一人ぼっちのダジュームの旅。
それは来たる一年後に、この【蘇生】スキルを使って前魔王ハデスを生き返らせるか否かを決断するための、俺に与えられた猶予期間でもあった。
シャルムの父でもある前魔王ハデス。
ダジュームでは救世主と語り継がれているウハネによって裏切られた魔王を、生き返らせていいものか。
ハデスが生き返ることによってこのダジュームがどうなるのか、反対に生き返らせない場合はどうなるのか。
憎しみの連鎖を絶つには、どちらがいいのか――。
「俺はとんでもない選択を強いられているのでは……?」
アレアレアの南東の見張り塔でシャルムと別れて朝焼けの空を飛びながら、ぽつりとつぶやく。さっきシャルムから聞いた真実の話を思い出すと、胸がぞわぞわする。
やはり今の俺の立場に違和感しかない。
「俺のこの手に、ダジュームの命運がかかってるのか」
手のひらを見つめる。ついこの間までは高校の教室でペンを握っていただけの頼りない手。
それが今は魔王を生き返らせるとか、世界を救うとか……。
考えれば考えるほど、俺には余るこの手とスキル。
「でも、どちらかを選ばなきゃいけないんだ……」
そのためにシャルムは俺に一年を与えてくれたんだ。ベリシャスだってそうだ。あの二人は決して俺に無理強いはしなかった。
これまで元の世界では俺はただ敷かれたレールの上を歩いていただけだ。
高校に通って、なんの目標もなく、勉強しろと言われて勉強をして、おそらく大学に進学しただろう。
自分のことだって、何もわからなかった。
未来なんて、ほっとけばベルトコンベアに乗って向こうからやってくるとすら思っていた。
だけど今は違う。
俺は俺として、自分で決めなくては。
このダジュームの未来。そして、俺が俺である意味を。
「……で、どうしよう?」
決意とともに固く握った拳だったが、すでに行先を見失っていた。
シャルムは行きたいところに行って、会いたい人に会えばいいと言っていた。そうすることで俺の中で道が決まるのだろうか?
このダジュームに来て、出会った人――。
「シリウス……。カリン……」
俺は真っ先にその二人を思い浮かべる。
空の上で、ちらりと振り返る。
眼下には、正方形の壁で囲まれたアレアレアの町が見える。
「ここまで来て、会っていかないわけにはいかないよな」
カリンはこのアレアレアの町でガイドを始めたと言っていた。ここまで来て会わないわけにはいかない。
カリンとは、俺が魔王城に行く前にお別れをして以来だ。
まだそんなに経っていないのに、ずいぶん前のような気がする。魔王城ではいろいろありすぎたからな……。
「よし、行こう」
俺は光の翼をひるがえし、アレアレアの町に戻ることにした。
きちんと地上の門から入るのはなんだか危険な気がした。少し前にはここで護衛団とひと悶着あったのだ。
あのときはデーモンの姿だったとはいえ、団長のボジャットと一騎打ちしたのちに捕らえられたのだ。彼にはケンタだってことはバレてしまっている。
「また会ったら、勇者に引き渡されてしまうからな」
ボジャットのことを恨んでいるわけではない。
あれはアレアレア護衛団の団長としては当然のことだったはずだ。俺はダジューム中のお尋ね者だし、ボジャットが俺を匿えば勇者に逆らうことになる。
また同じことを繰り返すわけにはいかないし、ボジャットにも迷惑をかけたくない。
それに今の俺は空を飛べるし、町の上にバリアがないことを知っている。
「高いところから、失礼します……」
門の前には開門を待つ人たちが列をなしているが、その遥か頭上を見つからないように、上空からアレアレアの町に入った。
どこへ下りようかと迷って、俺はさっきシャルムと会っていた南東の見張り塔に戻った。
すでに頂上の見張り台にはシャルムの姿はなかった。ワープで帰ったのだろう。どこへ帰ったのか、それはわからない。きっとハローワークだろうけど。
しかしこのまま町に下りていいものかと、迷ってしまう。
何しろ俺はダジューム全土でお尋ね者になっているはずなのだ。どれくらいの警戒レベルで認知されているのかは知らないが、交番の壁に張り出されている「この顔にピンと来たら110番!」レベルで町中に顔写真が貼られているとしたら大変である。このアレアレアでも速攻、護衛団に通報されてしまうだろう。
「【変化】のスキルがかからなかったのがつらいところだよ」
首からかけたシャルムから預かっているネックレスをぎゅっと握る。
「あ!」
見張り塔の最上階の椅子に、黒いマントがかかっているのを見つけた。
「ラッキー! これで身を隠していこう」
マントで身を包み、俺は塔を降りて町の中へ向かった。
まだ朝の肌寒さが残るアレアレアの町は、人もまばらだった。
俺はかつてカフェ・アレアレで薪の配達をしていた時期もあるので、地理は完ぺきだった。
確かカリンはミネルバさんの家を間借りしていると言っていた。ミネルバさんとは俺たちと同じくハローワーク出身のアイソトープで、土産物屋をしていたのだ。
この南東の塔からまっすぐ北に行けば……。
「いや、待てよ……」
俺はあることに気づいて、足を止める。
「ミネルバさんとボジャットさんは結婚しているんだったな……」
カリンに会いに行くということは、まさしく虎穴に入らんとすることである。
ていうか、俺がお尋ね者になってカリンは大丈夫なのだろうか? 知り合いであることは既知のことだし、尋問くらいは受けていてもおかしくない。
もちろんカリンは俺が魔王城に行っていたことなんて知らないだろうが、あの勇者のことだからカリンに接触しようとしているかも。
「自分のことで精いっぱいで、カリンのことなにも考えていなかったよ……」
シャルムがいてくれているから、まさかの事態にはなっていないとは思うが、ふと不安が脳裏によぎる。俺が会いに行くことでカリンに迷惑をかけかねないが……。
「ボジャットさんがどうあれ、カリンの身の安全だけは確認しなきゃ」
俺は逡巡の末、ミネルバさんの家に向かおうとした。
そのとき、ちょうど町の中にぽつんと開けた場所があることに気づく。前来たときはこんな空き地はなかったなと思った瞬間、蘇る記憶。
「ここは……。スネークさんの家?」
すっかり風景が変わっていて気がつかなかった。
ここはシャルムの師匠でもある大魔法使いスネークさんの家があった場所だった。
モンスターに襲撃され、その家はすっかりなくなっていた。今は空き地の真ん中に、ぽつんと墓石が建てられていた。その周りには花が供えられており、大魔法使いスネークの存在の大きさが受け継がれているようだった。
「スネークさん……」
スネークさんが亡くなったのは、俺の責任でもあった。
あのとき、スネークさんは魔法を使えなくなっていたんだ。
すでに死体はなく、俺の【蘇生】スキルでもどうしようがないのは分かっているが、お参りだけはしておこうとその空き地に足を踏み入れた。
「あ……」
ちょうどそのときであった。反対側から、一人の女性が花を手にやってきた。鮮やかな、色とりどりの花束だった。
スネークさんの墓を挟んで、その女性と目が合う。
女性も動きが止まり、状況を把握するように俺をじっと見つめる。
「ケンタくん……?」
「カリン……」
願っていた再会は、思わぬところで突然起こったのだった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!