スネーク殺しの犯人と思われる戦士スカーを追って、俺たちは見張り塔へやってきた。
スカーの目的は、このアレアレアの町の上空に広がる結界を解除すること!
勇者を裏切り、この町にモンスターを送り込もうとしているのだ。
それを食い止めようと決心した俺たちアイソトープ三人だったが、時はすでに遅かったのか?
塔の最上階から誰かが下りてくる。
カツンカツンと階段を踏みしめる足音を聞きながら、俺たちは動けずにいた。
ただただその人物が一階まで下りてくるのを待つことしかできなかったのは、いざ間近に迫る恐怖ゆえだったろう。
なにしろ、下りてくるのはおそらく戦士スカー。
勇者パーティーきっての武闘派で、なぜか勇者を裏切って、スネークを殺し、さらにアレアレアにモンスターを呼び込もうとしているのだ。
俺たち三人でそんな男を止めることができるのだろうか?
振り切ったはずの恐怖がみるみる蘇ってきたのだった。
やはり俺に戦闘なんて無理だったのでは? とさっきの決意がみるみるしぼんでいくようであった。
「……カリンさん、外に出てさっきの見張りの人に、助けを求めてください」
シリウスがそっと小声でカリンに囁く。
その目はずっと頭上の、階段を下りてくる人物からは切らしていない。
「でも……」
カリンはぎゅっと、左腕の黒い腕輪を握っている。
俺はカリンが考えていることを察した。
俺たちの中で攻撃魔法を使えるのは、カリンだけなのだ。
シリウスも訓練している両手剣も持っていないし、万が一戦闘となったときに戦力となるのは自分の【魔法(火)】スキルだけだと、カリンは考えているのだ。
「カリン、行ってくれ。俺たち三人いても、たぶんどうにもならない」
俺はカリンを諭すように言う。諦めでもあるし、事実だった。
カリンは【魔法(火)】スキルを使えるといっても、パンを焼くためのかまどの火をつけるくらいの威力しかない。
下りてくるのが戦士スカーだとして、俺たちが束になってかかってもかなうはずがない。
相手は勇者パーティーの一員で、戦闘スキルの鬼のような男。
しかもその勇者パーティーを裏切り、街の結界を解除してモンスターを襲来させようとしているとしたら、話が通じるわけがない!
「下に下りてくるってことは、結界が解除された可能性があります。さっきの人は解除されるとアラームが鳴るって言ってましたけど、その確認も含めて助けを求めてください」
シリウスが冷静に指示を出す。
「ボジャットさんも言ってただろ? 犯人がシャルムじゃなかったら助けを求めて来いって。今がそのとき……」
と、言いかけた瞬間であった。
――カツゥン……。
突然のことだった。
まだ遥か頭上の階段を下りていると思われた足音が、突然すぐ俺たちの前で静かに鳴り響いた。
塔の最上階を出た人物が、一気に一階に飛び降りてきて、そして今、俺たちの目の前に立っていたのだ。
「おつかれ」
その人物が、顎をくいっと上げて俺たちを見渡しながらそう言った。
シャルム・ヴァイパー。
俺たちの目の前に現れたのは、こんどこそ見間違うことがない。
シャルムだった。
「シャルム! なんで、ここに……?」
俺は必死で、それだけしか口に出せなかった。
聞きたいことは山ほどある。
だが、聞くまでもなく、答えはすぐそこにあった。
シャルムの横に、大きな球体が遅れてすすっと上空から下りてきた。表面は薄い紫色で、中が透けている。これもシャルムの魔法だろうか?
まるで泡のような球体の中に入っているのは、……人間?
「戦士、スカー……」
その球体で小さく膝を抱えるように丸まっている人物に気づいたのは、シリウスだった。
大きな体躯で、スキンヘッドに、鎧姿。背負っていた斧こそないが、その姿は昼間にパレードで見たスカーその人だった。
目は閉じていて、死んでいるかのようにまったく動かない。
今目の前にある光景を目の当たりにして、すべて理解したような、余計こんがらがったような混乱が訪れる。
「めんどくさいことに巻き込まれちゃったわ」
シャルムは心底面倒そうに、髪を耳にかける。
「シャルムさん、犯人はシャルムさんじゃないんですよね?」
カリンがドストレートに聞く。
遠回りした質問をしても、収拾がつかないと判断したのだろう。
突然、見張り塔に現れたシャルムと、動かない戦士スカー。
「犯人? 犯人はこいつよ」
隣で浮かんでいる球体を、ヒールで思い切り蹴飛ばすシャルム。
するとバブルが弾け、中から戦士スカーの体がどさりと地面に落ちた。
「え、え?」
まったく動かないスカーの体が、みるみるうちに灰色に変色していくのだ。
いや、色だけではない。肌にツルツルした光沢が現れていき、やがて真っ黒な鏡のような姿に変貌したのだ。まるで黒い全身タイツを着ているような、そんな姿である。
その肌に俺たちやシャルムの姿が映りこみ、鏡のように光った。
「戦士スカーに化けたモンスターよ。魔王の部下のマネキって名乗ってたかしら? もう忘れちゃったけど」
シャルムは腰に手をやって、地面で動かないマネキというモンスターを踏みつけた。
その姿はまさに女王様であり、間違いなく俺たちの異世界ハローワークの所長であった。
「じゃあ、スネークさんを殺したのも?」
「そうよ。私が着いたころには遅かったわ。ほんと、こんなクソみたいなモンスターにやられるなんて、あの爺さんも年を取ったわね」
そう言うシャルムの目に、悲しみの色が映った。
言葉は強くても、師匠の死を悲しまないわけがないのだ。それに、幼いころ自分を養ってくれた親同前の存在だった。
「ボジャットを呼んで。すべて片を付けるわ」
シャルムが指示すると、シリウスが外に走っていった。
「よかった……」
緊張の糸が解けたのか、カリンがその場にへたりこむ。
俺はどうしていいのか分からず、まだ頭の中が混乱したままで、じっとシャルムを見つめていた。
「何よ? 私のこと疑ってたって目ね?」
シャルムに心を読まれて、俺は頭を左右にぶんぶんと振る。
「私もあんなところにあなたがいるとは思わなかったのよ。ちょうど勇者のパレードが始まった時間だったし」
カフェ・アレアレで俺に目撃されたことを言っているのだろう。
やはりあれは見間違いじゃなかったんだ。
「でも、なんで……?」
まだ何も理解できない。
スネークさんを殺したのはシャルムじゃなくてこのモンスターだったとして、なぜシャルムがここに?
「ボジャットが来てからすべて話すわ。あなたたち身内だけに話しても、意味ないでしょ?」
シャルムが片手を上げて、もう一度マネキの体を強く踏みつけた。
俺は身内と言ってもらえて、なんだか心のどこかがほっとした。
午後9時23分 南東見張り塔内部。
「シャルム……」
アレアレア護衛団団長ボジャットは10人ほどの護衛団を引き連れて見張り塔に入ってきた。
その顔は、まだシャルムを犯人と決めつけているような険しいものだった。さっきとは違って腰に剣を携え装備も万端である。
「ボジャット。大層な準備だこと。アレアレアの救世主に、剣を向けるってワケ?」
反射的に腰の剣に手を置いたボジャットに、丸腰のシャルムが牽制した。
「救世主だと? ……聞かせてもらおうか。何が起きた?」
すでに塔の入り口は護衛団によって守られている。
俺たち含め、シャルムを逃げさせないような措置である。
護衛団を呼びに行ったシリウスは、こちら側に移動してきている。
「その前に、こいつ。あなたたちは戦士スカーに化けたモンスターを堂々と町の中に入れたことには気づいてたの?」
さっきまで踏みつけていたモンスターの顔を蹴っ飛ばすシャルム。
まるで鉄の塊を蹴飛ばしたような甲高い音が鳴った。
「そ、そいつが。戦士スカーだと?」
ボジャットが目を細め、シャルムの足元に転がる鏡のようなモンスターに目をやる。
「そうよ。もう死んでるけど。これは事前に食い止められた悲劇よ。アレアレア護衛団の軽率なミスが、こんな事態を引き起こしたのよ」
「それはどういう……」
シャルムの目が、厳しいものに変わった。
「スネークが殺されることはなかったってコト。あなた、知ってたの? 知ってるわけないわよね。スネークのコト」
シャルムが呆れるように、鼻で笑う。
「スネーク氏がどうしたというんだ? スネーク氏の殺害は我々に責任があるというのか?」
「……なにも 知らないわよね? あのジジイ、スネークはもう魔法を使えない体になってたのよ」
「え……?」
ボジャット含め、この塔にいる全員が息を呑んだ。
スネークが魔法を使えないだって?
あの大魔法使いが……?
「バカな? じゃあ、今もこの町に張られている結界は?」
ボジャットは自然と上を向いた。
「この結界を張っているのは、私よ」
大魔法使いスネーク唯一の弟子である、シャルムは腰に手をやりながら言い切った。
今ここにいるのは、かつて紫の蛇と呼ばれたシャルム・ヴァイパーあった。
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