「妖精だけじゃないって、どういうことですか? アイソトープが子どもって?」
妖精の森の中にある大きな泉の広場。
泉の真ん中に立つ大樹。
その大樹から上半身が生えてきたシャクティと名乗る、始まりの妖精。
彼女はこのダジュームに住む妖精を生んだのだという。
そして。
「俺たちアイソトープも、あなたから生まれたってことなんですか?」
俺は身を乗り出すように、大樹と一体化しているシャクティに問う。
この異世界ダジュームに転生してきた俺たちのことは、アイソトープと呼ばれていた。
何のスキルもなく、一人では生きていけないか弱い存在として、俺たちは第二の人生を送ることを余儀なくされていたのだ。
シャルム曰く、俺たちは元の世界で死んだことにより、このダジュームに転生されてきたらしいのだが、その詳しい原因は誰も知らなかった。
だが、このシャクティはアイソトープについて、何かを知っている!
「生まれたってことは、俺たちはあなたによってこのダジュームに呼ばれたってことなんですか?」
俺の問いかけに、シャクティは反応しない。
このシャクティが俺たちをこのダジュームに呼び寄せたのだとしたら、いったいなんのために?
いや、それよりも、それが本当ならば元の世界に帰るすべも知っているのではないか?
俺の想像は先走りする。
「ちょっと、ケンタ。シャクティ様に失礼でしょ!」
俺とシャクティをちらちらと交互に見ながら、ペリクルが不安そうな声を出す。
態度の大きいペリクルも、ここではおとなしい。
だが俺はひっこむつもりはない。なんてったって、俺が転生してきた理由が明らかになる瀬戸際なのだ。
なぜ俺が転生する羽目になったのか、その理由をこのシャクティが握っている。
相変わらずシャクティは目を閉じたまま動かないが、俺はじっとその瞳を見つめる。
『……では、話しましょうか』
俺の熱意に負けたわけではなかろうが、シャクティは答える。
「やっぱりアイソトープは……」
「黙ってシャクティ様の話を聞きなさいよ! バカ!」
焦る俺の頬をぱちんと叩いてくるペリクル。
それで俺もようやく正気に戻って、ひとつ深呼吸をする。
「す、すいません」
『よいのです。あなた自身のことを知ろうとすることは、悪いことではありません』
木から生えているシャクティは口を動かすこともなく、その声を俺の頭の中に届けてくる。
はやる気持ちを抑えながら、俺は直立する。
今、俺の胸には期待と不安が入り混じっていた。
さっきからシャクティやペリクルは俺の質問に対して否定はしていないのだ。やはり、アイソトープが転生してくる原因にシャクティが関わっていると見て間違いがないのだ。
しかし同時に真実を聞き届けることに不安もある。
シャクティによってこのダジュームに呼ばれたのだとして、俺はどうすればいいのだろうか? 果たして元の世界に帰る方法はあるのだろうか?
そして再びよぎる疑問。
――俺は元の世界に帰りたいのだろうか?
『順を追って説明しましょうか。あなたはまだダジュームのことを知らなすぎる』
俺の心の迷いに関係なく、シャクティは語りだした。
もう聞かないという選択肢は奪われた。
俺は俺の存在、真実を受け止めなければならない。
『先ほどペリクルが言っていたように、私がこのダジュームの妖精を生んだのは本当よ。いえ、生んだと言ってしまうと、あなたに誤解を与えるかもしれませんね。妖精は人間とは違うのですから』
相変わらずシャクティの声は俺の頭に直接語り掛けられる。
目の前の木から生えているシャクティから発せられているようには思えなかった。
『妖精とは、さまよえる魂が形になったものなの。魂を具現化させたのが私。そのことを妖精たちは、生まれると表現している』
「魂を、具現化?」
『肉体が滅んでさまよう魂に器を与えるの。それが妖精たち』
表現が抽象的で、すんなりと理解できないでいる。
俺の肩に座っているペリクルを見ると、目が合ってしまう。
「私たちも一度死んでるってことよ。死んだ肉体から離れた魂を、シャクティ様によって妖精として生まれ変わらせてもらったの」
「それって……、アイソトープと同じ?」
俺たちアイソトープは元の世界で死んで、その魂だけがこのダジュームに転生してきたのだ。
妖精はシャクティによって生まれ変わったとすると、やはり俺たちも?
『同じ……、といえば同じなのかもしれませんが……』
ここでシャクティの口調に迷いが見えた。
「成功したか、失敗したかの違いよ」
言葉が詰まったシャクティに変わり、ペリクルが言い切った。
その横顔は、どこか悲しそうな表情になる。
「成功? どっちが……」
妖精とアイソトープ。
どちらかが成功で、どちらかが失敗?
考えるまでもなかった。
「成功したのが、妖精よ」
ペリクルは予想通りの答えをつぶやいた。
俺に対して申し訳ないような、そんな湿った声で。
「じゃあ、ペリクルや、他の妖精も別の世界で死んで、それで魂だけこのダジュームに転生してきたっていうのか? それで、妖精になったってわけか?」
「そうよ」
ペリクルがぶっきらぼうに答える。
『このダジュームに平行世界はいくつもあるの。あなたがいた世界も、そのうちのひとつよ』
「別の世界で死んでしまった人の魂をあなたがダジュームに引き寄せて、妖精にしているのか?」
『簡単に言えば、そうね』
「で、妖精になれなかった失敗作が……、アイソトープだって?」
この確信をつく質問に、シャクティは答えなかった。
俺はさっき、妖精の森に来て出会った妖精アオイに言われた言葉を思い出した。
――できそこない。
アオイが俺に向かって言った「できそこない」とは、そういう意味だったのか?
妖精になれなかったできそこないが、俺たちアイソトープ?
妖精になれなかったから、俺たちは元の世界と同じ姿で、こうやって生まれ変わった?
「ちょっと待ってくれよ、なんで、そんな?」
衝撃の事実を突きつけられ、どう反応すればいいのかわからない。
予想していた通り、俺がダジュームに転生してきたのはこのシャクティが関わっていたようだ。
だがそれ以上に突きつけられた真実が、俺を混乱させる。
俺たちは妖精になれなかったできそこないだと言う。
「ケンタ。失敗って言葉だけを先読みしないで冷静になりなさいよ。どっちにしろあなたも私も元の世界で死んだのは確かなのよ。姿は違えど、シャクティ様のおかげでこのダジュームでの第二の人生を送っていることに変わりはないの」
「誰が転生させてくれって頼んだんだよ! 俺は妖精なんかにもなりたくなかったし、そもそもダジュームになんか来たくもなかったんだよ!」
「妖精なんかって、ずいぶんな言い方ね!」
「できそこないって言われるよりましだろうが!」
俺の肩からぴょんと飛びのいたペリクルが、挑発的な目で威嚇してくる。
「あなたには記憶があるんでしょ? だったらいいじゃない!」
「記憶? 元の世界のか?」
口をとがらせたペリクルが、黙って頷く。
確かに俺は転生してくる前の、元の世界の記憶は残っている。それはシリウスやカリンも同じだった。
あの二人は死ぬ直前の記憶まで残っていて、その過去に悩まされていたのだ。
あいにく俺にはその死んだ瞬間の記憶はないのだが。
「お前には、死ぬ前の記憶がないのか?」
「そうよ。記憶どころか、元の世界では男か女か、それとも人間だったのかどうかも分からない。気が付けばここで妖精になっていたのよ」
唇を噛むペリクルは、悔しそうに顔をそむけた。
『妖精に転生するということは、そういうことなのです。前世の記憶をすべて無くし、ダジュームの記憶を永遠に語り継ぐ運命を与えられるのです』
俺とペリクルの会話が一通り終えるのを待って、シャクティが入ってくる。
「……で、妖精になれなかった魂は、過去の記憶を引きずってアイソトープとして生きていくってわけか。できそこないとして、俺みたいに?」
『私にとっては、どちらも大事な子どもたちです』
俺は舌打ちをしそうになって、思いとどまった。
子どもたち、だって? よくそんなこと言える……。
目の前にいる母を装うシャクティに、俺は不信感を抱く。
俺がこのダジュームに転生してきたのは、間違いなくこのシャクティが原因なのだ。
俺は妖精にされるためにこの異世界に魂だけ転生させられ、そして失敗してアイソトープになったのだ。このシャクティによって。
「そんな……」
絶望することなのだろうが、そう捉えるべきか分からない。
ショックなのはショックだが、第二の人生を送っているのは事実なわけで。
それに元の記憶や体がない妖精と比べてしまう。
妖精とアイソトープ。
どちらが幸せなのだろうかと、ふと考えてしまう。
すべてをなくし、妖精として転生する妖精。
アイソトープは記憶も姿かたちもそのままで、いわば転移といったほうが適切だった。
この二つの存在が、実は同じだったとは……。
「ダジュームの記憶を語り継ぐためだけに、あなたはそんなことをやって妖精を作っているんですか?」
作っている、という言葉を選んだのは俺なりの皮肉のつもりだった。
しかしペリクルの肩が一瞬震えたのを見て、後悔してしまう。
俺だけじゃない。ペリクルも転生してきて不安なのは同じだ。
それに妖精は永遠の命を持たされて、アイソトープよりもはっきりとしたカルマを背負わされている。
ペリクルだって転生を望んでいなかったし、被害者ともいえる。
『妖精の寿命は永遠ではありますが、殺されてしまうことはあります。そうすると、また新たな妖精を生む必要があります』
淡々と語るシャクティ。
おもちゃでも作るよう冷酷に聞こえるのは、シャクティの顔に表情がないからだろうか。
「……まるで神だな」
「ケンタ!」
俺の皮肉が行き過ぎたのか、ペリクルが厳しい声で咎める。
「妖精を作って、失敗した俺たちはどうなるんだよ? ただのできそこないとしてそのへんで野垂れ死ねばいいってか?」
俺の怒りは自然とシャクティに向けられる。
『アイソトープはできそこないなんかではありません。運命は妖精と二分されましたが、アイソトープはその可能性を私に教えてくれました』
「なにが可能性だよ。そんなこと、俺たちを転生させる理由にはならないだろ。誰もアイソトープなんて望んでいないじゃないか、この世界で!」
『そんなことはありません。アイソトープは、希望となりえます』
「どういうことだよ?」
『かつてダジュームを救ったのは、一人のアイソトープでした』
シャクティがにおわせたその人物。
「救世主、ウハネ?」
『そうです。彼もまた、私の子どもの一人』
「それって、ただの結果論ですよね? あなたは妖精に転生させようとして、失敗したうちの一人でしょう、ウハネも」
『たとえそれが結果論だとして、私は失敗だとは思っていません。ウハネはこの世界を救ってくれました。アイソトープが世界の憎しみを絶つことができると、ウハネがそれを示してくれたのです。そして、あなたが現れた』
「……どういう意味だ?」
おそらくシャクティは俺の【蘇生】スキルのことを言っているのだろう。
アイソトープが時折覚醒するという話は、俺も聞いている。
ただ、俺に救世主とうたわれるウハネと同じことを期待されても、荷が重すぎる。
第一、俺は戦いたくはない。絶対に。
『今現在、ダジュームは憎しみの連鎖が起こっています。まもなく勇者と魔王軍はぶつかることになるでしょう。この戦乱の危機を救えるのは、あなたかもしれない』
「勝手なこと言わないでください……」
『魔王がいる限り、このダジュームに平和は訪れません。魔王軍のモンスターの被害にあうのは、妖精たちも同じこと。私はそれを止めることもできず、ここから動くことはできません。今は勇者がその役目を担っていますが、無謀な戦闘が繰り広げられるのは避けねばなりません。だけど、アイソトープなら、あなたならできるはずです』
「……何を言ってるんですか」
『ケンタ。あなたなら勇者と魔王を止められる。このダジュームを平和に導くことができる。その力が、あなたにはあるのです』
「適当なことを言わないでください! アイソトープなら俺以外にもいっぱいいるじゃないですか! 俺は、ここに逃げてきたんですよ? 魔王と勇者から狙われて、殺されるのがいやだから逃げてきた臆病者なんですよ! 何の力が……」
『自分の力を信じなさい。【蘇生】が使えるということは、あなたは選ばれたアイソトープなのです。この時代を救うために現れた理由なのです。もうこの世界は勇者の手には負えません。憎しみで戦う者には憎しみは絶てません。戦いだけが、平和を導くわけではないのです。あなたが、止めるのです』
「俺にそんな……。あなたは勝手だよ……」
俺は言葉を飲み込む。戦い以外で、俺が世界の平和を導くだって?
ついさっきまで、俺は何のスキルもない役立たずのアイソトープとして生きてきた。
だが、アイソトープという存在の真実を知らされ、さらに俺には力があって、魔王と戦えだなんて言われて受け入れられるわけがない。
こんなことなら、俺は役立たずのできそこないでよかった。
『私はただダジュームの安寧を願っているだけです。ケンタ。あなたがこの憎しみの連鎖を断ち切るのです。そのために、あなたはここに来た』
シャクティはそれを最後に、木の中に再び引き込んでしまった。
泉には滝が落ちてくる水しぶきの音と、俺の行き場のない気持ちだけがさまよっていた。
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