本エピソードは「踊れ、アスラ~4d⇒~」本編とは直接関係ありませんが、本編の元になった同一の漫画作品から派生した短編をノベリズム用に加筆修正したものです。
香苗も教授も全然登場しませんが番外編としてお楽しみ頂けますと幸いに存じます…。
「コタツってさ…しまい時が難しいだろ?」
都市伝説の切り出しはいつでも何気ない日常のひとコマから始まる。
「その二人暮らしのカップルの部屋も万年ゴタツが真ん中に据えられていたんだけど、二人は始終そのコタツの中で足やら何やらをつっ突き合うバカップルぶりだったんだ…」
何をかいわんや…といった調子で語り手は正面に座する二人の聞き手の顔をまじまじと見据える。
「ところがある日から二人は妙な違和感を感じる様になる、何だか互いにいつもと足をつっ突くタイミングが違うんだ。そんな違和感を感じていた折TVでとあるニュースを耳にする…それは近くの町で起こった強盗殺人事件、しかも犯人はいまだ逃走中であるって話。二人は不吉な予感を覚えてコタツ布団をめくってみたんだ…すると、そこには…!」
『ギャアアアアアアアアッ!!』
…と、締めくくりの大絶叫をトッピングしたタケトのサービスぶりとは裏腹に、それを脇で聞き流す二人の表情は冷めていた、…冷めきり倒していた。
次の瞬間、タケトは春といってもまだ肌寒い四月の屋外に、文字通り叩き出されることとなったのだった。
「んもォ! タケトの奴…あれ絶対うちらへのイヤミよ!」
二人暮らしの平穏を破られた腹いせを済ませたサユリは手をはたきながら独り言ちる。それを聞いてか聞かずかコタツから動く素振りもなく、ずずぅいと茶をすするトモキがタケトの怪談に注釈を付け加えた。
「都市伝説としては類型的な話だったしね…、たぶんあれは『ベッドの下の殺人犯』の派生型といったところだろう。でも二人暮らしの小さなコタツに潜むのは少々話に無理があったケドね」
さも何事もなさげな平静且つ泰然とした口ぶりは生まれ持った性格と、身につけた高いIQから来るものらしい。
「あのねぇ…」
一方で怒りまだ冷めやらぬサユリの矛先が、今度は他人事の同居人に向けられる。
「いつまでもコタツ出しっ放してるからこーゆー話になったんでしょ?」
八畳一間の賃貸物件は同棲するには些か狭い。部屋を占拠するコタツも一人暮らしならば気にし様も無かろう…が、同居人としてはさすがに見過ごすワケにはいかない。
「…ということで、いい機会だからコタツを片付けるよ、トモ君!」
「げ!?」
いつの間にか掃除機を引っ張り出してきたサユリは高らかにコタツの排除を宣言した。
「いやサユリさん、それはまだ早いのでは…?」
トモキはコタツにしがみつき抵抗の意を示す。だが強制撤去を執り行う側のサユリにとってはそれも無駄な足掻きに過ぎない。
「そんな事言って先月はずっと布団で寝てないでしょ?」
言い分は尤も、異論の余地もないが、それでも安住の地を奪われるわけにはいかないトモキが食らい下がる。
「ほら三寒四温って言葉もあるしさ…!」
推し測るまでも無く相手の意思は固い、それを覆すからにはともかく必死で相手を説得するしか手は無いのだ。トモキはなるべく平易で、且つ抽象的な言葉を選んで相手を言いくるめようと試みる…。
「まだこれから寒くなる日だってあるだろ? それに頭寒足温と言って、冷え性の多い日本人のライフスタイルにはやっぱりコタツが適していると思うんだよ」
それを聞いてサユリ、フム…と腕組み。
「んーっ、それじゃあ仕方ないか…って、」
一瞬和解の姿勢を見せ…たフリをしただけで、サユリはすぐにトモキに向けて掃除機のノズルを突きつける。
「去年も結局それで片付けなかったでしょ!?」
まぁ、最初から交渉の余地なんてあるわけなど無い。サユリは一度肩に担ぎ直したノズルを今度は正眼に構え…ちなみに示現流で言うところの「蜻蛉の構え」で…哀れな被疑者に最後通告を突きつけた。
「理屈はいいの! ただでも1Kは二人で暮らすには狭いのに!」
「…ご無体です…」
理詰めの交渉が必ずしも報われるとは限らない。まして男女間の会話でそれは尚更の事で、多くの事案において男性の側が敗北を喫するのはもはや自明の理。かくてささやかな攻防戦は終わりを告げ、全面降伏したトモキは渋々万年ゴタツの撤去を始めた。
「…ん?」
観念して布団をめくり上げたトモキが温もり残るその中に異変を感じ、中を覗き込む…や否や、素っ頓狂な声を上げた。
「…お? おやぁ!?」
「どしたの?」
一瞬またよからぬ抵抗手段でも思いついたのではないかと訝しがるサユリは、だが只ならぬ様子に掃除機を放り出しトモキに倣ってコタツの中を覗き込み…、
…そしてがくりとアゴを落とした。
発熱体のほの暗いオレンジ色の光に満たされた分厚いコタツ布団の中、ぽっかり浮ぶは青い星…──
………、
…星っ!??
「…惑星、だね…」
ひとり言に近いトーンでトモキが見たまんまの感想を漏らす。大きさはバレーボールくらい、床敷布団の上10㎝程に浮んだそれは紛れもなく青い海と緑の大地を湛えた惑星であった。
その異様を目の当りにし、しばし呆けていた二人だったが、先に冷静を取り戻したトモキが目の前の天体をしげしげと観察し始める。
「ふ~ん…」
懐から万年筆を取り出すと、それを無造作に惑星に差し込みはじめる。
だが万年筆の先端は何の抵抗も反応も受ける事なく、すす、すぃ…と惑星の中に吸い込まれていく。更に下腕が消えるほど奥に押し込んでいくと、やがて反対側から先端が姿を現した。
「な~るほどね…」
「どぉ? 何か解った?」
「うん、目に見えている事を除けば物理的な干渉を全く受けていない…つまり…」
万年筆を懐に戻したトモキは大きなトンボ眼鏡を親指で直し、一旦息を整える。
「この惑星はこの場に存在しているわけではなくて、視覚情報が立体的に投影されていると推測できるんだ…見たところ水や大気があるにも関わらず雲が見えない事、そして昼夜の境が無い事から、この映像は物凄い速さで時間が経過している事が判る…その証拠にほら…」
トモキは惑星の一角を指し示した。
「わずかだけど島が動いている」
見れば南北を覆いつくす大きな一塊の大地…大陸からじわぁりと小さな島が大洋に向って離れつつある。確かにその動きはスローであるが、それでもこのスケールで目に見えるほどの速度となると、この映像が相当なコマ落としで進められていることに疑いは無いだろう。
そうしたトモキの推論の、一体何%くらい理解しているのだろうか…、サユリが素朴な疑問を口にする。
「…で、それがなぜうちのコタツに?」
「それは皆目見当つかないよ…でもね…」
疑問を受けたトモキが意味ありげな笑みを浮かべた。
「…一つ、確かな事がある…」
彼にしてみれば思ってもみなかったハプニングには見舞われたが、どうやら首尾よく自分の都合の良い展開に誘導できたようである…つまり…、
「このままコタツを使う分には何も支障が無いって事!」
はぁ…とサユリが嘆息を漏らす。
「どっちにしろ完全に片付けそびれちゃったわよ」
よくもこの異常な事態を利用できるもんだと半ばあきれながら、それでもすっかり毒気を抜かれてしまったサユリもトモキに促されるまま再び鎮座ましますコタツに足を差し入れた。
「…別にいいけどね…」
…今年もコタツ、このままだなぁ…漠然とそんな思いが過ぎっていた。
翌日の夕刻、いつものごとく邪魔者が来訪する。
「よおっス、トモキ! 何かまた冷え込んできたな?」
ノックもせずに開け放たれたドアから、大げさに凍える仕草でタケトが部屋に上がりこんできた。
「おっ! ありがてぇ、まだコタツが出てるじゃん!!」
完全に今晩も泊まっていくつもりなのだろう。毎晩毎晩二人の時間を奪われて怒り心頭のサユリの殺気をものともせず(…あるいはただ気付いていないだけなのかも知れないが!? )、暖かなオアシスに即時ロックオンした侵入者は滑り込むようにコタツに半身を潜らせる。
そして間髪入れずに…
ぶっ!!
「あ、失礼」
口では謝りながら遠慮もデリカシーも、へったくれも無い下品な生理的排気行動。元々緩いサユリの堪忍袋の緒が切れた…!
…前蹴り一閃、再び屋外に叩き出されるタケト、滞在僅か二分、叩き出す方も叩き出される方も実に手馴れたモンである。
「中の惑星がガスで温暖化したらどーすんの!」
「いや、物理的に干渉して無いんだってば…」
意外な知識持っているんだなぁ…と内心感心しつつ、足下に浮んでいるであろう小さな惑星にトモキは意識を向けた。
「…と言うかコタツの中で今さら…」
と、これもまた至極当然な感想であろう。
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