夕方になり、スマイルさんの馬車で帰ってきたカリンとシリウスはひどく落ち込むケンタを見て何事かと驚くのであった。
だが【蘇生】スキルのことはこの二人にも内緒にしておくべきだとシャルムからは忠告されていた。これ以上、情報は広げるべきではないと、ケンタもそれは了承した。
家族同然の二人に秘密を作るのは心苦しかったが、心配をさせたくはないし、巻き込むことはもっとしたくなかった。
「どうせキラーグリズリーのいびきにでもびっくりして、腰でも抜かしたんじゃないんですか?」
とは、ホイップのいつもの軽口である。
当たらずとも遠からずの予想に、ケンタは苦笑しかできなかった。
「ところで、みんなでどこ行ってたんだよ?」
少しは落ち着いたケンタであったが、まだ声が少し上ずってしまう。
あれから、シャルムは事務所に結界を張り直し、今はシャワーを浴びている。ケンタはその間部屋中を消毒させられていたのだ。お香も炊いたので、今はエキゾチックな香りがリビングを満たしてくれている。
「アレアレアで、ちょっと……」
気まずそうに、カリンがちらっとシリウスに助けを求める。
「え、ええ。そうなんです……」
シリウスも後ろめたさを隠しきれていないのか、言葉を濁す。
「カフェ・アレアレでランチをしに行ってたんですよ! 美味しかったですよ!」
二人の気遣いを無にするように、ホイップがストレートにばらしてしまった。妖精の辞書に忖度という文字はないのだろう。
「そうか、ランチか……」
ケンタが肩を落としたのは、さっきモンスターに狙われた余韻を引きずっているからであるが、カリンとシリウスはそれを見てケンタが仲間外れにされてへこんでしまったと勘違いしてしまったようだ。
「ごめん、ケンタくん! これ、アレアレサンド。お土産だよ!」
「今度は一緒に行きましょう! あ、疲れてますよね! 肩を揉みます」
カリンがバッグからお土産を取り出し、シリウスがケンタの肩をマッサージし始めた。
ケンタは仲間外れにされたことよりも、もっと重大な悩みでへこんでいるので、そんなことはもう気にする余裕もない。
「食事の途中でシャルムさんがいきなり帰っちゃったから、僕たちもすぐに帰ってきたんですよ」
首筋から肩にかけて念入りに揉みほぐしながら、シリウスが言う。
「そうなのよ。シャルムさん、何かあったのかしら?」
カリンも心配そうに首をかしげる。
何かあったのはケンタのほうだが、シャルムはこの事務所の結界が破られたことに気が付いて、急いで一人でワープで帰ってきたらしいのだ。
先日のアレアレアの町の件があって、シャルムは結界が消えてしまった時のことを考えて、あたらしい魔法をかけていたらしい。
その事前の備えがあったからこそ、ケンタはジェイドに連れ去られずに済んだのだ。
ケンタは本当にシャルムの準備に感謝したし、どこか最近慢心して油断している自分の気を引き締めることとなった。
「さあ、どうしたんだろうな?」
ケンタもこの件についても、もちろんとぼける。
不自然だとは思ったが、何も言えることがないのだ。
「……そう。あ、そういえば、私ガイドを目指すことにしたの!」
いきなり話題をまるっきり変えてくるカリン。
「ガイド?」
ケンタも今日のことをこれ以上追及されると喋りそうになるので、この話題転換はありがたかった。ほかのことを考えていないと、いつまでも頭の中でジェイドのことが気になってしまう。
「アレアレアに行ったり、首都に行ったりして、私、旅行が好きなことに気づいたの。だから、もっとダジュームのいろんな場所を知って、いろんな人を案内できるようなジョブをしようと思って!」
キラキラとまばゆいばかりの笑顔を弾けさせる。
ケンタもカリンがどこかへ行くときはいつも旅のしおりを作ってプランを立ててくれるのを知っていたし、これ以上なくぴったりな仕事だと、素直に思えた。
「いいと思うよ。カリン、そういうの好きだし。あ、ミネルバさんとも何か協力できればいいんじゃないか?」
「そうなの! ミネルバさんのお土産屋さんと提携して、アレアレアに旅行に来た人をガイドできたら最高よね? 私も考えてたの!」
意見が一致して嬉しさが爆発したのか、カリンは嬉しそうにケンタの肩をバチバチと叩いてくる。
「じゃあ旅行代理店とか、そういうジョブの面接を受けるのか」
さすがにバスガイドのジョブは、このダジュームにはないだろう。馬車ガイドならあるのかな? ケンタは妙なことを考える。
「でもダジュームにはそういうジョブがないってシャルムさんが。だから、一からこのジョブを立ち上げなきゃって思ってる!」
妄想決めているという風に、カリンは口を一文字に結んで、覚悟を示した。
「それって、社長になるってことか?」
「そう! 独立して、会社を立ち上げるのよ!」
ケンタもこのダジュームでアイソトープがジョブに着くにはオファーか面接を受けるしか道はないと、勝手に解釈していた。
しかしカリンは自分から独立という新たな道を見つけたようだ。
「独立するったって、そんな簡単にいくものなのか? お金とか、いるだろ?」
ケンタとて、ダジュームで会社を立ち上げる方法など知る由もなかった。
元の世界でもどうすればいいのか知らないし、異世界ならなおさらである。会社法とか、資本金とか、役員とか、ダジュームのことは想像がつかない。
「そのへんは、これから勉強するつもり! シャルムさんも調べてくれるって言ってたし。それに、やろうと思ったことはやってみなきゃわからないからね!」
ぱちんと手を叩き、ケンタにも新たな目的ができたことを宣言するカリンであった。
迷いなど、もう何もないそのまなざしに、ケンタも嬉しくなってくる。
「あ、でもお料理の訓練もちゃんと続けるの! ダジュームの郷土料理とかも、どんどん習うつもり!」
「そうですよ、カリンちゃん。そろそろ夕飯の準備しますよ!」
「あ、はいはい! 私はもう止まってられないのよ! キッチンに行くわよ、ホイップちゃん!」
「やる気が溢れてますね。じゃあ今日はラの国に伝わる伝統の料理を教えましょうね!」
ホイップとカリンはそのままキッチンへ消えていった。
「……すごいな、カリンは。うらやましいよ」
「そうですね。さっきも体が一つじゃ足りないって言ってましたから」
リビングに残ったケンタとシリウスが、落ち着いた声で話をする。
「僕も負けてらんないですよ。もっと戦闘訓練をしないと。シャルムさんがアレアレアの護衛団にジョブがあるか聞いてくれるらしいんですよ」
「そうなのか?」
シャルムと護衛団の団長ボジャットは因縁というか、太いパイプがあるのは確かだ。
「いきなり勇者パーティーに入ろうとするのは今の僕の実力では無理があるってわかりましたからね。まずは護衛団で、実力と経験をつけるのもいいかなと思って」
「そりゃいいよ。ボジャットさんなら、いろんなことを教えてくれるだろうし」
「そうなんですよ。シャルムさんに聞いたら、ボジャットさんも【両手剣】スキルの使い手らしくて、勉強になるとは思ったんです」
カリンと同じく、シリウスも着々と自分の目的に向かって歩いている。
今日のランチ会で、そういう将来の話になったのだろうと、ケンタは想像した。それは事実であったし、そう考えるとケンタは仲間外れにされたなんて思うはずがなかった。
「僕も夕飯まで、ちょっと筋トレしてきます。カリンさんに負けてられませんからね!」
シリウスもそのまま地下の道場に向かった。
「……そうか。そうだよな」
リビングに一人残されたケンタは、顔の前で手を合わせて静かに長い溜息をもらす。
二人の夢と決意を改めて聞いて、ケンタは素直に喜んだ。
だがその反面、自分が取り残されている焦りも出てきたのだ。
いや、それ以上に、ケンタ自身の現在の状況が、新たな不安を生み出していた。
「俺がここにいると、二人の夢の邪魔になる……」
またいつ自分はジェイドに狙われるかもしれない。
今日みたいに一人のときに接触してくればいいが、カリンやシリウスと一緒にいるときに襲われたらどうする?
相手は魔王軍のモンスターだ。カリンたちを人質にとる可能性も、ないとは言えない。
(俺はここにいちゃダメだ。ここにいたら、みんなに迷惑がかかる)
ケンタは両手で顔を覆い、ぐっと瞼を閉じた。
流れ出そうな涙をぐっとこらえるためだ。
カリンとシリウスの決意とは別に、ケンタも決意をした。
それは二人のためでもあり、ハローワークのためでもある。
ここを出ていく。
それがケンタにとっても、最善の選択だと思われた。
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