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――スキルもチートもありませんが、ジョブは見つかりますか?
ハマカズシ
ハマカズシ

決裂

公開日時: 2021年10月15日(金) 18:00
更新日時: 2022年1月8日(土) 11:42
文字数:3,529

 ラの国の首都で一番大きな宿屋の会議室で、魔王と勇者による会談が始まった。


 ダジューム側は勇者ウハネと、その両脇に護衛の男が二人。そして後方に議事録を取っていると思われる女が一人の計四名。


 魔王軍側は魔王ハデス、ただ一人であった。


 実質は両世界におけるトップ同士の会談となった。


「まずはダジュームまでご足労いただいたことには感謝しますよ。僕のほうから伺おうと思っても、そちらの世界には簡単に行けませんからね」


「おぬしには魔王城まで来る実力も、勇気もなかろう」


「ははは、そうですね! あんな怖ろしいところ、行きたくありません!」


 ウハネは白い歯を見せて笑った。


 すでにハデスはこの勇者ウハネの実力は見切っていた。


 この華奢で口だけは達者な青年がなぜこのダジュームを背負う勇者なのかと、甚だ疑問であった。考えられるのは政治力や出生による権力、もしくは特殊なスキルを持っているかのどちらかだろう。前者ならばハデスにとっては何も興味はなかったが、後者については無視するわけにはいかなかった。


 ウハネはそもそもがアイソトープという特異な存在であり、変異が起こって特殊なスキルを身につけた可能性は捨てきれない。


 これまで魔王軍でも、突然変異的にそのようなスキルを身につけるモンスターは存在した。


 現にハデスの【空間移動】も生まれつきに持っていたスキルであり、超が付くほどレアなスキルなのだ。未だ見ぬスキルを、このウハネが持っている可能性はないとは言えない。


(相手を即死させる【即死】スキル、もしくは相手の能力を奪う【奪取】スキル……)


 予想できる範囲での脅威を思いうかべる。しかしウハネがそんなスキルを発動させたとしても、ハデスならば直撃を受けることはないだろう。


 だが慎重になるに越したことはない。この慎重さはあの感情的に行動してきた父を見てきたからゆえの性格であろう。これは弟のベリシャスにも受け継がれていることは、言うまでもない。


「ウハネ様……」


 ハデスが疑惑の目を向けていると、護衛の男がウハネに耳打ちをした。


 それを聞いて、ウハネは軽く頷いた。口元がにやりと歪んだような気がした。


「……では、本題に入りましょうか。ダジュームと魔王軍との休戦についてですけどね」


 ようやく無駄話が終わり、ウハネが切り出す。


 だんだんとその口調が崩れていくことが少し気になるハデスだったが、黙って場を進める。


「ダジュームの土地の半分を魔王軍に明け渡すのが条件といううことでしたけどね……」


 それがこの会談を開くために、あらかじめダジューム側から提示された条件だった。


「あれ、嘘です!」


 ウハネの一言に、ハデスは思わずオーラを放出してしまった。


「……なに?」


 これにはさすがにウハネもオーラに気づいたのか、椅子をガタリと床にきしませながら、後ろに下がった。ハデスのオーラはすなわち殺意であり、狂気であった。このオーラで心臓が止まらなかっただけで、勇者としては立派なものだった。


「魔王様? 暴力は、やめましょうよ! ここは会談の場ですからね!」


 両手を上げるウハネ。それはお手上げという意味なのか、ハデスは冷静にオーラを沈める。


「嘘とは、どういうことだ?」


「話し合いをしましょうよ? こんなとこで死にたくありませんからね」


「どういうことかと聞いている」


 ハデスがその気になれば、ウハネを殺すなど一秒もかからないだろう。それでもハデスはウハネの言葉の意味を問う。会談を続ける意思を見せた。


「落ち着いて聞いてください。暴れるのはなしですからね? 魔王軍には、ダジュームの土地を渡さないって言ったんです。あれぜんぶ、嘘です!」


「……正気か? ここにきて約束を反故にするなど、それなりの覚悟があってのことだな?」


「待ってくださいって! 落ち着いて! ほら、あれを見せて! 早く!」


 辛抱溜まらず立ち上がったハデスに、ウハネは慌てて隣の護衛に指示を送る。慌てたのは護衛の男も同じで、机の上に水晶玉を置いた。透明に透き通った、球体だった。


 何かスキルを使うのかとハデスは身構えるが、護衛の男はっ水晶玉に手をかざすと、ぼわっと、映像が浮かび上がった。


 明瞭な映像ではなかったが、その水晶玉の中に見覚えのある顔があった。


 重厚な鎧に身をまとっている男。さっき宿屋の前であった、アネフとかいう戦士だった。


「これはこれは魔王様。ご機嫌いかがです?」


 水晶玉から聞こえてきたのは、どこか嬉しそうな声だった。


「お前……。どういうことだ?」


「話はそいつから聞いたでしょ? ダジュームの半分をやるから休戦しましょって言ったアレ。嘘ですから」


 いつの間にかウハネと、護衛二人は反対側の壁のほうに避難していた。


 アネフが言った「そいつ」とは、この勇者ウハネのことを言っている。


「まさか……?」


「お気づきになられましたか? そいつは勇者でもウハネでもありませんよ。そんなヨワヨワのヒョロヒョロが勇者なわけないでしょ! そのへんのホームレスを連れてきて救世主っぽくコスプレしただけですよ! 意外とそれっぽいでしょ?」


 映像のアネフが我慢できずに笑い出す。


 ハデスはすでに気づいていた。


 このアネフが、本当の勇者ウハネだ。


UHANEウハネ」のアナグラムが「ANEHUアネフ」であるということを。なぜさっき気づかなかったのか。


「貴様、ミラとシャルムを……」


「おっと、じっとしていてくださいよ、魔王様!」


 水晶玉の中で手のひらを見せ、ハデスをけん制するアネフ、いやウハネ。


 ハデスはこのウハネに妻と娘を預けてしまったことをひどく後悔していた。


 そしてその悪い予感は、もちろんウハネの策略に落ちてしまったことを意味している。


「奥さんと娘さんは、まだ無事です」


 すっと体をずらしたウハネの背後に、横たわるミラとシャルムの姿があった。


「き……」


「はいはい、喋らないでくださいよ! もちろんその場から動くのもナシ! 賢明な魔王様なら、ご想像がつくでしょ?」


 ハデスはウハネの言う通り、抵抗はやめた。冷静な表情を保ってはいるが、奥歯は折れそうなほど噛みしめている。


 ハデスは罠にハマったのだ。


 勇者ウハネは最初からこれが目的だったのだ。ミラとシャルムを人質に取り、交渉などするつもりはなかったのだ。


「いやぁ、僕も苦労したんですからね。奥さんは人間なんで簡単だったんですけど、娘さんのほうですよ。子供だからと油断しちゃいましたよ。お母さんが倒れたら泣き出して、すごいオーラで向かってきちゃって。こっちも兵士が五人ほどやられちゃいましたよ。でも、オーラはすごくても使い方がまだなってない。過保護はダメですよ、魔王様。ちゃんとオーラの制御を教えられていたら、僕らは全滅していたかもしれませんね!」


 ウハネはペラペラとよく喋った。


 一応、勇者という肩書程度の能力はあるようだ。ハデスは水晶玉の中の様子を観察する。ミラもシャルムも倒れてはいるが、気絶しているだけのようだ。もし殺してしまったら勇者側としては交渉の材料にならないことは理解しているようだ。


 そしてその場所。どこかの部屋の中のようだが、おそらくこの宿屋内ではないだろう。ハデスと引き離した時点で、できるだけ遠くに連れて行ったはずだ。


「僕もこんなことはしたくなかったんですよ? 一応ダジュームでは正義の勇者という立場ですからね。でも僕なんかアイソトープじゃないですか? スキルも何もないし、どれだけ訓練してもなにも習得できなかったできそこないなんですよ。そんな僕は勇者に担ぎ上げられて、どうやって魔王軍と戦えるっていうんですか? 次に優秀な勇者が現れるまでのつなぎだってことは自覚してますよ。でも戦わされるわけですよね、モンスターと? スキルも体力も能力もなければ、ここしかないわけですよね」


 トントンと、ウハネは自分のこめかみを叩いた。


「頭を使うことでしか、魔王軍と戦えないわけですよ。これは戦略です。魔王様が休戦を望んでいるという情報を手に入れて、それをどう利用しようか悩みましたよ。それに奥さんがこっちの人間ということを聞いて、これだとピンと繋がったんです。悪く思わないでくださいね。弱者は使える者すべてを利用して戦わなきゃ。死にたくないんですよ、僕も」


 それが休戦をおとりにして、ミラを人質にとるということか。


 だがそんな情報を、どうやってウハネは知ったというのだ?


「まさか、その情報は……」


「そのまさか、です。魔王様は人を信じすぎなんじゃないですか? 特に、部下に甘い。家族だけに優しくしてたら、部下は嫉妬しちゃいますよ? これ忠告」


 水晶玉の中のウハネはその人物を紹介するように手を上げた。


 そこに現れたのは、黒いローブをまとった魔法使い――。


「ギャス……」


 魔王軍幹部であり、今回護衛で一緒にやってきたギャスであった。


 

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