「ベリシャスさんは、お兄さんを生き返らせるために俺をここに呼んだんですよね?」
魔王の執事として魔王城にやってきた俺は、このジョブの核心に触れた。
魔王と話しているうちに、なんだか緊張感がなくなってきて、俺が何をしに来たのか自分でも理解できなくなってきたからだった。
というのもこのベリシャスが、俺の考えていた魔王像とまったく違っていたからだ。
魔王ベリシャスは、なんともおしゃべり好きな癒し系魔王だったから!
「そうだね。せっかくなんで君と私とは隠し事なしでいこうか」
ぱちんと手を叩き、魔王は「こっちへ」と部屋の真ん中にある会議用の大きな机に俺を誘った。
ソファの上で目覚めたばかりの俺は、机に向かう。
魔王の執事になるって聞いて、どんなことになるのだろうと身構えていたが、なんだこの展開は?
俺と魔王は友だちか? そんなわけないし!
長方形の立派な机に座り、魔王と向き合う。
「まあ緊張しないで、ケンタくん」
魔王は仮面をしているので、口元しか見えないので表情が読めない。
「あ、お茶とか出してなかったね。気が利かない魔王だよ、私は!」
魔王は「やってしもた」とばかりに自分の頭をポカっと叩く。
魔王の属性におっちょこちょいキャラいりませんから!
「いやいや、お茶とかいいですから! 先にお話を!」
「そうかい? じゃあ、そうしよう」
お茶を淹れに立ち上がろうとする魔王を必死で止める。
こんな全身真っ黒の鎧装備なのに、喋り方がフレンドリーなので逆に怖くなってくる。アイソトープに気を遣う魔王なんている?
「とりあえずそうだな……。君は私の兄さんのことは何も考えなくていい。君に無理やり【蘇生】スキルを使わせようとは思ってないから」
この魔王なら無理強いするようなことはないだろうとぼんやり考えていたが、本当にそうだった。
「じゃあベリシャスさんは、本当に俺の身を守るためだけにここに呼んだんですか?」
「そうだよ。君に死なれたら困る理由は、ジェイドが教えてくれたんだろ?」
「まあ、そうですね。俺は魔王軍の抑止力になるって……」
俺が魔王の兄を生き返らせなくても、兄を生き返らせる可能性があるということを匂わせるだけでランゲラク軍へのけん制になるということだ。
「この際はっきり聞きますけど、ベリシャスさんは本当に平和を願っているんですか?」
「そうだよ。だって人が死ぬのは悲しいだろ? それはモンスターも同じさ」
ベリシャスは存外、あっさりと答えてくれた。
初対面ではあるが、嘘を言っているように思えないのは俺が騙されやすい性格だからか? いや、そんなことはない。魔王ベリシャスは正直に話してくれている。アイソトープの俺にも。
「そうですけど……。じゃあお兄さんは生き返らなくてもいいってことですか?」
「死んでしまったものが生き返らないのは、当然のことさ。たまたま君というイレギュラーが現れたから、その自然の摂理がひっくり返ろうとしているだけさ。だが考えてみると、私が兄さんを生き返らせることにより、再び平和が遠のく可能性だってある。これはジレンマなんだよ」
「ジレンマ……?」
「ああそうだ。魔王軍が平和を願うなんて、たぶん君も信じてはくれないだろう。ましてやランゲラクたちなんか、特にそうだ。モンスターのアイデンティティを覆すようなものだからね。だけど平和を実現するために私が兄さんを生き返らせたりしたら、ランゲラクを抑えることはできても、今度は人間たちから反発を買ってしまう。これは平和へのトリガーにはしてはいけないんだ」
魔王の兄が生き返ったとなると、勇者はじめ人間たちは恐怖を増大させるのは目に見えている。俺もそうだ。魔王級のモンスターがもう一人増えるのだから。
「だから君はただ生きているだけで価値がある。私の私欲を満たすためだけに、君のスキルを使うわけにはいかない。そういうことだ」
ベリシャスははっきりと断言した。
魔王という立場でありながら、ダジュームの平和を実現させるためには自らも我慢をするというのだ。
なんとも魔王らしくない。
俺はこの魔王を、信頼してもいいのかもしれない。
「でも人間も、話し合えばきっとわかってくれるはずなんだ。平和を望んで実現させる方法は、お互いが歩み寄るしかない。決して殺し合うことではないと私は思っている」
「ベリシャスさん……」
この魔王は人間を信頼しているのだ。
争いではなく協調こそがダジュームを平和に導くのだと信じている。
「だから君はこの城でしばらくまったりしててよ。別に仕事とかないし、私は自分のことは自分でするし。ほしいものがあったらすぐに通販で頼むからさ。この裏の世界はお急ぎ便が適用されないから、数日かかっちゃうけどそこんとこはかんべんしてね」
手のかからない魔王である。
ていうか、裏の世界にも通販があるんですか? 離島扱い?
「でも一応、仕事で来たんですから、何もしないっていうのは……。そういえば、一緒に妖精も来たはずなんですけど?」
俺のお目付け役の妖精ペリクルである。俺の鞄に勝手に忍び込んで、ついてきたはずだ。
「ああ、ペリクルならジェイドの部屋にいるよ。彼女も私が魔王だからって、よそよそしいんだよね。ま、仕方ないか」
寂しそうにうつむく魔王。
同じモンスターに尊敬されるのは普通のことだろうが、このベリシャスはそれを寂しいと感じる変わったところがある。
「俺もジェイドと同じような仕事をしますよ」
「君を危険にさらすわけにはいかないよ。さっきも言っただろ? 外はモンスターでいっぱいだし、人間にも指名手配されてるんだろ? この城を出たら四面楚歌じゃないか。モンスターは怖いよ? あいつら、基本腹ペコだから」
「そうですけど……」
だからといってこの魔王城で昼寝をして過ごすわけにはいかない。それはまったりスローライフではなく、ただの怠惰と感じるくらいには俺にも罪悪感はある。
魔王に甘えて何もしないのは、また逃げるのと同じようなものだと感じた。
「まずはこの魔王城に慣れたらいいよ。部屋も用意しているし、わからないことがあればペリクルに聞いたら教えてくれるだろう。私も用事があれば頼むつもりだしね」
「そうですか……」
拍子抜けしたといえばうそになるが、魔王があまりにも良い人すぎて妙な感情がわいてくる。
「君はゲームとか、好きかい? チェスとか、そういうのは?」
もやもやしていると魔王が聞いてきた。
「チェスですか? できないことはないですけど……」
「そうかそうか。じゃ、また用事があったら呼ぶよ!」
ベリシャスはニコニコと、口元を緩ませた。
用事って、チェス?
この魔王、俺とゲームをして遊ぶつもりだ! マジか、この魔王は!
「ペリクル!」
突然ベリシャスがさっきまでのゆるゆるの声とは違った貫禄のある声でペリクルを呼んだ。
すると、すぐに窓の外からキラキラと羽をはばたかせてペリクルが入ってきた。
「お呼びでしょうか、魔王様」
すると床の上に着地し、小さな体で跪いた。
いつも大きな態度のペリクルのこの行動に、俺は目を丸くする。さすがに魔王の前ではペリクルもこうなるのか!
「ケンタを部屋に案内してやってくれ。それから、魔王城のことを教えてやってくれ」
「わかりました、魔王様」
ペリクルがちらっと俺のことを見る。
怒っているのか恥ずかしいのか、少し頬が赤い。
「では、私は仕事に戻る」
「あ、ベリシャスさん!」
まだ聞きたいことはあったのだが、魔王は部屋の奥の扉を開けて、中に入っていってしまった。
それを見届けていると、ペリクルがふわりと浮き上がった。
「ああ、ペリクル。なんだか久しぶ……」
と、俺が久闊を叙そうとすると……。
「ちゃんと魔王様って呼びなさいよ! えらそうな男は嫌いよ!」
「ぶべらっ!」
ペリクルが俺のみぞおちに飛び蹴りを決めてきた。
「ほんと、調子に乗るんじゃないわよ。ほら、行くわよ」
「ま、まって……」
腹を抑えてうずまる俺のことなど無視して、ペリクルは魔王が入った扉とは逆の扉から出て行ってしまった。
これが俺の魔王執事としての魔王城勤務一日目。
俺が与えられた仕事は、何もしないでまったりすること。
ダジュームの憎しみの連鎖とか、昨日まで抱えていた数々の緊張感はどこへやら。
でもベリシャスが言っていたように、俺が死なないことが平和の第一歩になるのかもしれないし、迂闊なことはできないよな……。
とりあえず俺はこの魔王城で、まったりスローライフをはじめたいと思います。
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