異世界ハローワークへようこそ!

――スキルもチートもありませんが、ジョブは見つかりますか?
ハマカズシ
ハマカズシ

契約(2)

公開日時: 2020年9月1日(火) 07:00
更新日時: 2020年9月3日(木) 10:05
文字数:3,162

「シリウス……」


 異世界ハローワークとの契約書にサインを終えたシリウスは、俺にペンを渡してくる。


「ケンタさん、契約しないんですか?」


 ペンを受け取りながら、俺はまだ迷っていた。


 何も考えずに、契約するのが唯一のダジュームでの生きる道だと考えられれば良かった。


 事実、ここで訓練を受けてジョブを与えてもらうしか、俺が生きる道はないだろう。外に放り出されればモンスターの餌食えじきになるし、一人では仕事に就けるわけがない。なんのスキルもないのだから。


 俺はこの世界では一人ぼっちなのだ。


 とにかくアニメみたいなチートは一切使えない。一人ではモンスターと戦うどころか、必要最低限の生活すら送れないのだ。


 仕事もないし、お金もない。すなわちモンスターに食われるどころか、放っておいても死んでしまう。


 すなわち、無力を受け入れるしかない。


「シリウス、ようこそダジュームへ。私たちは歓迎するわ」


 突然、シャルムの声がして、俺は振り返る。


 いつの間にか、シャルムが壁にもたれながら立っていた。


「で、どうすんの? あなたは?」


 シリウスが契約した今、俺だけがここでは部外者になったようなものだった。


「ケンタさんも一緒に訓練を受けましょう。もしかしたら魔法が使えるようになるかもしれないですよ!」


「俺は魔法を使いたいわけじゃ……」


 最初から生活スキルを期待しているなんて、シリウスの手前、言いだせなくなってしまった。


 そりゃ魔法が使えたらかっこいいよ。異世界って感じがする。


 勇者と一緒に魔王と戦うなんて、RPGみたいじゃないか。


 俺が読んできた小説の主人公は、いつも強かった。


 なんなく魔法を使い、剣を操って、颯爽とモンスターに向かっていった。なんのスキルも持たずにただへたれている俺とは大違いだ。


 でも訓練を受けたとしても、俺が魔法を使えるようになるとは思えない。モンスターと戦えるとは思えない。


 なれるわけがないじゃないか? ただの高校生の俺に、何の能力が覚醒するというんだ?


「俺は……」


 頭を抱えて、悩んだ。


 いつもの最悪のことを考える癖だ。可能性がゼロに近い理想を考え出すと、もう止まらない。


 年下のシリウスの決心を前にして、先輩としてかっこよくあろうとしたが、失敗したようだ。俺だけが悩んでごねている。


「あなたが考えてることを当ててあげましょうか?」


 シャルムがカツカツと俺たちのテーブルにやってくる。シリウスのサインした契約書を取り上げた。


「え?」


「もし訓練をしても魔法が使えなかったら、スキルが身につかなかったらどうしよう、なんて考えてるんじゃないの?」


「……」


 シャルムは俺の心の中の悩みを言い当てた。俺は返す言葉もない。


「何をうぬぼれてるのよ。さっきも勇者になって魔王と戦うなんて恥ずかしいこと言ってたけど、誰もあなたに期待なんてしてないわよ」


 俺とは目を合さず、契約書をチェックしているシャルムが淡々と語りかける。


 シリウスのいるところでそんな恥ずかし過去をバラさないでください!


「私たちハローワークがアイソトープを保護し、訓練するのは第二の救世主ウハネを作り出すためなんかじゃない。私たちはアイソトープを利用するつもりなんかないし、これはビジネス」


「ビジネス?」


 シャルムはホイップからペンを受け取り、シリウスの契約書に所長としてサインを加えた。おそらくこれでシリウスの契約は締結ていけつされたのだろう。


「転生してきたアイソトープを放っておくと、モンスターをおびき寄せて私たちが迷惑するの。だからアイソトープを保護して教育する必要が出てきた。最低でもアイソトープが一人で生きていけるようにね」


「教育?」


「そ。簡単に言うと、教育という訓練よ。自分の身は自分で守って生活できるように教育するのが、この異世界ハローワークってコト。あなたにはさっきも説明したでしょ?」


 くるりと俺のほうを向き、ペンを揺らすシャルム。


「わざわざ何万分の一の確率に期待してあなたたちに戦闘スキルを覚醒させて、モンスターと戦わせようなんて思ってないわ。モンスターを退治するだけなら、わざわざアイソトープを頼るほど私たちは困っていない。魔王も勇者に任せとけばいいんだし。そりゃ簡単な魔法くらい使えるようになれば便利だけど、そんなに簡単にモンスターと戦えるまでにはなれないわよ」


 そりゃそうだ。今の俺はこのシャルムにも到底かなわないことを理解している。


「だからあなたたちのスキルを見極めて、自立していけるジョブを見つけてあげようって言ってるだけよ。それが戦闘スキルか、生活スキルか。それは訓練してみないと分からないってコト」


 シャルムは俺の鼻っ先にペンを突き付けた。


 俺は金縛りにあったように、動けなくなる。


「これまで私が訓練してきたアイソトープたちは、特別な戦闘スキルに目覚めた者はいなかったわ。ほとんどが生活スキルを身につけて、元の世界でホテルを経営してた人は町の宿屋で働いてるし、工事現場で働いてた人は鉱山を発掘している。測量関係の仕事をしてた人は、洞窟をマッピングして住人達からもありがたがられているわ」


 グイグイと迫りくるシャルムの指先に、俺は限界までのけ反りながら話を聞いている。


「訓練って言ったって、ただの適性検査みたいなものよ。あなたたちの世界にもハローワークはあるでしょ? やることはそれと同じ。私があなたのスキルを見極めて、それに合った仕事を斡旋あっせんしてあげるってだけ! 分かった?」


「は、はい……」


「分かったんならごちゃごちゃ考えずに、サインして!」


 バチンと、胸に契約書を突き付けられた。


 やり方が強引ではあるが、そう言われると理解はできてしまった。


 ていうか最初からそう言ってくれよ! 考えすぎちゃったじゃないか!


 戦闘スキルを強制されないと分かった俺は、少し気が楽になった。


「ケンタさんはすぐ難しいことを考えちゃうんですよね! 尊敬します!」


 いつの間にかホイップが飛んできて、俺の周りをくるんと回った。


 シリウスは口角を小さく上げて、一度だけ頷く。


 シャルムは腕を組んで、無言でサインを急かしてくる。


「サイン、しますよ」


 俺は三人に見守られながら、ようやく契約書に自分の名前を書き込む。


 ――ケンタ・イザナミ。


 これがこの異世界ダジュームで生きていく、大きな一歩目となったのだ。


「はぁ、手間がかかったけど、これで二人とも契約ね。まだ分からないことは多いと思うけど、ダジュームのことはおいおい勉強していけばいいから。じゃ、行きましょ」


 ようやく肩の荷が下りたかのように、シャルムが肩を揉みながらくるっときびすを返した。


「行くって、どこへです?」


 俺とシリウスは顔を見合わせ、シャルムに尋ねる。


「何言ってんの? 訓練よ」


「はぁ? いきなりですか?」


 シャルムはくいっとさっきの武器部屋を親指で示した。


「そこで好きな装備を選んで。早速モンスター討伐とうばつ訓練に向かうわよ」


「はぁ? モンスター討伐訓練?」


 俺は椅子から転げ落ちそうになりながら、大声で叫んでしまった。


「さっきモンスターとは戦わなくていいって言ったじゃないですか! 俺は戦闘スキルなんていらないんですよ!」


「言ったけど、スキルを見極めるためには消去法が一番有効なの。まずはどれだけ戦えるのかを確認するのが私のやり方よ」


「そんな無茶な! もっと平和な訓練しましょうよ! 俺は生活スキルがほしいんですよ!」


「あなたたちにどんなスキルがあるかを判断するのは私って言ったでしょ! 万が一にでも、あなたたちに戦闘スキルがあるかもしれないじゃないの。ほら、早くして!」


 シャルムの無慈悲な言葉に、俺たちは凍り付く。


 適正訓練とか言いながら、やっぱりモンスターと戦わされるんじゃないか!


 果たして俺たちの運命は? 


 俺もできれば宿屋のバイトみたいなジョブで十分なんですけど! 生活スキルを身に着けて、異世界でスローライフさせてくれよ!


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