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ハマカズシ
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姉と妹

公開日時: 2021年3月17日(水) 18:00
更新日時: 2021年12月22日(水) 12:10
文字数:3,778

「ホイップが、姉だって?」


 ペリクルから衝撃の告白を聞き、俺はのけぞった。


 俺が暮らしていたハローワークで雑用をしていた妖精ホイップ。あのホイップが、ペリクルのお姉さんだって?


「ちょっと待てよ? 妖精に姉とか妹とかってあるのか? いや、全員シャクティから生まれてきたという設定なんで、全員が姉妹であってもおかしくないが……。でもその実は別の世界から転生してきたんだし、血のつながりという点では……」


 俺は妖精の血縁関係について、頭がこんがらがってきた。


 もちろん、シャクティと妖精たちは血がつながっているわけではない。人間的なつながりで考えてはいけない。


「もちろん、実の姉妹なんかじゃないわよ。この森で私を育ててくれたのがホイップなの。姉さん代わりの存在」


「あ、そういうことか」


 なるほどと一応の納得はするが、まさかのホイップとペリクルの関係である。


 確かに妖精として転生してくればこの森に集まるわけだから、ダジュームで生きる妖精が顔見知りであってもおかしくない。


 しかし世界は狭いものである。


「姉さんはどこにいるの? まさか、ラの国のあのハローワークに?」


「そうだよ。お前もジェイドのスキルで監視してたんじゃないのか? 気が付かなかったのか?」


「ジェイド様の『第三の目』は建物の中までは入っていなかったから……。あそこに姉さんがいるの? 今も? なんでそんなとこに?」


 育ててくれた姉の居場所が分かって急いているのか、俺の襟元を掴んでぶんぶんと揺さぶってくる。


「いや、俺も知らないよ。まさか妖精がそういう立場だって知らなかったし、ホイップも森から抜けてきただなんて思ってもみなかったから」


 俺にとってはハローワークの雑用係で、俺には厳しい妖精だった。それだけだ。


「姉さん……。もっと早く気づいていれば……」


 ペリクルがぽとんと俺の膝の上に落ち、沈痛な声を上げる。


「ペリクル、お前、ずっとホイップを探してたのか? もしかしてこの森を出た理由って?」


 それはこの前からずっと謎だったことだ。アオイにすら、森を出た理由を明かしていなかった。


「そうよ。姉さんを探すためよ」


  

「妖精として転生してきて……、もちろん過去の記憶なんてないし、ここがどこかも分からない。あなたたちアイソトープと違って、私たち妖精は最初は本当に赤子のようなものなの。転生してきたばかりは言葉だって喋れない子もいる」


 夜のとばりの中、俺は正座してペリクルの話を聞いていた。


 それは今まで口にしなかった、森を出た理由、姉・ホイップへの思い、そして魔王軍に入ったいきさつだった。


「ケンタが言ったように、妖精たちに血のつながりはない。どこか別の世界から転生してきたって言われて、最初はどうとらえればいいかもわからなかった。あなたもそうだったでしょ?」


「ああ。でも俺たちは、元の世界の記憶があったから……」


 記憶はもちろん、アイソトープは姿かたちも同じだった。


「そうね。だけど私たちは、自分が何者か分からなかった。妖精に生まれ変わったと言われて、それが自分のことだと理解するには時間がかかる。だから転生してきた妖精には、一人の世話係が就くのがこの森の習わしなの。そんな私を世話してくれたのが、ホイップ」


 ペリクルはホイップの顔を思い出すように、真っ暗な空を見上げた。


「血がつながっていないからかしら、余計その世話係のことに愛着がわくのよね」


 パタパタと軽く羽を揺らし、髪をかき上げるペリクル。


 そのときのことを懐かしんでいるのだろうか。さっきほろりと流れた頬の涙の跡は、もう消えている。


「ホイップにはいろんなことを教えてもらった。ダジュームのこと、妖精のこと、語り部としての役割、すべてのことを。私もなんとか妖精の森で、妖精として生きていく覚悟ができたの。ホイップのおかげで」


 あのホイップが、というのが俺の率直な感想だった。


 だけどいつもカリンには料理を教えたりして、お姉さん的な役割は堂に入っていた。あれはペリクルの世話係としての経験が生きていたのだろう。


「やがて私も独り立ちして、妖精の森で暮らしていた。あそこの集落で、ホイップやほかの妖精たちと一緒にね。知ってると思うけど、私たち妖精の寿命は永遠といって過言ではない。殺されなきゃ、生き続ける」


 俺は黙って頷く。


 生きて歴史を語り継ぐことが、妖精の役目だからだ。


「何十年、何百年と生きていく中で、私は疑問が浮かんできた。シャクティ様の泉で、ダジュームのことは大体見ることができた。そうやって妖精は歴史を記憶にとどめていくの。ずっとここでそうやって生きていく。それでいいのかって」


「それで、森を出たいって、思ったのか?」


「いえ、その時はそんなこと考えもしなかったわ。森の外は、憎しみにあふれ、わざわざそんなところへ行くなんてね。でも……」


 ここでペリクルは一旦、言葉を切った。


「でもね。泉の映像だけを見てすべてを理解しているつもりの妖精たちがいっぱいいて。本当にそれでいいのか、ただの傍観者として、ダジュームに関わることなく歴史を語る存在、それだけでいいのかっていう疑問がわいた」


 俺はペリクルの言うことがなんとなくわかる。


 たとえばテレビで戦争の映像を見て、すべてが分かったような気になるようなものだ。まるで自分が兵士になったような気分になる。


 だが決して、それは自分の経験ではない。


「……なるほどな。妖精としての存在意義、か?」


「そうかもね。それでホイップに聞いたの。本当は私たちも森の外に出て、実際の歴史をこの目で見るべきなんじゃないかって。なんだかこんな楽をして歴史を語り継ぐだけなら、妖精じゃなくてもいいんじゃないかって」


 それは育ててくれた姉に対する素朴な疑問だったのかもしれない。


「で、ホイップはなんて?」


「答えはなかったわ。そりゃそうよ。これが何百年も続いてきた妖精の習慣であり役目なんだから。新入りの妖精の空気を読まない質問に、答えなんてあるわけないもの」


「そうか……」


 確かに、答えようがない。


 ホイップもそう思っていたとして、肯定も否定もできないだろう。


「その翌日、ホイップが森からいなくなった」


「なんだって?」


 急展開に、俺は話についていけなくなる。


「シャクティ様に頼んで、森から出て行ってしまったらしい。理由は、きっと私がつまらない質問をしたせいよ」


 頬に手を当て、眉を下げるペリクル。


「そんなの、わからないだろ?」


「いえ。ホイップは、私のせいで、森を出ていった。私の質問に答えられなくて、自分の目で確かめに行ったのよ。本当の歴史ってやつを」


「そんな……」


 俺は否定できなかった。


 妖精の在り方について、自分が世話をしてきたペリクルに問われた。


 そしてその質問に対し、適切な答えを出せなかったペリクルは責任を感じた。


 妖精ってなんのためにいるんだろう?


 すべて憶測だが、ホイップがそう考えてしまったのなら、森を出る理由にはなる。


「それでお前も、ホイップを探すために森を出たのか?」


「森を出る決意ができるまで、何年もかかったけどね」


 妖精と俺たちの時間の概念はまったく違う。


 ペリクルにとっての、ホイップを探すと決めるまでの数年間のことを考えると、胸が痛くなる。


「でも簡単には見つからなかった。世界中を探し回ったわ。森を出るとどれだけ危険か、そのことが初めて分かった。永遠の寿命があると分かっていても、妖精は森を出るとすぐ隣に死が潜んでいることを実感させられた」


 永遠の寿命があるといっても、それは不死ではない。


「あるとき、私はモンスターに襲われてね。そのとき助けてくれたのが、ジェイド様よ」


「それで、ジェイドのもとへ?」


「そういうこと。私一人でホイップを探すにも限界があった。魔王軍に行けば、情報収集能力もけた違い。魔王軍を利用して、ホイップを探そうと思った」


 それがペリクルが魔王軍に入るいきさつだった。


 妖精にとって、たった一人で森の外の世界で生きるには難しいのだろう。


 それはきっとホイップも同じだったのだろうか? だからあいつもハローワークで働いていたのか?


 魔法も使えて空も飛べる妖精も、外の世界ではアイソトープのように生きづらいということだ。


 だが、帰る場所があるという意味では、アイソトープより幸せだよな。


 帰る場所、か――。


「ペリクル。この森を出よう」


 俺はペリクルに、まっすぐ向かい合って言う。


「何言ってんの? 出るわけな……」


「ホイップに会いに行こう」


「な、何言ってんのよ? そんなことできるわけないでしょ!」


「ここで待っていても、何も起きないよ。俺も、お前も。待ってるだけでダジュームに平和は来ないし、ホイップも見つからない。自分の道は自分で歩いて見つけるべきだろ?」


 地面に両手をついて、土下座スタイルで小さな妖精に訴える。


「これ以上、ダジュームに憎しみの連鎖が起きるのを見ているわけにはいかないよ。ここまで逃がしてくれたお前には感謝してるけど、ここからは俺が決める。自分の道を」


 魔王側の目的はほぼ分かった。


 あとは勇者が何を考えているか確かめなくてはいけない。


 そのためには、勇者クロスと、そしてシリウスに会う必要がある。


 勇者たちが俺の助けになるのか、それとも――。


 そして、俺にも帰る場所はある。


 異世界ハローワーク。


 シャルムなら、この状況を俺のスキルで平和に導くすべを知っているかもしれないとふと考えたんだ。

 


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