シャルムに配達を頼まれた荷物を持って、俺はスネークの家に入る。
家の中は殺風景で、家具や荷物はほとんどない。外観に比べるとずいぶんと小奇麗で、どこか安心する。
「こっちじゃ!」
またも声のする方を目指すと、大きなリビングに出た。
「スネークさんですか?」
部屋の中央のソファに座る男性を見て、俺は確信した。
その老人は白いひげをたくわえ、服装はダボっとしたローブを纏い、ソファの横には木の杖が立てかけられている。
見たまんま、俺がイメージする魔法使いそのものだったのだ! なんてステレオタイプな魔法使いなんでしょう!
異世界に来たからにはこういうのを期待してたんですよ、僕は!
「そうじゃが、誰じゃ、お前さんは?」
喋り方もかなり年季の入った魔法使いそのものである。
俺はちょっと嬉しくなる。
スネークさんは白いひげから覗く口元を歪めさせながら、俺のことをじっと訝しそうに見つめてくる。
その目つきには数多くの修羅場を切り抜けてきたかのような鋭さが見えた。
なるほど、これはかなりの魔法の使い手に違いない……!
「あの、ハローワークのシャルムからお届け物なんですが……」
ファンタジーっぽさに感動している場合ではないことに気づき、俺はリュックから布に包まれた荷物を取り出す。
「おお、シャルムからか。早かったな。まあ、入りな」
どうやら話は通っているようだ。
ソファに腰掛けたまま手を伸ばしてくるスネークに、その荷物を手渡す。
動かないが、その所作にはどこか威風が込められているように見える。これが大魔法使いと呼ばれる覇気なのか!
「まあ休んでいきなさい。ほれ」
向かいのソファを進められ、俺は再び緊張しながら、言われるがまま腰を下ろす。。
「足が悪くての、座ったままですまんな。年を取ると、これだからいかんわ」
リビング、というには何もない部屋で俺は大魔法使いと二人きりになる。
「シャルムはいつも仕事が早いのう。これが間に合ってよかったわい」
スネークは荷物が届いたことが嬉しいのか、目を細めている。
「よかったです。間に合って」
俺も荷物が何かは知らないが、こうやって自分の仕事によって誰かが喜んでくれるのを見ると温かい気持ちになる。
このダジュームに来て一か月ほど経つが、この異世界の住人は本当に気が優しい。
これは魔王城から遠く離れていて戦禍を免れているラの国特有の雰囲気かもしれないが、田舎独特の牧歌的な空気がこのアレアレアの町には感じられた。
アイソトープの俺のことを「裸のあんちゃん」呼びするのも、その親しさの一環であろう。
モンスターを呼び寄せかねないアイソトープの存在も、優しく受け入れてくれるのはありがたい。
「お前さん、名前は?」
「ケンタです」
「シャルムは元気にやっとるんか」
まるで祖父と話をするような感覚で、スネークと会話をする。
どうやらシャルムとは昔からの知り合いみたいだ。
「ええ、まあ。元気というか人使いが荒いというか……」
俺は少しやつれたソファに腰を掛け、答えに戸惑う。
悪口を言ってシャルムに知られたら、夕食のおかずが減らされかねない。
「あいつは昔から、わしにも厳しいからの」
スネークは「ふぉふぉふぉ」と笑う。
その言葉が冗談ではないだろうと、俺は確信する。あの人の厳しさは俺が一番知っている。
「そういえばスネークさんは魔法使いなんですよね? さっき町の人に聞いたんですけど」
「わしのことも知らずに来たのか、お前さんは?」
「いやあ、まだダジュームに来たばかりなんで。すいません」
呆れ顔のスネークを見て、俺はつい頭を掻く。
「まあいいわい。アイソトープに期待したわしがバカじゃったわ。ふん」
「拗ねないでくださいよ。だってシャルムは何も教えてくれないんですから。スキルの訓練と言いながら、俺なんて毎日薪拾いと雑用ばっかりなんですよ?」
俺は一体いつになったらスキルを身につけてジョブに就くことができるのだろうか?
これまで受けた訓練といえば、薪拾いと宅配くらいである。
このまま一生ダジュームでシャルムの雑用として生きていかねばならない可能性も考えてしまう。
「まあ辛抱せい。そうやってひとつひとつ、覚えていくもんじゃ。アイソトープの」
スネークもこの調子である。
まあ俺も戦闘訓練を受けさせられるよりはいいんですけどね。
「ところで、スネークさんはシャルムとどういったご関係で?」
直截的に尋ねるのはどうかと思ったが、ここまで関係を匂わされては聞かざるを得ない。
年齢のことを考えると、恋愛関係にあった可能性はなさそうだ。
いや、意外とシャルムの趣味ならばありえるのか? 散々男に騙されてきたからあんなにドSになってしまったとも考えられる。
「なんじゃ、それも聞いておらんのか? お前さんはシャルムのとこのアイソトープじゃろ?」
「だから、何も話してくれないんですよ! 今日もそれをここに届けろって言われただけですから。ひどくないですか、あの人?」
布に包まれたその荷物も、中身は一切知らされていない。
非合法なブツの可能性もあり、俺は善意の第三者として知らないほうがいいとさえ思っている。異世界で違法な運び屋になんかなりたくないからな!
「おぬし、嫌われとるんじゃないのか?」
「そんな悲しいこと言わないでくださいよ! 俺だって必死で訓練を受けてるんですから!」
それは俺も薄々感じてるんだよ!
シリウスやカリンと違って、俺だけに当たりが強いんだから!
「シャルムとわしは、ひとことでは表せん関係じゃからな。あいつからは言いにくかったのかものう……」
何かを匂わせるスネーク。そのときの目が、どこか優しく見えた。
「まさか……、愛人関係とか?」
「そんなわけないじゃろうが。今の若いもんはすぐそういう色恋にからめようとするんじゃな」
「ああ、よかったです……」
きっぱりと否定してもらえてよかった。もし二人がそんな関係だったら、帰ってからシャルムの顔が見れないよ!
「あいつはわしの弟子じゃ。シャルムに魔法を教えたのは、このわしじゃ」
「え、そうなんですか?」
スネークは懐かしむように、窓の外に視線を投げる。
そういえば俺はシャルムのことは何も知らないのだ。分かっているのはドSであることと異世界ハローワークの所長という肩書くらいだ。
シャルム本人も自分のことは語りたがらないのだ。
「やっぱりシャルムって魔法使いだったのか……」
そういえばシャルムが出張するときは馬車を使わず、ワープの魔法を使って移動しているらしい。実際に魔法を使っているところは見たことはないが。
まあ見た目は魔女っぽいので魔法くらい使えて当たり前なのだろうが、そんなことを言ったらきっと釜茹でにされるに違いない。
「本当に何も知らんのじゃな? やっぱりお前さん、嫌われとるんじゃないのか?」
「もう否定はしません……」
俺は遠くを見つめめる。
「まあわしには到底及ばんが、シャルムもそこそこの腕前じゃないかの? 少なくとも今のアレアレアにはあいつ以上の魔法を使える奴はおらんじゃろうて」
弟子を褒めるスネークはどこか誇らしげに、顎の髭を撫でている。
「すごいじゃないですか! やっぱり逆らわないでおこう……」
帰りになんかお土産でも買って帰ろ。
魔法でお仕置きなんかされた日にゃ、やってられんからな。
「あいつが女手一つでハローワークをやっているのも、その実力あってのものじゃ。あそこはこの町みたいに壁で守られてはおらんし、モンスターも自分で対処せなばならんしの。ダジュームでは戦闘スキルなくしてはやってはいけんことは、さすがにお前さんでも分かっとるじゃろ」
「そりゃあもう。毎日モンスターの影にビビってますよ、俺は」
裏山に薪拾いに行きながら、いつだってキラーグリズリーの恐怖に身を晒している。
もちろん戦うつもりはなく、危機管理と逃げ足だけでダジュームを生き抜いているのだ。俺は戦闘スキルなんて身につけるつもりはないんだから。
「ハローワークもこの町の中に建てる案もあったんじゃが、住人の反対であんな僻地に追いやられとる。シャルムも文句も言わずよくやっとるよ」
「反対されたのって、俺たちがいるからですよね……」
そう、俺たちアイソトープの臭いはモンスターを寄せ付けてしまう特性があるのだ。
アイソトープを何人も抱えるハローワークが町の中にあると、自然とモンスターの標的になりかねない。
「修行するなら、あれくらい僻地のほうが気合も入るじゃろ」
「ただの隔離施設ですからね、あそこは」
こうやってスネークと話をしていると、あのドSのシャルムの師匠とは思えない柔らかさである。
こんな師匠になら、魔法を教わってもいいのかなとちょっとだけ思う俺であった。
……いや、やっぱ魔法はないわ!
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