「よかった……」
巨大毒サソリが開けた壁を抜け、来たときよりも大きな一本道をしばらく歩くと、見事に俺たちは洞窟を抜けることができたのだった。
さっき馬車を降りた場所のような岩地が広がっており、そう遠く離れていないような気がした。
「あ、シャルムさんが!」
シリウスの視線の先には、椅子に座って呑気にワイングラスを傾けているシャルムの姿が!
「どうやらこの洞窟、中は入り組んでいましたけど、入り口と出口はすぐそばだったんですね」
「ああ。入り口からしばらく曲がりくねっていたので、方向感覚がなくなっていたからな」
外は冷たい風が吹き、俺の体温を急激に奪っていく。さっきまで寒さを感じなかったのは、どうやらアドレナリンが出ていたからだろう。
あと、裸だからな。そりゃ寒いわ。
「とにかく、シャルムのところへ行こう。さっさとこんな訓練、終わらせ……」
と、洞窟を脱出するという目的を果たしはしたが、俺はふと何かを忘れていることに気づいた。
「どうかしましたか?」
シリウスがさっと、砂ぼこりで汚れた銀髪をかき上げる。
そう、彼の左手についた腕輪……。
「う、腕輪をなくした……!」
「え、嘘でしょ?」
俺とシリウスは目を見合わせた。
そうだ。あの腕輪、鎧を装備していたので腕にはめることができず、胸のプレートにはさんでおいたのだ。
もちろん鎧はすべて洞窟の中で脱いでしまって、そのままである。
「またあそこに取りに戻らなきゃ……」
あの洞窟の部屋には、尻尾を切られたサソリが息を吹き返しているかもしれない。
「お二人さん、この戦闘訓練の目的は、洞窟の宝箱の中身を持って脱出すること、でしたよね?」
俺たちの話を聞いていたホイップが、改めて訓練の目的達成条件を提示してきた。
「これじゃあ、訓練の目的を達成できていません」
ホイップが残念そうに、告げた。
「それは、分かってる……。クソ、こうなったらもう一度……!」
「これはなんでしょうかー?」
ふわふわと空中に浮いているホイップが、自分の腰を指さした。
その小さな体にベルトのように巻かれていたのは……。
「腕輪!」
「こんな大事なものまで置いてくるんですから、ケンタさんはおっちょこちょいですね! 見事な機転でサソリを退治したので、今日だけはサービスですよ!」
ホイップは両手を上げて、ふるふると腰を揺らした。
するとその細いからだから腕輪がポロンと落ち、俺はそれを両手でキャッチする。
「あ、ありがとう、ホイップ! 恩に着る!」
「初回訓練だけのサービスです。じゃあ、シャルム様のところへ行きましょうか。その前に……」
ピンと人差し指を立てるホイップが、その指をゆっくり俺の下半身に向けた。
「ちゃんと股間くらいは隠してくださいね! ヘンタイのケンタさん!」
手のひらに腕輪を乗せた俺の股間は、見事にご開帳されていた。
「うわ! 誰か、マントを貸してくれ!」
その腕輪を左手にはめ、慌てて股間を両手で隠す。
「ほんと、ケンタさんは全裸がお好きですねぇ!」
「え、そうだったんですか?」
「す、好きなわけねーだろ!」
なんとか訓練の目的を達成した俺たち三人は、シャルムの元へ向かうのであった。
洞窟の入り口から、今出てきたところまではおよそ300メートルくらいしか離れていなかったが、俺の感覚では洞窟内を数キロ歩かされたような徒労感だった。
「あら、遅かったわね」
ほうほうのていでシャルムのところにたどり着くと、随分な言葉で出迎えられた。
そのシャルムの足元にはワインの瓶が三本、転がっている。かなりハイペースな飲酒量である。
「いい気なもんですね! 俺たち、死にかけたんですよ!」
「とりあえずそのお粗末なもの隠してくれない? ていうかなんであなたの裸を一日に二回も見なきゃいけないのよ! どういうこ
と? 嫌がらせ?」
「こ、これは……!」
俺は馬車に置いてあったマントを取り、その裸を覆い隠す。
なんで異世界に来て俺は裸キャラが定着してるんだよ!
「シャルムさん、宝箱の中身、これでいいんですよね?」
シリウスがその左腕にまかれた腕輪を、シャルムに見せる。俺もマントの隙間から左手を出して、気持ち仕切り直す。
何はともあれ、俺たちは最初の訓練に成功したのだから!
「ええ。Eランクモンスターの毒サソリ相手とはいえ、目的を達成したことは褒めてあげましょう」
そういうと、シャルムはすくっと立ち上がった。
「まあ一部始終を見させてもらったけど、シリウス。あなたは少し行動が迂闊ね。判断が直感に頼りすぎ。経験の少ない若さゆえの行動と解釈しますけど、勇気と無謀は違いますからね」
いきなりシャルムの講評が始まってしまった。
一部始終見てたって、ずっとここでワイン飲んでたんじゃないのか、この人?
「す、すいません」
シリウスも律義に頭を下げている。
「でも体力はありそうだし、肉体的な成長はまだまだこれから見込めそうね。武器の扱いも初めてにしては上出来。初戦でバスタードソードを使いこなしたのは、【両手剣装備】のスキルの見込みがあるのかもね。モンスターと戦うにはやっぱり体力勝負なところがあるので、戦闘スキル向きなのかも」
「あ、ありがとうございます」
今度は褒められて、頬を赤らめるシリウス。
確かに俺から見てもシリウスは考える前にまず行動、という一面があった。
危なっかしいところもあったが、それを補う体力は天性のものだった。
あのとき、サソリに尻尾を切ってくれなかったら、俺は確実に死んでいたのだから。
「あと、ヘンタイ……じゃなかった、ケンタ」
ギリッと鋭い視線を向けられ、俺は肩をすくめる。
「あなたは行動が慎重すぎるわね。それが恐怖によるものとは理解できるけど、臆病すぎて判断が遅くなって、危険が伴うわ。一瞬の迷いが生死を分ける戦闘においては、致命的」
「う……」
まさに図星である。自分でも思い当ることしかない。
だから最初から俺に戦闘スキルなんてないと思っていたのに、あらためて指摘されるとちょっとへこんでしまう。
「ただ、その考えすぎな性格が、今回はいいように働いたとも言えるわ。ホイップを担いで魔法を使わせたり、モンスターの狙いを正確に読み取ったり、体力は情けないけど想像力だけは豊かなのよね。今回はラッキーなところもあったけど……」
「僕もケンタさんがいなければ、死んでましたから」
シャルムの評に合わせて、シリウスが俺をフォローしてくれる。
こいつ、根っからのいい奴であることは確かだ。良い人スキルが備わっているぞ。
「無謀も臆病も、これは経験が克服してくれるはずよ。あなたたちはお互いを補完し合える、いいタッグなのかもしれないわね」
シャルムは腕を組んで、俺たちを見渡した。
「じゃあ僕たちは戦闘スキルは見込みアリっていうことですか?」
シリウスが目を輝かせながら尋ねる。
「いや、ちょっと待て。俺は戦闘スキルなんか欲しくないって! もうモンスターと戦うことなんてこりごりなんだから!」
俺はシリウスを否定する。
俺は死にたくないんだから! 図書館の司書とかのジョブでいいんだから、余計なこと言うなって!
「まだ最初の訓練が終わっただけで、あなたたちのスキルは判断できません」
シャルムは俺たちの質問には答えず、くるっと踵を返して馬車に乗り込んでしまった。
「ほら、事務所に帰るわよ。お腹が空いたから、ご飯にしましょ。……今日はお疲れ様」
馬車の中から聞こえたその言葉に、俺は少しほっとして、自然に表情が和らいだ。
シャルムは言葉はきついが、もしかしたら俺たちアイソトープのことをちゃんと考えてくれているんじゃないか。
本当に適性に合ったジョブを探してくれようとしてるんじゃないか。
少しだけ、彼女の本当の気持ちが見えたような気がしたんだ。
「行きましょう、ケンタさん。お疲れさまでした」
「ああ、おつかれ。シリウス」
これが俺とシリウスの、異世界ダジュームでのジョブ探し生活一日目だった。
適性に合ったジョブが見つかるまで、どんな訓練が待っているのだろうか?
俺の心の中に大きな不安と緊張、そして少しの期待が芽生えているのだった。
そして俺たちの訓練はまだまだ始まったばかり。
さらに異世界ダジュームはいつだって俺の想像を超えてくるわけで……。
まもなくやってくる三人目のアイソトープが巻き起こす騒動に、俺たちは訓練どころじゃなくなるのであった。
そう、異世界ハローワークにやってくる三人目のアイソトープは……、お嬢様??
これ以降、第2章は月〜金曜の週5で18:00にアップする予定です!
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