句する。


「こないだの実験見ててちょっと試してみたい事があってさ。そんだけだよ?」


 実に邪気無く香苗が笑う…これが本当に他意の無い本心であるのだから逆に恐ろしい話だ…。


「あれって騒音を電気に変えちゃう機械だよね? だったら逆に電気を流せばフェンスから大きな音が出るのかな~? って」



………。



「ん?」


 高槻からのリアクションが途絶えた、…何だか完全に呆けた顔をしている。


「んん…?」


 薄暗い回廊を妙な間が支配する…それはお笑いで言うところのスベった直後の間によく似ていた。


 しばらくしてようやく高槻が言葉を絞り出す…。


「…はぁ…」


「何よ、その変なリアクション?」


 高槻の表情はすっかりしらけたものになってしまっていた。


「電気を…音に? 出来るに決まってるだろ。万物の現象は相互変換が可能だ。だったら入力と出力を逆転させれば電気を音に変換することなんて出来て当然だろうが」


「でしょ? だったらあの機械、電気で巨大な音を作り出す装置にすることが出来ると思わない?」


「…出来るな、そりゃ」


 高槻の表情はしらけるを通り越してもはや「無」になりつつある。


「すっごい発見だと思わない? ね? ねっ? どう思う?」


「…へー…」


 得意満面で香苗が覗き込むと、高槻は「無の薄ら笑い」という世にも珍しいリアクションでそれに応じている。そんな態度がムカついたのか香苗は怨色の表情で相手を睨みつけた。


「…何なのよ、あんたさっきからその顔!」


 香苗には高槻がどうして自分の話に乗ってこないのだか、その理由が皆目見当つかない。


「『電気』を『音』にねぇ…」


「そーよ。何かおかしい?」


「そーゆーのを『スピーカー』と呼ばないか? 世間一般的にはよ?」




「…あ、」




 ようやく香苗もさっきから自分が何を口走っていたのかを理解した。


「ぶわっはははぁっ!」


 その間抜けた様子に、高槻は大笑いを始める。


「おうおう、そりゃ見事な大発見だな、ええ?」


 恥ずかしさで顔を紅潮させるのは、今度は香苗の方だった。


「う…っ、うっさい、笑うなぁっ!!」


「これが笑わずにいられるかよ。貴様、その発想はいくら何でも素人以下だぞ? スピーカーなんてありふれた原理に………!?」


 言いながら高槻の嘲笑は不意に真剣な表情へと切り替わる。まだむくれ顔の香苗はその急な変化に怪訝な目を向けた。


「ん、どしたの?」


「…そんなありふれた原理なのに…何で音から電気への変換ではロスが起こる…?」


 既に高槻の視野に香苗は入っていなかった。思えば検証結果のデータにはどこか引っ掛かりを感じていたのであるがそれが頭の中で形を成さず、ずっとモヤモヤした感情があったのだ。


「おいコラ、貴様」


「何よ、人を呼ぶ時は相手の名前くらい言いなさいよ、偉そうに!」


「そんな事はどーでもいい、もしも俺が音電変換システムを貸してやったら、貴様それをどうやって試すつもりだ?」


「え、貸してくれんの!?」


 香苗の表情にぱっと明るさが広がる。


「もちろん俺が操作することが条件で…って、ええい、こんな場所じゃ埒があかん。ちょっと来い!」


「え、何? ラボに入れてくれるの?」


 問答もそこそこ、高槻は香苗の腕を引っ張り自分の研究室へと招き入れた…。


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