突然の警報に、異世界ハローワークの事務所は空気が一変した。
シャルムのブレスレットは何かの接近を告げるように、けたたましく鳴り響いたのだ。
その何かとは、モンスターに違いない。俺の匂いがモンスターを呼び寄せてしまったのだ!
ビビりながらも剣を手にし、シャルムたちを追って武器庫を出ようとしたところ――。
「ぎゃあ!」
部屋の入口で、シャルムが突っ立っていた。
危うく、その背中にぶつかりそうになり、慌てて立ち止まる。
「シャルムさん? どうしたんですか?」
通せんぼされた俺は、シャルムの肩越しにその視線の先を見つめる。
「……え、モンスター?」
ちょうどこの事務所の玄関、ドアを開けて立っていたのはひとりの銀髪の男だった。
街の住人でもないのは、その男が纏う服が独特だったからだ。
いや、独特というのはこの異世界においてのこと。
男はスーツを着ていたのだった。ネクタイにジャケットという、俺のいた世界では当たり前の、スーツ姿。
そのスーツの男に対しているのが、剣を構えたシャルムである。
その肩には異世界の象徴ともいえる妖精のホイップも金属製のバターナイフを両手で握って交戦体勢である。
どう考えても、この光景は違和感しかない。
「え、どうなってんすか? あの人は……?」
まったく理解ができないのは俺である。
さっきのシャルムの反応から、近くにモンスターが現れたと思ったのだ。アイソトープの俺の匂いを感知したモンスターが、この事務所を襲いに来たと想像した。
だが、事務所にやってきたのは、スーツ姿の男?
彼がモンスターなのか? 人型モンスター? スーツを着たサラリーマン型?
……いや。モンスターなんかじゃなく、彼は……。
「「アイソトープ!」」
俺とシャルムは同時に、同じ言葉を発した。
間違いない。スーツ姿の男が、このダジュームにいるとしたらその可能性しかない!
「さっきの警報、モンスターじゃなくてアイソトープを感知してたんですか?」
なるほど、シャルムのあのブレスレットはアイソトープが転生してきたことを示す装置だったってわけか。どうりで俺が転生してきたことがすぐに察知できたはずだ。
そうなるとあの男は俺と同じく、転生してきたアイソトープに違いない!
「あの、ここは、どこですか?」
銀髪スーツの男はぺこりと一度頭を下げ、俺たちに尋ねてきた。
急に剣を向けられているにも関わらず、落ち着いている。俺ならば十中八九ちびりながら発狂していたはずだ。こいつ、できるぞ。
「が、外国人?」
ようやく俺も冷静にその男を観察できるようになって、何気なく呟いた。
見た目は欧米人なのである。
目鼻立ちははっきりしていて、流れるような綺麗な銀髪。
さらに、完全なイケメンである。
俺は一瞬で負けたような気になってしまうが、ここで委縮するわけにはいかない。今は顔なんて関係ないではないか!
「ここは……」
「ここは異世界ダジューム。君は異世界に転生してきたんだよ」
シャルムの言葉を遮り、俺はぐいっと前に出た。
現れたのがモンスターではなく、俺と同じアイソトープなら怖いものはない。むしろ同士であり、俺のほうがこの世界では先輩なのだから! 数時間ほど!
「あ、あなたは……?」
明らかに日本人ではないその銀髪男子だが、言葉は通じるらしい。
俺は自分が何語を話しているのかよく分からなくなったが、これが異世界マジックというやつだろうと強引に理解した。だって俺、さっきから妖精のホイップとも普通に話せているんだし。
「俺はケンタ。とりあえず安心したまえ。ここに来たということは、それだけで君はラッキーだ。すでに1/2の確率を乗り越えたんだからね!」
俺はさっきシャルムとホイップが言っていたことの受け売りで、銀髪男子を安心させようとする。先輩としての優しさである。
いきなり現れたアイソトープに、俺はすでに仲間意識を持っていた。
訳の分からない異世界で、俺は一人じゃなくなったんですもの! その安心感たるや!
「あの、僕はシリウスといいます。気が付いたらこの建物の前で倒れていて……。それでどなたかいらっしゃるかと思って来てみたんですが……」
シリウスと名乗ったその男子、年は俺と同じくらいに見える。背は俺より少し高く、なんだかガタイは良い。スーツの下は屈強な筋肉が隠れていそうな、引き締まった体だった。いわゆる細マッチョというやつだ。俺と違って。
「まあ落ち着いて、シリウスくん。あ、ホイップさん、お茶でも淹れてあげてください。彼が混乱しているようなのでね」
シャルムの肩の上に陣取っていたホイップに目配せし、俺は「まあかけて」とシリウスにリビングのソファを勧める。
「何を勝手に仕切ってるのよ。落ち着くのはあなたよ」
シャルムもシリウスがアイソトープと分かり、剣を鞘に収めた。
「まあまあシャルムさん。ここはシリウスくんの顔に免じて」
「ていうかあなたは部外者じゃないの。早く出ていってくれない? モンスターがお腹すかせて待ってると思うんだけど」
「そんな殺生な! 俺のことなんだと思ってるんですか!」
「モンスターの餌」
「ひどい!」
シャルムは一切表情を崩さずに、完全に俺を突き放す。
「あの……、お邪魔でしたら失礼しますが?」
俺とシャルムが言い合っていると、シリウスが空気を読んだように事務所を出ようとした。
「シリウスくん、君はここにいて! 君だけが頼りなんだ!」
今シリウスに出ていかれたら、間違いなく俺も裸で追い出されてしまう!
「あなたはいいのよ。出ていくのはこのバカのほうだから。ほら、さっさとモンスターの餌にでもなってきなさい。マントも脱いで!」
シャルムは俺の首根っこを掴んで、ドアのほうへといざなった。
「ちょちょちょ、待ってください! 嘘です! さっきの嘘です! もう一回、契約のチャンスを! 必死で訓練しますから!」
このままでは強引に放り出されてしまう。裸で!
「あ、シリウスくん! そこの資料を読んで、この世界のことを勉強しようか! 分からないことがあったら、俺に聞いてもらっていいんで!」
さっき俺が読んでいた数冊の本を指さす。
アイソトープの仲間ができたので、もう一度このハローワークとの契約について考えてみよう! 放り出されて死ぬよりましだ!
「勝手に指示しないでくれる?」
「シャルムさんはほら、お食事でもとられたらいかがですか? ホイップさん、食事の用意を!」
と、俺のほうが強引にシャルムをキッチンのほうに誘導した。
「もう、なんなのよ? まあいいわ、シリウスって言ったっけ? とりあえずそこの資料を読んでてもらえる? このバカはほっといていいから」
「あ、はい」
シリウスは初々しく返事をし、言われるがままソファに座って資料を読み始めた。
物わかりのいい青年である。異世界に転生してきたというのに、落ち着いている。
どこかの誰かさんとは大違いである。何より、きちんと服を着ている。裸で転生してくるバカなんていねーよな!
「俺ももう一回読もうかなっと。こういうのは何回読んでもいいですからね!」
テーブルを挟んで、シリウスの向かい側に陣取って俺も本を開く。
とりあえず裸で追い出されることは避けられたようだ。
訝しそうに俺を見るシリウスに、俺は右手を差し出す。
「よろしく。もう俺たちは仲間みたいなもんだ!」
「あ、はい……。よろしくお願いします」
意味が分かっていないだろうシリウスと俺は硬い握手を交わした。
銀髪イケメンの第二のアイソトープ、シリウス。
これが俺とシリウスの異世界ダジュームでの出会いであった。
アイソトープとして転生してきたもの同士、俺たちの絆はこれからも長く続いていくのかどうか、それはまだ分からない。
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