「所長代理っ! 強制停止コマンド、働きません!!」
「ん~? こりゃ暴走したかな?」
狂った如く…という表現がこれ以上無いほどしっくりくる奇怪な動きで両腕や翼、角を振り回すラスボス香苗…と説明すると「あ~、いつもの事ね」とリアクションが返ってきそうであるが、今回に限ってはどうもそういう事情では無さそうだった。鋸引所長代理は手元のインカムからもう一度香苗に呼びかける。
「一応確認しとくんだけど…ウラシマ君、本っ当~にキミ、ワザと暴れちゃあいないよね?」
『見て分かるでしょ!? 分かってて暴れるならもっと上手く動かすってば!!』
「それは断言できないのネ」
どこから潜り込んで来ていたのか、計測機器の立ち並ぶ壁際から千代原が姿を現した。
「暴走と言ってもそもそもこのOIWECという機械には自律的な判断機能を有する制御装置やその代用となるような機能は存在していないのネ。勝手に動くなんてあり得ないのネ」
「…なるほど、それは一理あるな…。で、だとしたらこの暴走は何だと言うのだ? やはりあの小娘の自作自演だとでも?」
登場早々したり顔で語り始める千代原に高槻は胡散臭げな視線を向けた。
「あれを暴走させているのは浦鳥氏であって、浦鳥氏ではないのネ。もちろんあれの動きを制御しているのは浦鳥氏に本人には違いないケド、たぶん彼女には動かしている自覚は全く無いのネ。動かしているのは、その無意識の部分…深層心理だからなのネ」
「深層心理だと? つまりあのラスボスは小娘の深層意識に反応して暴れていると言うのか?」
生物の研究をしている人間なのだから脳機能に関しても多少は知識を持っているのであろうが、OIWECの自立判断能力云々に関しては本来彼から出てくる様なセリフではない。にもかかわらず随分と物知り気に語るものだと高槻はますます懐疑的な表情で相手を覗き込む。
「ならば当然この状況を収める方法もご存じで来たのだよな? 教えて頂こうかな、千代原よ…」
「…そこまでは聞いてこなかったのネ、根岸女史に…」
「やっぱり受け売りかっ! 偉そうに聞きかじりを語りおってからに!!!」
「ほぉ~、だがそれは興味深い話だなー」
二人の会話を盗み聞きしていた鋸引がやけに楽しそうにその流れに乗って来た。
「キヨハラ君の…いや、ネギボーズ君の推測が正しければ、ウラシマ君の身体に装着したOIWECの数があまりにも多すぎて混線したセンサーが彼女の深層意識下での衝動を誤認識して拾ってしまったとも考えられるなぁ」
「キヨハラじゃないのネ。千代原なのネ…」
「あんたワザと人の名前言い間違えてんじゃあないのか、所長代理?」
「もちろん深層意識だから明確な信号ではない…それがあの秩序の無い動きに反映されているのかも知れない」
高槻、千代原からの雑音を物ともすること無く、鋸引は勝手に結論付けて勝手に納得する。ただ千代原…もとい、根岸の推測は決して的を外したものでは無く、それは暴走が多種多様なOIWECの集合体による暴走であるという事実が図らずとも語っていた。つまり、これだけのOIWECを制御し得る小脳のチャンネルキャパシティーを有する香苗が媒介しているからこそ発生した事故と考えられるのである。
ただ、そうした事実が判ったところで現状に何も変化を与えるものでは無い。
香苗のコントロールを外れていると思しきOIWECの集合体は今だ暴走の真っ最中、現状それを止める方法が無い事には変わりが無く、相変わらず機体下面に生えた何本ものべロウズの管をうねらせたぜん動で体育館中を徘徊しているのだ。蛸の足を模倣したその触手でまるで壊れたブリキ玩具の様に前後左右を不規則に行ったり来たり、また時々振り上げた甲殻類のハサミの腕も天井の鉄骨梁や床板をぶち破るといった破壊活動を繰り広げている。我が物顔で暴れ回るその姿はまさに怪獣そのものだった…。
「鋸引さん、このままだと体育館、崩壊しちゃいます。何か対策を打って頂かないと…」
蒼白とした表情で所長代理の側にそそと寄って来た矢部が次の指示を仰ぐ。古株の矢部は当然彼の事も以前から知っているはずで、それがこれ程不安を露にする事から察するに…どうもこの鋸引という男、決して手堅く無難に事を収めるタイプの人間では無さそうなのである。
「まぁまぁ、アベちゃん。慌てず騒がず、まずは敵の情報収集が先決だよ?」
「…矢部です。それから敵って何ですか?」
もちろん彼が人の名前を憶えない事も承知済みであるので、とっくに諦めてか強く訂正を求める様な事もしない。そうした事情からどうも矢部からは強く言い出せない様なので、何故かいち研究員である高槻が彼に代わって所長代理に事態収拾の対処を要求する。
「そうは言ってもこの場であの小娘を暴れさせるままにさせて置いたら被害甚大になるばかりでは無いのですかな? 情報収集するにしてもここは河岸を変える必要があると思うのですがね?」
「そうかい? そんじゃあタカギ君、キミちょろっと行ってきて彼女をグラウンドに誘導してくれるかな?」
「ば…っ、バカ言わんで貰えますかね? 所長代理はご存じないかも知れんが、あの小娘が一度暴れ出したら生半可な手段では対抗など出来る訳が無い!」
今度は自分に矛先が向けられ、高槻は鋸引の名前間違いをツッコむ余裕も無く、咄嗟の責任回避に走ってしまった。
「…そうかなぁ~? こういうのはやり方次第だと思うけどなぁ?」
「ナチュラルボーンデストロイヤーがラスボス化しているのだぞ? そんなものどうやって止めろと言うのだ!? それとも何か手立てがあるとでも言うのか!??」
苛立ちを露わにして所長代理に噛みつく高槻に対し、だが鋸引は夢想を語るかの様に両手を広げてその一計を語り始めた。
「決まっているじゃないか、我々所員総出で彼女を止めるんだよ、折角だから我々もOIWECを用いてね」
「総出で!? 頭数揃えてどうにか出来る相手だったら、我々は今まであの小娘をこうも好き勝手にのさばらせてはおりませんよ!」
「それは数の用い方が悪いだけの話さ。要は適材適所、持ち得るものを有効に活かす…ことこうした集団戦において、人類ほど高度な進化を遂げてきた生物はいない。まして数で勝るのだからこれ以上のアドバンテージは無いだろう?」
「二人とも議論している暇では無いでしょっ! ともかくっ、何か策があるのでしたら速やかにお願いします、体育館崩れたらどのみち我々も無事では済みません!」
堪らず矢部が両者に割って入る、最後はもう悲鳴になってしまった。
「…このままじゃ教授に顔向けできませェん!!!」
「仕方無いなぁ…それじゃあまずは広い場所に出しちゃおうか?」
さすがにこれ以上焦らすと矢部が気苦労で倒れてしまいそうなので、やれやれと肩で息をついた鋸引は再びインカムを手にした。
『では警備担当の諸君は中央扉を除いた全出入り口を封鎖、ウラシマ君の突破に備えてくれ。搬入班の諸君は外に置いてあるフォークリフトで搬入口から館内へ、ウラシマ君を取り囲んで中央扉へと誘導を頼むとしよう』
所長代理の指示で体育館内に六台のフォークリフトが乗り入れてくる、ラスボス香苗を中心に複数のフォークリフトまでが入ってくるとさすがに広い体育館と言えども狭苦しさを感じてしまう。そうしてフォークリフトが相手を牽制している間に、搬入口は閉められ中央扉以外の全ての出入り口が警備班で固められる。
一方で中央扉は逆に完全開放、フォークリフトはラスボス香苗を取り囲むと鋼鉄製のツメを振り上げ、あたかも猟犬が得物を追い立てる様にそちらへと誘導を始めた。
『ウラシマ君、もしも少しでもOIWECをコントロールできる隙が生じたら、君も中央扉に向けて移動できる様に手伝ってやってくれ』
『言われなくたって、努力はしてますよっ!!』
研究所の施設裏には山を切り拓いた断崖絶壁を臨む様に広いグラウンドが設けられている、体育館中央扉の先にはそのグラウンドがあった。
ラスボス香苗はフォークリフトでの誘導が効いているのか徐々に中央扉へと追い詰められてゆく…と、突然ラスボスは装着者の脚部に装着された長い牙を振り上げ、それを手近なフォークリフトへと横なぎに叩きつけた! いとも容易く吹き飛んだフォークリフトが鋸引をはじめとする所員たちのすぐ近くの壁に激突して落ちる、幸い登場していた職員はすぐに周囲の警備員に引きずり出されて怪我無く済んだ様であるが、ラスボスの持つ破壊力と脅威を改めて知らしめる事となる。
「…さぁて、そろそろ俺も準備してこようかな…。アベちゃん、適当なタイミングで所員の退避よろしくね!」
先程の惨事を見ても鋸引は顔色一つ変える事無く、矢部にそう告げると体育館倉庫に姿を消した。
「鋸引さん!?」
「…何だ? まさか逃げたんじゃああるまいな?」
狼狽えまくる矢部に所長代理の行動を訝しがる高槻、そうこう言っている間に一台また一台とフォークリフトが破壊され徐々に包囲網が崩されてゆく。
「まずいぞ、せっかくここまで小娘を扉まで近寄せたというのに…っ!」
『なぁに、諸君、心配は無用だぞっ!』
無意味に楽観的な声が体育館内に反響させ、現れたのは鋸引所長代理、その腕には類人猿の太い腕を模したOIWEC、脚部には象の足、そして後頭部から鼻にかけてはサイの太い首と二本の角が伸びている。
「な…何ィ!? 彼奴も複合適合者だったのかっ!?」
…うっかり何か特定ジャンル作品のワンシーンの様な痛いセリフが口を突いて出てしまい、それを自覚した高槻は恥ずかしさに顔を赤らめてしまったりなんかする。一方、怪人VS怪獣…的な様相で対峙する鋸引所長代理とラスボス香苗…、その怪獣を挟んで向こう側にある中央扉を見据えて鋸引きは大きく上体を屈めた。
『さぁてお手並み拝見だよ、ウラシマ君…。Ready Set、Hut Hut!!』
クォーターバックよろしく鋭いコールをかけた鋸引は身を屈めた体勢から一気に突進、床板を蹴破るかのような重量感で間を詰めるとそのままの勢いでラスボスの横っ腹にタックルを放つ!
『ぅおゴおぉっ!??』
強烈な衝撃を食らってラスボス香苗が巨体をぐらつかせる、更に追い打ちで鋸引きが再突進をかける。
ラスボスの触手は床板に吸盤を貼り付かせてこれ以上押し出されまいと床板に踏ん張りを利かすのだが、鋸引の衝突の威力はそれを凌駕してラスボスを退かせた。吸盤の粘りついた抵抗が突然剥がれ去り、中央扉に一回り大きな破壊をこさえて屋外へと弾き飛ばされた。
それを追って中央扉跡まで走り寄った高槻、その視界に入ってきたのは既にグラウンドで準備万端に備えていた別働所員たちの姿であった。
「おいおい…少々手筈が良過ぎやしないか…!?」
グラウンドは予めモグラの手のOIWECを装着した所員たちによってそのあちこちに蟻の巣状の塹壕が掘られ、地表にアバタの如き起伏を形成させていた。作業にかける時間を考えればほんのついさっきに始めたような規模ではない…明らかに前以て準備が進められていたものだ、その推測に思い当たって高槻は絶句する。
「…まさか…こうなる事も予想済…み…!?」
体育館から飛び出してきたラスボスはそんなステージの変化なんぞまるで無関係だとばかりに無秩序に手足を振り回している、だがさしもの蛸足クローラーも足場の変化にバランスを崩し、機体が右へ左へと不安定に揺れ動いている。
『うっ…ぷ、気ボち悪ぅっ…!?』
嵐の海の漁船もかくやという乗り心地の悪さに香苗の三半規管がぐらんぐらんに振り回され…当然それはOIWECの制御にも反映されることとなる…! 触手が一振り、塹壕の溝に取られてラスボスが横倒しにひっくり返り香苗は堪らず色気の無い悲鳴を上げた。
『ふんぎゃあっ!?』
『今だ、蟻酸チーム、前へ!』
鋸引の号令でどこに隠れていたのか、両腕に一本角のシロアリの頭部を模したOIWECを装着した所員の一団がラスボスの周囲に駆け寄り、続けてそのい両腕から液体を噴霧。
『うわ!? 何だァ!?? 臭っさ! 酸っぱ!!』
もちろんラスボスもただ一方的に攻められているばかりではない、触手を、牙を、翼を、ハサミを、それぞれでたらめに振り回して足掻きを見せる。
『おっと、それ以上は危険だ! 諸君、一旦撤退!!』
兵隊シロアリチームは蟻ならぬ蜘蛛の子散らすようにあちこちに逃げてゆく、グラウンドに掘られた塹壕はこうした伏兵の配置や移動、撤退に際して実に有効に機能していた。
だが邪魔者がいなくなったその隙にラスボスは身を起こし、再び体育館に向けて進撃を始めようとしていたのだ…。
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